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柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(1)
サイトに掲載している長編の第一章です。
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爆豪くんの様子がおかしい。
もちろん、彼はもともとだいぶおかしい。言うまでもなく、それはそう。そうなのだが、そういうのとはちょっと違うおかしさとでもいうべきか。最近の私に対する爆豪くんのおかしさはなんというか、情緒不安定なおかしさとしか表現できない、そういうたぐいのおかしさだった。
たとえば、ふとしたタイミングに視線が合い、手を振ったとする。するとこれまでとは比にならないほど、本気で大きな舌打ちされるとか。あるいは、授業中プリントを回すため爆豪くんの方を向いたら、信じられないほどの声量で「殺すぞ!」と怒鳴られるとか。
知り合ってこのかた、爆豪くんのそういう言動にたびたび晒されてきた私は、たいがいのことには慣れっこになっている。最近では攻撃的な言動が出ると「出た出たこれこれ」とぬるい反応になってしまうくらいだ。
けれど、最近の爆豪くんはそうした言動を発する頻度が、これまでとは段違いなのだ。たびたびならばぬるいリアクションで済ませるところでも、あまりにも度重なれば気になって仕方がない。
私と爆豪くんの関係性も、最近では少しずつ良くなりつつあった。私が爆豪くんを怒らせるようなことを言わない限りは、浴びるように暴言を吐かれることもなくなっていた。しかし今は、以前の状態に逆戻りしてしまっている。
なにか嫌われるようなことをしてしまっただろうか。
「というのが、最近のちょっとした悩みなんだけど、
……
どう思う?」
「それ、やっと本命の学校の入試が終わった人間同士でする話題じゃなくない?」
地下鉄に乗り込むなり、友人は嫌そうな顔でコメントした。
本日先ほど、私の第一志望高校である夢咲女子の入試が終わった。今は試験帰りの道中だ。すでにとっぷりと日は暮れている。厚手のコートをかっちり着込んでいても、外を歩くと骨まで冷えて寒い。底冷えのひどい一日だった。
折寺中から夢咲女子を受けるのは、私ひとりだけだった。けれどひとりで戦地に臨むのはいささか心細い。それで塾が同じで親しくなった他校の友人と、試験会場までの行き帰りを共にすることにしたのだった。
試験も無事に終わり、気もゆるんだそんな帰り道のこと。友人から唐突に、爆豪くんのことを聞かれた。爆豪くんほどの中学生ともなれば、近隣他校にまでその名が轟いているのは必然、ということらしい。
偶然にも、私と爆豪くんは多少の付き合いがある。そこで、話の流れで最近との爆豪くんとの関係について相談し──その結果、今の返事が返ってきたのだった。
地下鉄の車窓に、黒い景色が流れ続けている。がたがたと揺れる電車にあわせ、ゆらゆらと身体を揺らした。
「先に爆豪くんの話をふってきたのはそっちでしょ。それに、いまさら試験の話したところで、結果は変わらないからね
……
。受かってるって信じよう」
「
名前
ちゃんって結構適当だよね
……
」友人が呆れたように言う。「さっきの話だけど、結構意外だったかも。
名前
ちゃんと爆豪勝己って仲いいんだ」
「ううん、いろんな人にそれ言われるけど、べつに仲が良いってわけではないと思うよ」
爆豪くんに聞かれたら、私も友人もどちらも怒られそうな話題だ。爆豪くんは「こんな根暗と仲いいわけねえだろ」というわりに、私から否定するとむっとする。怒り狂う爆豪くんが容易に想像できる。
「ええー? 本当に?」
「まあ、私は友達
……
いや、まあまあ知ってる知り合いくらいには思ってるけど
……
。でも爆豪くんは私のこと『他人』としかいわないと思う」
これはほぼ間違いなく、きっぱり断言できた。
爆豪くんと私には、本来ならば仲良くなる要素がひとつもない。もちろん同じクラスなので小さな接点を数え上げればいくらか思い付くが、基本的にはずいぶん前に隣の席だった、という以上に大きな接点はないといっていい。
顔を合わせれば話くらいはするけれど、それは爆豪くんが相手でなくても普通にすることだ。仲がいいかと問われれば、正直ふつう以外に返事のしようがない。仲良しエピソードとして披露できる話もない。
「
名前
ちゃんは、なんで自分が爆豪勝己と仲良いわけじゃないと思うの?」
「だっていつも根暗女って呼ばれてるし、陰キャ扱いされてるし。それって結構、場合によってはいじめに近くない?」
少なくとも、好きな相手にとる行動ではないと思う。
「んー、でも仲いい相手には気を許してそのへん雑になる人もいるよね」
「そういうニュアンスの暴言じゃないんだよね
……
」
あれは常に真剣な暴言だ。目下、蔑称で呼ばれ続けている私が言うのだから間違いない。
「それに、さっき言ったみたいに最近は爆豪くんから、なんか変な態度とられてるし」
「それもさ、もしかしたら逆に好かれてるとか、そういうのじゃないの? そうだとしたら爆豪勝己って、結構かわいいところあることない?」
妙案とでも言いたげな友人に、私は即座に「それだけはない」と返した。友人もまた本気で言っていたわけではないようで、
「だよね、言ってみただけ」
と呆気なく自説を引っ込めた。あまりにも悪気ない笑顔に、私は呆れて目を細める。
「冗談でもそんなこと言わない方がいいよ。爆豪くんに聞かれたら爆破される」
「大丈夫、私爆豪勝己と面識ないし」
友人はあっけらかんと、折寺中の生徒ならばありえないぞんざいさで、爆豪くんの名前を口にした。なるほど、実物の爆豪くんを知らないと、こんなふうに話のネタとひとつとして爆豪くんの存在を消費できるのか。ひとつ勉強になった。
面識がない爆豪くんのことをそんなふうに笑って話す友人は、「でもさー」とさらにどうでもよさげに言う。
「仲良くないっていうんなら、それこそ別に嫌われてようがどうでもよくない? どうせもうすぐ卒業なんだし、そんなに気にすることでもないと思うんだけどなぁ」
「そう言われるとそうなんだけど
……
」
タイプも違えば交友関係も重なっていない爆豪くんと私だ。今は同じ教室で授業を受けているので、事故のように接点が発生している。けれど、進学すればそのわずかな接点もあっさり消失する。
そうなったとき、爆豪くんがわざわざ私にコンタクトをとろうとするかと問われれば、それは間違いなくノーだった。私が自分から爆豪くんに近寄っていかない限り、春にはどのみち私と爆豪くんの縁は切れる。
もともと、仲良くなりたくてなったわけじゃない。それならば残り数か月、多少の気まずさや不可解さには目をつむり、そのまま自然消滅的に疎遠になる。どう考えても、そうなるのがもっとも自然で、なんというか、ふつうだ。
自分でも分かっている。そうなるのが、たぶん自然な流れ。
それなのにどういうわけか私の胸には、釈然としない何かがごろりと、そこに居座りつづけているのだ。
望んで得たものでも、努力して勝ちとったものでもない。それなのに、みすみす手放したくないと思うような、名状しがたい未練のようなものが、なぜかずっと、そこにある。
「言われてることは分かるよ。爆豪くんと私って、そもそも修復するとか維持につとめるほどの関係性を、お互いに持ってないわけだし
……
」
「分かるけど、なんか違う?」
友人に笑われ、私は自分でもよく分からないまま、ひとまず頷く。
「なんか、だって、せっかくちょっと話せるようになったのに、そうやってあっさり諦める、みたいなことをするっていうのはさ
……
、それはちょっと、なんていうか残念じゃない? いや諦めるっていうか、なあなあにするっていうか、ちょっとうまく言えないけど
……
」
何とも歯切れの悪い物言いになってしまった。当然、友人もよく分からないというように首を傾げる。自分ですらうまく把握できていないのだ。友人に伝わるはずもない。
「
名前
ちゃんにしては珍しいよね、そういう曖昧で抽象的なこと言うの」
そう言われ、なんだかだんだんと恥ずかしくなってきた。
「変かなぁ
……
、いや、変なんだよね。変なのは分かってる
……
」
「変っていうか
……
。そもそも、中学の友達に、というか友達ですらないかもしれない相手に、そういう気持ちを持つのが、私には分かんないかも」
「そういう気持ちって?」
「高校にいっても仲良くしてたいなーみたいな気持ち」
友人は視線を地下鉄の暗い窓に向けて言った。理知的な瞳は、けれどどこか冷めたように真っ黒の窓を見つめている。
「だって、そうじゃない? 高校に行っても遊ぶ中学の友達なんて、女子同士だってそんなに多くはないと思うよ」
「それはそうなんだろうけど
……
」
瞬時に、頭の中に中学の友人を何人か思い浮かべた。そのうち何人と、高校生になっても遊んでいるのだろうかと考えると、ぎりぎりふたりがいいところだ。そのほかの友人については私が薄情なわけではなく、たぶん向こうも、中学かぎりの友情と考えていると思う。嫌いじゃないし、むしろ今は仲良しだけれど、そういう友情だってある。
「まあたしかに、雄英生とかエリートヒーロー街道まっしぐらだし、
名前
ちゃんが爆豪勝己と仲良くしておきたい気持ちもわかるけどね」
友人の言葉に、私は目を丸くした。
「えっ、あ、すごい。その発想はなかったな
……
。なるほど、たしかに
……
?」
「逆になんで考えないの? 雄英生の知り合いがいるなんて、めちゃくちゃ自慢になるじゃん」
呆れ顔の友人に、私は何と答えたらいいのか分からない。とりあえず、はははと笑っておいた。
しかし言われてみればたしかに、友人の言うことも一理ある。爆豪くんはあまりにも柄が悪すぎてそんなふうに見たこともなかったけれど、彼だって雄英高校を受験する。そして本人の言葉を信じれば、まず間違いなく合格するはずだ。
雄英高校の卒業生はもれなく有名ヒーローへの階段を駆け上がっていく。そんな未来のトップヒーローとお近づきになれるのであれば、今のうちに、と考える人は一定数いるはずだ。
もしかして爆豪くんと仲良くしてる人たちのなかには、少なからずそういう下心がある人もいるのだろうか。私はそんなこと、思いつきもしなかった。
「まあ、下心があるかないかは別としてさ」
仕切り直すように、友人が口を開いた。
「みんなに仲いいのとか付き合ってるのって聞かれるくらい仲よく見えるなら、やっぱ
名前
ちゃんが思ってるより爆豪勝己とはちゃんと仲いいんだと思うけどね」
「ううーん
……
、そんなことはないと思う」
「かたくなだな!」
そんな話をしているうちに、私の家の最寄り駅に到着した。
「じゃあ次は合格発表のときに」
簡単な挨拶だけで、会話を切り上げる。次の駅でおりる友人を置いてひとりで電車を降り、私は改札へと向かった。
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