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柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(1)
サイトに掲載している長編の第一章です。
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「爆豪くんって、爆発とか好き?」
「あ゙?」
朝の満員電車にごりごり揉まれながら尋ねると、目の前の爆豪くんは不機嫌そうな返事をした。
通学のための四十分を爆豪くんとともに過ごすことにも慣れつつある今日この頃。話をしたり勉強をしたり、日によってコミュニケーションの程度に差はあれど、なんとなく一緒に登校するのが暗黙のうちに定着してしまった。
つり革にもつかまらず、体幹の強さだけで揺れる地下鉄にあらがう爆豪くんに、地下鉄の壁部に背をあずけた私は話をつづけた。
「あ、いや正確には爆発っていうか、爆発のシーンがいっぱいあるアクション映画が好きか、って話なんだけど」
アクション映画と聞き、爆豪くんは納得したように少しだけ表情を緩める。先ほどの質問ではあまりに言葉足らずすぎたのか、爆豪くんにしては珍しく、意味が分からず困惑する顔をしていたのだ。
「
……
嫌いじゃねえ。なんで」
「お母さんの仕事の都合で試写会のペアチケットもらったんだけど、そういうの好きなら爆豪くんどうかなと思って。今CMたくさんやってる、もうすぐ公開の洋画でね。試写会は今週末
……
ええと、たしか金曜なんだけど」
さらに詳細を説明していると、爆豪くんは少しだけ意外そうに目を見開いて私の顔を見る。またしても珍しい表情。今日の爆豪くんは、なんだかいろんな顔をしてくれる。
普段の爆豪くんは人を見るや威嚇するような、物騒で反社会的な顔ばかりしてるけれど、普通にしていると案外童顔だ。あどけなさが残っているというか、年齢相応というか。きつめの顔立ちではあるけれど、怖いばかりでもない。そもそもの顔の造作からして、爆豪くんはだいぶ整っている。
「爆豪くんってお父さんとお母さんどっち似?」
「は?」
「お母さん似だったらお母さん美人そうだし、お父さん似だったらお父さん格好良さそうだなと思って」
「
……
んなこと知るか」
「ふうん、そっか」
私の脈絡ない質問にはさすがに答えてくれなかった。しかも何故か頭を叩かれる。私がしたり顔で笑っていたのが、どうやらお気に召さなかったらしい。
それにしたって、叩くなら叩くで先に勧告してくれたらいいのに、いきなり手を出してくるなんて。叩かれた頭をさすりながら、私は爆豪くんを軽くにらむ。本気で叩かれていないのは分かるけれど、そういう問題ではない。
もしや私が毎度、無抵抗にやられているのがいけないのだろうか。こいつの頭ならば好き放題叩いていいのだと認識されている? もしもそうならば断固否定しなければならない。
地下鉄内で迷惑にならない程度の声量で、私は爆豪くんに言った。
「あのねえ、爆豪くん。前から言おうと思ってたんだけど、そんなフランクに暴力を行使されたら困るよ。もし私が訴えを起こしたら、たぶん爆豪くん有罪だよ」
司法の介入をにおわせることで、爆豪くんの理不尽を牽制してみる。
果たして、爆豪くんは仏頂面のまま答えた。
「行ってやってもいい」
「エッ、なに? どこに? あ、まさか法廷
……
? うそ、裁判に乗り気でいらっしゃる
……
」
「んなわけねえだろうが! 試写会! そんくらい察しろボケ!」
「ああ、そっち」
「そっち以外ねえだろ てめえ頭ん中虫でも湧いとんのか」
「嫌なこと言うね
……
」
というかちょっと的外れな返答をしてしまっただけで、頭の中に虫が湧いているとまで言われるのか。先に下手な会話をしたのは爆豪くんの方なのに。
「えーっと、じゃあ爆豪くん映画見に行ってくれるんだ」
「だからそう言ってんだろ、なんべんも言わすな」
「いやいや、確認だよ」
思いがけずすれ違い漫才みたいになってしまったけれど、とにかく爆豪くんは爆発満載のアクション映画が好きで、試写会のペアチケットを受け取ってくれるということだった。私もほっと胸をなでおろす。
「爆豪くんが行ってくれるならよかったよ。私が行ってもいいんだけど、こういうのはやっぱ、好きな人に受け取ってもらうのが一番だと思うしさ。結構ハードボイルドな感じみたいだから、切島くんとか誘ったらいいんじゃないかな? 明日チケット持ってくるね」
どうせ明日も電車で会うだろうし。と、とんとん拍子に話を進めていったところで、
「待て」
「え?」
突然爆豪くんに凄まれた。今回は襟を掴まれたりといった暴力行為こそ伴っていないもの、爆豪くんの顔面は限りなく凶悪である。至近距離でこの顔は普通に怖い。迫力満点なんてものではない。映画館で3Dでこの顔面見たら、泣いちゃう気がする。
爆豪くんはずいと私に詰め寄ると、
「てめえ、ペアチケットっつったよな?」
地の底のように低い声で問い詰めた。私は赤べこのごとく、こくこくと頷く。ここは電車の中だ。大事になっては困る。しかし爆豪くんはそんなこと構わないといった様子で、私を睨みつけていた。
「ペアチケットだな? ペアだよな?」
「う、うん」
「で、俺と切島でっつーのはどういうこった」
「え
……
、だから熱い感じの映画だし、熱い感じの人を誘ったらどうかなって」
「てめえが来いや!!」
「ギャッ」
本気の怒鳴り声だった。思わず悲鳴を上げる。その瞬間、満員電車だというのに、私と爆豪くんの周りの人口密度がにわかに下がった。
高校入学二日目の再来。またしても、この可哀相な女子高生を凶悪な男子高校生から救ってくれる、善良な人間はいないらしい。世の中の冷たさ、厳しさをひしひしと思い知る。
これ以上爆豪くんに大声を出されると、お互い制服を着ている以上学校にクレームがいきかねない。どうにかこの場を収拾しなければ
……
。と、そこで唐突に、私の頭にひらめき音がピンポン鳴った。
爆豪くんの怒鳴り声の大きさばかりに気を取られていたけれど、そもそも爆豪くんがなぜ怒っているのかといえば、私がペアチケットをペアのままお譲りしようとしているかららしい。この場合、切島くんがどうとかいう問題ではないだろう。
もしかして爆豪くん、ペアの相手を私が務めないことに怒り心頭なのか
……
?
まったく思ってもみなかったことである。けれど彼の言葉をそのまま受け取れば、そういうことになる。
とはいえ私が「切島くんとどうぞ」と言ったのにだって、一応の理由はある。
ペアチケットを母からもらったのは私なのだけれど、私と一緒では爆豪くんも楽しくないだろう。それならいっそ、仲よしの切島くんあたりを誘った方が楽しめるはずだ。その方が爆豪くんも気楽だろうし、チケットの譲り先が私だからといって、私に気兼ねしてもらう必要はまったくない。
言ってみれば、私なりの配慮をしたつもりだった。別に相手が切島くんでなくてもいい。そこまで私が指定するつもりもない。とにかく、爆豪くんが行きたい相手といけばいいと思っただけだ。
裏を返せば、爆豪くんが私と一緒に行きたいというのであれば、私の方も同行することはやぶさかではない。チケットを譲ってもいい程度の映画でも、見たくないというわけではない。そもそも爆豪くんがチケットを受け取ってくれなかったら、自分で誰か誘って見にいこうと思っていたのだ。
「一応聞くけど、いいの? 私と映画を観るのは爆豪くんも嫌かなっていう、私なりのささやかな配慮だったんだけど」
念のために尋ねれば、爆豪くんはやはり怒り心頭の様子で、
「こっちは端からそのつもりだったわクソボケ! 言い出したんならきっちり最後まで責任果たせや!」
とキレちらかした。
「責任とは
……
?」
今にもぷんすこ音が聞こえてきそうなくらい、めちゃくちゃ怒っている爆豪くんだ。けれど私の方はどうにも心がむずむずしてしまって、正直にいえばもう、爆豪くんにかまっているどころではなかった。
爆豪くん、私と映画観るの嫌じゃないんだ。
そう考えると、どうしようもなく胸の真ん中あたりがむずむずして仕方がない。このむずむずの正体はなんなのだろう。いやな感覚ではないけれど、落ち着かない気分だ。
結局それから地下鉄をおりるまで気もそぞろだった私はあやうく乗り過ごしかけ、爆豪くんにしこたま罵られたのだった。
★
「その後爆豪勝己とどう?」
他クラスとの体育の合同授業で、久し振りに友人と顔をあわせた。入試の日に一緒に行き帰りし、爆豪くんとの関係についても相談した友人だ。
出身の中学こそ違うものの、一緒に夢咲女子を受験した彼女もまた無事に試験に合格して、この春から晴れて夢咲女子に通っていた。
揃いの体操服で準備運動をしながら、私たちはのんびりと言葉を交わす。
個性を持っていることがスタンダードになっている現代において、いくら個性使用を禁じている普通科といえど、どうしても身体機能に差は生じる。それを分かっているから、教師も努力を強要はしない。ゆるいものだ。
「どうって、どうもないけど」
ストレッチをしながら、私は答える。背中が伸びる感覚が心地よい。
「何か進展、ないの?」
友人もまた私と同じように背中を伸ばして言った。
中学時代から何かと私と爆豪くんの仲を疑ってくる子なので、実は高校入学後もこうして顔を合わせるたびに同じことを聞かれている。とはいえ私と爆豪くんの関係は普通の友人かどうかすらも怪しいレベルで、特に彼女に報告するべきこともない。私の返事もまた、毎度同じことの繰り返しだ。
「ううーん
……
、普通に友達っぽい感じだけど」
言いながら、そういえば最近は何もないわけではなかったなと思い出す。発展とまでは言わないけれど、進展はしている。
「このあいだ駅の近くでたまたま爆豪くんとその友達と会ったよ」
「雄英生? まじ? めっちゃいいじゃん」
何がいいのだろうか。未来の人気ヒーローと知り合っておくといいよ、という話かな。
「でも爆豪くんがやたら急かすから、結局そんなに話してないんだけど
……
。あ、あと今度爆豪くんと一緒に、映画の試写会に行くことになった」
「ええ? 急展開だ。それ
名前
ちゃんから誘ったの?」
「うん、映画の内容的に爆豪くん好きそうかなと思って。本当はチケットだけあげるつもりだったんだけど、どういうわけか一緒に行くことに
……
」
思い返してみてもやはりよく分からないけれど、そういうことになってしまったのだから仕方ない。金曜の授業が終わり次第、映画館の最寄り駅で待ち合わせということになっている。
学校の最寄りで待ち合わせしないのは、雄英と夢咲女子では授業の終わる時間が違うからだ。大きな駅で待ち合わせした方が、先に授業が終わる私がそのあと待ち合わせまでの時間を潰しやすい。
ちなみにそれを提案してくれたのも爆豪くんだった。こういうとき、爆豪くんは異様に気が回るというか、気遣いがうまい。
私の話を黙って聞いていた友人は、私が話し終えるのと同時に額に手を当て、低く唸り声をあげた。妙に演技がかっている。そしてたっぷり間をもったあと、もったいつけるようにして言った。
「あのさ、こういうこと軽々しく言うべきじゃないのかもしれないけど、やっぱ爆豪勝己って、
名前
ちゃんのこと好きなんじゃない?」
「ええ
……
? いや、いやいや。それはないでしょ」
「なんで?」
「チケット余ってたから一緒に行くだけだし、それくらい友達同士でも誘うことない?」
「普通ならね。でも相手は爆豪勝己だよ? 好きでもない女と映画なんて行くと思う?」
「
……
そう言われてもなあ」
爆豪くんと女子が話しているところを、私はほとんど見たことがないのだ。もしかしたら私の知らないところで、別に好きでもない女子を映画でもなんでも誘っているのかも
……
、いや、それはないか。
そもそも女子うんぬんを置いておいたとしても、爆豪くんは誰かとつるまなければいられないようなタイプではない。私なんかに義理を感じるタイプでもない。たとえそれがペアチケットであろうと、彼はその映画を見たいと一度決めたら、ひとりでも何のためらいもなく入場するだろう。
けれどそうすると、どうだろう。私をペアの相手に選んでくれたその時点で、爆豪くんは私と映画に行きたかった、ということになってしまう。能動的に私を選んだと、そういうことになってしまうのではないか。
……
いや、それこそないでしょ。
頭に浮かんだ思考のありえなさに、思わず自分で苦笑した。
だって、そうだろう。爆豪くんに限って私なんかに好意を持つはずがない。彼にとっての私は中三でクラスが一緒になっただけの、ぱっとしない生意気な根暗女に過ぎない。たまたまいろんな縁が重なってそれなりに親しくはなったけれど、その根暗女という部分が覆ることはきっと金輪際ないだろう。私なんかが彼の恋愛の範疇に入っていると思うこと自体が、爆豪くんに対して失礼というか。
と、そこまで考えてはっとした。
どうして私が爆豪くん相手にこうも卑屈にならなければならないのか。爆豪くんにとっての私がただの根暗女であるのと同様に、私にとっての爆豪くんだって傍若無人で理不尽なヤンキーだ。
満員電車で平気で女子高生を怒鳴りつけるような、ヤンキーでチンピラで不良で怖いもの知らずで、ひと癖もふた癖もあるどころかいっそ癖しかないような、そんな男子──そのはず、なのに。
傍若無人で理不尽なヤンキーで怖くて──、だけど面白くて、ごくまれに優しくて。
一緒にいると、心がむず痒くなる。胸が騒いで、落ち着かなくなる。
なんだか顔が熱くなるのを感じて、私は慌てて体操服の袖を捲り上げた。
照りつける初夏の太陽の苛烈さは、誰かの姿によく似ている。
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