柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(1)

サイトに掲載している長編の第一章です。

 ★

 死ぬほど腹立たしくて仕方がないのだが、俺はどうやらあの根暗女のことが好きらしい。
 以前、たまたま下校途中で根暗女と鉢合わせしたとき、アホ面が気安くあいつの名前を呼んでいるのが気に入らなくて、それで、あ、終わったなと確信した。
 実際のところ、それより前から何かにつけて思うところはあったのだが、認めるのが癪で否定し続けてきた。
 だからあのクソボケひ弱根暗女が「爆豪くんが私を好きになんてなるはずない」などと抜かしやがったとき、キレるとか腹立つとか殺意がわくとかそんな感情は全部抜け落ちて、ただただ頭が真っ白になった。
 おいおい、どうした?
 根暗女にしては鋭いことを言いやがる。
 まさしく正解、その通り。
 さすがクソガリ勉じゃねえか。
 だってのに一体なんで俺はこのザマなんだ?
 俺が苗字を好きになるわけないなんて、そんなことはほかの誰でもないこの俺が、一番心の底から思っている。なんだってこの俺が、よりにもよってあんなひ弱で根暗で、そのうえクソ生意気な女に好意を持たなければならないのか。好きになる理由がまじでない。意味も道理も通らないだろうが。逆ならともかく──いやあんなやつに好かれたってうざったいだけだが。
 そんなことを考えながら、俺はだらだらと自宅に向かって歩いていた。踵がアスファルトをずるずると擦る。腹の虫がおさまらず、湿った空気にすらいらだちが募る。
 つい先ほどまでは根暗女と一緒にいたが、あまりにも腹がたったもんだから、途中で置き去りにしてやった。一応あいつの家の近所まで送ってやったから、置き去りにしたところでよほど危険なこともないだろう。
 柄にもなくあいつを家まで送ったりしたせいで、駅からまっすぐ帰るより、ずっと遠回りをしている。まあそれでも、このむしゃくしゃした気持ちやごちゃごちゃした思考を纏めるのには、このくらい歩く方がちょうどいいかもしれない。黙々と足を動かしていると自然と頭もよく回る。
 そもそも、あいつがもうちょっと危機感やら何やらを持ち合わせてさえいれば、この俺がわざわざ遠回りをしてまで送ってやる必要もなかったのだ。中三の冬、偶然夜道を歩く苗字を見掛けたときのことを思い出し、またむかむかとした気分が腹の底からこみあげてくる。
 あのときはたしか、受験勉強の気晴らしに軽く走ってこようと思って家を出たのだった。家を出て駅まで走り、そこからさらにもうひと走りしようと思った矢先、たまたまあいつを見かけたのだ。
 脳天気な顔して歩いている苗字と、その後ろを一定の距離を保って歩く、クソうさんくさいジジイ。誰がどう見ても不審人物ど真ん中な人物が、苗字を尾けていた。
 暗い通りに、俺たち以外の人影はなかった。あのまま放っておいたらどういう目に遭うかなんて、俺じゃなくても見当がつく。分かっていなかったのは当の苗字本人だけだ。あいつは背後の人影に、まるきり気付いてもいなかった。
 思い出しただけでイラついて、俺はあのときと同じ夜道でひとり、辺りに憚ることなく舌打ちを打つ。
 強くもないクソ雑魚個性のうえ、腕力は間違いなく平均以下。図体が小さい女だというだけでも狙われやすいだろうに、見かけだけならクソがつくほどの地味女だ。おおかた大した抵抗もしない、ちょろい標的だと思われていたのだろう。
 とはいえ俺もヒーロー志望、見過ごして寝覚めが悪い思いをするくらいなら、いっそ面倒でも助けてやった方がまだマシだ。そう思い、あのジジイを威嚇爆破してやった。公道での個性使用はバレたら謹慎ものなのだろうが、どうせ学校にはバレやしない。ジジイだって疚しいところがあるのだから、わざわざ学校にチクったりはしないだろう。
 苗字のような根暗しか狙えないようなやつだ。俺の爆破──というより威嚇のための閃光の一発で片が付いた。
 果たしてあのジジイが逃げた先でどうしたかまでは知らない。俺のあずかり知らないところで再犯しようが、そこまでは俺の知ったことではない。どうせどっかでお縄になっているんだろう。
 あのとき俺が苗字の窮地を救ってやったことを、あの根暗は当然ながら知るよしもない。わざわざ知らせてやる気もない。別に恩を売りたくてやったわけでもないことだ。あくまでも自分のための行為であり、その結果として、運よく苗字が助かったに過ぎない。
 だがしかし、それ以外のあれこれについて思い返してみても、あいつは俺からの好意やら親切心にとかく疎すぎる気がしてならない。俺の感情表現や親切心が人より一段伝わりにくいことはさすがに自覚しているが、それにしても疎いにもほどがある。
 普通に考えて、この俺が、まったくどうとも思わない女に連絡先を教えると思うのか。毎日一緒の電車に乗るか。映画に行くか。飯を食うか。
 ちょっと考えれば分かることだ。
 わざわざ行動を共にしようと決める時点で、少なからず何かしらの感情があるに決まっている。
 自覚しろ。そんなところでだけ「私なんかに」などと、健気に殊勝ぶってんじゃねえ。てめえは本来、もっとふてぶてしくて厚顔無恥で面の皮だけで頭部ができてるような人間だろうが。
 爪先に小石がぶつかった。俺はそれを、いらだちのまま遠くへ蹴り飛ばす。小石は夜闇のなかに消え、あっという間に見えなくなった。
 舌打ち。そしてふたたび、苗字のことを考える。
 嫌われてはいないと思っていた。いや、今も思っている。俺がそうであるように、苗字もまた、嫌いな人間とわざわざつるむタイプじゃない。数少ない根暗の評価すべき点だ。
 もっともあいつの場合は多少事情があるのだろうというか、おもに小学生時代の話から察するところもあるのだが、それはともかく。今現在において、あいつも多少は俺に気があるものだと思っていた。それならば今後、どうとでも付け入る隙はある。こっちは別に短期戦を望んでいるわけじゃない。長期戦は望むところだ。
 それをあの女、俺を相手に逃げを打ちやがった。
 腹立ちまぎれにもう一度、今度はアスファルトを蹴りつけた。そんなことでは腹立ちは一向に紛れないが、発散させなければ燻ぶるだけだ。この手の感情をためこむ趣味はない。
 どうしてこのタイミングであいつが逃げたのか、おおかたのところは想像はできる。どうせあいつの友人だかなんだかに、くだらんことを吹き込まれでもしたのだろう。その結果、急に俺のことを意識したってところか。実際のところは知らないが、まあ大きくはずれてはいないはずだ。
 一年ちょっとの付き合いで、根暗の思考はだいたい理解した。あいつは結構、単純なものの考え方をしている。友人の話に影響され、しかし経験値がないから底が浅く、テンパって自爆した……容易に想像がつきすぎる。
 吹き込まれた情報に狼狽え、おたついた挙句すっころぶ。無様としか言いようがない体たらくだが、とはいえそれ自体は俺にとってはどうでもいい。
 極論、あいつが俺を好きかどうかすらどうでもいいのだ。好かれているに越したことはないが、根暗女の心証なぞこれからどうにでもできる。どのみち今すぐどうこうなりたいわけでもない。
 俺がむかつくのは、事もあろうに、あいつが俺の感情を決めつけてかかったことだった。
 俺があいつを好きになるはずないと断定して、勝手に決めつけ逃げようとした。俺の感情を理由に、自分の感情の始末を押し付けようとした。そのことが腹立たしくて仕方がない。
 逃げるならせめて、自分で責任もって自分の問題として逃げろ。
 そうすりゃきっちりとっ捕まえて、ぶん回してでも思い知らせてやるというのに。
 ……いや、そういう話だったか? らしくない思考回路に嫌気がさし、たまらず息を吐きだした。それから思い切り頭をかく。
 切り替えだ。ぐだついてんのは性にあわない。
 腹立たしいのは腹立たしいが、俺まであいつに引きずられ、終わってしまったことを考えていても仕方がない。ひとまずは、ここからどうするか。それを考える方が重要だ。
 ああなってしまった以上、当分は距離を置いた方が良いだろう。あの根暗は俺がいくらビビらせても退かないだけのクソなタフさは持っているものの、こういう問題にはおそらく耐性がなく、とことん弱い。さっきの今で畳みかけても、あいつはさらに狼狽えまくり、結局逃げるだけだろう。
 こちらも逃がしてやるつもりなど毛頭ないが、だからといって面倒な拗れ方をしても面白くない。
 しばらくは冷却期間を置く方がいいだろう。その上であいつの判断を待つ。それが多分ベストだ。あえて根暗女にゆだねる方が、最終的には話がはやい。
 まったく、なんで俺があんなクソ根暗女のために気を回してやらねばならないのか。考えれば考えるほど、腹が立って仕方がない。
 そうしてむしゃくしゃしている間に、いつのまにか家に辿り着いていた。乱暴に玄関のドアを開け閉めすると、リビングからババアの怒鳴り声が飛んできた。どうでもいいので聞き流す。
 いずれにせよ、腰をすえての長期戦はどちらかといえば得意分野だ。短期決戦の方が気分がアガりはするものの、ある程度の時間をかけて仕上げる戦い方には、掛けた工数、手数なりの面白みがある。
 向こうがその気ならこっちも応えるまでだ。あの根暗に目にもの見せてやる。

 そんなふうにして、苗字と顔を合わせず一週間が経った頃。
 ちょうど一緒に映画の試写会に行ったのと同じ金曜の昼、ようやく根暗女から連絡があった。
 遅ェ。一週間もちんたらしやがって、勉強しか能がないやつは状況判断と遂行能力がカスがちだ。
 開いたメッセージには、「今日授業が終わったら地元の駅のファミレスで会おう」というような旨が、ほぼそのままの文面でさらりと書かれていた。あいつらしい、挨拶や余計な言葉のないシンプルな文面に俺はほくそ笑む。
「うわ、おい爆豪どうした? 顔がやべえぞ。完全に大量殺戮の犯人みてえな顔だ」
「うるせえ死ね」
 一緒に飯を食っていた切島の言葉に、短く返事を返した。今は切島にかまっている場合ではない。
 何せ苗字は、このたかだか数行のメッセージを打つのに一週間かかったのだ。あいつはこの一週間、さぞ俺のことで頭を悩ませたに違いない。いい気味だ、中途半端に逃げを打つからこういう目に遭う。
「お前、それ名前ちゃんから?」
 上鳴が横から口をはさむ。興味津々げなのも鬱陶しいし、馴れ馴れしく名前で呼ばわるのも鬱陶しい。総合して鬱陶しい。
「あ? 関係ねえだろ。つか見んな」
「爆豪名前ちゃんのことになるとマジで心せめえのな」
「いやこいつはもともと心狭いだろ」
「てめえらまとめて殺す!」
 アホどもを適当にあしらいつつ、俺は苗字に最後通告の返信をした。