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溶けかけ。
2025-04-12 15:55:13
27453文字
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花雨
なみセレ開催おめでとうございます!
エピローグまで更新終わりました。
みなさま、ご精読ありがとうございました!
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惜春(マグノリア)
「フリーナ殿」
ドアをノックするも返事はなく。暫くの間、ノックをした体勢で扉の前に立ち尽くしていたヌヴィレットは小さくため息をつくと「開けるぞ」と一言静かにそう言って、ドアノブに手を掛けた。
蝶番が軋んだ音を立てながら扉が開かれる。部屋の管理をする者たちは有能だ。普段ならば、少しのガタつきも軋みも許すことはなく、こまめな点検と整備が行われている。
「フリーナ殿
……
フリーナ」
カーテンが閉め切られ、夜と見まごう室内にぼんやりと幽鬼のように浮かび上がる白い影。洗濯された様子のないシーツは皺だらけでフリーナは一人、身動ぎ一つせず横たわっていた。
「君に触れることを許してくれ」
ヌヴィレットがフリーナを抱き上げて、近くにあった椅子に座らせれば、フリーナは背凭れに身体を預け、長い手足をだらりと投げ出していた。
「では後は頼む」
ヌヴィレットの声に掃除用具や新品の寝具を携えた者たちが入室してくる。彼、彼女らは予め決められていた配置に就くとカーテンと窓を開け放ち、せかせかと掃除を始めた。
窓を拭き、冬用のカーテンを春用に付け替え、絨毯を敷き直し、ベッドを整えたら、枯れて嫌な匂いを放つ花瓶を新品のものと入れ替える。余すところなくぴかぴかに磨き上げられた室内に甘く爽やかな春の香りが広がる。
「ご苦労だった」
ヌヴィレットが差し出された書類にサインを施す。掃除をしていた者たちはサインを認めると一列になって部屋を出ていった。
「さて、次は私の仕事か
……
」
ヌヴィレットは上着やベストを脱ぎ捨て、ブラウスとスラックスだけの姿になると、椅子に座ってぼんやりと虚空を見つめるフリーナを抱き上げて浴室へと足を向ける。
「
……
」
ヌヴィレットがフリーナのネグリジェのボタンを丁寧に外していく。白く滑らかな肌が露わになろうとも、フリーナは抵抗一つせず為すがままにされている。ヌヴィレットは無言で下着を取り払うとフリーナを湯を張った浴槽に足からゆっくりと浸けて長い髪を丁寧に洗っていく。役得だとかそういった下心はない。
──人形でも相手にしているかのようだ。
ヌヴィレットは唇を噛み締める。フリーナがこうして誰かに入浴を任せることはない。それは神としての矜持というよりは淑女としての矜持であったのだろう。それが今はどうだろうか。フリーナは感情の一切を玉座に置き忘れて来てしまったかのように、こうして空虚な一日を過ごしている。青い双眸は曇り何を考えているのか窺い知ることは出来ない。いや、もしかしたら、何かを考える気力すらないのかもしれない。
ヌヴィレットはすっかり細くなり、骨と皮ばかりになってしまった身体に泡立てた石鹸を纏わせる。途中、胸や秘所
……
所謂、性感帯に触れてもフリーナは声を上げることはおろか、嫌がる素振りすら見せなかった。感覚すら忘れてしまったのか、はたまた、誰かに身体を暴かれることすら今の彼女にとってはどうでもいいことなのか──。
「フリーナ殿」
いくら呼べども返事はなく。ただ、フリーナという少女の抜け殻だけがそこに在った。
水気を丁寧に拭き取り、新しいものに着せ替える。浴室から出る頃には既に夜の帳が降りてきていた。ヌヴィレットはプネウムシアを照明に流し込む。ふわりと淡い橙色が室内に灯る。
ヌヴィレットは入浴で体力を使いきり、そのまま眠りについたフリーナをベッドへと横たえると月色の髪を梳る。
窓の外には偽りの月が浮かんでいた。
「フリーナ殿入るぞ」
ノックをして、部屋へと入る。途端に花を擽る柔らかな花の香りにヌヴィレットは目を見開いた。
「フリーナ?」
返事の代わりにひゅう、と春一番が吹き込んだ。
「フリーナ!」
まさか、外へ出てしまったのだろうか。
ヌヴィレットの脳裏に最悪の光景が過ぎる。それを頭を振って追い出すと開いていた窓へと慎重に近づき、その名を呼んだ。当然ながら返事はない。ヌヴィレットは生唾を飲み込むとバルコニーへ続く扉をゆっくりと開けた。
「フリーナ?」
ヌヴィレットの予想通り、彼女はそこにいた。
風に髪を遊ばせながら、バルコニーの手摺に腰掛けて階下を眺めていた。
曇り、何の感情も浮かんでいなかった瞳には慈愛が滲み、凍りついていたはずのかんばせには僅かに朱がさしている。
「そこに何かあるのか?」
ヌヴィレットはフリーナの隣に並び、下を覗き込む。階下では白や桃色の花が咲き、枝の隙間から小さな子どもたちが春の陽気にはしゃぎ、甲高い声を上げて笑い合っているのが見えた。
フリーナが目を細める。
その表情にヌヴィレットは嘗ての神を見た。
マグノリア(木蓮)の花言葉「自然への愛」「崇高」
「忍耐」「威厳」「持続」
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