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シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
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無風
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无风短編まとめ
全部全年齢です
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くっつく直前のバレンタイン无风
随分と珍しい名前がスマートフォンの通知欄に表示されていた。
電話の主らしい風息と無限は少なくとも季節に一度は食事に行く間柄である。
氷雲城から釈放されて日が浅い頃の風息には定期的な執行人との面会が必要で、その担当を無限が担ったのがきっかけだった。
もう義務でもなくなってしまったが、半ば習慣化してしまって当時と頻度を変えずに定例行事となっている。
季節の変わる頃に予定を押さえ、前の季節の間に見繕っておいた店を訪れる。
面会に食事は不要ではあるが、面倒な事をするのだからご褒美の一つあった方が良いと風息が主張したのが事の始まりである。
蟠りしかない頃は風息の近況や要望を聞くだけで終わってしまっていた会だが、今ではお互いの話をするようになった。
彼からの電話は珍しくはあるものの、もう気負いながら通話ボタンを押す事もない。
「風息?」
「花はいらないか?」
冬の分は年の暮れに終わらせ、春の予定を訊くにはまだいくらか早いように思える。
電話の用件が思い当たらないまま電話を取って彼の名を呼ぶと、風息は名乗りもせずに無限が逆立ちしてもひねり出せなかっただろう質問を投げかけてきた。
「花?」
「今日洛竹の店に行ったらいっぱいもらったんだ。ほら、バレンタインデーだから多く仕入れたらしいんだけど、気合いを入れ過ぎて余りそうだからって。俺の所の花瓶にも限界があるしさ、だから良かったらと思って」
音声通話なので彼に仕草が見えるとは思っていないが、思わず首を傾げてしまって端末と肩の間で髪がくしゃりと音を鳴らす。
風息に届いたかすらいまいち分からない微かな音を覆い隠すように、風息が用意していたらしい事情を無限に告げた。
いい具合に酒が入った時に似た普段より勢いのある声に気圧されながら、無限はなるほどと相槌を打つ。
であれば花瓶が必要だろうと考えて、無限は僅かに眉を顰めた。
自然と共にある妖精の家に花瓶やプランターがあるのは極々自然な事なのかもしれないが、無限は一応は人間である上、家を開けがちな職業に就いている。
途中で世話が出来なくなって早々に枯らしてしまうのも忍びないため、わざわざ花瓶を買う機会も巡って来なかった。
「ありがとう、だが花瓶が家にない」
「それくらい置いとけよ」
牛乳パックくらいならすぐに空きを作れるだろうが、貰い物をそんな所に飾るわけにも行くまい。
厚意は受け取りながらも遠回しに辞退しようとすると、風息が普段は文化人を気取っている癖にと非難してくる。
無限が実際文化人気どりをしているかはともかくとして、文化の方向性も多様であるので別に文化人とやらが花瓶を持っていなくたってよくはあるのだが。
「買いに行こう」
「え」
「この後用事でもあるか?」
「いや」
「なら行こう。駅にいつ頃来れる?」
「一時間後?」
「分かった。じゃあ後で」
しばらく考え込んだのか沈黙があってから、仰天するしかない発言が矢継ぎ早に風息から飛んできた。
たじたじになりながらもなんとか打ち返すと、満足したのか彼はさっさと通話を切ってしまう。
通話終了までにかかった時間を呆然と眺めながら、強引に取り付けられた約束を反芻する。
一時間後に駅で。
駅名すら指定されなかったが、おおよそいつも待ち合わせに使っている駅だろう。
少々ずるをすれば到着まで二〇分と掛からない距離である。
駅の前にそれなりの規模の商業ビルがあるから、返礼を見繕うには充分な時間が無限に残るはずだった。
――
花を。
彼が花を分けてくれると言う。
彼の弟に等しい妖精の店にある花なのは間違いないが、本当にもらったのか彼が直々に対価を支払ったのかは分からない。
その花を渡すために、ふたりで街に繰り出して花瓶を買おうなんて彼は言い出した。
長らく惰性もありつつ続いた関係がお互いに取って心地よいものになっていたのは、無限だってとっくに気がついている。
自分が年に四回しかない機会を楽しみにするように、彼もそうだといいとずっとずっと思っていた。
こんな日にこんな事をされて思い違いだなんて言われたら、きっと半世紀は立ち直れない。
どうか先ほどの電話が風息の勇気をふり絞ったものであるようにと祈りながら、無限は慌しく出かける準備を始めた。
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