2024-09-14 15:03:20
99456文字
Public セフィクラ
 

【SC】(R18)非情なる夜明け revised edition

セフィクラ
高級男娼クと、英雄セのはなし(椿姫パロ)

二次創作を開始する前、習作として作文した椿姫パロの改訂版です。
原作では死別オチですが、ハッピーエンド。

◆24年11月に開催されるオンラインイベントに合わせて、オフ本を少部数発行予定です。
BOOTH頒布ページ: https://120520aqua.booth.pm/items/6108399

pixiv版: https://www.pixiv.net/novel/series/12355229

はげましのおたより💌 https://forms.gle/ovNkYwMhkS9WhdMg8



 午前中に目を覚ましたクラウドは、働かない頭で家の中を改めて見て回った。家具も、家電も、宝飾品も服も、全てが元通りの場所に、何もなかったような顔をして収まっている。マリンは買い物へ出かけると言って朝から不在にしていて、花屋も朝が早いから、エアリスもすでに店を開けている時間だろう。セフィロスと出会う前、こういうぽっかり空いてしまった一人の時間をどう過ごしていたか、忘れてしまっていた。ただ漠然とした寂しさがこみ上げて、やることもなく、孤独だという感覚が突き刺さる。
 これから先、エアリスを自身のややこしい事情へ巻き込むわけにはいかないから、今まで通りお互いの家を行き来したり、深夜までお喋りをするのは控えたほうがいいだろう。コルネオは狭量な男だから、自身の利益への執着が強い。ああ見えてクラウドよりもよっぽど芯が強く激しい一面を持っているエアリスとは、きっとセフィロス以上に相性が悪いに違いない。そう考えて、セフィロスのことを思い出しているのが悲しくなった。自ら別れを伝えたというのに、会いたくてたまらない。せめて一目でも、これが最後だという覚悟を持って顔を見たかった。たった一ヶ月の幸福な日々を共に過ごして、キスして抱きしめた愛しい人の幻影は、心の奥深くに染み付いて、何をしていようともどうしようもないほどクラウドを苦しませた。
 セフィロスは今、何を考えているだろうか。メッセージ一通だけで別れた自分のことなど、とっくに愛想を尽かしているかも知れない。考えなければいいだけなのに、恋しい気持ちは募るばかりで、あの幸せだった日々がもう二度と戻らないという事実に一層心が塞いでいった。自身の力のなさ、覚悟の弱さ、詰めの甘さをこれでもかと実感させられて、じっとしているとまた涙が出てきそうだった。
 滲んできた涙を飲み込んで、家へ一人でいるとろくなことがないと思い、シャワーを浴びるために浴室へ向かう。服を脱いで鏡を見ると、明るくなっていた顔色は青白く戻っていた。昨晩謝罪をしに会った老人のために施した化粧が落としきれておらず、下瞼にマスカラの残りがこびりついている。酷い顔をしていた。
 ぼんやりしながら身支度を整えて、マリンに宛てて置き手紙を書いた。『少し街へ出てくる。昼過ぎには戻る』。エントランスを抜けると、クラウドの顔をしっかり覚えていたチョコボが、再会を喜ぶように小さく一鳴きした。

 チョコボ車から見る街は、なんだかいつもと違う感じがした。市民に混じって、神羅の兵士の姿をよく見かける。今日はイベントでもあっただろうかと携帯端末で調べるが、特に催し物があるという情報は見つからなかった。気晴らしに出てきただけなので、行き先もなくチョコボ車を走らせている間、検問の数も多いことに気がついた。クラウドのチョコボ車も二度止められて、御者への声掛けだけでなく、キャビンの中まで覗き込まれる。街行く人々も普段と違う空気を感じているのか、心なしか皆不安そうに見えた。
 十一時を回りそろそろ家へ戻ろうと思っているところで、クラウドはようやく今朝、老人が尋ねて来なかったことを思い出した。昨日なんとかなだめすかして機嫌を取ったはいいものの、一月もの間セフィロスの家にいたため、毎朝老人が来ていたことを忘れていた。湯治先で出会ってからというものの、どんなに断っても毎朝早い時間に顔を見に来て、夜他の旦那と会う約束がない日は何かと用事を作ってはクラウドに会いたがり、連絡が取れなくなった途端に行方を探しコルネオに直接コンタクトを取ったほど執着を見せた老人にしては、少々あっさりしすぎてはいないだろうか。会ったときは、手紙に書いた通りクラウドに何があったかを聞かず、涙を流しながらクラウドが戻ったことを感謝したあの老人がどうしているかと気になってしまい、クラウドは携帯端末を取り出した。着信の履歴も、メッセージも何も届いていない。薄っすらと嫌な予感が膨れてきて、それを否定したくて一通昼の挨拶のメッセージを送信したが、返事が返ってくることはなかった。

 一夜にしてコルネオ一味が壊滅させられてから、数日が経った。何の報道もないまま厳戒態勢を続ける街の様子に、ミッドガル市民の不安は最高潮に達しようとしていた。プレート上の住民は増え続ける街中の兵士の数へ怯え、スラムの人々は漏れ聞こえてくる噂に踊らされている。タークスを含めた捜査部隊は事件解決に向けて尽力を続けていたが行き詰まっており、初日に得られた以上の情報を見出すこともできていなかった。コルネオと敵対していた組織の構成員を次々に微罪で逮捕しては取り調べを繰り返し、何の成果も出せないという無為な時間が過ぎていく。そろそろ報道機関への規制も限界を迎えつつあり、近日中に事件概要を広く知らせるための会見が行われることが決定した。
 コルネオの根城から発見された様々な重大犯罪の証拠のことも考慮され、これまで長い間彼と癒着を続けてきた神羅としても、市民からの反発を最小限に抑えるために動かざるを得なくなる。とうとう死傷者の中へ含まれていなかったコルネオ本人に、全国規模で指名手配をかけることも同時に決定された。だが、現場の惨状を見るに、遺体が見つかっていないだけで、生存はほぼ絶望的だと思われた。
 朝から組まれた会議の内容を聞いて、ザックスは同席しているセフィロスの横顔を盗み見た。いつもと同じ、涼やかな無表情だった。小さく息を吐き、ほっとした気分になる。この数日間、セフィロスへ繋がる情報や証拠が出てきてしまうのではないかと柄にもなく気を揉んでいたが、ここまで目撃者の一人もいなければ、出てくるのはコルネオの悪事を証明するものばかりだった。しかしその鮮やかすぎる手腕は、同僚として働いているザックスへも漫然とした恐怖を植え付けた。真に敵に回してはいけない者が、今は味方でいるだけなのだ。――いや、まだ味方かどうかなんて、ザックスにはわからなくなっていた。
 事件があってから一度だけエアリスに会ったが、彼女は彼女で何かを知っている風ではあった。しかし、言いにくそうに「クラウドはセフィロスの元から戻ってきた」と教えてくれただけで、クラウドが戻って以降はこれまでのように親しく付き合うこともなくなったようだった。睦まじくお互いに支え合い生きてきたというのに、クラウドが戻ってからは交流が希薄になってしまい、エアリスもあの二人の間に何が起こったのか詳しいことは知らないらしい。
「今はつらいだろうけど、クラウドにとっては、これでよかったんだよ」
 そう悲しげに言って、無理に微笑もうとするのが痛々しい。ザックスとしても社内での箝口令がある以上、ウォールマーケットで起こったことをエアリスへ話してやるわけにもいかず、お互いが言えない秘密を隠しているということを感じながら、話はそれで終わってしまった。

 どんなに大きな不安や焦燥を抱えていても、誰にでも等しく時間は流れていく。クラウドは街へ漂うひりついた空気を肌に受けながらも、久しぶりに劇場へ向かおうとしていた。ここ最近の不穏な気配もあってか、休日前の夜の人気公演だというのに、場内は空席が目立っていた。通い続けている劇場には通年で購入した桟敷席があるため、誰にチケットを贈られなくても大した出費にはならない。ふかふかと毛足の長い絨毯に置かれた席へ腰を下ろし、客席をぐるりと見渡した。もしかしたら、どこかにセフィロスがいるかも知れない。オペラグラスを使って隅々まで確認したが、あの優美な銀髪を見つけることはできなかった。
 劇場から用意されたボンボンを開封し、一口つまんで懐かしいその味を堪能する。同じく席へ置かれていた椿の花を指先で弄んでいると、静かに幕が開いた。沈んだ気持ちで見る舞台は、色褪せているようだった。
 あれ以降老人からの連絡はなく、毎朝の訪問もずっと途絶えたままだ。それどころか、コルネオに宣言した通りに老人以外の旦那にも電話、メッセージ、手紙と様々な手段で謝罪の連絡を入れたというのに、どれにも返事は来なかった。旦那たちから定期的に送られていた援助の金も届くことはなく、クラウドはじりじりした不安に苛まれていた。監視を強めると言っていたコルネオの言葉通り、クラウドが出かけるたびに後ろをこれ見よがしについてきていた彼の部下たちも、ある日を堺にぱたりと姿を見せなくなった。
 これも無断で逃げようとしたクラウドへの、コルネオの悪趣味な罰なのだろうか。クラウドを手ひどくいたぶるとき、コルネオは心底楽しそうだった。今こうして、たった一人で誰に頼ることもできず、不安に押しつぶされそうになっているクラウドの様子を、気付かれないよう影から眺めて満足しているのだろうか。現在自由になる現金を把握しておかなければ、次またいつ旦那たちの相手ができるかわからないで過ごすのは危険だと思った。結局その日は知った顔に誰とも会うことなく、クラウドは暗い顔で劇場を後にした。
 家へ帰っても、一人の時間から解放されるわけではない。マリンもクラウドの不安を察しているのか、静かに見守るようにしているだけだった。クラウドの身に万一のことがあったら、後見をエアリスに頼んではいたし、彼女もそれを望んでいた。しかし現状を考えると、何もかもが以前の通りにはいかないように思えた。せめてエアリスが側にいてくれたら。そして底抜けに明るいザックスを連れてきて、少しでも元気を分けてもらえたらと考えると、自然と深いため息が漏れた。
 借金の支払いの期日はどんどん近づいてきて、まとまった金を用意しなければならないというのに、援助の送金もなければ仕事の斡旋もない。だが、また私物を質入れしたら、たちまちコルネオに話が回ってしまうだろう。どうすることもできず、クラウドは進むのを止めない時計の秒針を恨めしげに見つめることしかできなかった。
 考え事をしていると、呼吸が細くなっていることに気がついた。セフィロスの家へ薬の残りを置いてきてしまい、あれからずっと服薬をしていない。治療を止めれば身体も元通りになることはわかっていたが、久々の発作の予兆にどくどくと鼓動が早くなった。
 肺からは木枯らしのような音が響き、軽い咳が呼吸へ混じり出す。顔がかっと熱くなり、その感覚で高熱が出ていることがわかった。クラウドが咳き込み始めたことに気がついて、マリンが咳止めと水を持って寝室へ入ってきた。
「クラウド、平気? 誰か呼ぶ?」
 青い顔をして発作に耐えるクラウドを見て、マリンは心配そうにそう言った。名前を言わずに濁しているが、きっとセフィロスのことを言いたいのだろうと察した。しかし、この家へ戻ってから誰とも電話ですら話す素振りのないクラウドを見て、『誰か』とぼかして聞いてくれるその幼い気遣いに切なくなる。
「いや、いい。そんなに苦しくない。そのうち止まるから、休んでろ」
 咳に阻まれ途切れ途切れに言うと、マリンはうん、と返事をして、クラウドを振り返りながらも言われた通りに部屋を出て行った。また一人になった寝室で、苦しさに顔を歪ませて目を閉じた。死ぬときも、一人きりだろうか。それを寂しいと感じてしまうのは、やはり自分への罰だろうか。
 もしあのまま、セフィロスとの時間が続いていたらどうなっていただろうと空想する。まるで過去にやっていたことなどなかったかのように、ただのクラウド・ストライフとして真剣に愛されて、ずっと共に過ごしていられたら。セフィロスが差し出した手に身を委ね、変な意地を張ることなく、言われるままに全てから救い出して貰っていたら。掴めたはずの幸福が指の間からするすると逃げていき、残ったのは、墓場にするには豪華すぎるこの部屋だけだった。それだって、ピアス一つに至るまで、本当にクラウドが所有するものなんてありはしない。
 いつの間にか膨れ上がっていた借金だって、セフィロスが正真正銘戦場で『命を懸けて』稼いだ資産を使って払わせるだなんて、そんなことはどうしても許せなかった。今までも神羅の軍人の客はいたが、客として関わっていたから大金を払わせても何も気にならなかった。セフィロスだけが特別で、特別だからこそ、させたくないことが山ほどあった。
 高熱のため散り散りになる思考で、クラウドは呼吸の苦しさに眠ることもできないまま、発作の並を乗り切ろうとしていた。視界が歪み、天井がぐにゃりと曲がる。重厚な造りのベッドは宙へ浮かんで、ぐらぐらと波の上に漂っているようだった。

 ふと、リビングのほうから電子音が家中に響いた。エントランスのオートロックが解除されたのを知らせる音だった。クラウドはぜいぜい鳴り続ける胸を抑えて、時間をかけて上体をベッドから起こした。エアリスが訪ねてきたのだろうか。放り投げていた携帯端末を手探りで見つけ、通知を確認しても、何の知らせも入っていない。
 疑心がぶわりと大きくなる。エントランスのロックを解除できる者は限られている。旦那たちにだって、暗証番号を伝えたことはなかった。しかし、この家の名義を持っているコルネオなら、突破するのは容易だろう。クラウドの窮地を知って、早くも支払いの督促にでも人を寄越したのかと悪い想像が頭を駆けた。クラウドへその力を誇示するために、金貸しに情報を渡すくらいのことは平気でする男だ。
 こんな体調で、誰とも知れない訪問者と対峙する気力はなかった。そろそろ玄関前へ着いてしまう頃だろうか。発熱と咳のせいで早くなっていた心臓がさらに脈動を強めて、全身がそれに合わせて殴られているようだった。
 揺れる視界の中、どうにかベッドから床へ降りる。ふらつく足取りで寝室の扉を開くと、マリンが玄関へ向かおうとしているのが見えた。
「マリン。部屋に戻って、静かにしてろ」
「でも」
 肩で大きく息をするクラウドを見て、マリンは側へ駆け寄って身体を支えようとした。
「何があっても、出てくるなよ」
 それを拒むように低い声で言うと、客人はクラウドが呼んだ人ではないことを察したのか、マリンはさっと顔色を変え、頷いて自室へと戻っていった。ぱたんと扉が閉まったのと同時に、玄関の施錠が外される。クラウドは、その場に倒れ込みたい欲求を抑えるのに苦心していた。
(誰が来たのかは知らないけど、マリンの前で俺を殴ったり蹴ったりしないでくれればそれでいい)
 まだ幼い子どもであるマリンに、そんな姿を見せたくはなかった。自分がされることなら我慢ができるが、クラウドが痛めつけられる場面を彼女に見せるわけにはいかない。ゆっくり開いていく玄関の扉から目が離せないまま、クラウドは痛む胸を掴む手に力を込めた。

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