さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


お題A英、海の家デート(申し訳ない家は消えました)
※世界線は謎



青梅ジャムトースト




「左」
「いや、右かな」
「あれはとんだアバズレだろ。なぜ?」
「えっ? なんてことを……。金髪がきみに似てたから」
「なんてことを」
 
 あ! ねえ見てアッシュ、クラゲじゃないかあれ!?
 たった今まで砂浜で戯れる女たちの好みを話していたというのに、次には海面を漂う物体に向けて走り出した日本人は、もう大人なのか子供なのかどっちつかずだった。アッシュは呆れ返ってその後ろ姿をゆっくり追おうとして、いや彼が嬉々として見つけたのはもしかしたら有毒生物の可能性があると遅れて気づき、「おい待て無闇に触るなよ!?」慌てて砂浜を蹴る。
 小麦や白、黒い肌の間を駆ける黄色はアッシュにとって何より目を引き、そして眩しかった。寄せては返す波の中に、筋肉のついた細い足が突き行って飛沫を上げる。その足がピタリと止まり、くるりと振り返る。
「ビーチサンダルだった!」
 そしてけらけら笑った。
 アッシュは途端に力が抜けてしまって、何が仕方ないのか明瞭じゃないが(おそらく彼に対するあらゆることを)とにかく仕方ないなあと思い、笑いながらスピードを緩めた。ビーチサンダルを拾い上げた英二は、きょろきょろ周りを見渡し、持ち主を探している。と、一人の女子が手を振った。レースのついた青い水着が似合う、英二より小さな女の子だった。
 アッシュは完全に歩きながら、おっと、と思い、その光景を見守る。
 波打ち際、小さな(と言っても、中学生くらいにはなっているだろう)女の子の傍らに英二は跪くと、足元にサンダルを差し出した。一言二言、会話を交わしている。女の子が彼の肩に手を置き、楽しそうに笑いかけた。サンダルに足指が通る。やるな王子様。からかいたくなると同時、ほんのちょっと、ちょこっとだけだ、本当の本当にこの白い砂浜の砂粒くらい(それが集まると陸ができてしまうことを考えると末恐ろしくなるが)自分が面白くない感情を抱いたと感じた。あいつ、普段は女相手でも紳士さの欠片もないくせに。いや相手は子どもで、あれはただの親切心だけれども。でもお前、無計画に来た海とはいえデート中に、まがりなりにも恋人の前でそれは。いや惚れ直すけれども。年下の子に優しいところはだいぶ好きだけれども。
 良くない。がりがり金髪を掻き回して、ため息を吐き──「ねえ、あなた一人?」──そこねた。しまった。内心だけで顔をしかめる。
 アッシュは話しかけてきたナイスバディの(黒ビキニ! 布面積少なすぎるんじゃないの? せめて太腿の内側にあるキスマークは隠した方がいい)ブロンド髪の女性ににっこり笑いかけた。「いえ、連れがいるので」相手は先ほど英二が遠巻きに「右」と選んだ女だった。
 女もにっこり笑う。「連れって、あの男の子?」
 知られてるのか。胸の内だけで舌打ちする。あいつ今だけ女の子になってくれやしないだろか。無理である。
 女がするりと手を伸ばし、アッシュの腕に触れないぎりぎりの距離で言った。「ね、あっちで私たちと一緒に遊ばない? ナンパのつもりよ、これ。下手かしら」上手い。俺じゃなけりゃその手取ってたよお姉さん。
 悪いけど、アッシュは言おうとした。悪いけど俺たちそういうの間に合ってるんだ。つっけんどんに追い返そうと口を開きかけると。
「うわーっ、お兄さん!」
 背後から頓狂な声が振りかかってきた。向かなくても分かる。英二だ。女が駆け引き的に触れてこなかった腕をいとも簡単に掴み、振り向かせると、彼はアッシュの顔を見て黒目をわざとらしく見開かせた。「その、瞳!」テレビショッピングで商品を紹介する棒読みの司会者を彷彿とさせる声の具合だった。
「なんて綺麗なんだろう、海にも負けない、まるで青梅のジャム! あれ緑色のまま煮詰めるの大変なんだ、すぐに黄色くなっちゃったりしてさ、あ待って、きみの瞳ってもしや夕方になると煮詰めすぎた青梅のジャムみたいな色になるんじゃないか? うわあとっても綺麗だろうな、夕陽をきらきら反射して……」アッシュの片手を両手でぎゅっと握り締める。「見たいなあ、できればひとりじめしたい。僕、青梅のジャム、大好きなんだ。海は、ひとりじめ、できないけれど」
 きゃあきゃあ、波にはしゃぐ声がそこら中で上がった。アッシュは女と顔を見合わせてから、英二の黒目に戻した。
「それ、ナンパのつもりか?」
 そっと問いかけると、大真面目に、うん、と頷いた。「その……」気まずそうに視線を斜め下にやる。「下手だった?」下手だよ。アッシュはもう少しで声に出すところだった。でも、俺じゃなけりゃ、そんなの決して引っかからない特別な口説き文句だろう。
「まさか、そんなことない!」
 アッシュもわざとらしく声を上げ、彼の腰をぐいと抱き寄せた。「ぎゃあ」おい、そこはちゃんと合わせろよ。驚く黒目を見下ろし、うっそり告げてやる。
「俺の瞳を海にも負けない、だって? ああ、ならお前の瞳を何に喩えようか、太陽を受けて輝く焦げ茶はべっ甲のようだし、澄み切った黒は夜空のようだ。いや、どうかな、ほかにもっと……そうだ、焦げついたトースト! 意思の強そうなとこなんかパンの耳みたいだ。えっ? 俺がジャムだって? そうかなるほどこれは運命だぜ、ジャムとトーストは一緒にいなけりゃならないからな。海はやれないけど、なあ、せめて、俺をひとりじめしてくれる?」
 今度は英二が女と顔を見合わせた。女がぐっと噴き出す素振りをし、なんとか堪えたのち、盛大に肩を竦める。英二がこちらを向く。
「い、い、いえす」
 そしてぎこちなく、アッシュの胸に擦り寄った。その肩を抱き、アッシュは女にまた笑いかけた。にっこり。
「悪いね、お姉さん。俺たちを引き裂くナイフには、なりたくないだろ?」
「願い下げ」びっと中指を突き上げ、ひらひら手を振る。「聞いたことのないジャムが塗られたトーストなんて、誰も好き好んで食べないわよ」じゃあね、ブロンドを揺らして去って行く。別の相手を見つけるのだろう。
「案外、いい女なのかもしれない、あの人」
 だとしてもあれはビッチの類だろうけど。でも人間性まで疑うのは、アッシュの早計だった。お前は内面に対して見る目があるよ、時々。
 それから、後ろ姿を呆けて見やっていた英二が、ハッとして見上げてくる。じと、睨んでくる。アッシュはたじろいだ。
「な、なんだよ」
「きみ、ああいうの、寄せつけないようにだってできるはずだろ。気配とか、視線とか、猫みたいに感じ取って、話しかけられる前にうまく躱せるはずなのに」
「そりゃな。じゃなきゃお前とデートできてねえ」
「なのに、“いい女”にはナンパを許すんだ」
「は、」
 片腕の中の恋人を凝視した。
 ざっぱん! ひときわ大きな波が来たのか、BGMが悲鳴になる。きゃあー! あっ、あたしのビーチサンダル!
 そんな中、英二がぼそぼそ言った。
「そりゃ、きみだって、完璧に躱せるわけないのは、分かってるけど……
 密着していなければ聞き逃す声量だ。
「でも一応、で、……デートなわけだし」
 耳たぶが朱に染まっている。好みの水着姿の女について話し、クラゲにはしゃぎ、女の子に跪き、とんちんかんなナンパで助けに来た男と同一人物とは、とても思えなかった。アッシュはそのちぐはぐさが好ましくて堪らず、ついキスをしたいなと思ったが、さすがに人目を憚らないのは彼が嫌がるかと自制する。それに、そんなことより、だ。
「デートの自覚あるのに、俺の前で女の子にかしずくのは、いいんだ?」
 というか、ナンパを許すことになった原因が、きっとそれである。
「へっ?」トーストお目目が、ぱちくり。
「サンダル、履かせてあげてただろ。ひどいぜ英二、俺にはそんなことしてくれないのに」青梅ジャムのお目目で、じっとり。
 英二はあわあわ慌てふためいた。
「えっ、え、あれは違くて、えっ? 待って、それって、や、やきもち?」
「ああ。お前と一緒だ」
 塗った日焼け止めが無駄になるくらい、見下ろす顔が真っ赤になる。「い、いやあ……」一体彼の恥ずかしがるポイントはどこにあるんだろう。あんなに真面目によく分からない口説き方しておいて。アッシュはふふっと笑った。「いや、でも、まあ、」英二が取り繕うように背中に腕を回してくる。「きみに、かしずいて靴を履かせることはないけど、あの、代わりに、ほら僕の身ぐるみ脱がせられるのは、きみだけだから」
……お前それ、」
 上目で見られる。
「へ、……下手だった?」
「むしろそこがいい」
「あっ、その、どうも……
 無計画だったデートの最後、今夜の予定が確定した。