柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(1)

サイトに掲載している長編の第一章です。

 そんなわけで、紆余曲折あったりなかったり、波乱万丈あったりなかったり、肝心の言葉すらあったりなかったりしているわけなのだけれど、とにもかくにも多分、爆豪くんと私は付き合うことになった……と思う。
 ちゃんとした言葉で何か言われたわけではないから、正直いまだに確信はない。なにせ「付き合ってくれ」はおろか、「好きだ」とすら言われていないのだ。もしかしたらすべては私の思い違い、とんだ勘違い女だっただけという可能性も捨てきれない。
 けれどまあ、それはそれとして。
「『月曜 十二時 駅でメシ』だけのワードが送信されてきたときの私の気持ちわかる? 新手の連想ゲームかと思った」
「は?」
「いや『は?』ではなく」
 目の前で本日のランチをもくもくと食べている爆豪くんに非難の目を向けると、爆豪くんは不機嫌そうな返事をした。

 かりに私たちが付き合っていると仮定するとして、今現在私と爆豪くんが何をしているかというと、端的にいえばデートというやつをしている。
 どこに行くという情報もほとんどないまま、先ほどの単語が連ねられただけのメッセージが送られてきたのが土曜の夜のこと。本日月曜日は国民の祝日で、つまりそれがデートのお誘いだと理解するまでに、数分を要した。
 爆豪くんからデートのお誘いを受けた私は、彼からの数少ないヒントを頼りに、十二時きっかりに駅の改札前で爆豪くんを待っていた。怪文書を無視せず、ちゃんと時間通りに待ち合わせ場所に来ただけで褒められて然るべきだと思うのだけれど、爆豪くんの意見は違うらしい。
 時間通りやってきた私服姿の爆豪くんは、私の姿をみとめると「さっさと来い根暗」とだけ言う。先に来ていたのは私なのに、どの口がそんなことを言えるのだろうか。時空のねじれでなければ、本気で正気を疑う。
 爆豪くんが正気かどうかはさておき、そんなふうにして連れてこられたのは、最近オープンしたばかりのおしゃれな定食屋さんで、通された窓際の明るい席は清潔であたたかかった。私はカキフライ定食を、爆豪くんは日替わり定食を大盛りで注文し、そんなこんなで今に至るというわけだ。
 カキフライを食べながら、私は混乱していた。
 全体的に、いろいろな意味で爆豪くんの正気を疑うこと続きだ。
 まず店のチョイスで驚く。爆豪くんらしからぬ、とまでは言わないけれど、ものすごくデートっぽいお店選びだ。なるほどこれってもしかしてデートかも、と巧みにこちらに思わせてくる。
 お米を口に運びながら、私は改めて爆豪くんの姿を観察する。
 シンプルなシャツに柄物の羽織。私だったら着られなさそうな派手な柄を普通に着こなしているから、やはり爆豪くんは恐ろしい。
 若干の柄──服の柄ではなく人柄のほうの柄の悪さは否めないけれど、それでもやっぱり似合っている。というか本音を言ってしまえば、かなり格好いい。
 それに店の選び方だって秀逸だ。こういうおしゃれすぎない落ち着ける雰囲気のカフェは、見事に私の好みのど真ん中だった。
 これまで爆豪くんとの会話のなかで、そんな話をしたかどうか、話した本人である私すらまったく覚えていない。会話のなかで出たかもしれない程度の話を、こうしてきちんと覚えていてくれたのだろうか。だとしたら、あまりにも凄すぎて言葉が出てこない。逆にそのポテンシャルがあって、どうして普段はああなんだろう。
「爆豪くんってなんか本当、なんでもできるんだね……
 もはや畏怖にも似た気持ちでそう言うと、爆豪くんは当然のことをと言わんばかりに、不遜に眉根を寄せた。
「あ? 今さら何だよ。当たり前だろうが」
「いやちょっとは謙遜しなよ」
「んだてめえ、褒めんのか褒めねえのかどっちだ!」
「どちらかといえばまあ、褒めてる」
「ざけんな! 全力で褒めろや!」
「うわ、またそういう面倒くさいことを……
 折角のできた男ぶりが一瞬で台無しになるのが、爆豪くんのすごいところでもある。普通に向かい合って食事をしていてもなんだか気恥ずかしくなってきてしまうし、そうでなくても私は面白がってすぐに爆豪くんのことを怒らせてしまうところがあるけれど、それにしたってまんまと乗ってくる爆豪くんも爆豪くんだ。導火線が短いにも程がある。
 まだ怒っている爆豪くんにお詫びの気持ちを込めてカキフライをひとつ分けてあげた。
「んなもんで誤魔化されるわけねえだろ!」
 と相変わらずの怒りぶりを見せているものの、爆豪くんは私がお皿に置いたカキフライをすぐに自分の口に放り込む。文句言いつつ食べるんじゃないか。呆れつつ、気を許されているのが分かる今日のこの距離感に、むずむずを感じずにはいられなかった。

 食事のお皿がきれいになってデザートを待つあいだ、私はそういえばと口を開く。手に持ったほうじ茶の湯飲みがあたたかくて気持ちいい。
「そういえばこの間、久し振りに電車で緑谷くんに会ったよ」
「クソほども興味がねえ」
「なんか自主トレするから早い時間の電車に乗ったとか言ってたよ。いつも私たちが乗ってる電車って雄英の始業時間よりだいぶ早いんでしょ?」
「ばっ、な、あ゙ァ!?」
「うわ、びっくりした」
「何か文句あんのかゴラ!」
「え、何の話? ただ爆豪くんって早起きなんだね、自主トレ欠かさなくて偉いねって話じゃないの?」
「ぐっ……クソデクぶっ殺す」
「ええ、急になに……? こわ……
 脈絡なく緑谷くんの殺害予告がなされたところで、デザートのババロアが運ばれてきた。それも美味しくたいらげると、ほうじ茶を啜りながら湯呑み越しに爆豪くんを見る。私の視線に気が付いた爆豪くんはなぜか舌打ちで私の視線に答えた。彼は舌打ちを何にでも便利に使いすぎるきらいがある。
「んだよ。用もなく見てんじゃねえぞ」
「いや、この後どうするのかなと思って。爆豪くんは何か予定ある? ないなら本屋に行きたいんだけど。買いたい雑誌があって」
「あ? んなもんネットで買えよ」
「そんなこと言うならいいよ。一人で行くし」
「行かねえとは言ってねえだろ」
「じゃあ本屋さんね」
 さくりと次の行き先を決定する。爆豪くんがどういうプランを持っているのか、はたまた持っていないのかは分からないけれど一応私の意思を尊重してくれる気はあるようだった。デザートを食べ終えて店を出ると、その足で私たちは駅の中に入っている本屋に向かった。
 駅へ向かう道すがら、私は爆豪くんに尋ねる。
「爆豪くんって普段どんな雑誌読むの?」
「ヒーロー雑誌」
「あー、そうか。そっちか。それはそうだ」
 爆豪くんが、これでなかなか真面目な人間だということは中学時代から知っている。ヒーローを志し、ヒーロー育成機関の最高峰である雄英に身を置いているだけでも凄まじいことなのだけれど、彼はそれだけで満足しない。常にアンテナを張り、情報収集もしているのだろう。
 それにしても、私の他愛ない質問にちゃんと答えてくれたことに、内心驚いていた。正直「うるせえ」「関係ねえだろ」「しゃべんな」「帰れ。つーか死ね」あたりの台詞を吐かれると予想していた。
 やっぱり私と爆豪くんって、付き合っているのだろうか。だから今までより気持ち、ハートフルな感じなのだろうか。
「ねえ爆豪くん、今日の私たちのこれってデートになるのかな」
「は?」
「そもそも私と爆豪くんって、もしかして付き合っているという状態なのかな」
 我ながら頭と察しが悪い質問だったと思う。というか間抜けな質問だったと思う。案の定、私の問いかけに爆豪くんはぎろりと私を睨んだ後、小刻みにぶるぶると震え始めた。
「て、てめえはよォ……
「はい」
 神妙な顔で返事をした瞬間、爆豪くんが地獄の鬼みたいな形相で私を怒鳴りつけた。それはもう、今までにないほどの大きな声と迫力で。唾飛んでくるくらいの勢いで。
「てめえは今日、何だと思って飯食っとったんだ!」
「お食事会というか……懇親会的なものの可能性も無きにしも非ずと思ってた」
 先日のファミレスの件でリベンジがあるのかとも思ったけれど、そういう話題が昼食中に出ることはなかった。だからつまり、純粋に一緒に食事をとることを目的とした会合……つまり、懇親会の可能性を考えていたのだ。
「んなふざけた会合開くわけねえだろうが!」
「でも、だって私爆豪くんに付き合ってとか言われてないし……
「てめえだって俺に言ってねえじゃねえか!」
「うん、だからもしかして付き合ってないのかもしれないと思ってた」
「ふっざけんな!!」
 そうして怒鳴られながら、爆豪くんの怒りがピークに達したのを私は感じた。中学時代にも見たことのないほどの怒りぶりに、なぜか一周回って笑ってしまいそうになる。さすがにそれは火に油を注ぐどころか、ガソリンスタンドに火達磨で突っ込んでいくようなもの。なんとか堪えて自粛した。
 それでもさすがに、こう怒鳴られては反論の一つもしたくなる。唇を尖らせると、私は小声で言い返す。
「好きも付き合っても言われてないし」
「察しろ!」
「無茶言うね」
 耳ざとく私の言葉を拾い聞いた爆豪くんは、私の些細な反論にまでしっかり怒鳴り返してきた。
「つーか分かんだろ! ちったあ今までの流れ考えてみろや!」
「うん、いい雰囲気だったよね」
「その雰囲気作ってやったのは俺だわクソが!」
「エッ、まさかそんな努力を……
「誰がてめえなんかのために努力するか!!!!」
「どっち?」
 支離滅裂になっている爆豪くんに、珍しいものを見せてもらったという気分になった。爆豪くんがめちゃくちゃ言うことはあっても、支離滅裂なことはあまりない。
 しかしこれで、少なくとも爆豪くんが私のことを好きっぽいこと、それから付き合ってるということははっきりとした。怒鳴りすぎて荒い呼吸をしている爆豪くんはまだ怒り足りないといった様子で、私が次に失言したら今度こそぶん殴られそうな気配だ。
「爆豪くん」
「んだよ、まだ何か文句あんのか!?」
「文句ってほどじゃないんだけど」
「あ?」
「今後ともよろしくお願いします」
 そう言って私は、小さくぺこりと頭を下げた。
 ここまで一度だって好きとも付き合ってとも言われていないし、私も言ってもいない。けれどまあ、私と爆豪くんなんだからそれでもいいか。別にそれで困ることもないし。
 そんな気持ちをこめての、よろしくお願いしますだった。
 顔を上げると、爆豪くんは仏頂面で私を睨みつけている。
「ハッ、せいぜい捨てられねえように努力しろや、根暗女」
「わっ、死ぬほど最低だな……
 もしかしたら私は好きになる相手を間違えたのかもしれない。そんな不安が胸をよぎったけれど、時すでに遅しであった。