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柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(1)
サイトに掲載している長編の第一章です。
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貧乏市立中学校の折寺中でも、やっと授業中にクーラーが入るようになった頃。
「あ」
一枚の小さな紙切れが、ほんのはずみで私の筆箱からひらひらと床に落ちた。先日行われた一学期の期末試験の点数・偏差値・学年順位を記した個票だ。筆箱から出しておくのをすっかり忘れていた。
席に座ったまま腕を伸ばし、落ちた個票を拾おうとする。と、私の手が届くより先に、通りかかった誰かがそれを拾い上げた。個票が持ち上げられるのと一緒に、床に向けていた視線を上にやれば、拾ってくれたのは意外なことに爆豪くんだった。
「ごめんね、拾ってくれてありがとう」
そう言って爆豪くんに手を差し出す。
教科書を見せてもらって以来、爆豪くんとは大きな衝突もなく、なかなかに良好な関係を築けている。前のように避けたり、腫れ物に触れるように接することはなくなった。特別に親しくしたりはしないけれど、隣席の間柄として不自然ではない程度に話もしている。
私の予想では、このあと「俺の歩いてる道に落し物なんかすんじゃねえクソカスが」くらいのことを言われ、乱暴に個票を突き返される──はずだった。
けれど爆豪くんは拾った私の個票をまじまじと、文字通り釘付けになって見つめていた。
人の成績をそんなに見ないでよ、なんて言葉は言えなかった。個票を見つめる爆豪くんの目が、みるみる見開かれていったからだ。
「てっ、てめえ
……
」
やがて爆豪くんが、わななきながら声を発した。
「え、なに?」
「学年
……
二位
……
?」
「え? うん、そうだけど
……
それがどうかし、うわっ!」
どうかした、を最後まで言えなかったのは、爆豪くんが私の机を思い切り叩いたからだった。派手な音がして、一瞬教室内は水を打ったように静まりかえる。
気まずい沈黙。
微妙な緊張がようやくほぐれ、教室内に少しずつざわめきが戻ってきた頃、爆豪くんはゆっくりと口を開いた。
「こんなところにいやがった」
低く、地を這うような低い声に、ぎくりとした。言葉の意味は分からないが、穏やかでないことは分かる。
怒気とも違った。ここのところの生ぬるい感じの爆豪くんではない。久しぶりに、ちょっと鋭い感じの爆豪くんを感じ、私は思わず背筋を伸ばした。
爆豪くんがゆらりとこちらに顔を向ける。鋭い視線に負けじと、私も眉間に力をこめた。爆豪くんのことを見つめ返す。
以前、爆豪くんからは「ガンつけてる」と因縁をつけられたことがあった。今でもあれは言いがかりだと思っているし、私にはそんなことをした自覚はないけれど、今日は意識して「ガンつける」を実践する。さすがに爆豪くんほど物騒な顔にはならないものの、感じ悪い程度の顔には仕上がっているはずだ。
私の成績個票を手にした爆豪くんは、それを手の中でぐしゃりと握りつぶした。私の個票なのだけれど、そんなことは爆豪くんには関係ないらしい。
「学年一位だったやつはテストの結果が分かった日にすぐ探し出したが、二位のやつはどんだけ探しても見つからんかったっつーのによォ」
てめえが学年二位かよ? 根暗女。
地獄から洩れ出た声かと思うような、そんな迫力をはらんだ声音だった。中学生が発する声じゃない。私はどうにかこうにか己を奮い立たせる。
「そう、だけど
……
。それが爆豪くんに、何か関係ある?」
言った瞬間、爆豪くんが右手を振りかぶった。
え、うそ。やばい。
そう思いつつ、私はさらに眉間に力を込めて爆豪くんを見つめ返した。喧嘩したら絶対勝てないけど、ハッタリだけでもかましておかなければ。咄嗟になぜか、そう思ってしまった。
けれど爆豪くんは、何を思ったか振りかぶった右手をそのままだらりと戻した。今までで一番盛大な舌打ちをかます。
助かった、のか?
混乱する私の机の上に、爆豪くんはぐしゃぐしゃになった個票を放り投げた。がたんと音を立て、彼は自分の席につく。
それだけだった。それきり、爆豪くんは完全に沈黙してしまった。
思いがけない展開に、いよいよ覚悟を決めていた私は呆気に取られる。そして少しを間を置いてから、今度は衝撃が襲ってきた。爆豪勝己が、身を引いた。あの爆豪くんが。そんなこと、あるか?
「えっ、どうしたの爆豪くん
……
。どっか調子悪いの? 飴いる?」
むっつりとした顔で着席している爆豪くんに、私も自席についたまま、恐る恐るおずおずと声をかける。しかしこれは逆効果だったらしい。せっかく沈黙していた爆豪くんが、次の瞬間には目を三角にして怒り出した。
「ふっざけんなクソカスが! てめえ本気で爆破すんぞ!」
「それは嫌だけど
……
。でも絶対やられると思ってたよ、今」
私が言うと、爆豪くんはまた、面白くなさそうに舌打ちをした。
「
……
んなだせえことするかよ」
先ほどまでの威勢はどこへやら、爆豪くんはぽつりと呟く。言葉の意味は分からなかったけれど、なんとなく、自分より上の順位の人間に対抗意識を燃やしているのだろう。そのくらいは想像がついた。
爆豪くんは器用だ。ときには天才とすら呼ばれる、そういうタイプの人種。爆豪くんには多分、できないことのほうが少ないんじゃないだろうか。
勉強だって、きっと本気でやれば一位をとれる。それでも、少なくとも今回は一位じゃなかった。一位であることが当然なのであれば、そうでなかったときに自分よりも上位の人間が気になるというのは当然だ。爆豪くんほどではないにしても、私にも身に覚えはある。
要するに、プライドの問題なのだろう。難儀だとは思うけれど。
「雄英の受験って、筆記試験も難しいんだっけ」
爆豪くんがこれ以上怒りださないだろうことを確認してから、私は口を開いた。
「ヒーロー科の試験は実技がメインだろうけど、逆に言えば筆記はできて当たり前ってことだよね」
爆豪くんはぎょろりとこちらを睨む。いや、睨むというよりは、怪訝そうにしているだけか。もとの人相が悪いせいで、爆豪くんはどんな顔をしていても、たいてい喧嘩を売っているように見える。
「
……
てめえなんで雄英の試験のこと知ってんだ」
尋ねる爆豪くんの声には、わずかながらも敵愾心のようなものが滲んでいた。もしかすると、私がひそかに雄英の受験を狙っているくちなのではと、疑っているのかもしれない。
あいにく、私にそんなつもりはまったくない。受験して受かるとも思えない。
「受験しなくい人間でも、そのくらいのことは知ってるよ、雄英ってトップ校だし有名だもん。それにうちの塾でも雄英志望の子結構いるし」
「塾なんざ通ってるようなやつに負けるわけねえ。筆記も実技も俺が余裕で一位通過だわ」
「いや、雄英受けない私に言われても
……
」
と、ここで私はふいに気がついた。
「もしかして爆豪くん、期末試験で三位だったの? だから二位とか一位とか気にしてるの?」
「
……
んなことてめえに言う義理ねえだろうが」
「なるほど、だからか。そっかそっか」
私の方が爆豪くんより成績上位だったのが意外であり、気に食わなかったということだ。爆豪くんらしくもあるし、分かりやすくもある。雄英を受験するのであれば、公立中学で学年一位くらいとっていないとお話にならないというのも分かる。
しかしながら私が受験する夢咲女子も、筆記試験の偏差値でいえば雄英に遜色ない進学校だ。爆豪くんと違って天才肌でない私は、今回の試験はこつこつと勉強してなんとか二位をとることができた。それでも、一位にはあと一歩届いていない。
爆豪くんが二位の私を見つけられなかったのは、私が誰にも順位を話していないからだろう。一位をとるつもりで勉強していたのに、二位にしかなれなかった。そんな話を、率先して誰かに話したいはずがない。
「次も試験勉強は頑張るけど
……
。でもきっと、次は爆豪くんに負けるんだろうな
……
」
本気を出した爆豪くんに、凡才の私が勝てるとは思えない。多分、今回の学年二位という成績が、私の最高順位になるはずだ。
次の試験を想像してげんなりしていると、
「ハッ、てめえごときが俺に勝てるかよ根暗女」
爆豪くんが鼻を鳴らした。
「えええ
……
いや、次も普通に私が勝つかもしれないけど」
「ありえねーだろガリ勉根暗女」
「悪口
……
」
★
「最近
名前
ちゃん、爆豪くんと仲いいね」
放課後、学校帰りに塾に向かうため電車に揺られていると、同じく塾通いの友人にそう言われた。
「えっ、仲良く見える? 勘違いじゃないかな」
「そんなことないと思うけど
……
」
友人の物言いはやけに歯切れが悪い。なんだかすごく困っているように見えるのだけれど、いったいぜんたい彼女がどうしてそんな顔をしているのか、私にはさっぱり分からなかった。
「仲良く見えるなら、席が隣だからかな? ていうか爆豪くん怖いし、全然仲良くなれないよ」
「でも今日も普通に喋ってたよね? すごいよ。私だったら絶対無理だと思う
……
」
「普通に喋ってたかな
……
?」
暴言を吐かれたり凄まれたりした記憶しかないのだけれど
……
。それは果たして普通に喋っていたことになるのだろうか。
「
名前
ちゃんはすごいよ。いくら成績良くても爆豪くんって不良じゃん
……
。態度悪いし怖いし、すぐ怒鳴るし」
「あー、うーん
……
ねぇ
……
」
この友人とはこうして一緒に塾に通う間柄で、普段はもっとどうでもいいような話しかしない。世間話をしているぶんには気の合う友人。けれど今、さりげなさを装いながら爆豪くんの話を吹っ掛けてくる彼女からは、なんだか言いようもなく、ざらりとしたものを感じた。
私をほめるような物言いをしながらも、彼女の言葉は遠まわしにさっきからずっと、私を非難しつづけている。爆豪くんみたいな子と仲良くするのやめなよと、まるでそう言われているような気分になる。
いや、実際そう言われているのか。付き合う友達は選びなよ、と。たしかに一学期の私なら、友人が爆豪くんと親しくしていたらさりげなく諫めたかもしれない。
彼女の気持ちはよく分かった。爆豪くんの素行が良くないのは事実だから、偏見でものを言っているわけでもない。同じ受験勉強を頑張る真面目仲間として、私が爆豪くんに引きずられて非行の道に走っていってしまったら、彼女だって寝覚めが悪いに違いない。
「まあ、普通に怖いよね」
うんうん、と私は深く頷いた。
「顔の真横でバンッてされたこともあるし
……
。あれ、万が一私が先生に告げ口してたら、爆豪くんの雄英受験もなくなってたと思う。そのくらいの問題行動ではあったよね」
彼女の意見に私が同意すると、彼女はあからさまにほっとした顔をした。けれど、
「でも、爆豪くんって話してみたらそんなに嫌なやつじゃなかったよ。凶悪ではあるけど」
そう続けた私に、彼女は「えっ」と言ったきり言葉をなくしてしまった。
爆豪くんは、思っていたほど嫌なやつじゃなかった。今の私はそのことを、幸か不幸か知っている。だからこうして爆豪くんの知らないところで、彼だけを嫌なやつのように悪し様に言うのは、やっぱりどうしたって居心地が悪かった。
教科書を見せてもらったくらいで心を許しすぎだろうか。それとも、不良がいいことしたら物凄くいいやつに見える理論? きっと本当は、そのどちらとも違う。会話の端々から伝わる爆豪くんの真面目さみたいなものが、私は多分、けっこう嫌いじゃないのだ。
「たしかに口は悪いけど。でも、口の悪さで言ったら私もひとのこと言えないし、案外そんなに気にならないかな。それに前みたいに表立っていじめみたいなことしなくなったし」
「それは、そうなんだけどさ
……
」
できるだけ軽い口調で言ってみたけれど、さすがにそうだよねと受け入れてはもらえなかった。台詞とは裏腹に、友人は不服そうに三つ編みの先を指先で弄る。以前の私よりも余程、友人は爆豪くんのことを好きじゃないらしい。
「まあ、言っても私も全然爆豪くんのこと知らないから、ぜんぶ雰囲気というかなんとなくの話なんだけどね。でもさ、爆豪くんって授業中の私語とかはまったくないし、そう考えるとうるさい人たちよりだいぶよくない?」
「だけど
……
」
「絡まなきゃ害はないんだよね。多分こっちから喧嘩売らなきゃ向こうからは来ないよ」
がたん、と電車が大きく揺れる。じょじょにスピードを落し、電車はホームに到着した。
それきり爆豪くんについての話題は立ち消えた。塾までの道を歩きながら、当たり障りない話題に終始する。
自分でも、どうして爆豪くんのことを庇ったりしたのか分からない。悪口に同調しないというだけでも、話をさっさと切り上げることはできただろう。
けれど、言われているほど嫌なやつではないということだけは、なんだか言わなきゃいけないような気がした。擁護なんてたいそうなものではない。ただの自己満足で、そうすべきだと思ったのだ。
彼女の言葉は、爆豪くんとちゃんと言葉を交わす前の、私の気持ちによく似ていた。
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