影喰い
2024-10-09 22:39:55
20307文字
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零れ話

TLの練習まとめ。
時間軸バラバラ。カプじゃないものもあります。


【予行練習のわけでは】
・現パロ伊剣。付き合っています。

事の発端は、二人が肩を並べて街を歩いていた時のことだった。

「そこのお二人さん——
「うん?」
「どうした」

二人を呼び止めたのは一人の女性。彼女はまるで品定めのようにじっくりと二人を観察した後、こう切り出した。
「どうか、うちの店のフォトモデルをお願いできませんか?しかも無料でドレスに着替えていただけますよ!とてもお得な提案だと思います!」
さらに彼女は続ける。
「二人は家族……兄妹ですか?それとも、恋人ですか?どちらにせよ、是非ウェディングドレスを試してみてください!きっと未来の予行練習になりますよ?」
「いや、兄弟でもなく」
反射的に反論を出した伊織に、その隣ではセイバーがうんうんと頷きながら彼の腕を引き、女性の耳に届かない距離まで引きずると小声で説得を始めた。

「イオリ。困っている人を放っておくのはよくないことだぞ」
「バレたらどうするつもりだ」
「任せてくれ。もう何年も勘違いされて、対応策も用意された。それに、普段は金がかかるのだろう」
ウェディングドレスでは、レンタル代ですら相当な金額だ。指輪ともなれば三ヶ月分の給料、より正式な式の費用となれば桁違いだ。これを考えると、確かに悪くない話だった。
……それはそうだな」
「減るものはなし、ということだぞ」
「やれやれ……わかった。ただし、絶対に迷惑をかけないことだ。いいな?」
「その言葉、誰に向かって言っているのかな?」

ひとまず結論が出た二人は女性のもとへ戻り、伊織が先程の発言を訂正した。
「モデル、つまり撮影のことを引き受けることにした。……できれば手早く済ませたいんだが」
「おお、そういえばまだ買い出しの途中だったな」
「かしこまりました!では、こちらへどうぞ——


一番気になっている問題について、着替えを始める前にセイバーはスタッフにドレスの着方を尋ねた。どうやら、意外と問題なく着こなせそうだ……少なくとも、そう見せたかった。
一方、セイバーとは別の場所に連れて行かれた伊織は、きっちりした黒いスーツを着せられていた。さらに撮影用のメイクを施されるが、その上、柄に全く合わない服装だ。どうしても馴染めない、としか感想は浮かばなかった。

「そちらの準備も整ったようですね」
「わかった」
スタッフの指示に従い撮影用の空間に移動すると、そこには真っ白なドレスを身に纏ったセイバーが立っていた。
どうやらドレス姿を相当気に入っているらしく、満面の笑顔で伊織の目の前を一周くるりと回って見せる。その動きに合わせて裾がふわりと膨らみ、美しく広がる。

「どうだ、私なら何を着ても似合うだろう?」
……そうだな」
「なんだその間は。もしかして、私の姿に見惚れていたのか?」
正確に言えば、セイバーの楽しそうな笑顔に、だ。伊織はそれを否定も肯定もせず、無言のままセイバーの隣に立つと、一回りも二回りも小さい彼の手をそっと握った。
「似合うのは確かだ」
「ふーん?」
セイバーが身に纏うのは、一見シンプルながら細やかな模様が織り込まれた白いドレス。近くで見た人だけがその美しさに気づくような精巧なデザインだ、と嬉しそうなスタッフたちが説明を加える。加えて首を包む優雅なデザインのネックレスと、上品に整えられた髪型。まるでこの場が今すぐにでも式の会場であるかのような錯覚を覚えるほどだった。

「では、お二人ともは早速、マークをつけた場所に立ってください」
スタッフたちから、オープン前に展示用の写真をできるだけ多く撮るため、こうして街中でカップルに見える人たちに声をかけているのだと説明する。セイバーと伊織もその一環で協力することになった。
スタッフの的確な指示のもと、次々と写真が撮られていき、二人の姿はメモリーに収められた。気づけば、すべての撮影作業はあっという間に終了していた。

「はい、お疲れ様でしたー!とても良い写真がたくさん撮れました!」
「ん、もう終わり?他の服には着替えないのか?」
明らかにやる気があるセイバーに対して、伊織はポケットからスマホを取り出して時間を示した。
「もたもたしてるとおやつの時間がなくなるぞ」
「なんと!でも……うーん」
悩むセイバーは伊織の黒いスーツをまじまじと見つめる。
「なあ、このようなスーツも着てみたいんだが」
「申し訳ありません、お客様のサイズはまだ入荷されていなくて……

もっと準備しておけばいいのにな、と、せっかく気合いも入れていたセイバーはこれで少し気落ちしてしまった。そんな不貞腐れた彼に、伊織はブレザーのボタンを外して、華奢な肩に羽織らせた。
「仕方ないことだ。これで手を打ってくれないか」
隣から黄色い歓声が上がってきたが、それに知る由もない伊織がただ首を傾げるだけ。当のセイバーも急に大人しくなった。
「むぅ……せめて今のこれを撮ってくれないか。イオリのスマホで」
セイバーのスマホはおそらくまだロッカーの中。そんな控えめで可愛らしい要求を断る理由もなく、伊織は黙ってスマホを差し出した。
「頼めるか」
「喜んでー!」
一人の女性スタッフが手を高く挙げ、伊織のスマホを受け取る。そして二人は店の宣伝用写真よりもさらに近い距離で、レンズの前に共に笑顔を見せた。
結局、伊織とセイバーはおやつの時間を逃し、想像以上に長く店に留まってしまった。