さもゆ
2024-11-15 22:45:21
59923文字
Public BF
 

【BF腐】これは私の宝箱だ

8月に開催されたついったーの素敵企画「青いバナナの皮をむく」に参加させて頂いたやつと、リクエスト募集した時に書いたものをぎゅっとして箱に詰め込みました。本当にありがとうございます!

2019.10.3 たまごのお粥pixiv投稿作品


※このページから、ついったーでリクエスト募集した時に、頂いたお題で書いたものです!どちゃくそ楽しんでしまいました、ありがとうございました!(そしてちょいちょいお題にそえてないもの・お題を混ぜたものがあります。すみません)

お題A英、ハリポタパロ
※14歳×24歳



七年生になる頃には「きみのそばにずっといるよ」と言わしめた




 ルームメイトを不当に叩き起こすことについてアッシュの右に出る者はいないかもしれない。

 一日の授業(といっても、彼にとっては四年生の内容などどれも簡単であったし、課題も出されたその日に終わる)を無事に終え、年頃の少年らしく寝る間際までやんちゃをし、そうしてパタリとベッドに倒れて潜り込み、そのまま眠りに入る。
 夜も完全に更け、健やかな寝息が四人分聞こえ始め、ルームメイトの一人が夢の中で好きな女の子と手を繋ごうと指をそろりと伸ばしたところで、彼らの夢は脅かされる。大体、いつもそうだ。
 アッシュはよく魘される。
 歯軋りをしているかと思えば、泣き声混じりの呻きが聞こえてきたり、普段の綺麗な、少々ハスキーがかった高い声が嘘のような唸りを上げることもある。
 ルームメイトたちはもう四年も彼とともに過ごしてきたので、彼の本名の示す家がどれだけのものか、そして本来ならその家の者はここ――勇敢なグリフィンドール――ではなく狡猾なスリザリンに組み分けされることも重々承知している。あとは、彼にまつわる根も葉もないひどい噂とか。
 そういう噂や憶測が、もしや本当なのではないか、と四年も一緒にいれば思ってしまう理由の一つが、この夢見の悪さだった。
 けれども構わなかった。そりゃ、右も左も分からない一年生の頃はあまり良い視線を向けられていない彼に怖気づいたけど、彼が噂通りのひどい人間でないことはすぐに分かったので。……今思い出しても、当時の美少女と見紛う彼が、馬鹿にしてきたスリザリン生の顎を蹴り上げた(それも、魔法も使わず!)のは、痛快だった。
 賢く、悪知恵も働き、行動的で、勇猛果敢。誰がなんと言おうと彼らにとってアッシュはそうであるし、大切な学友だ。
 だが、しかし、我慢の限界というものもある。遠慮のない関係と言って頂きたい。

 夢の中で好きな女の子が阿鼻叫喚のマンドレイクに変化したルームメイトが跳ね起き、雄叫びを上げながらアッシュのベッドに飛びかかる。



「それで、なぜここに来るかなあ」
 パジャマにナイトガウンを羽織ったエイジ・オクムラは、困ったふうに太めの黒眉を下げた。
 アッシュはパジャマにローブを巻きつけた格好で、相手より更に柳眉を下げきらせて見せる。
「入れてよ、センセイ。僕がここに来るまでにどれだけの苦労をしたと思ってるんです」 
「うーん、今夜の見回りは誰だったかな」
「鬼畜のフォックス」
「こら。はは、でも、そりゃ苦労する」あの先生は変に厳しすぎる、軍人のようだ、とはホグワーツ中の認識だった。
 そして、黒髪黒目の童顔なこの日本人教授、奥村英二が、寮に関係なく生徒と対等に接し、心優しく、そのくせ厨房の屋敷しもべ妖精もびっくりな個性的な料理を生み出す茶目っ気があるというのも、おそらくホグワーツ中の認識だった。
 しかし、アッシュはもう少し深く知っているつもりだ。と誰かに言いたいような、ひっそり自分だけに留めておきたいような気持ちになることがある。他の生徒よりは、赴任して二年目のこの若い教授のことを、慕っている自信があるのだ。……受け入れられている自信も、たぶん。(何せ、彼は本当に誰にでも優しいので、断言できない。悔しいことに)
 エイジはふっと笑って、自室の扉をアッシュが通れるくらいに開けた。
「分かった。小さな違反者くんを労ってあげよう」
 あんただって、そんなに背が高くないくせに。
 アッシュは自分よりはまだまだ高い位置にある得意げな顔を見上げて、不眠夜間無断徘徊という小さな違反者らしく、控えめに礼を言った。「ありがとうございます、先生」
 
 彼の自室は巧みに造られている。魔法だ。扉を開けて入ればなんてことのないホグワーツの内装に見合った部屋が広がっているが、杖を一振りすれば部屋の隅の床が紙を折るように畳に変わり、壁に障子が出来上がる。
 それを初めて見た時は、文化の違いよりも、この人間は案外、好き勝手にここを楽しんでいるのだなと感心した。二年前、彼の真面目でどこか発音の怪しい自己紹介を聞いた限りでは、気の弱そうで地味な印象が強かったからだ。
 アッシュは迷いなく隅の畳に歩み寄ると、靴を脱ぎ、座布団の上に倒れ込んだ。
 障子がひとりでに開き、春風が舞い込んでくる。本来なら壁のそこは、夜空が輝き、遠くに薄紅色の花を咲かす大木があった。決して向こう側に行けるわけじゃないんだけど、やっぱり、少し日本が恋しくてね、とは彼の言だった。
 日本人の彼が、どうしてイギリスの魔法魔術学校に赴任してきたのかはまだ聞いていない。それは、元はアメリカ人の自分がどんな紆余曲折を得てここに入学したのかと同じくらい、関係のないことだろう。
 彼は何も聞いてこない。いや、教師なら面倒事を起こしそうな生徒の事情くらい把握しているだろうが。
 それでも、二年前、あまりに寝苦しくて寮を抜け出し、見回りのブランカ(穏やかな笑顔はどこか胡散臭い。こいつも鬼畜なのだが、なぜか女生徒に人気がある)に見つかりかけたところをなんとか庇ってくれて、何も聞かず自室に招いてくれた時から、アッシュは彼のことを信頼していた。
 彼のもとは、眠れない夜、ルームメイトに叩き起された夜、暇な夜、そういう時の避難場所だった。
「何か飲むかい?」
「いや、いい。……何度体験しても床に寝転がるっていいな」
「畳ね」
「タタミ」
 エイジも靴を脱ぎ、出現したちゃぶ台に突っ伏すと、ジジくさい目でアッシュを眺めやる。
「きみ、大きくなったなあ」
「年寄りみたいなこと言うね」
「口も達者になった」やれやれと首を振っている。
 黒髪がぱさぱさと音を立てた。それを見て、アッシュは座布団から顔を浮かせる。
……エイジは、」
「“先生”。僕が生徒たちに名前で呼ばれるのって、絶対きみのせいでもあるんだからな」
「これは失礼を。エイジ先生は、身長は伸びていないようですが、髪は伸びましたね」
「くそう……」悔しげに唇を曲げたあと、肩まで伸びた髪をひとつまみした。「少しは年相応に見えるだろ」どうだ、と笑っている。
「ティーンみてえ」アッシュは言った。「五年生でも通じるよ」
 アジア系の生徒や、それこそ留学生もいるが、同じアジア系の中でも彼は特に童顔に見えた。二十四のはずなのに、アッシュより二つ上のショーターより年下に見えるため、本当に彼が制服を着て五年生ですと言ったらみんな騙されそうである。
 自分はまだ成長過程だが、五年生ともなればどんどん幼さが削り取られ、少年でなく青年になっていく。六年生になれば、もっとだ。実際、上級生は大きく高い。アッシュがそうなった時、エイジは果たしてどうなっているだろう。
「五年生は言い過ぎだよ」
 盛大に顔を顰めている。大きな黒目を見上げ、アッシュは最近調子の悪い喉を震わせた。
……エイジはさ」
「先生」
「エイジ先生。あんた、ずっとここにいる?」
「え? ああ、きみが寝つくか、寮に戻るってんなら送るけど」
「そうじゃない、ホグワーツにだよ」
 ……そうでもない。
 ホグワーツにずっといたって、自分はあと三年すれば卒業するのだから、そうではなくて。
 何かもっと他に、素晴らしく心情に見合った台詞があるはずなのだけれど、いかんせんアッシュは自分の考えたことさえよく分かっていなかったので、それ以上は言えなかった。
 黒目を瞬かせたエイジは、逡巡したのち、首を傾げた。
「どうだろう。ずっととは、軽々しく言えないかな」
「なぜ」
「なぜって、だって、突然クビになるかもしれないし、転勤だって有り得るだろうし、他に何かあるかもしれない」
「他にって?」
「え? ええと、結婚とか」
「結婚するのかっ」思いのほか頓狂な声が出てしまい、アッシュは驚いた。
 エイジも面食らったようだが、慌てて首を振る。「可能性の話だぜ。僕には今そんな相手はいない。……あっ」つい出てしまった個人情報を拾い上げるように口を覆うも、遅い。
 そうか。
 相手はいないのか。そうなんだ……。アッシュはこれまたなぜか胸を撫で下ろす。彼が結婚したからといって、何があるっていうんだ。……だって、それでもしここからいなくなってしまったら、ほら、あれだ、いざという時の避難場所がなくなるということだ。それは大いに困る。
「まあ、でも」
 エイジは取り繕うように笑った。
「少なくとも、きみが声変わりするまではいるよ」
 アッシュは喉を押さえた。
 返事をしようとして、二、三度空咳を零す。
……俺の声変わりなんて、そんなのすぐだ」
 掠れていた。
「そしたら、また訊いておくれよ。『いつまでここにいる?』って」
「なんで? ……分かった。必ず訊く」
 アッシュは座布団に頭を埋めた。
 でも、良かったかもしれない。
 「ずっとここにいる」と言われても、そんなものが不確かな言葉だということは知っているし、それなら、いつか分からない遠くの未来より近い未来を約束される方が、安心する。声変わりするまでって、つまり、その間は彼は自分がいるホグワーツにいるのだし。
「ここで寝るの? きみ」
「寝かせて」
「仕方ないな……」杖が振られた。途端に、座布団は枕に、畳が布団に変わる。
「おやすみ、アッシュ」
 優しい風が吹き込んだのを最後に、障子が閉じる。アッシュも瞼を閉じた。
「おやすみ、エイジ」
 先生。訂正に返すのはやめておいた。すぐに微睡みに包まれて、心地良い眠りに落ちていく。
 そうして、彼のもとで眠る時に悪夢を見ないのは、決して魔法だけのおかげではないことをアッシュが正しく理解するのは、もう暫く先のことだった。



(……声変わりした)
(うわ、ハスキーだな。ええ、やだもう、子供の成長って早いな)
(いつまでここにいる?)
(おっと、そうだね、きみが僕の身長を越すまでは確実にいるよ)
(それもすぐじゃねえか……)