柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
Public ベリーベリー
 
756852

微原作沿 爆豪長編(1)

サイトに掲載している長編の第一章です。

 


 授業後、いつものように連れとだらだら寄り道しながら帰宅する。つるんだところで大して面白いこともないようなやつらだが、向こうから寄ってくるんだから仕方ない。慕われて悪い気はしないし、まあ暇潰しくらいにはなる。それもこれも、俺の人望というやつだ。
 確たる目的もなく繁華街をぶらついていると、ふいに連れのひとりが思い出したように「そういえばさ」と俺の肩に手をかけた。
「最近カツキ、よく苗字と喋ってるよなー。ああいうのカツキのタイプじゃなくね?」
「は? 誰だそれ」
 肩にかけられた手を払いのけながら返すと、すかさず「カツキの隣の席だろ!」と笑われる。そこで初めて、ああ、あの根暗女の話なのかと合点がいった。
 そういえば教師から、そんな風に呼ばれていたような気がしないでもない。が、はっきりそうだと思い出せたわけでもなかった。俺にとってのあいつはモブの中のひとり。根暗女、それ以上でも以下でもない。にもかかわらず、どうしていきなり根暗女の話が始まるのか。
 さらにいえば、根暗女に限らず女のタイプなんざどうでもいい。クソほども興味がない。つまらない話題にも程があるというものだ。
 しかし俺の興味の有無になんざ関係なく、周りのやつらは根暗女の話題にも食いつく。暇人どもはつくづくくだらないことをする。
「確かにまあ、可愛いっちゃ可愛いのか? けどなー、ちょい真面目すぎだよな? 俺全然絡んだことねえわ。話題とかないし」
「それよりスカート長すぎだろ。足きれいっぽいのにもったいねえよ」
「お前はそればっかか!? この間も足の話してただろ」
「足は知らねえけど、なんつーか、芋くせえんだよな。磨けばそこそこ光る的な感じ?」
「お前も何様だよ!」
 さんざんな評価を聞き流しながら、何ともいえない苛立ちを感じていると、
「カツキ、ああいうんが好きなん?」
 流れで俺にも話題がふられた。ああいうんってどういうんだ。根暗のことを言っているのなら、当然ながら好きなはずがない。
「ねえだろ、まじで」
「だよなー」
 俺の返事に周りのやつらがギャハハと揃って笑った。いったいこいつら、何がそんなに笑えてんだ。何も面白くないだろうが。
 クソを煮詰めたみたいな話題な上にしょうもないことを聞かれ、だんだん気分が悪くなってくる。次にしょうもないことを聞かれたら目立たない路地裏に引っ張っていって殴るか、なんて考えていると、連れのうちのひとりが「苗字といえば」と、しつこく話題を繰り返した。
 よし、爆破。
 右手で威嚇のための爆破を鳴らし、左手でそいつの襟をつかもうとした、そのとき、
「俺、あいつと小学校一緒だったけど、あいつ昔、無個性っつってちょっと苛められたりしてたんだよな」
……あ゙ァ?」
 思いがけない言葉に、上げかけた俺の左手がぴたりと止まった。
 俺のリアクションを「続き言えや」と捉えたのか、そいつは何故かムカつく笑顔で、得意げに口を開く。
「確か小四くらいまで、苗字って個性なかったんだよ。普通ガキの頃にみんな個性出るじゃん? だから緑谷みたいな感じで、無個性だっつって虐めみたいなことされててさー。で、女子って結構えげつねえのな。俺あの時はじめて女子ってやべえなって思ったわ」
「まじ? そんなに虐めやばかったん?」
 聞き返したやつの言葉に、そいつは首を横に振る。
「ちげえって、やべえのは苗字の方。いや、そりゃあ虐めてたやつらも大概だったけど、苗字の場合、普通にやり返してたし。あいつやべえの。女子のくせに手ェ出るし、大人数相手でも結構平気で顔殴りに行く感じでさ。それでだんだん直接的な虐めはなくなったんだよ。無視とかはあったらしいけど。女子同士の殴り合いとか普通にやばすぎだろ。女子プロかよ」
 虐められて、殴り返す? あの根暗が?
 話の意味を考える。連れから視線をそらし、俺はつかのま黙考した。
 にわかには信じられない話だった。あの根暗女が、まさかそんなことをするとは思えない。タッパもないし、腕もひょろい。たかだか数年前の話だから、そう大きく体格が変化しているとも思えなかった。
 根暗は全体的に雑魚な印象で、喧嘩に必要な筋肉など何一つ備わっていなさそうに見える。小学生同士の喧嘩ならばそんなものも要らないのかもしれないが、それにしたって殴り合いをするにはいくら何でもひ弱すぎる。
 しかし心のどこかで、その話に妙に納得している自分もいた。たしかに、それなら根暗の態度にも納得がいく──話がつながる。
 一学期のはじめ頃、俺に向けていた根暗のあの険のある視線。あれは恐らく、その小学生時代の名残みたいなものだろう。小突き回されるデクを見て、無個性で虐められた過去の自分に重なったとかなんとか……、まあそういうことだ。それで虐めてた側の俺に腹が立った……、と。
 もろもろ鑑み、思考時間一秒。結果はじきだされた結論は「うざい」の一言に尽きた。
 どこの誰とも知らないクソモブと、この俺を重ねるとはどういう了見だ。三下と同じカテゴライズをされたのだと思うと、過去のことでも虫唾が走る。俺は唯一無二であり、唯一無二とは俺を指す。あの根暗、人を見る目がなさすぎる。一生視力使うな。
 と、連れのひとりが「けどさ」と首をひねる。
苗字ってそんな好戦的なキャラに見えなくね? つーかあいつ、今普通に個性あんじゃん。何の個性か知らんけど」
 はっとした。言われてみればたしかにそうだ。無個性の人間はマイノリティ、教室内でも悪目立ち必至だ。無個性のやつがいれば、たちどころに教室中に噂が広まる。
 うちのクラスに無個性はデクひとり。いくらモブどもに興味がなくても、そのくらいのことは耳に入ってくる。一度聞けば、まず忘れることはない。
「いや、だから小四で個性出たんだって。で、そこから何かキャラ変わって喧嘩もしなくなって、今みたいな根暗真面目チャンやってんの。昔から勉強はできたけど」
「小四デビューってやつ?」
「聞いたことねえデビューの仕方じゃん。な、カツキ」
「知らねー。クソほども興味がねえ」
 装うまでもなく平静に、俺は呼びかけを一蹴した。その頃にはもう、根暗について思考するのはやめていた。
 一瞬食いついてしまったが、そもそも俺は根暗に一ミリの興味もない。あれはただのモブで、根暗で、うっとうしいだけのやつだ。わざわざこうして話題に出す必要もないような、取るに足らない存在でしかない。
「んだよカツキー」
 俺の返事にしけたような顔をして、根暗女と同小出身だというやつが口を尖らせた。生憎、そんなどうでもいい情報で喜べるほど俺は暇じゃない。
「帰る」
「は!? 急に!? おいちょっ待っ、カツキ!?」
 俺を呼ぶ声だけが、遠く聞こえる。声はぐんぐん遠ざかる。けれど、わざわざ追いかけてくるやつはいなかった。俺の周りのやつらはもう、俺との付き合い方をそこそこ心得ている。

 ひとりで家に向かって歩いていると、さっきまでの話が勝手に脳内を巡った。根暗女の過去なんざその辺のゴミくらいどうでもいいが、あいつは図々しくも脳内に居座りやがる。
 ムカつく女だと思う。生意気だとも思う。
 あいつの過去についてこれっぽっちも同情なんかしないが、まあただアホみたいに生きてきたわけではないということは、多少理解した。
 ただのムカつく女ではなく、少しはやるかもしれないムカつく女、くらいにはなっただろうか。少なくとも、やられたらやり返す精神があったことだけは悪くない。
 むろん個性がないやつがいくらイキがったところで、結局どうにもならない雑魚であることは言うまでもない。だとしても、最初から這いつくばるしか能のない人間を俺は心底軽蔑する。
 ガッツのあるバカも、それはそれで救えねーけどな。
 と、そんなことを考えていると、
「あれ、爆豪くんじゃん」
「あ゙ァ?」
 不意に呼び止められた。そして思わず舌打ちを打つ。
 そこにいたのは、今の今まで不本意ながら思考の真ん中にいた女、根暗女だった。
 根暗女は制服を着ているが、俺とは違ってチャリに乗っている。こいつはチャリ通だったっけか、と考え、考えてもどうせ知らないことだと思考をやめる。こいつの居住地や通学方法になど興味がない。そんな価値のない情報をわざわざ記憶しているはずがない。
 根暗女は自分から声をかけてきたにもかかわらず、俺と顔を合わせるなり嫌そうな顔をした。
「あのさ、出会い頭にとりあえずメンチきるのやめなよ……。怖すぎだよ、子供だったら間違いなく泣くよ」
「うるせえ。てめえもちったあビビれ」
「爆豪くんが凄むたびにいちいちビビってたらキリないよ」
 生意気なことこの上ないその物言いに、ふつふつと腹が立つ。思わず声を荒げかけ、しかし今しがた聞いた話がふいに脳裏によみがえったせいで、なんとなく気勢がそがれた。
「おい」
 いたって普通に声を掛ける。が、
「なに? カツアゲ? こわっ」
 と、またしても余計なことを言う根暗だった。
「ちっげえわクソが! てめえ何か文句つけねえと気が済まねえのか!? んなことよりちょっと個性使ってみろや!」
「エッ、なに急に……。公共の場で個性使っちゃいけないの知らないの?」
「知っとるわ! けど人通りもねえしちっとくらい構わねえだろうが。それとも何だ、根暗女のくせに大規模な被害が出るようなクソ個性か? あ゙ァ?」
「いや、だからメンチきらないでよ……、まじでガラ悪いな爆豪くん」
 うだうだとうるさい根暗女は、俺からの突然の要求に一丁前に困惑しているようだった。モブはモブらしく言われた通りにすればいいものを。
 だが文句を言いつつも、根暗女は個性使用にためらいはないようだった。
 乗っていたチャリを路肩に停め、根暗女は唐突に屈伸運動を始める。そして「いち、にの、さん!」というカウントと同時に、思い切り地面を蹴ってジャンプして見せた。
 垂直とびの要領でジャンプした距離は、目算で大体五、六メートルといったところか。着地した根暗女は「これが個性」と、何故か照れたように言った。
「跳ぶだけかよ」
 俺の問いに、根暗はけろりとした顔で頷く。
「うん。本気出したら八メートルくらい跳べるけど」
 多少飛距離は伸びるらしいが、だからといって基本的な性能──垂直飛びが何かほかの要素を持つということはないようだった。役に立つか立たないかでいえば、どちらとも言えない。まったくの無能ではないが、だからといって日常生活で高く飛ぶ必要があるというわけでもない。高いところのものを取るときにでも使えばいいのかと思ったが、空中に滞在できるわけでもないのだから、適当な足場を持ってきて使った方がよほど便利だ。
 しばし、考える。だが、考えたところで特に何ということもない。
「ハッ、俺のがすげえ」
 それが俺の下した評価だった。
 跳躍というのはそれなりに汎用性もありそうだが、言ってしまえばそれだけの個性だ。ちょっとした一芸レベル。日常だろうが非常時だろうが、使えるかと言われればそういうわけでもない。上位互換の個性を持つ人間が、すでにどこかにいるに違いない。
 跳べたところでプラスの何か、たとえば体術なんかが使えれば多少はマシだが、逆に言えば単品ではほとんど役に立たない。こいつのようなひょろくてウェイトのない体格じゃ、跳躍からの打撃も大した重さにはならないだろう。まあ、この体格だからこその跳躍距離なのかもしれないが、そうだとすればいよいよ無能ということになる。
 戦闘における個性の使用について考えてしまうのは、ヒーロー科を目指す以上は癖のようなものだ。観察も分析もデクの野郎の得意分野なんだろうが、専売特許ではない。あそこまでとは言わずとも、俺だってそのくらいは考える。
「てめえに個性で負ける気がしねえ。つーか個性以外でも負ける気がしねえ」
 人より遅れて発現したってからにはどんなすごい個性かと思ったが、ふたを開けてみれば、取るに足りない個性だった。根暗女には似合いの個性だ。その事実に、俺は心底満足した。期末試験では後れを取った。一生の不覚だ。俺は今後一切、なにひとつこの女に負けるつもりはなかった。
 しかし俺のそんな心中とはうらはらに、やはり根暗女はけろりとした顔で言った。
「うん、まあそうだろうね。爆豪くんのはなんていうか、ヒーロー向きの『いい個性』だもんね」
「は、」
「別に私ヒーロー志望じゃないしね、個性があるだけでありがたいよ」
 そんな風にあっさりと返されてしまい、こちらの方が妙に居心地の悪い気分になった。常に一言多い根暗のことだ。ここでもまた、俺に対して何かしら言い返してくると予想していた。念願かなってようやく発現した個性を貶されれば、言い返さずにはいられないだろうと思ったのだが。
 俺の思考が顔に出ていたのだろう。根暗女はなぜか笑って、気安く俺の肩をぽんと叩いた。
「私の個性のこと、何か聞いたんだよね。それで爆豪くんが何を考えてるのかはしらないけど……、私からしてみれば、個性があるって一点だけで偉そうにされるより、個性の強さ弱さで物言う爆豪くんのがずっといいんだよね。そういう比較なら、納得する余地がちゃんとあるから」
「どういう意味だ」
「爆豪くんだって雑魚個性のやつが一人前にイキってるの見たら、雑魚のくせに調子乗んなってムカつくでしょ。そんな個性、持ってても持ってなくても変わんねえだろって思うよね? だから、そういうことだよ」
……てめえ、女のくせに口が悪ィ」
「人のこと言えないでしょ、爆豪くん。あ、ていうか私おつかいの途中なんだよね! 用ないなら行くね!」
 そっちから話しかけてきたんだろうが、と言うより先に、根暗女は再び自転車に跨ると、颯爽と去っていった。取り残された俺は釈然としない思いを抱えつつ、苗字が去っていった方向を睨むようにして見送った。