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さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
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BF
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【BF腐】これは私の宝箱だ
8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!
2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品
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※こちらは2019年8月18日に開催されたエアイベント、「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いた時に書いたものです。とっても楽しかったです、ありがとうございました!!
※59丁目時代、Aが媚薬盛られて帰ってきた話。
望む展開になんてなりはしないの
世界で一番長い小説ってなんだっけ。
いや、この際別に長い小説じゃなくてもいい。彼の気を紛らわせる話ができたら、絵本だって漫画だって構わない。
木製なのに、鋼鉄のように重く隙間なく閉じられた寝室の扉前で、英二は現実逃避のようにそう考えた。大事なことは、うん、彼を現実から逃避させることだ。右手に持っていた新聞を広げ、英二は声を張った。「“昨日未明、ノースカロライナ州で銃乱射事件が発生。重軽傷者多数、容疑者は十代の学生で”
……
、」駄目だ、もう少し刺激の少ない事件がいい。新聞をめくる。「えーと、“自由の女神像に巣を作っていた
……
ナントカ、の
……
雛、が、無事に港へ。元気に飛び立っていく姿は、まさしく自由そのもの”。へえ。だってさ! アッシュ」英二は閉じきった扉に向けて、わざと明るく言った。肝心の鳥の名前が分からず、反対に銃撃事件の単語はすらすら拾えたことに危機感を覚える。このままじゃ近所の子どもと話す時にぽろりと物騒な言葉を使ってしまいそうだ。まずい。ただでさえ素性不明の日本人としてかめはめ波の餌食になったりするというのに。(次いで多く掛けられる技はスペシウム光線だ)
中からは全く反応がなく、いやこれは防音性が高いからであり、決して彼が心肺停止に陥ったわけではないと思い込むようにする。扉に頬をくっつけた。「アッシュ」おい、きみ、ほんとに大丈夫なんだろうな。
アッシュが薬を盛られて帰ってきた時、英二は掻き混ぜていたホットケーキミックスを盛大にぶちまけた。牛乳と卵の混ざった粘性のある生地が、どろりと流れ出ていく。それを目で追ったアッシュは長い前髪で隠れた顔を、無理やりにおどけさせて呟いた。「ホットケーキが台無しになった場合の、昼ご飯はどうするつもりで? オニイチャン」それがあんまり拒絶を内包していたものだから、英二も憐れなどろどろの塊に視線を落として、「卵がまだあるから、ええと、卵料理
……
」と床に転がるボウルを取ろうと膝を屈めるしかなかった。
……
えっ? きみ今、媚薬を盛られてきたって言った? 頭の中で事態を遅れて処理しながら。媚薬っ? 冷たいボウルに指先が触れたところで、すっと腕が伸びてきた。生白い肌がまだらに朱に染まったアッシュの手だった。手首を熱に掴まれる。英二はハッとして顔を上げようとしたが、頭をやんわり胸元に押さえ込まれ、それは叶わなかった。囁きが降ってくる。「そんなに重いやつじゃない。時間が経てば治る。頼みがあるんだ」掠れた、わざとゆっくり発音している英語に、なに、と訊く。アッシュが言った。「喋っててくれ。なんでもいいから、
……
それだけ」
喋っててくれって言われても。
寝室の扉に頬を押しつけたまま、「ええと、あー、何を話そう
……
」必死になって新聞の見出しを確認する。彼はあれから寝室に閉じこもり、英二の慌てふためくお喋りを聞いているのかいないのか、物音一つ立てていない。僕の方がきみからの言葉を欲しているんだけど、と英二は思った。けれど無駄だ。いつ、誰に、どんな状況で、どういったものを飲まされたのか、飲んだのか、訊いたってはぐらかされるだけだろう。そもそも、媚薬がこの世に存在していること自体に驚いているのだ。創作物かと。でも、現実にあるなら、つまり、あまり宜しくない薬物なんじゃ
……
。「なあ、大丈夫? 死んでない? 苦しくは? そんなきみのそばで呑気に話してるの、ちょっとゾッとするんだけど。開けていいかい?」ドアノブには鍵が掛かっているのを承知で手を伸ばす。
「ダメだ」
思いのほか近くで声がし、英二は飛び上がった。こんこん、内側から叩かれる。「絶対開けるなよ」──扉を隔てたすぐそこに、彼が蹲っている姿を想像させた。英二はそれで、正しい対処法を完全に把握する。
本人が言っていた通り、効果の弱いものなのだろう。自制が効くレベル。彼はただそこに蹲って、熱が下がるのを待つつもりでいるのだ。たぶん、おそらく、自分で慰める気がない。英二に気を遣ってか、彼自身の心身的な問題か、両方か。そしてそれに気づいた自分にできることは、本当に、言われた通り喋ることだけなのだ。だって、いくら距離の近い友だちと言えど、こういう時に一番縋りたくなる恋人の真似はできない。
「あー、アッシュ」
英二は唇をぺろりと舐めて湿らした。「へたくそでも文句言うなよ。いいな? むかしむかし、あるところに
……
」英二は幼い頃見聞きしたおとぎ話を、なんとか英語に変換していった。
どれくらい経ったろう。ほんの数十分。話していたおとぎ話は最終的にアメリカの都市伝説へと変わっていったのだが、アッシュは時折相槌を打ちつつも咎めたりはしなかった。むしろ、どこか安心しているような息遣いさえしていた。さすが読み聞かせ、悪ガキでも耳に集中する。
「アッシュ」
英二は扉を数度叩き、話を中断する。「水を飲んでこようかと思うんだけど、きみもいる?」
「
……
いる」
「ん。持ってくるよ」
「いや、お前が飲んだら、別の部屋に行け」
「まだダメなの?」
「襲われたいのか?」
今のは脅されたんだろうか。おとぎ話の延長線上のような台詞に、英二は一泊遅れて返事した。「襲われたくは、ないな」
「じゃあ言うこと聞けるな? さあ行って、オニイチャン」
さっきまで大人しく読み聞かせられていたくせに、子ども扱いするなよ。
……
OKさ。英二は素直にその場を離れた。
アッシュがキッチンを訪れると、ホットケーキになり損ねた生地がべたつくボウルと、水滴のついたコップがひとつ、シンクに置いてあった。それを使うのも躊躇われて、新しいコップを取り出す。硝子は異様なほど冷たかった。けれどすぐに自分の体温に侵され馴染む。異常に熱いのは自分の方だ。
大したもんじゃないだろうとタカを括っていたのだ。実際、大したことはないのだが、じわじわと湯のように広がる熱さが引かず、それに気を取られてしまうとどうにも脈拍がうるさく感じ、緩やかに欲へと転がされてしまいそうな速度をつけた。英二の言葉はその速度を緩めてくれる。頼ったのは申し訳なかったが、頼らずに彼をもっと傷つけてしまうのだけは避けたかったのである。
冷たい水を一気に飲み干し、それが喉から胃に落ちるのをまざまざ感じてから、アッシュは深く息を吐いた。あとちょっと、もう少し
……
ほんの僅かな時を待てば、すべて治まる予感がした。そうしたら、不手際を起こしているこの忌々しい体を、完全に元通り動かせるだろう。アッシュは、あとはもう寝室に閉じこもってしまおうと、踵を返した。
と、黒い目と目が合った。
「あ」
別の部屋から出てきたらしい英二が、寝室に足の爪先を向けた格好で、アッシュを振り返っている。やっちまった、彼の表情が物語っている。「その、まだ、僕の寝物語か子守唄が、必要だろうと思って」右手には分厚い辞書が握られている。体ごと向き直った。「ごめん、戻ってくるの、早すぎた
……
?」
早すぎるよ。
俺の鼓動が!
アッシュは瞬間的に噴き出た冷や汗に全身を硬直させたが、次にはどくどくと熱い血潮が駆け巡る体内に足を動かしていた。こちらの身のうちの変動など知らないだろうに、何かを察した英二が頬をひくつかせ、じりじり後ずさる。いいぞ、とアッシュは思った。そのまま脱兎の如く駆けられたら、俺は紛れもなくお前を猫のように取っ捕まえる。そのまま、ゆっくり、下がっていってくれ。
「あ、アッシュ」
扉一枚の隔たりがないと、彼の言葉はまるで逆の作用をもたらすらしかった。欲、に、転がされそうな。
「英二」
アッシュは自分の喉から出た声におぞましくなる。その声は、逃げるな、と言っていた。熱を孕み、あのホットケーキミックスのようなどろどろした甘さを含んでいる。それに目を見張った英二が、びくりと後退をやめてしまい、アッシュは顔を歪めた。捕まえたくはないのに、捕まえられることに心臓が喜び、脳が焦っていた。頼むから諦めないでくれ。お前は、俺が縋ったらいつでも受け入れてくれるけれど、今回ばかりはその優しさを見せないでくれお願いだから。
「これはまずい」
アッシュは低くぼやいた。
「な、何が?」
「お前には今すぐ、俺の目の届かねえとこに行ってほしい」
「わ、分かった」
「俺の目を見て」
「えっ」
熱に浮かされている。体をじわじわ浸していた湯が頭のてっぺんまで上り詰め、目を滲ませる。本当にまずいな、とアッシュは思った。いっそのこと、絶望するくらい効果の強い媚薬だったら良かったのだ。そしたら、アッシュは自分の手首に噛みついてでも衝動を抑えようと躍起になったのに。これは自制が効くから。目の前の彼に欲のまま触れてしまいたい。だけど、自分から、引くことができる。だから、なあ、英二。お前って
……
。
どこまで俺を許してくれる?
「アッシュ」
いつの間にか、アッシュは今にも零れ落ちそうな黒目を、間近で見下ろしていた。自分の長い前髪が、黒髪に混ざる。「あ、その、えと」視線を忙しなく移動させる彼の頬骨に触れた。「う」英二が身を引き、腰を落としていく。当たり前だ。背の高いアッシュに目の前に迫られたら、後ろではなく床へと縮こまってしまうだろう。アッシュはそれを追うように膝を屈めていった。ぺたん、英二が尻もちをつく。
「まずいよ」英二が裏返った声で言った。「きみ、僕を逃がすつもりあるの」
アッシュは返事の代わりに、彼の床についた左手の甲へと指を辿らせ、緩く手首を握り込んだ。持ち上げる。
「逃げてくれなきゃ困るぜ」その指先に、熱い息を吹きかける。「襲われたくないんだろ?」
そして、俺も、本当の本当は、お前をこんなふうに見たくはないよ。お前が拒絶してくれないと、困るんだ。
受け入れられたら、困るんだよ。
英二は唖然としていたが、やがて、ぐっと下唇を噛み締めた。彼は気づかなかっただろうが、アッシュはそれを見て自然と口の端が上がった。彼の出した結論が、間違っていないことを知っているからだった。
ガツンッ!
「い゛
……
ッ」
けれども、まさか辞書で頭を殴り倒されるとは思わなかった。視界が一瞬でぶれ、ちかちかと明滅し、床に倒れる。
「ウワアー!」辞書を放り出して英二が叫び、這いつくばるアッシュを支えた。「ああ、あああ、ああ! 血が!! ごめん強くやりすぎた、ごめ、カドでやっちゃった」なんて随分ハッキリとした『NO』でありますこと! 間違いない、正解だ! アッシュはぬるつくこめかみを押さえ、ずくずくと痛む傷口の熱に笑い出したくなった。
英二は、英二だからといって、アッシュのやることなすこと全てを受け入れたりはしない。気づいたのだ。あの熱を宿したアッシュを受け入れてしまったら、結局アッシュが傷つくことになるだろうと。二人のためになることが、明確な拒絶であるということを。
「ふふっ」
堪えきれず漏れ出た笑みに、ひい、小さく怯えられた。「だ、大丈夫かい」大丈夫じゃねえよ。アッシュは力なく英二にもたれかかり、安心して囁いた。
「おかげで助かった。ありがとう」
……
それにしたって、ちょっと殴られた側頭部が、痛すぎるけれど。
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