シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
Public 無風
 

无风短編まとめ

全部全年齢です


紛れる悪意
 お題「誤って惚れ薬を飲んじゃった风が无を好きになってしまうラブコメ話」
 ※嘔吐描写あり

 館の入口のビルの談話室で無限がぼんやりと机を眺めていたものだから、後ろから覗き込んでみた。
 何やら考え事をしていたらしく、珍しく風息の気配を気取れなかったらしい無限が驚いたようにこちらに視線を向ける。

 机の上には色とりどりのラムネがビニールの上に置いてあって、何の気なしにひょいと一粒摘まむと無限があ、と声を上げて腕を伸ばしてくる。
 その勢いに押されてしまって、風息は慌ててラムネを口に放り込んだ。
 錠剤のように飲み込んでしまったせいで、味はこれっぽっちも分からなかった。

「出してくれ」
――は? いや、飲んだから」

 むり、と口にするのは許されなかった。
 机の上にある袋を掴む勢いと同じくらいの素早さで無限が風息の腕を引っ掴み、とんでもない勢いで風息を引っ張って部屋の外に出る。
 もう短いとも言えない付き合いがある無限であるが、彼の突飛な行動が理解できたことは少ない。

 それでも彼の焦りようから、とんでもないものを口にしてしまったのではないかと不安になってきた。
 いやだって、あんなにちゃちで子供が好きそうなものが明るい室内に置いてあって、警戒する方がおかしな話だ。
 もしも危険なものだったとして、そんなものを剥き出しにして部屋に置くんじゃないと文句を言いたくなる。

「なんだったんだよあれ」

 人気のない場所を選んで進んでいるらしい彼に問い掛けると、無限が一瞬こちらに顔を向けてすぐ廊下の先に戻す。
 それから小さな声で所謂惚れ薬の類だ、と口にした。

「お前、そんなものを信じるほどロマンチストだったのか?」
「精神の高揚と興奮、性欲の増進及び酩酊を齎す違法薬物と言った方が分かりやすいか」

 ぐっと無限の腕に力が籠って風息は息を飲む。
 惚れ薬なんてものは妖精の世界でもおとぎ話の領域でしかないが、そう言われるとぐっと現実味を帯びる。

「人間には心身共に依存性が確認されているが、妖精にどう影響が出るか分からない。それで、解析が必要になって持ち込んだんだ。不用意に開けていたのはすまなかった。酒に混ぜて使うことが多いが、見つかっても怪しまれないようにああいう見目になっているらしい」

 その見目にあっさり騙された己が憎らしい。
 人間の薬の類は妖精には効かないものが大半だが、それは人間の法の中で作られた薬だからだ。
 そこから外れたものが妖精にどんな影響を及ぼすかは不透明である。

 多目的トイレの前に連れて来られて、彼が何をしたがっているのかを理解した。
 確かに処置は早いに越したことはないだろう、が。

「吐けって言われて吐けるもんでもないぞ……?」
「吐き方が分からないなら吐かせてあげるから」

 とんでもないことを言いながら、無限が風息を多目的トイレの個室に引きずり込む。
 鍵を掛けると、流し台の前に行くように風息に指示を出してきた。

 さすがに彼の説明を受けて吐かないという選択肢はないが、正直どうしていいか分からない。
 吐き気がないのに吐かなければいけない状況に陥ったことなど今まで一度たりともなかったのだ。

「まず飲んで」

 無限がレバー式の蛇口を開けたので、観念して手の平で水を受けて口に入れる。
 四口ほど飲んだところで、無限がレバーを下げて水を止め、流し台の栓をした。

――っ!」
「風息、観念してくれ」

 ああなるほど。
 全てを流してしまっては目的のものを吐いたかも分からないからかと得心した瞬間、無限の指が口内に入り込んできた。
 声にならない悲鳴を上げて侵入者を拒むと、痛みを堪えているからか無限が普段よりずっと低い声で風息を嗜める。

 せめて事前に説明してくれと内心で悲鳴を上げながら口から力を抜くと、ぬるりと彼の指が舌の上を這って行って身体が震えた。
 それから僅かに血の味が味蕾を刺激したのが分かったが、すぐに舌の根元を強く押されて喉の奥から何かが込み上がってくる感覚に上書きされてかき消えてしまう。

「逃げないで」

 反射的に身体が逃げるのを背後から押さえ込まれて、耳の近くで声がする。
 なんて無茶を言うのだこの男は、と悪態をつく余裕もない。
 彼の指を入口で味わわされる風息の喉が引き攣るような音を立てた。

 湧き上がる吐しゃ物を抑えられず喉奥からぼたぼたと零しながら、食事をしたのが随分前で良かったなんて見当違いのことを考える。
 いや、そもそも食べた直後であればあんな錠剤を口にしようなんて思いもしなかったのかもしれないが。

 風息の胃液をものともせず、舌と喉の境界線を押すに留まらず、腹側から胃の辺りを押し込んでくるのだから堪らない。
 無様な声を上げながら胃の中のものを吐き出すのに釣られて、視界が涙で歪んでいく。

……ああ、出たね。お疲れ様」
「う、ぇ……

 口から指が引き抜かれると、過剰分泌された唾液と胃液が混ざったものが糸を引いたのが分かった。
 指の中ほどにくっきりと風息の歯形がついてしまっているのが少し痛々しい。
 けれど今はそれを憐れんでいる余裕なんてどこにもなく、解放された事実に安堵してずるずるとしゃがみ込むしかない。

 汚れていない方の手で無限が風息の頭を労るように撫でるのが分かったが、風息はその手の平を払いのけることもできなかった。