柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(1)

サイトに掲載している長編の第一章です。

 人のいない教室の窓から、ぼんやりと校庭を眺めていた。花もついていない桜の木は、見ているだけでも冷えて寒そうだ。
 たった今卒業式が終わったという実感もなく、暖房であたたまった教室から出るだけの覇気もなく。私は教室の窓の桟に両手をかけて、何をするともなくだらだらと、ぼうっと物思いにふけっていた。
 教室にはもう、私以外には誰もいない。公立高校の受験組はまだ受験が終わっていないし、私立組はもう合否が出た後なので気楽に遊びに行くのだろう。私はここで親が迎えに来るのを待っている。今日はこの後、合格報告を祖父母の家にしに行くことになっていた。
「げ」
 ぼんやりしていたら、短く、しかしはっきりと大きな声が教室に響いた。その声につられ緩慢な動作で振りむけば、半開きになった教室のドアの前にはひとり、爆豪くんが立っていた。
 爆豪くんの学ランの胸もとにはまだ、卒業式の前につけられた、造花のコサージュがついたままになっている。
「どうしたの、爆豪くん。忘れ物でもしたの?」
 窓辺に立ったままそう尋ねれば、
「てめえにゃ関係ねえだろ」
 といつも通りの、お約束な返事が返ってきた。
「まあ……、そうなんだけど。関係はないんだけど」
「チッ」
 そんな会話ともつかない何かを交わしているあいだに、爆豪くんはずかずかと教室に入ってくる。自分の席から深緑の筒を回収すると、それを潰れたかばんのなかに、ぞんざいな手つきで突っ込んだ。
 あれは卒業証書が入っている丸筒だ。すごい、卒業式に出席したのに肝心の卒業証書を忘れて帰るとは。
 忘れ物を回収した爆豪くんは、てっきりそのまま脇目も振らず、当然ながら私など眼中にないというようにさっさと教室を出ていった──かと思いきや、どういうわけかその場につっ立ったまま、じっとこちらに視線を注いでいた。より適切に表現するなら、私のことをぎんと睨みつけている。
 さすがにもう、これくらいのことでは私も怯まないのだけれど、だからといって気分がいいものでもない。睨まれる心当たりもない。怖いというよりは、意味が分からず不気味という感じで、気にしないよう努めることはできても、気にならないわけではなかった。
 なんだろう。最後の最後に、私を叩きのめしておきたいとか? いくら爆豪くんといえど、さすがにそこまで物騒な性格ではないはずだけれど、とはいえ可能性はゼロではない。
「ええと……、爆豪くん、帰らないの?」
 遠慮がちに尋ねると「は? 帰るわ」と、すぐに返事があった。
「つーかてめえこそ、んなとこで何しとんだ」
「私は親が迎えに来るのを待ってる。ちょっと遅れてるみたいだけど」
 そう言って、手にしていた携帯の画面を確認した。どうやら道が混んでいるらしく、まだ到着までもう少しかかるらしい。
 爆豪くんは帰る様子を見せない。もしかして、時間を潰す相手になってくれるということなのだろうか。爆豪くんにはそういうところがある。少なくとも、私を叩きのめすために居残っていると考えるよりは、可能性が高いように思える。
 爆豪くんと私がクラスメイトでいるのも、今日でついに最終日だ。もしかしたらもう、爆豪くんとこうして話すことはないかもしれない。
 そう思うと、少しでも今のうちに話をしておいた方が良いような気がした。
「爆豪くんもたしか受験終わったんだよね、おつかれ」
「あ?」
「合格発表まだでしょ? 受かってるといいね」
「馬鹿言え、俺が受験ごとき失敗するわけねえだろ」
「その自信いいよね」
 私自身、受験が終わった日にはもう合格する気でいたし、実際合格していた。けれど雄英は倍率三百倍の超難関校。私の志望校の比ではない。
 その雄英の受験すら余裕と言ってのける、爆豪くんの精神力と自意識たるや、すさまじい。ほんの少しでいいから私にも分けてもらいたいものだ。そしたらもっと、色々な場面で緊張したりせずに済みそうだ。
 それから何言か、どうでもいいような会話のキャッチボールを繰り返した。
 爆豪くんは意外にもちゃんと会話に付き合ってくれた。所々に暴言は混ざってはいるものの、思っていたよりずっと会話が成立している。これも一種の慣れなのだろうかと思うのと同時に、爆豪くんの性格が一年前より格段に丸くなったのも感じる。
 三年生になって、爆豪くんと同じクラスになったばかりの頃の私が見たら、こんな風に爆豪くんと普通に会話をしているだなんてまったく信じられないだろう。
 それどころか、中学を卒業して縁が切れてしまうのがもったいないと思うなんて。
「高校、すぐ近くだよね。顔合わせたら挨拶くらいしてね」
「気が向いたらな」
「無視しないでね」
…………
「早い、無視するのがあまりに早い。まだ高校に入学もしてないのに」
「うるせえ」
 本気でうるさがっている顔をする爆豪くんだ。まったく、目の前の爆豪くんはぶれない。変わったと思ったのは気の迷いで、もしかしたら彼は全然変わっていないのかもしれない。
 それでもまあ、仲良くできるようにはなった。それはたしかだ。
「私、爆豪くんのことあんまり好きじゃなかったけど、今はこうやって仲良くなれてよかったと思ってるよ」
 最後だしと思って、思ったことを正直に言ってみることにした。いきなり妙な打ち明け話をされた爆豪くんは、当然のことながら怪訝そうに私を睨む。
「あ゙ァ?」
「まあ、仲良くっていっても三年生からしか絡みなかったけどね。爆豪くんは私のこと、友達だって思ってる?」
 私の質問に、爆豪くんは普段よりもさらに眉間の皺を深くした。おや、珍しい顔だと内心少しだけ驚く。眉間に皺を作っているものの、怒っているというわけではなさそうだった。けれどけして機嫌がいいときの顔でもない。
 少しの間をもった後、爆豪くんは低い声で答えた。
……思ってねえよ」
「ええー、そっか。知ってたけど」
 最後だし、ノリで友達認定してくれるかと思った。そこまで甘くはないらしい。
「誰がてめえとダチなんかになるかクソが」
「ひどいなあ」
「てめえも、俺のことダチだと思うなよ。人前でんなナメ腐った紹介したらまじで殺す」
「そんなに?」
 もしかして、私やっぱり嫌われてるんだろうか。いや、もし本当に嫌われていたら、こんなに雑談に付き合ってくれるわけはないか。
 それでも、爆豪くんにいわせれば、私たちは友達ではないらしい。高校に行っても親しくするなんてこと、とてもではないが期待できそうにない。
 まあ、仕方ないか。そう思って溜息をついた、その時。
「携帯」
「え?」
 爆豪くんが唐突に発した。
「だから携帯! 寄越せっつってんだ!」
 不意に話しかけられて聞き返したら、いきなり怒鳴られた。たまったもんじゃない。
 しかもなぜか、携帯を寄越せときたものだ。爆豪くんだって自分の携帯持ってるだろうに、急に何なんだ。もしかして、最後だから景気づけに携帯をぶっ壊されるとか?
「えっ何するの、こわいんだけど……
「いいからさっさと携帯寄越せやぶっ殺すぞ!」
「カツアゲじゃん……
 恐怖を感じながら、おそるおそる携帯を差し出した。特にロックもかけていないので、爆豪くんは私の携帯を受け取るや、すぐさま無断で操作をし始める。
 人の携帯だというのに自分のもののように手際よく操作するさまに、さすが爆豪くんだとどうでもいいことを考えた。そのうえ操作するにしても、何をしているのか私に悟らせないよう、画面を見せない徹底ぶりだ。いや、本当に一体何をしているんだ。変なサブスクとか契約していないだろうな。
 爆豪くんはしばらく無言で操作していたけれど、やがてやりたいことをすべて終えたのか、ぽいと放り投げるようにして私のもとに携帯を返却した。さすが爆豪くんは完璧なコントロールで、私の手元に携帯が落ちるように投げてくれる。
 返却された携帯の画面には、連絡用SNSの画面が開いていた。
「あ、これもしかして連絡先? 爆豪くんの?」
「俺以外誰がいんだ。高校行ってもどうのこうの言ったのはてめえの方だろうが」
 その言葉に、私はびっくりして爆豪くんを見つめる。
「えっ、ていうか私、連絡していいの? 爆豪くんに?」
「無駄なこと送ってきたら殺す」
「そっか、それじゃあ何も送れないな……
「有意義な内容送ってこいや!」
「私、お役立ちメール配信サービスとかではないんですけど」
「んなもん知っとるわ!」
「月末にサブスク解約リマインドとかした方がいい?」
「クソほどいらねえ!!」
 爆豪くんが吠えた。テンポのいい掛け合いに、なぞの達成感を得る。
 どうやら冗談ではなく本気で、爆豪くんは私と連絡をとろうとしているらしい。あの爆豪くんが私に連絡先を教えてくれた。それだけでもかなり意味不明な事態ではあるのだけれど、しかもこの言い方からして、社交辞令的なものではなく、本気で連絡してこいということなのだろう。
 爆豪くんの性格を考えれば、「連絡先教えて、高校に行ってもそれなりに連絡は取ろう」ということを口で伝えることはできなさそうだから、これが彼なりの精一杯の譲歩なのだろう。すごいことだ。私は連絡先の交換なんて考えもしなかったのに。
 爆豪くんは依然、仏頂面をしている。その顔にも、今日は多少のかわいげを感じる。
 さっきはお前なんか友達じゃない宣言をされてしまったけれど、もしかしたらあれも爆豪くんなりの照れ隠しだったのかもしれない。一体どういう感情を隠していたのか不明ながら、そういう可能性もまったくないわけではない。
 画面に表示された爆豪くんの連絡先を眺め、私はふっふと笑った。
「高校行っても、仲良くしてね」
「これまでもてめえと仲良くした覚えが一ミリもねえ」
「友達とまではいわなくても、仲良くした記憶なら二ミリくらいあるでしょ」
「ねえよ」
「そっか……ないのか……
「ほかのモブどもよりうざかったことは認めてやる」
「どういう何の表明……?」
「あ゙? てめえそこは喜べや」
「喜ぶ要素がないんだよね」
 そんな話をしていたら、爆豪くんから返してもらったばかりの携帯に、ちょうど母親からのメッセージが入った。校門前に到着したらしい。
 荷物をまとめ、スクールバッグを背負う。
「お母さん来たから私行くね」
「勝手に行け、いちいち報告すんな根暗女」
「根暗女……
 最後の最後まで、この不名誉な呼び方は変わらなかった。
 さくさくと教室を後にしようとして──それからふと、爆豪くんに向きなおり言った。
「じつは私、三年生が始まったばっかくらいのとき、爆豪くんのことずっと心の中で爆豪勝己ってフルネームで呼んでた」
「あ? ……なんで」
「だってすごい嫌なやつだと思ってたもん。ていうか今もたまにムカつくと心の中で爆豪勝己って呼んでる。くんとかつけてやるのすら嫌で。君付けするほどの価値もないと思って」
「てめえは最後の最後によォ……
「最後の最後まで嫌なこと言ったのそっちだからね」
「コロス!」
 言いたいことも全部言えた。
「じゃあね爆豪くん!」
 捨て台詞のように別れの挨拶を口にして、爆豪くんの怒鳴り声を聞きながら、私は意気揚々と教室を出た。