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柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(1)
サイトに掲載している長編の第一章です。
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中学三年の夏休みが終わった。夏休みだからといって特に浮いた話題もなく、ほとんど毎日塾に通っては、ガリガリ勉強ばかりしていた。
こんな寂しい夏休みがあってよいものか。こんな青春で満足なのだろうか。そう自問してみたりもするけれど、そういう楽しみは高校に進学してからでも十分だ──とかなんとか自分をむりやり納得させる。今はとにかく、楽しい高校生活に向けて努力するしかない。
そんなわけで、ろくに日焼けもしないまま迎えた二学期。休み明け試験を終えた私たちは、またもや教師の気まぐれで席替えをすることになった。
やっと、本当にやっと爆豪くんの隣の席から解放される!
そう思うだけで、うっかり涙が滲みそうになった。
思えばこの席になってからというもの、友人たちは爆豪くんを恐れ私の席に近づいてこなくなったし、そのくせ爆豪くんの友人たちはわらわらと集まってくるしで、本当に災難なことこの上なかった。爆豪くんの友人に絡まれ、何度かいやな思いもした。爆豪くん本人から被った被害というよりも、彼の周りの人間によるものの方が多いのは意外だけれど、爆豪くん絡みの災難にはちがいない。
とはいえ、爆豪くんとそれなりに良好な関係を築くことができたこと、それだけは多少、よかったと思う。今はじめて感じた気持ちだ。爆豪くんと席が離れるのだと思えば、とたんに何もかもいい思い出に感じてしまう。
さらば、災難つづきだった日々。
──などと、呑気なことを思っていたのだけれど。
「なんか、私たち縁があるみたいで
……
」
「んなもんねーわ、前向けクソカス」
さんざんな暴言に溜息を吐きながら、言われた通り前を向いた。こっちだって爆豪くんとのあいだに縁なんて感じたくない、くらいのことは言い返したいところだけれど、さすがにこのタイミングで反論などしようものなら、また不機嫌を振りかざされてもおかしくない。なので、しぶしぶ黙る。
席替えで念願叶って爆豪くんの隣の席を卒業はした。そこは素直に喜ばしい。
ただ、隣の席を卒業して引き当てたのはなんと、爆豪くんの前の席だった。なんてこと。隣同士から前後にマイナーチェンジしただけじゃないか。
これは何かの呪縛なのだろうか。それこそ縁とか? そんなの、望まない縁すぎる。
「はあ
……
うう
……
」
荷物を新しい机におさめながら私は唸る。
別に爆豪くんのことが嫌いなわけではない。けれど近くの席にいると、気を遣う相手であることには違いない。おまけに仲のいい友人は軒並み自席から遠くの席。孤独なことこの上ない。
ちょっとでも気を抜くと、とめどなく溜息が出てしまいそうになる。沈む気分をどうにか鼓舞し、私は私を励ました。
そうだ、もっと前向きに楽しいことを考えよう。爆豪くんと前後の席といったって、前に座っているのは私なのだ。必要なとき以外は後ろを向かなければ、爆豪くんとの絡みが発生することはない。これは実質、席が離れているのと同じことなのでは?
そうポジティブに思ってみたりもしたのだけれど、現実はそう甘くはない。
そのことに気がついたのは、その次の授業中のことだった。
がん、がんと断続的に続く音に私は眉を顰めた。
授業が終わり、次の授業までの短い休み時間のことである。
「ねえちょっと、おしり痛いからそれやめてほしいんだけど」
「うるせえ喋んな」
「理不尽がすぎるでしょ
……
」
再び、がんと音がなった。椅子の座面から骨に響く衝撃。
そう、授業中だろうが関係なく、何か苛つくたび、爆豪くんは私の椅子を蹴ってくるのだ。そのせいでおしりが痛いし、授業にも集中できない。
このあいだまで、少なくとも私が隣の席に座っているあいだの爆豪くんには、そんな悪癖はなかったはずだ。となるとまさか、私が前に座ることによって爆豪くんの機嫌が悪くなっているとか、そういうことなのだろうか。
するとこの椅子蹴り上げ地獄は、次の席替えまで続く可能性すらある。受験勉強も佳境に入る二学期に、そんな妨害工作を受けるのは最悪だ。なんとしてでも、爆豪くんにやめさせなければならない。
椅子に腰掛けたまま振り返り、私は爆豪くんの方を向く。不機嫌そうな爆豪くんに一瞬ひるみかけるも、どうにかすぐに持ち直した。
「あのね、爆豪くん。それ、椅子を蹴るの、本当にやめてくれないかな」
「指図すんな根暗女」
指図ときたものだ。まったく悪びれる様子のない爆豪くんに、私は半ば呆れて言いかえした。
「いや指図もなにも、今回は私が正論でしょ。椅子蹴りあげられて文句言わない人間とかいる?」
「お前」
「言ってんだよ。文句を、今、まさに」
文句を伝えているつもりが、まさか伝わっていないとは思わなかった。なんだと思ってたんだ。提言? 懇願? 小意気なお喋りか?
「そんながんがん蹴られたら授業に集中できないよ。これで成績落ちたら私、爆豪くんが姑息な真似をして私の成績を落としましたって、めちゃくちゃクレーム申し立てるよ。いいの? 爆豪くんだって雄英受けるのに、先生からの心証悪くしていいの?」
自分でもかなり嫌な言い方だという自覚があった。けれど相手は爆豪くんだ。向こうの方が嫌なやつなのだから、私が多少嫌なやつになったってバランスはとれている。
とにかく、このさい手段を選んではいられない。
いっぽうの要求をつきつけられた爆豪くんは、あからさまに嫌そうな顔をした。そういえば今まで爆豪くんに対して、表立って反論したり抗議の声をあげたことはなかった。爆豪くんがあまり見たことがない表情を浮かべているので、はたとそのことに思い至る。
私だけではない。そもそもこのクラスには、爆豪くんに対し反抗的、あるいは敵対的な態度をとる生徒はほとんどいない。緑谷くんだって多少抗議はするものの、基本的には爆豪くんに楯突いたりはしないだろう。たとえ友達であっても、みんな彼が怖いのだ。
「てめえ、俺に喧嘩売ろうたァ、いい度胸じゃねえか。あ゛ァ?」
どうひねくれた受け止め方をすれば、私が爆豪くんに喧嘩を売っていることになるのか。私がそんなタイプに見えるのだろうか。
いや、見えるんだろうな。爆豪くんには。
もちろん私にそんなつもりはない。私はただ、爆豪くんに嫌がらせをやめてほしいとお願いしているだけだ。
「喧嘩なんか売ってないし、どちらかといえば売ってるの爆豪くんだよ。爆豪くんが椅子蹴るのやめてくれれば済む話なんだから」
「俺が何しようが俺の勝手だろうが」
「じゃあ私が先生に何言おうが私の勝手でしょ。実際こうして迷惑こうむってるんだし、正当なクレームだよね」
爆豪くんからの返事はない。しばし、睨み合いが続く。
クラスのみんなも、さりげなくではあるけれど、私と爆豪くんの会話を気にしているようだった。うっすらとした緊張感のようなものが、肌にひしひしと伝わってくる。
クラスでも派手で目立つ、一番怖い爆豪くん。対して私はクラスでも目立たないグループ。傍から見れば、肉食動物と草食小動物が睨み合っているようなものだろう。
「てめえ、本気で俺に歯向かおうってか」
肉食動物が、今にも噛みつきそうな声音で言う。草食動物は、あくまで肉食動物を刺激しないように努めて言い返す。
「そんなつもりはないよ。私はただ、自分の権利を主張してるだけで、それが気にくわないっていうのなら、爆豪くんがもう一回席替えしてくれるように先生に頼んでよ。『俺が椅子蹴るせいでこいつがうるせえんで席替えしてください』って」
言い返しながらも、謝った方が良いんだろうかという気持ちが一瞬、心のなかを掠めていった。謝るまではしなくても、もう少し穏便に頼む方法もあったかもしれない。あるいは爆豪くんに直談判するのではなく、最初から教師に頼むこともできた。
けれどそうしなかったのはたぶん、爆豪くんなら対話でどうにかした方がいい相手だと、なんとなくそう思ってしまったから。まだ引きたくない、謝りたくはないと思うのは、自分のなかに生まれたほんの小さな、本当に豆粒ほどに小さな爆豪くんへの期待や信頼を、諦めたくはないから。
個性のことをはじめ、少しずつ、ほんのわずかずつ積み重ねてきた爆豪くんへの淡い信頼を、こんなところで捨てたくなかった。
長く続いた睨み合いは、爆豪くんの舌打ちで終結した。大きな舌打ちを打った爆豪くんは、その長い足をいつもみたいに机の上に投げ出す。そして何事もなかったかのように、自席で堂々とふんぞり返った。
一瞬、教室がざわつく。
「
……
次はねえぞ」
それが爆豪くんからの返事だった。私はほっとして、ようやく顔をゆるめる。
「ありがとう」
「気色悪ィからやめろ」
正直、ほっとしたのと同じくらい面食らってもいる。そりゃあ私には折れるつもりがなかったのだから、爆豪くんの方が折れてくれなければ終われない。この結末は私にとって、かなり理想的、言い換えれば想定した着地点だったといえる。
けれど、実際に爆豪くんが折れてくれるのを目の当たりにすると、驚かないはずがない。何せ相手は何様俺様爆豪くんだ。天上天下唯我独尊を地で行く男子中学生。私なんかを相手に、譲歩ができるとは思わなかった。
普段以上にぶすっとした表情をしているけれど、爆豪くんが怒鳴ってきたりする様子はない。私はここぞとばかりに、爆豪くんをまじまじと見つめた。
「爆豪くんって時々、予想の斜め上をいくね」
思ったことをそのまま口にすれば、途端にぎろりと睨まれる。
「あ? 喧嘩売ってんのか、てめえ。次はねえっつったろ。ぶっ殺すぞ」
「いや、喧嘩売ってるつもりはないんだけど
……
、なんかその
……
、私が言うのもアレだけど、意外で」
私の言葉に、爆豪くんはつまらなさそうに鼻を鳴らした。そのリアクションすら意外で、今私の目の前でふんぞり返っているこの男の子は、果たして本当に爆豪くんなのだろうかと今更不安になってくる。
もしかして夏休みの間に何かあったのだろうか。海で波にさらわれて五日間漂流したとか、がけから落ちて意識不明の重体に陥ったとか。そうでもなければあの爆豪くんが、こんなに素直に引いてくれるとは思えない。
「なんか怖くなってきたかも
……
。あなた本当に爆豪勝己くんですか?」
「てめえ本気でブチ殺したろか! つーか別にてめえの意見のんだわけじゃねえ。余計なこと教師にチクられたら入試に響くだろうが。そんだけだ、そんだけ!」
「ああ、なるほど。爆豪くん真面目だから
……
」
「てめえほどじゃねえよ、根暗!」
「ていうかよく考えたら、爆豪くんの横暴をやめてもらっただけで、私の希望をのんでもらったってわけでもないし。言うほど爆豪くんに親切にされたわけでもないか」
「殺す!!!!」
頷きながら言うと再び吠えられた。一いうと十返ってくるのが爆豪くんだ。口数は据え置きで、十倍の声量。しかも根暗というよろしくない呼び方が定着しつつある。言っても無駄と分かりつつ、私はその呼び名を訂正した。
「だから何度も言ってると思うんだけど私の名前は根暗ではなくてですね、」
「
苗字
! 言われんでもそんくらい知っとるわ!」
「え
……
」
爆豪くんの台詞に、思わず私は瞠目した。ほとんど独り言みたいな言葉が口からこぼれる。
「爆豪くん、私の名前知ってたの?」
「ばっ!」
ばかにしてんのか、という爆豪くんの怒声も、私の耳には届いていなかった。
「すごい、今世紀最大の感動と衝撃かもしれない。爆豪くんって、人名を記憶しようという常識あったんだ」
私がそう言い終えるのと、爆豪くんが手のひらから爆発を起こしたのは同時だった。
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