溶けかけ。
2025-04-12 15:55:13
27453文字
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花雨

なみセレ開催おめでとうございます!
エピローグまで更新終わりました。
みなさま、ご精読ありがとうございました!


密やかな告白(チューリップ)


「フリーナ殿。それはなんだ?」
「うーん……?」
 おざなりな返事をしながら、フリーナは手元の植木鉢をかき混ぜる。早朝からヌヴィレットの執務室に来て早数分。彼女はこうして植木鉢を弄り続けている。ヌヴィレットがもう一度、疑問を投げかけてみれば、今度は返ってくる声すらなくなった。
 こうなった彼女は長いのだ。
 ヌヴィレットは呆れを含んだ息を吐き出すと机の上の書類に手を伸ばした。仕方ない。終わるまで仕事にでも精を出すとしよう。
 ヌヴィレットの執務室には書類を認める羽根ペンの音やタイプライターの軽やかな音が響く。そのなかに合いの手のようにハーモニーを奏でるのは土を混ぜるサクサクという小気味の良いスコップの音。
 悪くないものだ。
 ヌヴィレットは室内の音に耳を澄ませる。耳障りな羽根ペンの筆記音もいつもは然程気にならないタイプライターの打鍵音も彼女の手にかかれば、三重奏の如き音色を奏でるようだ。

……ット。……きて、……ヌヴィレット」
 ゆら、ゆら、ゆらり。肩を揺すられる感覚で自身が眠っていたことを理解する。ゆっくりと目蓋を上げれば、青い海のような双眸と目が合った。
 フリーナが春の陽だまりを思わせる表情で微笑む。
「ふふっ……いや、すまない。キミを笑うつもりはなかったんだ。ただ、キミもこうして春の日差しに眠気を覚えることがあるのだと思ってね」
 フリーナの手には何かを埋めた形跡のある植木鉢が一つ。
「終わった、のか……?」
 中途半端な覚醒で回らない頭を動かしながら彼女に問いかければ、うん、終わったよ、という穏やかな声が帰ってきた。
「本当は家に置いておこうと思ったんだけど……
 フリーナはヌヴィレットを通り過ぎると、背後にある窓の前に植木鉢を置いた。
「うん。やっぱり、ここが一番良いみたいだ。日当たり良好、管理人付き──フォンテーヌの花々が羨む最優良物件だね」
「待て、フリーナ殿。もしかして、私が育てるのか?」
「そのつもりだけど? 大丈夫。植えたのは誰でも育てられるポピュラーな花だからね。それに病気や温度にも強いとくれば、花を育てたことのない初心者でも安心さ」
「私は一言も育てるとは……
「まあ、そう言わないで育ててみてくれ。案外、悪くないものだよ。あぁ! もうこんな時間だ! それじゃあ、ヌヴィレット、花が咲いたらキミの答えを教えておくれ!」
 ヌヴィレットが口を開くより早く、フリーナが嵐のように去っていく。一人取り残されたヌヴィレットは深いため息をつくのであった。

 それから数週間後。
 植木鉢には黄色いチューリップが三本、並んで花を咲かせていた。
(赤ではないのか……?)
 花言葉と言えばフォンテーヌ、と言われる国に住むヌヴィレットである。メジャーな花言葉くらいは頭に入れていた。芽の出方からチューリップであることにも気づいてはいたのだが……
「黄色……そして、恐らく重要なのは数であろう……
 ヌヴィレットは顎に手をかけて考え込む。それから顔を上げると執務室の本棚から花言葉図鑑を取り出した。

 ページをめくる音で満たされる室内。
 しばらくの後、不意にその音が止まった。
「なるほど……これは、返事をしなければならないな」
 ヌヴィレットの口の端が愉快そうに弧を描く。彼は図鑑を閉じると元の位置へと戻し、出口に向けてゆったりとした足取りで歩き出した。

 チューリップ(黄)の花言葉「望みのない恋」
        
          三本 「あなたを愛しています」