さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


お題A英、Dom/Subユニバースパロ
※知らない方は調べないと分からない不親切な文章でっす



第何回セーフワード決定会議




 セーフワードを決めよう、という話になった。
 当たり前のことだ。二人はそういう取り決めをしなければいけない関係だった。
 とても面倒なことだと思う。おそらく、健全な嗜好の全ての者たちが、そういう特殊なものに追いやられた時、彼らと同じように面倒がるだろう。あるいは、辟易して、世の中に絶望するかもしれない。
 彼らは──特に英二は──自分たちがそうだと知った時、面倒なことになったぞ、と、心のうちでひっそり思ったものだった。……そうか、と。あいつは僕を支配したくて、同時に、守りたいんだな、と英二は思った。なんて厄介なことをしてくれるんだろう。あいつったら、ただでさえ変なふうに拗らせて思い悩む癖があるのに、そこに、更に足枷をつけるだなんて……。しかし英二は、いや足枷どころか首輪をつけられかねないのは僕の方だけれども、とブラックジョークをかませるくらいには、楽観的だった。
 一方アッシュといえば、英二同様、面倒なことになった、と盛大に顔を引きつらせたものだった。お互いの身分証明書を何度も何度も見比べて、今日に至るまでの彼に対する諸々な欲求は、性別欄の端にチェックを入れなければならないこの忌々しい第二性の仕業だったのかと、正直な話、自分たちをそんな括りに縛りつけたあらゆる機関を爆破したくなった。(それはたとえば、最初にこの法則に気づいた学者とか、それを裏付けるために奮闘した研究所とか、性差別を助長させた歴代のクソッタレ極悪犯罪者どもとかだ)……まあ、しないけれど。アッシュはぐっと堪えて、だって、病院がなくなったら万一彼の身に何かあった時困るだろうと、無理やり衝動を抑えこんで、そして言った。「セーフワードを決めよう」

「三日間、考えに考えたね、僕たちは」
 わざわざこの時間にこの場所で案を出し合って最終決定に及ぼう、と事前約束していた通り、日曜日の昼下がりに、リビングで向き合って座る二人は、会議に相応しい真面目さだった。
 二人だけの会議室で口火を切った英二は、ズボンのポケットから紙切れを出し、テーブルの上に置く。
「僕は、これがいいんじゃないかと思った」
 紙を広げて、まずは自分だけで確認している英二に、アッシュは促す。「読み上げて」
 英二は紙切れから視線を上げた。「サバの臓物」
 アッシュは手で顔を覆った。「OK」オーケー、と顔を上げる。オーケーだ。
 まだ会議は始まったばかり、そしてアッシュはあらゆる方面へ予測をしてきた、彼に関係を解消されることまで! それに比べれば全然まったく無問題だ。サバの臓物? こほん、咳払いをする。
「なぜ?」
「セーフワードって、きみの行為がいきすぎた場合に、使うもんだろ」
「ああ」
「一瞬で色んな感情を萎えさせる言葉にした方が、お互いのためになると思ってる」
「ああ。もちろん。それで、」
「サバの臓物」
「なるほど」
「想像してみろよ……、きみ、あんまり魚の黒い部分とかも、好きじゃないだろ。ほら、臓物だよ、……サバの。サバの臓物。どう?」
「サバに限定した理由は?」
「ぐちゃぐちゃしてそう」
「やめろ」内臓なんてみんなぐちゃぐちゃしてるだろ、どういうことなんだ、とアッシュは思ったが、言わなかった。彼の魚に関する認識を訊くには、議題から外れているので。それに、キッチンの支配権を持っている彼が言うのだから、きっとそうなのだ。ぐちゃぐちゃだ。
「僕は納豆にしても、良かったんだぜ」
 やれやれ、首を振っている。
「でも、セーフワードにされちゃうほど、納豆はひどくないから」
 何を言っているんだこいつは。
 予想の範囲内だった。英二がアッシュの予想を軽々飛び越えていくことなど、予想の範囲内だった。いくらリーチの長さでこちらに分があっても、彼は棒高跳びで一瞬のうちにその差分を逆転させてしまう。なら、そういう時、飛び越えられた距離をどうするのかというと、自分は地道に歩んでいくしかない。何せ彼は待っていてくれる。
「そういうアッシュは、どうなんだい」
 なんなら、こちらのもとまで戻って来てくれるのだった。
「どんな言葉にしたの?」
 鼻の奥で蘇った生臭い魚のにおいと、納豆の据えたにおいを振り払うべく、頭を振る。紙は用意していなかった。口頭で述べる。
「イベサン」
「何? なんて?」
「だから、……『伊部さん』」
 英二が目を剥いた。
 アッシュはわっと頭を抱えた。
 分かっている。ひとのことを言えないほど、きっとセンスがない。でもこれは、センス云々より、いかに効力を発揮しやすいかが最も重要だろう。
 英二は棒高跳びのポールを弄んでいるふうに両手を組み直した。
「なんで伊部さん? 大体、伊部さんがセーフワードなんて日常的すぎるし、何より伊部さんが不憫だよ」
「分かってる、分かってる。ただ、つまり、セーフワードって助けを求めるためのやつだろ」
「うん」
「お前が俺以外の人間に、それもイベに助けを求めたら、俺は確実に全てのことを中断するよ」
「おおっと。なるほど、そうか、うん」
 伊部さんが聞いたら驚くだろうな、英二が言った。しかし困ったぞ、とも思う。僕が大切に思い、思ってくれる伊部さんをアッシュが尊重してくれるのは嬉しいけど、たとえば濃密な行為の最中にどうにも逃れたくなって伊部さんの名前を出すのは、凄く居た堪れない。申し訳ない。それに、「でも」英二が言う。「きみ以外の人に、助けを求めるのは、ちょっとやだな」だってきみは僕を守ってくれるんでしょう。それを裏切るみたいで嫌だ。
 アッシュはむずがるように唇を擦り合わせた。「めちゃくちゃに褒めていいか?」
「いいよ」
「かわいい、いじらしい、ちょっとどうかと思うくらい愛しい」
「おおっと。はは、ありがとう」
「そのくせトンチンカンなこと言ったり、かと思えば潔いところが本当に好きだ」
「あ、いや、うん。ありがとう」
「今だって照れてるんだろ? オニイチャンは可愛いね」
「その、アッシュ」
「頬が赤いぜ」
「あー」 
 褒められたいのは本望で、本能だけど、だからといって恥ずかしくないわけじゃないんだよ、と英二は思った。
 テーブルに投げ出していた手に、白い指が伸びてくる。薬指だけつまみ上げられて、指のつけ根をぐりぐり押された。……もう少し、強くしてくれても、と思いかける。いや、だから、僕とアッシュが欲望のままに及んでもいいよう、セーフワードが必要なんだってば。
「さ、」英二は俯いて零した。「サバの臓物……
「うーん」
 アッシュは英二の指で遊びながら、首を振る。
「駄目だ。効力が弱い。サバの臓物くらいじゃ俺は停止しない」欲が勝ってしまう。まあ、本当にそれをセーフワードと定められたら、従ってしまうのだろうけど。
「うぐ……。再検討が、必要だね。お互いが納得する、セーフワードの」
「なるべく早くに、だな」
 そう、なるべく早くに、とアッシュは胸の中でも繰り返した。でないと、英二はお得意のひとっ飛びで、どこぞに行ってしまうかもしれない。こいつが俺のことを性別とは無関係に、特別に思ってくれていることは知っている。だからこそ、この面倒で厄介ではた迷惑な枠組みを邪魔に思って、逃げたくなるかもしれない。逃がしたくない俺を、嫌になって。……その時、俺は、無事にお前を逃がしてやれるか分からない。おそらく無理だ。翼を引きちぎってしまうかも。酷いことをする。そうならないように、早く……俺を止める言葉を決めてくれないと。
 じゃなきゃ、首輪も贈れない。
 アッシュは、つまんでいた薬指にキスをした。歯を立てる。英二が小さく悲鳴を漏らした。
 でこぼこ歯型を舐り、吸いつく。第二の性なんて複雑怪奇なものが定義されなければ、首輪なんかより、よっぽど素敵なものを支障なく手渡せたのに、とアッシュは思った。揃いの指輪とか? はは、ガラじゃねえ。
「あ……っ、あっしゅ」
「ん?」
「い、伊部さん」
「最低な候補だな」
「きみが言ったんじゃないかぁ」
 とにかく。
 今日はセーフワードを取り決める最終会議になりそうにない。大丈夫。これも予想の範囲内だった。