溶けかけ。
2025-04-12 15:55:13
27453文字
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花雨

なみセレ開催おめでとうございます!
エピローグまで更新終わりました。
みなさま、ご精読ありがとうございました!


 

千年続く恋をキミに捧ぐ(藤)

 
「何をしているのだ?」
 さく、さく、と軽やかなシャベルの音が庭先に響く。
「あ、ヌヴィレット。今日は早かったんだね」
 フリーナが顔を上げる。日焼けを知らない白いかんばせには黒土が付いていた。
「あ、ありがとう……
 ヌヴィレットがフリーナの顔に付いた土をハンカチで拭う。僅かに頰を赤く染めて言い淀んでいるのは、子どものようにはしゃいだ自身への羞恥からくるものだろう。
「ガーデニングに精を出すのは構わないが、帽子くらいは被りたまえ。熱中症になってしまったら誰が君を助けるのかね?」
 フリーナの頭に麦わら帽子を被せながらヌヴィレットがこれ見よがしにため息をついた。
「うぅ……ごめん……
「本当にそう思っているのかね?」
 ヌヴィレットの追及する視線から逃れるようにフリーナが露骨に目を逸らす。
「わ……わかってるよ……
「分かっているのなら、もう少し涼しい時間に行うなど他にやり方があるだろう……
 ヌヴィレットの呆れを含んだ返答にフリーナがムッとしたような表情をした。小さな唇が反論するように半開きに開かれるもヌヴィレットの心配そうな視線を受け止めた途端、反抗心はしおしおと萎んでしまったようで、肩を落とした。
「ご、ごめん……! でも、ご近所さんから貰ったから早く植えたかったんだ……!」
 悪戯が見つかった子どものようにフリーナが必死に言い訳を重ねる。そんな姿すら愛おしく思ってしまうのだから、私は重症だな、とヌヴィレットは内心で苦笑する。
「君の言い分は理解した。だが、もう君だけの体ではないのだ。私や他者に与えている優しさを君と──腹の子にも分け与えてくれないか?」
 ヌヴィレットが膝を曲げてフリーナと視線を合わせる。黒い革手袋が汚れることも厭わずに土で汚れたフリーナの手を掬い上げた。
 沈黙が二人の間に落ちる。鳥たちが囀る甲高い声と風の駆ける音が静かに時間の経過を教えてくれていた。
 こくり──フリーナが時間をかけて、ゆっくりと頷く。
「よろしい」
 ヌヴィレットは満足そうに頷くと華奢な手を引いた。二人はもどかしいほどゆったりとした足取りで黒土を踏みしめながら帰路につく。
「あれは何の種なのだ?」
 ふと、思い立ったようにヌヴィレットが言葉を発した。フリーナは下げていた頭を上げるとふにゃりと柔らかな笑みを浮かべた。
「ウィステリアだよ。紫色の綺麗な花が咲くんだ……ああ、そうだ。丁度、君の瞳みたいな色かもしれないね」
 青い双眸が白光を受けてきらきらと瞬く。
 きっと、彼女の瞳には荒れた未完成の庭ではなく、ウィステリアの咲き誇る立派な庭園が映っていることだろう。
「私にも同じ景色が見られたらいいのに……
「何か言ったかい?」
「いや、何も」
 同じものが見れなくて拗ねている、なんて、狭量が過ぎる。いつからこんな風になってしまったのだろうか、とヌヴィレットはそっと息を吐き出した。

「ヌヴィレット」
 その日の夜。
 風呂上がりのヌヴィレットを呼び止めたのはフリーナであった。
「まだ起きていたのか」
 ヌヴィレットの眉間に皺が寄る様子を見たフリーナが慌てて両手を左右に振った。
「これだけ! これだけキミに見せたら寝ようと思っていたんだよ!」
 差し出されたのはスケッチブック。色鉛筆で描かれていたのは、淡い紫色のウィステリアと──
「これは、私と君、か……?」
 ヌヴィレットの言葉にフリーナが頷く。
「庭の完成予想図なんだけど……どうかな……? その、僕の勘違いだったら指摘して欲しい。キミは僕と同じものが見たかったんじゃないかなって……すぐには見せてあげられないから、せめて絵だけでも、と思ったんだけど……余計なお世話だったかな……? って、わっ……!」
 瞳を上下左右に忙しなく動かしながらフリーナが訥々と言葉を紡ぐ。考えるより先に愛しさが募り、気がつけば彼女を抱きしめていた。
「ヌヴィレット……?」
「ありがとう、フリーナ」
 フリーナを抱きしめる力が強くなる。「苦しいよ」と言う彼女の顔もヌヴィレットの顔も幸福に満ち溢れていた。

 ウィステリア(藤)の花言葉 「優しさ」「歓迎」
               「恋に酔う」