さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


お題雨の中、傘を差して歩く英二
※A+英、59丁目時代



そしていつしか太陽はいなくなり、彼は静かに溺れる




 どろどろと雲が渦巻いている。
 あたりは全く日差しの届かない灰色に包まれ、さすがの煌びやかなニューヨークとて辛気臭さに満ち満ちている。街をゆく人々はみな足早で、傘を腕に引っ提げた者もちらほら見えた。
 土砂降りになるぞ、と英二は思った。
 思ったというか、ニュースのお天気お姉さんはそう予報していたし、何よりコンクリートの湿ったにおいがする。雨はもうすぐそこまで落ちかけていた。
 ちらりと圧し掛かってきそうな曇り空を見やり、ぐっと膝に力を入れると駆け出した。湿気た空気が肌にまとわりつき、鼻を抜けて口から出て行く。けれどどんどん重苦しい水気を含んだ酸素が肌に吸われていき、たとえば、自分がスポンジ製の人間ならとっくに膨れ上がって水浸しになっていそうなくらいだった。
 やがて、ぽつぽつと雨音がし、走る車のライトに雨粒が反射して白く光り始める。タイヤが濡れた地面を回転し、その傍で人の流れが更に速まったのを横目に、英二は足取りを緩めた。
 鼻頭に雨が落ちた。大粒だ。髪の上にも落ち、滑り込んで頭皮を濡らし、もしくは毛先から伝っていく。頬も濡れた。肩も。雨はすぐに強くなり、風がないぶん真っ直ぐ降り注いでくる。急ぐべきだった。
 しかし、完全に走るのをやめ、歩くことにした英二は、右手に持つ傘で地面をつついた。
 ……そうしたところで、別に何かが返ってくるわけでもないのだけれど。
 地面を、こつ、こつ、先端で叩きながら、土砂降りの雨の中歩いて行く。これじゃあ変な人だ。構わなかった。ニューヨークは、こういう日に、通りの隅を下向いて歩く男に構うほど、暇じゃない。それで良かった。
 色の濃くなった地面を見ながら、顔を流れ落ちる雨に瞬きする。睫毛まで重い。水の中を歩いているみたい。
 たとえば、たとえば、自分がスポンジ製の人間ならば。
 とっくに膨れ上がって周りを水浸しにし、自身さえ溺れさせてしまうかもしれない。
 そうなった時、一体誰が引き上げて、太陽のもと乾かしてくれるだろう。
 ……彼は、英二のことを眩いものでも見るように、それこそ太陽に向けて目を細めるような顔を、向けてくることがある。
 僕の方がそういう顔をしたいことに、きっと、一生気づかないだろう。

 英二はふと顔を上げた。目的地に近づいていたからだった。
 てっきり中で待っていると思っていた彼は、屋根のない階段の上、図書館の番人のように佇んでいた。
 被ったフードから金髪が覗き見え、ぐっしょり濡れている。
 英二は目を細めると、おもむろに右手の傘を開き差し、途端に耳朶を打つ雨音に負けないよう叫んだ。
「いい天気だね!」
 こちらに気づいて階段を下りてくる彼に走り寄り、左腕にかけていた傘を差し出す。
 アッシュは傘を受け取ると、重そうなフードをのけ、乱れた金髪を掻き揚げた。きらきら、そこだけ、街を包む灰色ではなかった。
 水滴を乗せた金の睫毛が縁取る翡翠で英二を見下ろし、傘を開く。
「いい天気だって?」
 にやりと笑う。「雨ではしゃぐのは、子供と犬だけだぜ、オニイチャン」アッシュが言った。
 それから傘がぶつかるのも厭わず、英二に肩を寄せる。
「はしゃいでたのか?」
 くっついた肩同士は、もともとの服の色を滲ませ、暗く濃くなっていた。濡れて冷たかった。
……はしゃいでた」  
 雨音に掻き消えそうな声量だったのに、水の中ではよく響くらしかった。アッシュが肩を竦め、笑った。
「太陽も顔負けだな」  
 階段を下りていく。後ろ姿を眺めながら、英二はふうと溜め息を吐いた。濡れそぼった僕がはしゃいでいたというなら、きみもはしゃいでいたということになるぞ。
 髪から、顎から、手指から、水が落ちる。内も外も、実際はいつも雨だらけだった。そうは見えない、というだけで。
 アッシュが振り返る。
「英二。迎えに来てくれたのに、一緒に帰らないのか?」
 ――もしも。
 英二がスポンジ人間で。
 吸い取れるものを吸い取り、許容量が限界に達し、周りを水浸しにしたら。
 その時、彼はどうなる?
 一緒に溺れるのか?
 引き上げてくれる? ……でもそれは、たぶん、自分の役割だ。
 彼がいるから水浸しにならずに済んでいる。
「帰ろう、アッシュ」
 英二はアッシュの隣に並んだ。「きみはもう少し、きみが太陽だってことを自覚した方が、いいと思うぜ」
 盛大に顔を顰められた。
 お前が言うのか、と目が物語っている。
 英二は目を細めて微笑んだ。
 ざーざー、きらきら。
 雨の中、二人は歩いて行く。二つの傘は溶け合いそうなほど近かった。