さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


お題Aと英の幸せな日常話
※A+英
※盛大に嘘吐きました。トウモロコシじゃないです。



ハッピーターン




 ここにハッピーターンがある。
 きみはハッピーターンを食べてハッピーをターンするべきだと思う。

 アッシュは一瞬、自分が何を言われたかよく分からなかった。
 だから、何かを言ってきた英語の発展途上の日本人が何かを掲げて迫ってきたとき、身を引かせたのは、ほぼ脊髄反射だった。
 ソファの端に寄り、そしたらたった今まで自分のいた場所に英二が勢い良く座る。咄嗟に端に寄らなければ衝突事故を起こしていそうだった。
……宗教勧誘か?」
 言われたよく分からない言葉をすぐさま考え返したアッシュに、英二は不可解そうに顔をしかめたのち、曖昧に頷いてみせる。「まあ、そうとも、言うかな」無理やりに結びつけて自得しているような様子に、ひとまず宗教関連ではないことを察して、アッシュはちょっと胸をなでおろした。
 では、なんだろう。
 ハッピーターン? ……幸福がもどる。
「まさか薬じゃねえだろうな。麻薬にキャッチコピーつけるならそんな感じだぞ」
 たちの悪いブラックジョークだった。
……魔法の粉には違いないな」
 どこまでも本気だった。アッシュは目を剥いた。
 英二はニヤリと笑い、ずっと持っていた袋を勿体ぶって顔の高さに掲げる。やけに発音の良い英語を囁いた。「これがハッピーターンだよ……」眉をひそめてアッシュはその袋を観察する。
 オレンジと赤の大袋に、中に入った個包装の平らな何かが透けて見えている。白字で書かれたおそらく名称は、英語でもアラビア語でも漢字でもなかった。英二の指がそれをなぞる。「ハッピーターン」スパイが機密情報を報告する密やかさだった。
「菓子か? 日本の」
 袋の横から顔を出した英二は、スパイの欠片もない笑みを浮かべる。
「正解!」
「下で売ってた?」
「そう! 凄いんだよ、日本のお菓子コーナーがあってさ、ねるねるねるねとか蒲焼さん太郎とか柿ピーとか」
「宇宙人の言語みたいだ」
「ねるねるねるねは確かにそうかも」
「本当に?」
「うそ」語尾にハートか音符でもついていそうな悪戯げな顔だった。
 アッシュはわけが分からないながらも英二が楽しんでいるのだけは分かって、なんだかおかしくて、更に困って眉尻を下げた。
「それで、その日本の菓子がどうした?」
「そりゃ食べるんだよ。観賞用じゃないもの」
「質問が悪かった。お前なんでそんなに楽しそうなんだ」
「だって……ハッピーターンだぜ」
「俺にはまだその……ハッピーターンの重大性が分からない」
「じゃあ食べるしかないな」
 ひどい茶番をしている、と思った。
 英二がバリィッと袋の口を開ける。豪快に開けたくせに慎重に中身を取り出し、「はい、どうぞ。ハッピーのお裾分け」優しく差し出してきた。
 両端がねじられた個包装のそれを受け取り、まじまじ見た。
 平べったい、黄色みがかった、粉末のかかるクラッカーのような何か。バター味を予想させた。でも絶対にバター味じゃないだろう。腐った豆を好み、臭い魚を好む日本人の作ったスナックなのだ。日本製のものは大抵おかしいことを知っている。
「パッケージに描かれた笑顔のクリーチャーは」
「これはハッピー王国のターン王子」
「親指か?」
「トウモロコシだよ」
 ううん、トウモロコシ味も浮上してきた。
 アッシュは平穏な国の期待に満ちた大きな黒目と、ハッピー王国のハイライトのない黒目を交互に見てから、個包装の両端を引っ張った。
 中を指先でつまむ。粉っぽく、ざらりとしている。魔法の粉。何かのにおいに例えるならチーズに近かった。
……イタダキマス」
 それからえいやっと口に放り込んだ。
 ばりぼりばりり。
 口の中にじゅわっと唾液が滲んだ。……トウモロコシでもチーズでもない、甘くてしょっぱい。あまじょっぱい味がぶわりと広がる。
 ぼりぼり。音が次第に弱くなって、ふやけていき、……やがてなくなった。
 英二がにこにことこっちを見ている。
「どう? 初のハッピーターンは」
……うまい」思ったより、ずっと。
 指と口端についた粉を舐め、「魔法の粉ね」アッシュは呟いてみた。旨みがすごい。甘ったるいだけのドーナツよりはいくらでも食べられそうだ。
「な、僕の言うことよく分かっただろ。宗教勧誘、麻薬効果、これが幸せが戻ってくるハッピーターンの力さ。しかも合法的」
 英二が自信満々に言った。やっぱりよく分からない。
 だって、別に、……ハッピーターンを食べなくったって、アッシュの幸福は当然な顔して戻ってくるのだもの。たとえば、買い物帰りに日本製の菓子を嬉々として披露してくる日本人とか。
 でもそれを伝えるにはなんだか癪だったので、代わりに包みをもうひとつ手にし、食べると見せかけて英二の口に押し込んだ。「もがっ」
 幸せのお裾分け。これで彼に幸福がもどるのかは、ちょっと怪しかったけれど。
 ばりぼりばりり。軽快な音を発する英二は、しかし、確かに幸せそうで、アッシュを満足させた。……なるほど。
 だからハッピーターンか。
 日本人が作るだけあって、やはりとんでもない。思いつつ、アッシュはお菓子に手を伸ばす。