溶けかけ。
2025-04-12 15:55:13
27453文字
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花雨

なみセレ開催おめでとうございます!
エピローグまで更新終わりました。
みなさま、ご精読ありがとうございました!



陸に咲く波(ネモフィラ)


 手紙が届いた。
 フォンテーヌを留守にしている旧知の者からだった。
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 親愛なる ヌヴィレットへ

 元気にしているかい?
 僕は元気だよ。それなりに上手くやっている。
 璃月での撮影も終わって、今はモンドでバカンス中なんだ。
 そういえば、モンドで花の種を買ったんだ。
 青い小さな花が咲くらしい。
 そっちに戻る頃には咲いているところが見られたら嬉しいな。
               愛を込めて フリーナより

 追伸:キミもたまには旅に出てみなよ。
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 封筒を逆さにすれば、白い紙を幾重にも折ったものが出てきた。
 手に取り、開けば、彼女の手紙に書いてあった通り小さな種が何粒も入っていた。
「私が育てる前提なのかね?」
 丁度そのとき、「お荷物です〜」と間延びした声が執務室の扉を叩いた。
「フォンテーヌ、パレ・メルモニア、一階執務室、ヌヴィレット様……でお間違ないでしょうか!」
 二本の尻尾を持った化猫の少女が持つにしてはやけに大きい荷物をふぅふぅと汗ばみながら運んできた。
「そうだが?」
「こちら、モンドからのお荷物です! こちらに受け取りのサインと、よろしければ高評価お願いします!」
 元気いっぱい、といった風な少女が差し出してきた書類にサインを施す。ついでに彼女が言う通り、高評価をしておいた。フリーナが信頼して荷物を託した相手だ。それだけで十分に信用材料になる。
「ありがとうございました〜!」
 少女が去った後には面談用の長テーブルを半分以上占拠するほど大きな箱が残された。 
「何を送ってきたのだ、あれは……
 包装を取り払う。中から出できたのは──
「プランター……か?」
 プランターの中には紙が何枚かと土、そして肥料が入っていた。
 どうやら、私が育てることはフリーナの中では既に決定事項だったようだ。

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 拝啓 フリーナ殿
 
 元気にしているだろうか?
 君がテイワットの旅を始めて、もう三年が経つ。
 私的な手紙のやりとりはシグウィン以外とはしたことがないため、単刀直入に言わせてもらう。
 君が送った種は年々勢力を増し、今では家の周りを青で埋め尽くそうとしている。

 回収を頼みたい。
             心を込めて ヌヴィレットより
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「だから、悪かったって」
 じっとりとした視線がフリーナに絡みつく。使い古した旅行鞄や大量の土産を片手に携えて、二人が向かうのは湖中のウィーピングウィローからほど近い、小高い丘に建つ壊れた煉瓦を組見直して造られた比較的新しい家だった。
「わあ……!」
 丘を登りきったフリーナが感嘆の声を上げる。家の前からウィーピングピローの目の前までを青い花が絨毯を敷いている光景は確かに筆舌に尽くしがたい。フリーナがほう……とうっとりとため息をついた。
「美しいね。これは……そうだね。さながら陸の上の海──といったところかな?」
 フリーナの言葉にネモフィラの花が肯定するかのように熱くなり始めた風に揺れる。瑠璃色の絨毯が一斉に風に曝され、うねる様子はなるほど、彼女の言う通り、陸の海という表現がしっくりくる。
「ん」
 フリーナがヌヴィレットに手を差し出す。ヌヴィレットも当たり前のような顔をしてその手を取ると家の中へと導いた。「足元に気をつけたまえ」という親切な一言も忘れずに。
「三年もあると変わるものだね」
 広く伽藍堂だったリビングには書類の山が築かれ、その中には埋もれるようにしてタイプライターが置かれ、白い山の向こうにある窓からは少し育ったウィステリアとネモフィラが競うようにして咲いていた。窓の外のウィステリアが風に揺れるたびに淡い花の香りが鼻孔を擽っていく。
……すまない。少しは片付けようと思ったのだが」
 ヌヴィレットがバツが悪そうに目を逸らした。
「ふふっ……いいよ。一緒に片付けようか。そしたらお茶にしよう。──キミに話したいことがたくさんあるんだ」
 フリーナがヌヴィレットに笑いかける。ヌヴィレットは僅かに目を見開くとゆっくりと目を細めて微笑んだ。
「ああ。私もキミに話たいことが多く出来たのだ」
 とん、とん、とん、とと、とフリーナが軽やかなステップを踏みながらヌヴィレットの前に立つ。
「うん。知っているよ。だってキミがこんな手紙を送ってくるんだから。──僕が居なくて寂しかったかい?」
 フリーナが意地悪く笑った。ゆらり、とヌヴィレットの体が揺れる。
「ヌヴィレット……?」
 ぽす、という軽い音と共に肩に重みが増した。柔らかな銀糸がフリーナの首筋を擽る。ヌヴィレットの長い腕がフリーナの背中に回る。
……
 ヌヴィレットがフリーナを抱きしめる腕に力を込めた。
「そんなに寂しかったのかい?」
 返事の代わりにフリーナの肩口にヌヴィレットが額を押し付ける。ヌヴィレットの頭が揺れるたびに銀糸が空気をかき乱す音がフリーナの耳に届いた。
「ごめん、ヌヴィレット。寂しい思いをさせて」
……ゆるさない」
「おや? 天下の最高審判官様がそんな一方的なことでいいのかい?」
 フリーナが冗談めかしてそう言えば、ヌヴィレットが再びフリーナを抱きしめた。「苦しいよ」というフリーナの声を無視してヌヴィレットは彼女を抱きしめる力を強くする。
「大丈夫。僕はもうどこにも行かないよ」
……
 ヌヴィレットの手がフリーナの着ているワンピースの布を掴む。幼い子どもがするような拙い仕草にフリーナの心の中に罪悪感が広がっていく。

 手紙を書きたい。
 普通の人間にはそれなりに存在している衝動はヌヴィレットにとっては初めてのことだった。
 書きたいなら書いけばいい──そう言ったのは、旅人だったか、ナヴィアさんだったか、リオセスリ殿だったか、或いはその全員か。
 とにかく、ヌヴィレットは手紙を書くことにした。彼女が喜びそうな封蝋を用意して、洒落た青のレターセットにらしくもない青いインクなんて用意して。
 さあ、準備は整った。
 ヌヴィレットは羽ペンを取り、ペン先をインクに浸けると紙の上へと運ぶ。
……
 ぽた、とインクが一雫落ちた。
……
 また雫が落ちる。
……
 ぐしゃ。
 ヌヴィレットは便箋を丸めるとゴミ箱へ放り込んだ。
「はぁ……
 私的な手紙を書くのは案外難しい。よく考えたら返事を返すばかりで自分から手紙を出すなど初めてのことだ。
「みな、どのようにして書いているのだろうか……
 ヌヴィレットの手が本に伸びて、触れるか触れないか、という所で止まる。
「いや……こういったものは私の言葉で書くべきなのだろう」
 手紙の文例集に伸びかけていた手を引っ込めて、ヌヴィレットは再び熟考する。何か会話のきっかけとなるものはないか、と視線を右往左往させていたヌヴィレットの瞳に窓の向こうの青い花の群れが飛び込んできた。
 ──これにしよう。
 ヌヴィレットは大慌てで姿勢を正すと羽ペンを手に取った。

「ヌヴィレット」
 月夜の下で青白く輝く青の花を見ていたヌヴィレットの隣にフリーナが並ぶ。風呂上がり特有の湿った髪から香るのは彼女が愛用している洗髪剤の香りだ。
「久しぶりだ」
……? 何が?」
 フリーナが首を傾ける。その仕草も目の前に彼女がいる光景も三年前には当たり前に在ったものだ。
……君が、私の隣にいることが」
 ふ、とヌヴィレットが表情を和らげる。フリーナの頬が暗闇でも分かるほどに赤く染まっていく。
「ぼ、僕だって……ずっとキミに会いたかった…………
「知っている」
 月明かりに浮かぶ二人の横顔が徐ろに近づき、重なり合う。
 青い花の海は逢瀬を果たした恋人たちを静かに見守っていた。

 ネモフィラの花言葉 「可憐」「成功」「清々しい心」
           「あなたを許す」