シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
Public 無風
 

无风短編まとめ

全部全年齢です


幾千夜の向こう

 風息が小黒に告げたように、館は妖精と人間の共存なんていう平和ボケした夢を見ている。
 いや、夢を見ざるを得ないのだ。

 現代の人間が持つ武力と絶対数差の問題で、妖精はどうやったって人間を滅ぼすことはできない。
 かと言って、人間も妖精の存在を知らなかったとしても、妖精がどこにも住めなくなる環境に地球を仕立て上げて無事でいられるはずもないのだ。

 なれば、自分達は共存する道を探さなければお互いに未来などなく、故に夢を見続けなくてはならない。
 たとえその道筋が薄ぼんやりとして、おぼろげな姿しか保っていなかったとしても。

 そう、無限は風息に伝えたかったのだ。
 きっと風息のやり方は正しくなく、同時に自身もいまだ誤っている。
 彼が館に長期間拘留されるのは明らかで、だからこそ共に考える機会もあったはずなのだ。

 彼の見るべきものは無限とは異なる。
 共存を探る中で譲れない観点も全く違ってくるだろう。
 夢を、目指すべき道を形作るための視点は多ければ多いほどいい。
 それは同時に対立と分裂を招くが、それを乗り越えずして豊潤な未来などあり得ない。

 人間の変化はあまりに早く、悠長にしている時間などない。
 けれど、それでも自分達は幾千夜だろうが時間を費やし、語り合うべきだったのだ。
 そうしなければ片鱗さえ見つからないであろう未来の姿を無限は求めていた。

 けれど、静かで、それでも平静を保っていなかったはずの風息は、無限の思いの欠片も拾わずに先に行ってしまった。
 まるで自分ばかりが正しいような物言いをしているように聞こえていたのではないかと、今更ながらに思うことがある。
 そして、どうすれば彼に自身の思いが伝わったのか、と。

「なるほど、彼らが欲しいものは旗印か」
「そうでしょう。風息公園で生まれた妖精であれば、そこに風息としての自我がなくても問題はありません。いや、むしろない方が都合がいいくらいです」

 本部を訪ねている際に珍しく潘靖に呼び止められた。
 何かがあれば無限が龍遊に呼ばれるので、わざわざ彼が本部まで来て話題を持ちかけるなんて早々ない。
 はじめは偶然顔を見たので挨拶の一つでもするつもりなのかと思ったのだが、人払いのされた部屋に連れて行かれたので明確な用件があると分かった。
 何事かと話を聞くと、龍游で話すのを避けたいのも分からなくない内容である。

 風息公園から妖精を生み出そうとしている者達がいると噂が生じているらしい。
 風息公園は都市の中心とは思えないほどに霊が充満している地区であり、そこから妖精が生まれたとしてもおかしな話ではないだろう。
 その霊に意図的に働きかけて妖精を形作り、風息として扱おうとしているのだとか。

 妖精の国を作ろうとして命を散らした風息という存在が、イデオロギーのシンボルとして有効であるのは間違いない。
 その妖精を上手く使えば、徒党を組み組織として成立させることも難しくはないだろう。

 それが少数で挑んだ風息の望むところであるかは分からない。
 だからこそ、噂の主は風息を復活させるのではなく、風息の志を継ぐ者として妖精を生み出そうとしているはずだ。

「あくまで噂の域を出ない話です。龍游付近で相応の規模の対立勢力が確認されているわけでもない。酒の場の与太話が誰かの耳に入った程度のものである可能性だってないわけではない」
……だが、噂が本当で実現されてしまっては取り返しがつかない。それが誰だったとしても、そのひとの生涯を奪ってしまうことになる」

 それが風息であれば黙って担ぎ上げられることもないかもしれないが、そうでない場合の方が余程心配だ。
 生まれてすぐの右も左も分からない幼子の思想を染め上げるのはそう難しい話ではない。

「ええ、ですからまずは噂の出所を確認する必要があります。状況によっては無限様にも出てもらう必要があるかと」
「分かった。とはいえ、それで根本的な解決ができるわけではないのでは」
「はい。風息公園とそこに風息に名残の霊がある限り、似たような噂や目論見は起こるはずです。ですから、こちらから手を打ちます」

 潘靖の言葉の意図をうまく汲めず、無限はぱちくりと瞬きをする。
 それからすぐに彼が語り出したのは風息の復活を館側で主導する計画だった。
 風息が生み出した木々があるとはいえ、あれほどひとりの妖精の気が残り続けるのは不自然な事態らしい。
 どちらかというと滞留しているというよりも、その根本がどこかに残っていると考えた方が自然なのだとか。

 つまり、風息は死に切れず、いまだにあの公園の深層で眠りに就いているのかもしれないということだ。
 本来であればそのまま眠らせてやるべきだろうと潘靖は告げる。
 無限だってそう思う。

 なんであれ、風息はもう良いと言ったのだ。
 もう自分にできる事は何もないと分かった瞬間に、彼は自身をおしまいにすることを選んだ。
 それは普段の彼であれば決して出てこない結論だったかもしれないが、それがまるっきり気の迷いで間違いだったとも思えない。

 けれど、それが本当だったかどうか、きっともう本人にも分かるものではない。
 彼が再び目覚めたとして、あの場で死を選んだのが正しい事だったなんて彼が言うとは思えなかった。
 無限の問いかけにろくな反論もできないような心根の持ち主が、自死を正当化する理屈を捏ねるなんてできるはずもない。

 一度目覚めさせられれば、風息はもう二度と龍游の地で、故郷で眠ることは許されない。
 誰かが許さないのではなく、他ではない自分自身がそう律してしまうのだ。
 それがどれだけ残酷な事か、きっと潘靖だって理解している。

 それでも彼の行いを利用する者がいるのであれば、先んじてやらなければならないのだ。
 恨んでくれればまだましな方で、ひょっとしたら風息は館の意向を理解してしまうかもしれない。
 必要な事だったと納得して、自身の存在を内外に知らしめながらもひとり苦しむのかもしれない。

 きっと、まどろみから目覚めた彼は眠る前と等しく、傷つき続けることになるはずだ。
 そんな事は無限にだって分かっている。

――分かった。手伝えることがあれば教えてほしい」

 それでも無限が望んだように、幾千夜の向こうに自分達の未来を描く事ができたなら。
 その奇跡の先に彼の姿があればいいと願わずにはいられなかった。