2024-09-14 15:03:20
99456文字
Public セフィクラ
 

【SC】(R18)非情なる夜明け revised edition

セフィクラ
高級男娼クと、英雄セのはなし(椿姫パロ)

二次創作を開始する前、習作として作文した椿姫パロの改訂版です。
原作では死別オチですが、ハッピーエンド。

◆24年11月に開催されるオンラインイベントに合わせて、オフ本を少部数発行予定です。
BOOTH頒布ページ: https://120520aqua.booth.pm/items/6108399

pixiv版: https://www.pixiv.net/novel/series/12355229

はげましのおたより💌 https://forms.gle/ovNkYwMhkS9WhdMg8



 紳士が部屋を去り玄関の扉が閉まる音を聞くと、クラウドは美しい顔を苛立たしそうに歪ませ、激しい調子で独り言ちた。
「あいつ、人をいらつかせる天才だな」
 にわかに興奮したその様子に当惑していると、付き合いの長いエアリスは臆することなく声をかけた。
「クラウド、あの人に、冷たくしすぎだよ。親切にしてくれてるのに」
「ここへ出入りするのを許してるだけ、充分優しいだろ」
「あの人は、クラウドが好きなんだよ?」
「俺を好きだって言うやつのことを全部聞いてたら、寝る暇だってない。……そうだ、食事して行かないか? みんなで」
「いいねえ、俺たち夕飯まだなんだ。いい加減腹ぺこ」
 剣呑な雰囲気を察して、ザックスはやや大袈裟にクラウドの提案に乗った。セフィロスは三人のやり取りを聞いて、場に流されてしまおうと決めた。
「近所に深夜までやってる店があるから、何かデリバリーさせるよ。今日はもいるし」
 そっと一瞬、セフィロスを見る。
「それにしても、あの馬鹿といると腹が立つ」
 興奮から僅かに顔を赤くしてあのかわいそうな紳士を罵るクラウドの様子すら、セフィロスはまるで愛玩動物でも眺めているような気分で見つめていた。街で見かけたときや劇場ですれ違うとき、大抵クラウドは静かに微笑んでいるか何かを思い詰めたような顔をしていて、こんなにころころと表情を変化させる気性だとは思っていなかった。
 男娼という仕事へ身をやつしているというのに、クラウドにはどこか子ども地味た無邪気さが残っているように感じられた。それは彼の生まれ持った潔癖さや気位の高さが由来なのだろうか。数多の色恋を商売にしているとは思えない崇高な処女性のような物が、彼の中には根付いている。セフィロスの身体の奥で目覚めた支配欲が、獲物を前にした蛇のようにむくりと鎌首をもたげた。
 食事の注文が済んでしまうと、クラウドは着替えのために玄関の側にある寝室へ引っ込んでしまった。残された三人は今日の芝居の内容についてを話したが、セフィロスは時々どうとでも取れる相槌を打つだけで、多くを語ることはしなかった。エアリスは観劇が好きらしく、どの幕の役者の台詞がどうだとか、途中の歌がこうだとか熱を入れて喋り、ザックスは笑顔で彼女を見て頷いていた。静かで、幸福な夜だった。
 届いた食事を受け取りテーブルへ並べると、小間使いの少女は用意が整ったことを伝えにクラウドの寝室へ行った。再び姿を見せたクラウドは化粧を落としウィッグも外していて、素肌に上等な生地のナイトガウンを羽織り、揃いのハーフパンツという出で立ちをしていた。女の格好をしているときには気付かなかったが、身体は決して痩せ細ってはおらず、機能的な筋肉がしっかりとついていて、病身をおして鍛えているのがよくわかった。

 一同はダイニングテーブルにつき、宴会を開始した。大柄なセフィロスとザックスが隣りにならないようにと、クラウドはザックスの隣にセフィロスと対面するように座った。クラウドとエアリスの好物だというスパークリングワインが一本、二本と瞬く間に空いていき、ザックスが飲むビールの空き缶が五本目を数えた頃、クラウドはキッチンで洗い物などをしている少女へ声をかけた。少女が戸棚から取り出してきたのは、ミッドガルではあまり流通しない高価なウイスキーだった。エアリスは勧められたのを明日の仕事を理由に断り、ザックスも炭酸水へ飲み物を切り替えた。休暇中のセフィロスは同じ断り文句を言うことができず、クラウドに付き合ってやることにした。
 話題がザックスの同僚の愚痴やエアリスが対応したおかしな客などの賑やかなものに移っていくと、酒が入って楽しそうに笑うクラウドの口から、軽い咳が漏れ始めたことに気がついた。かなりいける口なのか、相当な量を飲みながら、セフィロスのロックグラスへも次々と酒を注ぎ足す。グラスが乾きウイスキーが追加される度に、クラウドの小ぶりな唇から出る咳は重く深くなっていき、とうとう仰け反って椅子の背もたれへ身体を倒さないとならないほど酷くなっていった。
 魔晄に耐性がないせいで、肺を病んでいる。ジェネシスがそう言っていたが、咳の発作をやり過ごす毎に、目の前にいるセフィロスをちらりと見てガウンの合わせを整える姿は、艶っぽさを通り越して感傷を誘う痛ましさがあった。こんな身体で、こんなめちゃくちゃな生活をしていたら、本当にすぐにでも死んでしまうのではないか。そろそろ飲酒を止めるべきかと迷い出したとき、ついにクラウドはこれまで以上に激しく咳き込むと、口許を抑えて突然立ち上がり、ダイニングから転がるように廊下へ走って行ってしまった。
「大丈夫かな」
 流石に肝を冷やしたザックスが心配そうに扉のほうを見ると、エアリスが悲しげなため息をつく。
「はしゃぎすぎて喀血したの。いつものこと……そのうち、戻って来る」
 セフィロスは思考するより早く席を立ち、クラウドを追って彼の寝室へ向かった。

 ダブルのベッドと化粧台が並んで置かれた寝室は、ベッドサイドの小さなライトだけが灯されており薄暗かった。クッションを重ね上体を凭れて仰向けになっているクラウドは、顔色は発作による酸素不足で青ざめて、やや開いた唇の端は拭った血で赤く汚れていた。化粧台の上には吸入器と血液の染み込んだタオルが放り投げられている。ぜいぜいと胸を上下させて浅い呼吸を繰り返し、苦痛に耐えるように固く目を閉じているため、追って部屋へ入ってきたセフィロスには気付いていない。驚かせないようわざと音を立てて寝室の扉を閉じると、セフィロスは彼へ近づき床へ跪いて、力なくベッドへ投げ出されたクラウドの手を取った。
「セフィロスさん」
「まだ苦しいか」
「少しだけ……もう、慣れました」
 涙に濡れたまつ毛を震わせ僅かに目を開けて、クラウドは顔をセフィロスのほうへ傾ける。顔についた血の跡が乾き始めて、粉のように散らばっていた。そんな状況だというのに、彼の美しさは全く損なわれていない。セフィロスは気取られないよう細心の注意を払って身体を癒す魔法をかけた。それが効くかはわからなかったが、クラウドの顔へは徐々に赤みが戻り、深く息を吸えるようになった。
「お前は死にたいのか?」
 問い詰めたいと思っているわけではなかった。できるだけ優しく聞こえるように質問すると、クラウドは弱々しく微笑んだ。
「あなたにそんなに心配してもらうほど苦しくはないんです。他の二人は追ってこないでしょう? いつものことだから」
 距離を離すためにわざと戻された呼び名が不愉快だった。そして、この哀れな男娼が自らの命を延ばすためにまともな生活を送る気がなさそうなことも、友人だ親友だと言いながらこんな状態のクラウドを一人で放っておいているエアリスとザックスも、不愉快だった。セフィロスには人の感情が詳細に理解はできないが、こういうときは側にいてやるのが良いのではないのか。
 魔法が効いて動けるようになったクラウドは、起き上がって化粧台の鏡を覗き込み、乱れた髪やガウンを直して、顔へついた血を丁寧に拭き取った。
「もう大丈夫。魔法を使って下さったんですね。さあ、戻りましょう」
 促されても、セフィロスはクラウドを見つめて動かなかった。気配が変わったのを察して、クラウドのブルーの瞳が不安げに揺れる。
「ね? 行きましょう」
 握っていたクラウドの手を持ち上げ、唇でその指先へ触れる。クラウドは困ったように身体を捩った。
……お願いだから、俺と戻りましょう。二人とも心配してます」
「心配なら、俺もしている」
 指一本ずつに丁寧にキスを落としていく。冬の屋外に出ていたように冷たく、まるで死体だと思った。
「あなたがお優しいのは、もう充分わかりました。でも、俺、どうすればいいか……熱が出て咳が止まらないと本当に寝られなくて、こうやって気が紛れることを何かしていないと、狂ってしまいそうなんです」
 駄々をこねる子どもに言い聞かせるような言い方だった。セフィロスはクラウドのその態度に、怒りを感じていた。俺が心配しているだけでは駄目だと言うのか。傲慢な考えが浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでくる。この男が判断する何かに、自身の感情や願望が少しも影響を与えないということが許せなかった。
「とにかく、こんな生活はやめろ」
 不器用すぎて、これでは部下に指導をするときと変わらないと思っても、言わずにはいられなかった。無感動だった生活を変え、精神を大きく乱すこの自棄な男に対して、何も言えなかった初対面を繰り返さないためにも。
「だって」
 クラウドは拗ねたように唇を尖らせた。
「もし俺が俺の身体を労ったら、そのときもやっぱり死んでしまうんです。俺の身体がまだなんとか保っているのも、こういう馬鹿な暮らしをしてるおかげです。普通の人だったら大人しく身の丈にあった生活をしていればいいんでしょうけど、俺みたいな仕事をしている人間は、一度客の要望を満たせないとなったら最後、すぐに捨てられて見向きもされなくなって、終わりなんです」
 彼には彼の信条があるようだった。しかし、それを承知するわけにはいかない。せっかく見つけて手が届くと思った宝物が、眼の前で色褪せて朽ちていく無力感を味わうのは絶対に嫌だった。どうしてこんな考えになるのかはわからないが、とにかくさっきやっと知り合えたばかりのクラウドに、並ではない執着心が芽生えてしまっていた。

「お前さえよければ、その体質をうちの系列の病院で改善できないか調べさせる」
 この申し出にはクラウドも驚いたようで、セフィロスが正気であるかを確かめるように、青い瞳が二度瞬きをした。
「あなたは今お酒を飲みすぎているから、そんなことを言うんですよ」
「セフィロスと呼べと言っただろう」
……セフィロス」
 やっと呼び方を訂正させることができて、クラウドにはセフィロスの言うことを聞く気があるのだと安堵する。勝ち目は薄い。が、負け戦というわけでもなさそうだった。セフィロスの翡翠の色をした瞳が、狙いを定めて輝いた。
「そんなに言うなら、俺の看病でもしてくれますか。毎日まいにち、側にいてくれますか」
 そんなことはできないと言って欲しそうに投げやりに言う。セフィロスを試しているつもりでいるらしい。彼を通り過ぎていく男は大勢いたようだが、恐らく誰も真に彼へ寄り添ってはくれなかったのだろう。元通りになった頬の色は、暗い寝室の中でも内側から発光しているように白い。
「お前が望むなら、そうしよう」
「一体どうして、ただの……俺なんかに、そんなにこだわるんですか」
 きっと『男娼の俺なんかに』と言いかけて止めたのだと察することができた。セフィロスの純粋な心配に、クラウドは自身の境遇へ羞恥を覚えたようだった。
「お前の生き方に、自分でも驚いたことに同情を抱いている」
 素直に正面からものを言われるのに弱いのだと、これまでのやり取りで確信があった。騙し、騙され続ける世界に長く身をおいていると、飾り気のないセフィロスの言葉のほうがむしろ響きやすいらしい。それを裏付けるように、クラウドの瞳が再び揺れた。
「同情ですか。俺を囲いたいんじゃなくて? それならそうだと言ってもらったほうが早いんですけど」
 しかし、クラウドは初心な男ではなかった。セフィロスからさらにもっと信用に足る言葉を引き出そうと、懸命に頑張っているようだった。それがかわいそうで、いじらしく見える。
「俺にもわからない。こんなに他人を気に掛けるではなかったからな」
「それなら、わからないままでいいです。もし俺が、あなたの気持ちに従わなかったら、あなたはきっと俺を恨む。俺が従っても、あなたは立派な英雄だっていうのに、惨めな男娼を恋人にするはめになる。俺は見ての通りこんな病気の身体だし、血を吐いたり、年に何万ギルも無駄遣いして借金まみれです。明るく見えるかも知れないけど、ほんとは陰気で、いつも塞いでるんです。とてもつり合いません。あなたには手に負えないんです……
 ほとんど懺悔に近い告白だった。クラウドは上流階級の顧客を抱えるだけあって、頭の回転は良いようだった。それだけに、文字通り命を削って身体を売る仕事にその身を落としていることが惜しく思えた。セフィロスとの違いを明確に感じているからこそ、気安く踏み込んでくるなと威嚇する。自ら傷口から溢れる膿を見せることで、セフィロスが引くのを待っている。常に金勘定がついて回る人生だったのだろう。他人と自分が全く異なるものになってしまったという事実から目を逸らすために、この哀れな男は、酒と淫奔と不眠へ走っている。

「もう戻りましょう。みんな待ってます」
 話はこれでおしまいだと言うように、再度クラウドはセフィロスを促した。まだセフィロスが掴んだままの手に、もう一方の自身の手を重ねて挟む。指先は冷たいままだった。
「それなら、俺はここでお暇しよう」
「どうして?」
「お前がはしゃいでいるのを見るのが耐えられないからだ、クラウド」
 ぽつりと言った言葉に、クラウドは一瞬泣きそうな顔をした。生まれて初めて人から優しくされたとでもいうのか、苦しそうに眉を顰めて何かを堪えている。
「わかりました。それなら俺、もう大人しくしてますから……
「聞いてくれ、クラウド」
 消えてしまいそうなクラウドの声を聞き終わらないうちに、重ねた手へ力を込めてセフィロスは真剣に語りかけた。
「お前に会って以来、俺はお前とこうして二人で話す機会がないかとずっと待っていた。やっとその機会が巡ってきたというのに、俺を求めないばかりか、俺のやり方でお前を想うことも許さないなどとは言わないでくれ」
 熱心にそう言うセフィロスに、クラウドは言葉を失い唇を開いたり閉じたりして、そのあと顔を真っ赤に染めて俯いた。彼に響くよう、遠回りをせず率直に話したつもりだったので、セフィロスはその素直な反応に笑い出しそうになった。これは怯えているだけの手負いの獣と同じだ。怪我をさせるつもりはないと時間をかけて説き伏せればきっと――
「あんた、俺がどういう人間か、ちゃんとわかってないんだよ。俺のせいであんたが誹りを受けるなんて耐えられない。俺、小さい頃あんたにちょっと憧れてたんだ。頼むから、俺のことはただの友達だと思ってくれ。会いに来て、話をして……それだけ。あんたは将来有望だし、俺みたいなのがあんたの世界に入ってはいけない」
 興奮した口調で絞り出すようにそう言うと、クラウドは呼吸を確認するため大きく息を吸い込んだ。発作がぶり返していないか、無意識に探っているようだった。敬語の崩れた話し方に二人の距離がまた縮まった気がして、言葉では拒絶されているというのにセフィロスは嬉しくなった。
「お前は俺の心配をしているのか? 俺はミッドガルでは確かに英雄と呼ばれているが、敵対している者から見ればただの殺戮者だ。今更誹りを受けたところで、考えを変えるつもりはない」
……そんなに言ってもらっても、俺からは何もしてやれない」
「簡単なことだ。俺だけを見て、俺のことだけを考えていればいい」
 ベッド横へ跪いていた背中を伸ばし、膝立ちになってクラウドの身体を抱き寄せた。しなやかな身体は確かに軽いが、当然ながら女のような柔らかさはない。強く抱いたら壊れてしまいそうな危うさのないその身体つきは、心地よく腕へ馴染んだ。
 ついさっきまで苦しそうにしていた背中を撫でてやると、クラウドは目を閉じて、それ以上の否定の言葉を言わなかった。

「あんた、思ってたよりずっと変な人だ。すごく優しいと思ったら、すごく偉そうで自信家だし」
「普段は周囲の目があるからな。英雄でいるのも、楽じゃない」
「ファンが聞いたら泣くぞ、それ」
 セフィロスの心配がやっと伝わったのか、クラウドは親密に話してくれるようになった。言いながら笑って、身体へ回されたセフィロスの逞しい二本の腕を撫でている。
「クラウド、次はいつ会いに来ればいい?」
 触れてみると思いの外柔らかい透ける金髪を指で遊びながら聞くと、クラウドは嫌がることなくじっとそれを受け入れる。
「明日。二十三時から零時の間。嬉しい?」
「これ以上にないほど」
「噂以上の能面だな」
 真剣さを示すように表情を変えずに答えたのが気になるのか、クラウドはセフィロスよりもよっぽど嬉しそうに笑った。
「セフィロス、この約束は誰にも内緒だからな」
「わかった」
「うん。いい子」
 両手でセフィロスの肩をそっと掴んで身体を離すと、クラウドは右手でセフィロスの艷やかな銀髪を慈しむように触った。
「不思議に思ってるだろ。急に俺が言うことを聞いて」
「何か理由があるのか」
「それは――
 髪を触っていた手をセフィロスの心臓の位置へ置いて、クラウドは鼓動を感じるように厚い胸板へぴたりと手のひらをくっつけた。
――俺はどうせ長生きはできないだろうし、太く短く、やりたいことは全部やって生きてやろうって思ったんだ」
 クラウドの美しい顔が近付いて、まだ微かに血の跡を残す唇がセフィロスの唇に触れた。すぐに離れて、反応を窺うように吐息のかかる距離で顔を覗き込まれる。
「それに、例え俺の命が短かったとしても、あんたが俺をかわいがってくれる間よりは、長いだろうから」

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