2024-09-14 15:03:20
99456文字
Public セフィクラ
 

【SC】(R18)非情なる夜明け revised edition

セフィクラ
高級男娼クと、英雄セのはなし(椿姫パロ)

二次創作を開始する前、習作として作文した椿姫パロの改訂版です。
原作では死別オチですが、ハッピーエンド。

◆24年11月に開催されるオンラインイベントに合わせて、オフ本を少部数発行予定です。
BOOTH頒布ページ: https://120520aqua.booth.pm/items/6108399

pixiv版: https://www.pixiv.net/novel/series/12355229

はげましのおたより💌 https://forms.gle/ovNkYwMhkS9WhdMg8



 徐々に開いていく扉を見ながら、クラウドの脳裏には走馬灯のように様々な出来事が過っていた。故郷のニブルヘイムの自分の部屋の、太陽の香りのするベッドのシーツ。幼い頃に雑誌で見た、英雄セフィロスの特集記事。母の得意料理の、パンによく合うよう隠し味でチーズを入れたシチュー。ミッドガルへ一人で出てくるときに船から見た、鉛色をした広大な海。ネオン輝くプレートの上で、行く宛もなく咳を堪えつつ歩き回って過ごした一夜。エアリスがくれた一輪の椿の花。劇場の桟敷席の、柔らかいビロードの椅子。緞帳が上がっていくときのブザー音。キスをするときに顔をかすめる、セフィロスの長いまつ毛。思い出したってどうしようもないことが勝手に溢れ出して、息をするのも忘れてしまいそうだった。
 果たして扉が開かれて、人影が一歩、玄関へ入ってくる。苛烈な喘鳴に胸が潰れそうに痛み、本当なら今すぐ気を失ってしまいたかった。しかし、視界に現れた人を捉えた目は、ただ驚きに見開かれるばかりだった。二メートルに迫ろうかという長身。鍛えられた体躯。腰まで伸びた艷やかな銀髪。そして、鋭利な刃物を連想させるような、冷ややかな美しい相貌。そこにいたのは、間違いなくもう一度会いたいと願った最愛の人だった。クラウドは息を止めたまま、夢から抜け出してきたようなその姿を眺めていた。
 セフィロスが長い脚でさらに踏み込み、後ろ手に扉を閉めるのと同時に、クラウドははっと我を取り戻し、忘れかけていた呼吸を再開した。細くなった喉は充分な酸素を取り入れることができず、大きく咳き込んでしまう。口内へ鉄の味が広がっていき、喀血の鋭い痛みと苦しさに、両目からはぼろぼろと涙が零れていった。
「薬を置いていくからだ」
 小さくため息をつくと、セフィロスはさらに近づいて、身体を折って両手を血塗れにし咳を続けるクラウドへ、詠唱なしで回復の魔法を発動させた。緑色の暖かな光がクラウドの全身を包み、少しずつ胸の重みも、身体の芯まで響くような咳も治まっていく。
 深く吸い込めるようになった呼吸を数回確認し、クラウドが落ち着くまで、セフィロスは大きな手のひらで背中を優しく撫でてくれた。よく知っているその手の安心感に、クラウドは歓喜で身体が震えるのを感じた。
「なんで、ここに……
 もしかしたら、夢かも知れない。あまりにも都合が良すぎて、クラウドは自身の正気を疑い始めていた。いつもいつもセフィロスは、クラウドが会いたくないときに現れる。もっと身体が良くて、神経が穏やかで、苦しんでいない姿を見て欲しかった。しかし、こんな惨めな自分を見られたくなくて逃げて行っても、いつも力強い腕に捕まってしまう。いつからかそれを望み始めていたような気もする。

 ようやく言葉を取り戻したクラウドの問いかけに、セフィロスは肩を竦めた。
「俺を騙したな、クラウド」
 その言葉を聞いて、酸欠から回復しやっと赤みの戻ったクラウドの顔は、みるみる白くなっていった。セフィロスは、もしかしたら愛想を尽かしただけでなく、激しく腹を立てているのかも知れない。あれだけクラウドを心配して、手元へ置いておきたいと願い、自宅で一ヶ月も身の回りの面倒を見てくれていたのだ。そうした心遣いを放り出して壊し、足で踏みつけにしたのは他でもないクラウドだった。彼に受けた恩に報いることもなく、ろくな挨拶もなしに身勝手に出て行った。憎まれても当然だった。瞳に溜まっていた最後の涙が頬へ落ちて、ぼやけていた視界がはっきりする。輪郭まで明確になったセフィロスは、静かに怒っているようにも、呆れて言葉を失っているようにも見えた。
 言い訳をする気はなかった。誰に理解されずとも、クラウドなりに彼を守ろうとしたことは、クラウドだけが知っていればそれで良かった。セフィロスを愛してしまったために、捨てることでクラウドの愛は永遠になった。いつか遠い未来、クラウドが払った大きな犠牲や、何よりも献身をもって彼を愛していたことに気付いてくれるときがきっとくる。そのときクラウドが冷たい墓石の下で骨になっていようとも、構わないと思っていた。
 今にも、セフィロスの腕の中へあの特徴的な長い刀が握られるだろう。人生の幕引きは、舞台の終わりと同じようにはいかない。これから続いていく残り少ない人生も、味わう苦痛と孤独を思えば、愛した人に殺されるのなら本望だとも言えた。クラウドは呆然と口を開いたまま、セフィロスが次に何か言ってくれるのを待った。やっとこれで、楽になれる。
「無様に打ちひしがれているお前も美しいが、今は身体を休めたほうがいい。寝室に連れて行ってやる」
「え?」
 予想外の反応に間抜けな声を上げてしまった。クラウドの了承を得る前に、セフィロスは慣れた手つきで軽々とクラウドを横抱きにすると、寝室へ向かって歩き始めた。いきなり視界が変わったために、抵抗もできずされるがままにセフィロスの首元へしがみついた。

 寝室を隔てる扉は開けたままにしていたため、セフィロスはクラウドを両手に抱えながら爪先で軽く扉を蹴って部屋の中へ入った。中央に置かれたベッドへクラウドを横たえると、様子を窺っていたらしいマリンが奥から飛び出して来て、半分泣きながらクラウドの側へ走り寄った。
「クラウド、クラウド!」
 呆気にとられていると、清潔なタオルを顔にぐいぐい押し付けられて、顔中についている血のことを思い出した。吐いた血であちこち汚れて、結局ショックな姿を見せることになってしまった。嗚咽を漏らしながら覗き込んでくるマリンの大きな目が、心に突き刺さるようだった。親を失い行き場のなかった彼女を拾ったクラウドが、目の前で盾になり彼女を庇おうとしたことで、どれほど不安な気持ちにさせてしまっただろう。しっかりしているように見えても、彼女は傷ついているただの一人の子どもだった。泣きながらもクラウドの手や口をタオルで拭いているマリンへ、クラウドは「ありがとう、ごめんな」とつぶやいた。
 調子の戻ったクラウドが、穏やかに別の部屋へ行くように伝えると、マリンはセフィロスへ小さく頭を下げて大人しくその言葉に従った。二人きりになってしまうと、ベッドの隣に立ったセフィロスが、高い位置から自分を見下ろす表情を確かめた。何も言わずに黙って、首を少し傾けてクラウドを見つめている。その姿は、つい数日前まで共に過ごしていたときと、何ら変わらないように思えた。瞬時に、恋しさが溢れて、止められなくなってしまう。
「隣へ座ってもいいか」
……うん」
 体格の良いセフィロスが腰掛けたせいで、マットレスが大きく沈み込み、クラウドの身体はセフィロスのほうへ傾いた。本当は、側にある分厚い身体を思い切り抱きしめて、そして強く抱きしめ返して欲しかったが、彼がなぜここへやってきたのかがまだ見えなくて、クラウドはその衝動を胸の中へ収めた。
「お前の強情には、全く手を焼いている」
 仰向けに横たわるクラウドに覆いかぶさるように、セフィロスは上体を捻って枕元へ手をつき、顔を覗き込んできた。毛先まで完璧に手入れをされて、いつも良い香りのする髪がさらさらと流れ、クラウドの顔の回りへ垂れて落ちる。
「ごめん。ごめんなさい……――
 何に対して謝っていいのかも整理がつかないが、反射で謝罪の言葉が漏れた。途端に喉の奥がぐうっと詰まり、止まったはずの涙がまた瞳の奥から湧いてくる。この一ヶ月で、かなり涙もろくなってしまった。セフィロスと出会う前、いつも泣きたい気分でいたのに、泣かせてくれる人がいなかった反動だろうか。
 言いたいことはたくさんあった。聞きたいことも、たくさんあった。しかし、言葉の先を唇で塞がれて、焦がれるほど求めていたその優しいキスに、クラウドは抵抗せずに目を閉じた。短いキスを何度か繰り返し、流れた涙が唇を濡らすと、セフィロスは少し顔を離して囁くように話し始めた。
「よく聞け、クラウド。神羅はコルネオを切った。明日にでも全て明らかになることだが――細かいことは、今は伏せておく。お前も、コルネオに騙されていたんだ」
「何? コルネオが、なんだって?」
 言われていることがすぐに理解できずに、クラウドは指先に触れているセフィロスの長い髪を、彼の身体を抱きしめる代わりに握り込んだ。
「伝手を使って、色々と調べさせた。お前が自由になろうとしていたことも、知っている。そのために手放そうとしたものも、犠牲にしようとしたことも。お前は肝心なところで俺を頼ろうとしないから、それをずっと不満に思っていたが、今となってはどうでもいい。とにかく、お前が払えと言われた金は――そんなものは、始めからなかったんだ。お前はコルネオに騙されていた。嵩んでいた借金も、全てやつに繋がる金貸しからのものだった。いずれ全員捕まるだろう。知らない間に、退路を立たれて逃げないよう追い込まれていたんだ。だが、やつはもういない。お前の旦那たちも、それを知って捜査から逃れるために全員行方をくらました。お前を縛るものは、もう何もない」
 本当にゆっくりと、しかし確かな口調でそう告げると、セフィロスはクラウドの唇へもう一度キスを落とした。与えられた情報が多すぎて、クラウドはまだ半信半疑でセフィロスの独特な瞳孔をじっと見ていた。

 セフィロスと出会って、星が反転したような毎日を生きていた。何とも思っていなかった些細なことが気になって、とても仕事ができなくなる。エアリスはそれを恋だと笑った。色恋を金で売り買いしてきたクラウドの、真心の初恋だった。しかし、男娼が落ちる恋というのは、綺麗事だけでは済まされない。たちまち恋の炎に焼かれ、身も心も燃え尽きて、まるで自分の存在が無価値で汚らわしいもののように思えてくる。
 だから全てを捨てようと、コルネオと手を切ることに決めたのだ。かき集めた金で生まれ変わり、セフィロスが愛してくれるうちは、ただのかわいい恋人でありたかった。その後、仕事も金も旦那たちも失って、ぼろぼろになって惨めに死ぬ運命だったとしても、幸福な記憶を反芻して最期まで生き抜くつもりでいた。
 しかしクラウドの目論見は一笑に付され、呆気なく粉々に砕かれた。貯めた五百万ギルでは足りないという身請け金と、。身を飾るために毎日買い集めたブランド品や、箔付けのアクセサリー。男娼として生きていくだけで借金ばかりが増えていき、クラウドの家計は常に疫病が流行した火葬場のように火を吹いていた。コルネオから贈られた様々な高級品まで含めたら、文字通り死ぬまで働いていたって、とてもこの世界から抜け出すことなどできないだろう。
 恋をすると人は弱くなるが、反面、驚くほど強くもなる。セフィロスへの愛を胸に、自ら別れを告げて離れていく。それがクラウドの立てた計画の頓挫と、哀れで滑稽な結末のはずだった。
 そこへ今、何もかもを覆すことを畳み掛けられて、クラウドは思考する力さえ残っていなかった。
……それでも、俺の元を離れるか?」
 まつ毛を震わせ瞬きを繰り返すクラウドへ、セフィロスは寂しそうに言った。自嘲の色を混じえたその表情があまりにも綺麗で、クラウドは胸の中へ愛しさが痛いほど募るのを感じた。冷たく突き放し、一人で全てを決めて勝手の限りを尽くしたというのに、必ずあとから追いかけて、いつも一枚上手でクラウドが欲しい言葉をくれる。セフィロスへの素直な愛情が溢れ出し、こめかみを伝っていく涙を止めることができなかった。
「あんたは、それでいいのか。俺、わがままばかり言って、何もしてやれない」
 涙の滲んだ鼻声でそう言うと、セフィロスは唇の端をつり上げた。全てを知って理解した上で、それでも側にいて欲しいと請うセフィロスへ、差し出せるものなど何も残っていなかった。
「お前が望むなら、俺だけを見て、俺のことだけを考える生活に、戻れるということだ」
 片腕へ体重を預けて、セフィロスのしっかりした指が溢れる涙をそっと払う。再度唇が重なって、クラウドは陶酔しながらその口付けを受け入れた。
 二人はキスをして、幸せに暮らしましたとさ――そんな終わりを迎えられるのは、世の中でもごく一部の、限られた幸福な人間だけだ。少なくとも、クラウドには生涯縁のないことだと思っていた。魔晄に満ちた都市で魔晄に身体を病みながら、人から石を投げられても強かに生きていく。たしかにそう決めていたはずなのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
「俺が欲しいと言え、クラウド」
……欲しい。あんたと生きていく未来が欲しい」
 二人を分かつ薄い膜が破られて、クラウドは縋りつきたい気持ちを抑えることを止めた。セフィロスの広い背中へ手が回り、力の限り抱きしめると、同じ力で抱き返される。引き寄せられるように顔が近づいて、深く絡まるキスをした。これからは夜明けに遮られることもなく、ずっとこうして離れずに朝を迎えることができる。お互いの欠けたところを補完するように埋め合って、もう二度と離すまいと心へ誓う。二人はしばらく、言葉も交わさず抱き合っていた。


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