さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


お題A英、喧嘩して些細ないたずらをし合う二人
※世界線は謎



遅刻常習犯予備軍



 
 正気の沙汰でない。
 アッシュは英二の作る料理が美味い不味い関わらず好きだったが、それでも味噌汁にかぼちゃと納豆が入れられたとなればもう駄目だった。赤味噌に茶色く粘り気のある豆がでろでろ溶け込み(日本人は本当に豆に狂ってると思う)、黄色と緑の塊がごろごろ浮き沈みしている。なんとなく、地獄に川があったらこんな感じだろうかとアッシュは思った。沈んでいる屍(かぼちゃ)を箸でつまむ。持ち上げて、川の水を切って、それでも口に運ぶ気になれずこの惨状を作り管理している王に視線をやると。
 抗議的な目を向けられた王である英二は、アッシュにしたり顔で笑いかけると、その笑みのまま味噌汁を口に含んだ。マジかよ。驚愕したアッシュの前で、しかし、英二はぐっと眉間にシワを寄せ、もぐもぐ咀嚼し飲み込んだ。おいしくはない。太めの眉の下にある黒目がそう言っている。おいお前な、アッシュは少しおかしくなってしまった。お前、嫌がらせするなら、自分にダメージのないようにしろよ。
 分かってるよ、英二がいーっと歯を見せた。だから、次はもっと、たとえばきみの靴下をぜんぶ裏返しにしてクローゼットに入れといてやる。
 さすがにそこまで細部の心情を読み取れないアッシュは、けれども何やら良からぬ事を企んでいることは分かって、さてどうやって彼の機嫌をなおそうかと思案に暮れた。ああ、うん。
 まずはこの地獄の味噌汁を飲み干さねばなるまい。
 
 まあよくある喧嘩だ。
 些細な諍い。
 楽しんでいる節さえある。
 だが、一応二人とも機嫌が悪いふうを装っているので、どちらかが「アイムソーリー」を言わなければ仲直りということにはならなかった。
 たとえ小さく、大して怒っていない喧嘩でも、先に謝罪するのは二人とも癪だと思っているのである。面倒なやつらだ、誰かが呆れて言いそうだった。

 ううん、地獄の川水を飲み込み朝食を終え、食器を重ねたアッシュは、胸を叩いて唸った。「ごちそうさま」口の中のえぐみを取りたくて歯茎を舐める。無理そうだ。あっかぼちゃの味がする……
 今日は昼から仕事なのでゆっくり食事している英二は、「むぐ」白米を咀嚼する口を押さえ、こくこく頷いた。おそまつさま、という意味だった。喧嘩をしていても礼儀は大事で、アッシュは腕時計を確認すると「もう出ないとやばい」席を立ち、何を言われるか予想した英二が腰を浮かせたところで、ふと思いついた嫌がらせを実行した。「だから申し訳ないが、洗っといて頂けると助かる。奥村さん」
 ぴた、英二の動きが止まった。
 ………………もぐもぐ、もぐり。ごっくん。「分かった」頷いた。
「ありがとう」椅子にかけていたジャケットを取る。「それから、」袖に腕を通しつつ、どこか動作がぎこちなくなった英二に言う。「今日からしばらく帰りが遅くなる。夕飯いらない場合は早めに連絡するけど、お前も仕事あるし、奥村さんの自由にした方がいいと思われる」自分の喉から唇にかけてがもぞもぞ違和感を訴えた。その呼び方本当に合ってる? 体が不思議がっていた。
 アッシュ以上に居心地悪そうに体を強張らせた英二は、一寸の間のあと、「……分かった」再度頷き、眉を下げる。遅効性だ、とアッシュは思う。じわじわきている。ミスター・オクムラ、なんて。出来損ないのわざとらしい他人行儀。しかし出かける間際のちょっとした喧嘩の延長にしては適役だった。
「じゃ、行ってくる」
「あ、うん」
 玄関に向かう後ろをとことこ着いてくる彼は健気に違いなくて、俺たち意地の張り合いしてるのになあ、とそのちぐはぐな感じがおかしかった。緩んだ頬をきゅっと引き締め、ドアを開ける前に振り返り、いつもの文句を口にする。
「変なやつに着いてくなよ」
「分かってるよ」
「むやみに人助けもするなよ」
「分かってる」
「危険を察しながら突っ込んでくなよ」
「よく分かった」
「よし」
 本当は彼の「分かった」がただの受け止め(受け入れてはいないのだ)だとようく理解しているアッシュも形だけの承認をし、いつこの三つが破られてもいいよう朝から心構えしておく。毎朝のルーティーンだった。何せ大袈裟でもなんでもなくアッシュの一日は英二のために存在しているので。
「では、奥村さん」
 アッシュは紳士的に微笑んだ。「鍵をしっかり締めておくように」
 常ならば、子ども扱いするない、と子どもじみたむくれっ面のあと呆れたように首を縦にするのだが、今回はむくれっ面のまま上と下の唇を擦り合わせただけだった。
……奥村さん?」
 アッシュが呼ぶと、まごついた。「それ……
「それ?」首を傾げる。
「やだ」
「やだ?」
「それ、いやだ。奥村さん、っての」
 それから手を伸ばし、彷徨わせ、迷った割にそこがいいと思ったのか、こちらの服の裾を控えめにつまみ引っ張った。
「名前で呼んでよ。寂しくなっちゃうだろ」
「ごめん」
 アッシュはその手を握り込み謝っていた。にぎにぎにぎ。
「帰り遅くなるんなら、なおさら、その」
「悪かった」
「英二って呼ぶ?」
「英二。ごめんな、だからそんな顔しないでくれ」
 アッシュとて送り出される時は彼の笑顔でないと嫌なのだ。「ごめん、もうしないよ、英二」
「じゃあもう喧嘩……なんだかよく分からない喧嘩は終わりだ」
「ああ。俺の負けだ」
「ほんと?」
「ああ」
「へへっへん」妙な声が漏れ出た。
 たった今まで悲しそうに下がっていた眉が上がり、窺うようだった上目遣いが自信ありげにふんぞり返っている。にぎにぎ、英二はアッシュの手を揉み返した。アッシュはやられた、と口をひん曲げた。こちらの謝罪を引き出すための策略だったわけだ。
「お前、卑怯……
「ふふん、僕を二歳上だってこと忘れるなよ」
「くそ。オニイチャンがそんな演技派なんて知らなかった」
「ちょっとかわい子ぶった。顔から火が出そう。でも嘘じゃないよ」
「何が」
 にぎにぎ、にぎり。
 赤くなった顔がにへら、白い歯を見せた。
「寂しくなっちゃうの、嘘じゃないぜ」
 お前。
 アッシュは毛細血管のいっぱい詰まった鼻を通り過ぎて、眉間が痛くなる思いがした。にぎ、にぎ。も一度腕時計を確認する。
 だから、もう出ないとやばいんだって。