柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(1)

サイトに掲載している長編の第一章です。

 前回の席替えから数週間。あいだに期末試験もはさみ、爆豪勝己と隣の席で学習するのも、残すところあと一か月ほどになった。相変わらず挨拶しても無視されるのに変わりはないが、かといって挨拶しないと露骨に不機嫌な態度をとられる。ちょっと理解できない爆豪勝己の情緒に振り回され、返ってくることもない挨拶を毎日強いられる日々を送っている。
 とはいえ「おはよう、爆豪くん」のひと言で、その日一日の安寧を得られるのだ。挨拶くらいお安い御用というもの。このまま何事もなく夏休みまで突入すればいい、そう思っていた矢先のことである。
 しまった……
 現実逃避に一旦窓の外の風景を眺め、それからもう一度、机の中とかばんの中を確認してみた。しかし現実は現実。次の英語の授業で使うはずの教科書は、やはりどこにも見当たらない。
 授業開始のチャイムはすでに鳴っている。あとは教師が来るのを待つのみだ。忘れてきたからといって、今更ほかのクラスの友人に借りにいくこともできない。忘れ物なんて滅多にしないというのに、うっかり塾用の鞄に入れっぱなしにしてしまった。
 ざわざわと私語であふれる教室のなか、私はひとり頭を抱える。
 英語の授業では隣同士の席でペアになって、教科書の例文を読み合わせる。爆豪勝己はそういうことはまじめにやるタイプらしく、これまでも授業の範囲内はきちんとこなしてくれていた。視線があったりはしないが、それで困ることはない。
 けれど私の教科書がなければ、読み合わせもできない。かといって爆豪勝己に教科書を見せてというのも言いにくい。
 多分、死ねって言われるよな……
 まだお願いもしていないけれど、何を言われるかくらいは簡単に予想が付いた。
 爆豪勝己から挨拶もまともに返してもらえないのが私なのだ。蛇蝎のごとく嫌われているのは間違いない。頼んだところで教科書を見せてもらえるとも思えない。
 けれど見せてもらわないと、そもそも授業に支障をきたす。それは困る。
 腹をくくるしかなかった。
「あのぅ、爆豪くん……
「あ゙ァ?」
「ウッ」
 意を決して話しかけてみたはいいものの、こうも思い切りメンチを切られると、ひるんでしまって本題に入れない。爆豪勝己に話しかけることのハードルの高さを思い知るような気分だ。
 向こうから突っかかってくるときはまだいい。ただ返事をするだけという感覚なので、いくらか緊張感が薄まる。怒鳴られキレられ凄まれるのだから、気楽というわけにはいかないけれど、それでもまだ、ずっとましだ。
 しかし、自分から頼み事をしなければならないとなると、話はまったく違ってくる。本当に。もう、胃が痛い。
 話しかけておきながらなかなか話し出さない私に、爆豪勝己はしばらく沈黙を守っていたが、やがてついに業を煮やした。爆豪勝己が思い切り目を怒らせ、私を見る。
「てめえ言いたいことあんなら言えや」
「あ、あの、ええと……
 言いたいことならあるのだが、言わずに済むなら言いたくない……。けれど、言わないわけにもいかない。私はできるかぎり申し訳なさそうな笑顔をつくった。
「じつは英語の教科書忘れちゃって……。その、よろしければ、机をくっつけて見せていただけないでしょうか……
「は? てめえやる気あんのか」
「返す言葉もございません」
 私に向けられた爆豪勝己の顔は、堅気の人間とは思えないほど恐ろしい。けれど、それとこれとは今は別の問題だった。今回ばかりは完全に私が悪い。「やる気あんのか」は、ぐうの音も出ないほどの正論だ。
 爆豪勝己はガラが悪いわりに、案外まじめできっちりしている。宿題だってちゃんとやってくるし、忘れ物もほとんどしない。態度は悪いが、内申点に響くようなことはしない。素行は悪いが不良ではない。
 しかしこの感じだと、爆豪勝己から教科書を見せてもらうのは絶望的だ。これだけ凄んでくる人間が、教科書を見せてくれるとは思えない。
 仕方がない、一応予習はしてあるし教科書なしで何とか乗り切るしかない。
 そう腹をくくって溜息をついたところで、爆豪勝己に「おい根暗」と遺憾でしかない呼ばれ方をした。
「ねくら……
「うるせえ、復唱すんな。んなことより見せてほしけりゃさっさと机くっつけろやグズが」
「根暗なうえグズって最悪では、って、え?」
 思わずぱちくり瞬きして、私は爆豪勝己の顔を見る。そこにいたのはいつも通り、仏頂面で面白くなさそうな顔をしている爆豪勝己だ。けれど、聞こえた言葉はその表情とはまったくの別物だった。
「え、み、見せてくれるの? 教科書を? 爆豪くんが?」
「同じこと何べんも言わすなグズ。つか教科書なしで授業うける気かよ。塾まで通っといて授業疎かにしてんじゃねえぞ」
 まじめか?
 思わずそう言ってしまいそうになったけれど、その言葉はなんとかぐっと飲みこんだ。言ったら普通にキレられるし、教科書だって見せてもらえなくなるだろう。せっかく爆豪勝己が、私に教科書を見せてくれると言っているのだ。どういう奇跡か知らないが、わざわざ自ら機嫌を損ねさせにいくような必要はない。
 ずるずると音を立て、自分の机を爆豪勝己の机の方に引きずる。こういうときは普通、お互いの机を少しずつ寄せて大体真ん中の位置でくっつくようにすると思うのだけれど、爆豪勝己は一切机を動かそうとしなかった。その場でふんぞり返っているので、私が思い切り彼の方に机を寄せなければならない。
 机と机のあいだ、本来ならば通路になっているところに机が移動したせいで、ずいぶん視界がクリアになってしまった。私の位置から教卓まで遮るものがない。教科書を忘れてきた罰、ということだろうか。
 そんなことを考えていたら、爆豪勝己にまた「おい」と呼ばれた。今度はひどい呼び名すらなかった。
「礼」
「えっ」
「礼は」
「あっ、はい、ありがとうございます」
「チッ」
 謝辞を要求された。たしかにまだ言っていなかったけれども。しかもみずから礼を要求しておきながら、礼を言ったら舌打ちをするこの理不尽さ。
 けれど教科書を見せてもらおうという私に、文句を言う権利があろうはずもない。舌打ちには、とりあえず微笑んでおく。感謝こそすれ怒る筋合いは私にはないこと、ちゃんと分かっていますからね、と爆豪勝己にアピールするつもりで。
 見せてもらった爆豪勝己の教科書には、落書きひとつなかったかわりに、私のように家で勉強して使い込んでいるという形跡もなかった。おおかた授業を聞き、出された課題さえやっておけば、そこそこの成績をキープできるタイプなのだろう。つくづく羨ましい。何せあの態度の悪さがあってもなお、雄英を狙えるだけの内申点をもらっているのだ。優秀でないはずがない。
 そんなことを考えていると、教科担任がにこやかに教室の扉を開けた。

 授業は滞りなく進み、無事に英語の授業を終えることができた。さすがに授業中に爆豪勝己にキレられるということもなかった。本当によかった。
「教科書、見せてくれてありがとう。とても助かりました」
 机を離しながらそう伝えると、爆豪勝己は鼻を鳴らしてこたえた。
「二度目はねえぞ」
「うん、もう忘れ物しないようにする。迷惑かけてごめんね」
「うぜえから何度も謝んな根暗」
「謝ったのは今がはじめてだよ、さっきまでは感謝しかしてない」
「揚げ足とってんじゃねえ! ぶっ殺されてえのか!?」
「こわ……殺すとか言うのやめなよ……
「さっきまでの殊勝な態度はどうした!」
「感謝はしてるってば」
 自分でも意外なことに、爆豪勝己と普通に会話ができていた。相変わらず爆豪勝己はキレているけれど、この席になってしばらく経つし、最初の最初に爆破をお見舞いされたこともあって、私もすっかり爆豪勝己に耐性ができていた。
 もちろん爆破なんかされたら怖いけれど、爆豪勝己もそこまで見境なく個性をぶっ放したりはしないはずだ。前科があるので確信はできないが、そうであってほしいとは思う。
 それに、最近の爆豪勝己は緑谷くんにも絡んでいかなくなったし、依然横暴ではあるけれど、一学期の一番最初に比べれば少しは穏やかに見える。もしかしたら私が思っていたよりも彼は嫌な奴ではないのかもしれない──と、少しだけ考えを改め始めていた。
「あ、そうだ。教科書見せてくれたお礼に飴あげる」
 かばんの中から飴袋を取り出し、中身をざらざらと机の上に広げる。常に携帯している飴袋には最近飴を補充したばかりなので、色々な味が取り揃っている。のど飴からサイダー系まで、どれでも選びたい放題だ。
「爆豪くんどれがいい?」
「は? いらねえ」
「りんご?」
「いらねっつってんだろ! 根暗女のくせに急にぐいぐい来てんじゃねえ!」
「えっ、じゃあまた前みたいに避けた方が良い……?」
「極端か!」
「爆豪くんってツッコミもできるんだね」
「んなもん誰でもできるわマジで爆破すんぞ!!」
 いい加減本気で怒られそうな気配を察した私は、りんごやらオレンジやらの飴を適当に選び、ファスナーが開けっ放しになっていた爆豪勝己のかばんののポケットに突っ込んだ。怒られる前に急いで退散する。
 背後から爆豪勝己、いや爆豪くんが何か怒鳴っている声が聞こえる。何も聞こえなかったことにして、私はその場をつったかたったと逃げ出した。