シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
Public 無風
 

无风短編まとめ

全部全年齢です

口実
※无风ワンドロ・ワンライ~winter~ 雪の日 より

 妖精は寒さに強い。

 もちろん、気温の変化については人間よりも敏感だが、人間ほど生活に気温が影響することはない。
 例えば今日のように雪が降り積もる日であったとしても、服を着込まねば堪えられないということはないのだ。

 しまったな、と思いながら無限に電話をしたのはおおよそ三十分ほど前のことだ。
 今年は急に冷え込んで、準備をしなければいけないと思った矢先に雪が降ってきてしまった。
 しんしんと降り積もる雪を眺めながら、風息は寒空の下を歩いているであろう人のための茶の準備をする。

 無限がやってきたのはちょうど湯が沸いて茶器を温めていたときだった。
 とりあえず急須に湯を注いでから玄関に向かい、片手に大きめの鞄を提げている無限を出迎える。

「悪かったな」

 荷物を受け取ると持ち手が冷え切っているのが分かる。
 この分だと、薄手の手袋の下の指先もかじかんでしまっていることだろう。
 無限が玄関の戸を閉めると、室内の暖かな空気が外の冷気に掻き回されたのが分かった。

「台所に茶を用意しているから、好きに飲んでいてくれ」
「出かけるのか?」
「ああ、折角だからな。あとついでにクリーニング屋に行ってくる」

 鼻先が少し赤らんでいるのに気がついて、自分も外で冷やされればこうなるのだろうか、などと考える。
 先に部屋に戻って鞄を開けると、他の服と合わせやすそうなダウンジャケットが納まっていた。
 風息と無限の服の趣味は大分異なる中で、ありがたい選択だ。

 正直なところ、これくらいの温度であれば今までの格好で外に出ても風息としては問題ない。
 けれど、さすがにそんな格好で出てしまうと、人間ばかりの町中で浮いてしまうのだ。

 妖精とばれないことという館の規則から逸脱しかねない行動は業腹ながらなるべく避けるべきで、そうなると真冬用の上着の一つ着なければこんな日は外に出られない。
 だからいつもは真冬の到来に備えて厚ぼったいコートの準備をするのに、今回はうっかり機会を逃してしまった。
 上着がないわけではないが、埃っぽい状態で着るくらいなら彼に会う口実にしつつ、無限のものを借りた方がいい。

「私も出るから、これを飲むまで待っていてくれないか」

 早速着込もうとしたところに、後ろから無限に声を掛けられた。
 近いうちに地下鉄以外の交通機関は麻痺してしまうだろうに、悠長な選択である。

「帰りに一日分の食材も買って帰りたいのだけれど構わない?」

 帰りはどうする気だ、と訊ねようとする前に無限が軽く首を傾けてくる。
 その言葉の意味が分からないわけではないが、外の様子を見ると少々不安になってしまう。

「一日でどうにかなるのか……?」
「さあ、どうだったかな。続くようならさすがにここでは手狭だね」

 二人して大窓から外を眺めてみたが、どんよりと曇った空からは途切れることなく雪が落ちてきている。
 一日で何とかなればいいが、何日も解け残って籠城を強いられるようなことがあれば無限が言うようにこの部屋は狭い。

 スマートフォンを取り出した無限が天気予報を調べたらしく、僅かに眉間に皺を寄せる。
 背後から画面を覗き込むと、今週いっぱいはぐずつくようで、一日分の食料では心許ないだろう。

「今度、二人で暮らす部屋を探そうか」

 茶器に注いだお茶を口にしてから、無限が随分力業ではあるが根本的な解決手段を提示してくる。
 風息が応える前に、冷えた指先には熱が辛かったのか無限が少し急いで机に茶器を戻した。
 その指先を追いかけて触れると、このまますぐ外に連れ出すのも気が引けてしまう冷たさである。

「そうすれば衣替えの時期に悩むことも減るだろうし、部屋が狭いなんて考える必要もなくなる」

 そんなに堪える寒さだったか、と訊ねると、さあどうだっただろう、と今度は無限がはぐらかして見せる。

――それもいいな、暖かくなる頃までには決めればいいか。それを過ぎると引っ越しシーズンになるんだろう?」

 指先を手の平で覆って体温を分け与えながら、風息は無限の提案を受け入れた。
 今頃は無限と別れて程近くにある件の公園まで散策に向かっていたはずだったのに、予定通りにいかないものだ。

 じゃあ、この雪が落ち着いてから探そうか、と無限が自由な方の手で風息の出している手の甲に触れる。
 じわじわと熱を奪われて次第に境界線が分からなくなっていくのがなんとなく心地よく感じて、風息は目を細めながら相槌を打った。