ここのところ、登校時に爆豪くんと同じ電車に乗ることが多い。夢咲女子と雄英高校は最寄り駅が同じなのだし、同じくらいの始業時間であればそうなるのも頷ける。もちろん毎日というわけではなくて、たしか入学して三日目と、それからその何日かあとにも会わない日があった。誰でも毎日同じ電車に乗るわけではないだろうし、それほど気にしてはいない。
四十分の通学時間のうち、いくらかでも話す相手がいれば退屈せずに済む。爆豪くんがこの状況を歓迎しているかは別として、少なくとも私はけっこう楽しんでいた。
意外なことに、爆豪くんは一緒にいてかなり面白いひとだった。以前はすぐに怒るしすぐに怒鳴る、大変な癇癪持ちという感じだったけれど、最近ではそれもやや落ち着いてきたように見える。一度がっつり襟を掴まれた程度で、それ以外にはこれといって暴力行為に発展した事件はない。
もともと彼の威圧感にはだいぶ慣れていたので、今の爆豪くんとであれば、私もそれなりに楽しく接することができる。その結果、爆豪くんは私の生活のなかに存在する、唯一の男子になった。
女子高に進学したのもあって、中学を卒業してからというもの、私は家族と爆豪くん以外の男の人とほとんど言葉を交わしていない。せいぜいが店員とか駅員とか、その程度だ。もともと私の交友関係は女子に偏っていたけれど、中学を卒業していよいよ、本格的に男子と接することがなくなった。
だからだろうか、爆豪くんと話していると、学校の友達と話しているのは違う楽しさを感じることがある。うきうき、というのとも少し違うし、そわそわ、というのとも違う。今までの人生で感じたことのない感覚は、けれど不思議といやな感じではなかった。
文具店の自動ドアには『雄英体育祭』と文字が躍るポスターが貼られていた。そういえばそんな時期だっけ。買ったばかりの小説と雑誌が入ったバックパックを背負い直し、ポスターから前方へ視線を転じた。
夢咲女子と駅、それから雄英高校は、地図で見るとざっくり一本の直線上に並んでいる。ちょうど夢咲女子と雄英の真ん中に駅がある形だ。
夢咲女子から駅を通り過ぎ、さらに雄英の方へと歩いていくと、途中に大型の書店がある。その書店に用事があったので、今日の下校のついでに寄ってきたところだった。
店を出たところ進行方向数メートル先に、なんだか見覚えのあるシルエットの後ろ姿が歩いているのが見えた。爆豪くんだ。両隣には赤髪と金髪の男子が並んでいる。友達と帰宅中というところだろうか。
今日は学校で勉強してからの下校だから、すでに下校時刻としてはかなり遅い時間帯だ。雄英はカリキュラムもきつめだと聞くし、まして今は体育祭前でもある。爆豪くんたちの下校時刻も後ろにずれているのかもしれない。
さて。爆豪くんたちの後ろ姿を前に、私はしばし思案した。
向こうは友達といるのだし、ふつうに考えれば話しかけないのが正解だ。このまま駅まで、彼らの後ろをそろそろついていくのがよさそう。さいわい、私は気配を消すのが得意だ。
と、ふいに前を歩く爆豪くんが、ぐるりと背後を振り返った。彼の後ろ姿を眺めていた私と、ばっちり視線が合ってしまう。
……まさか、こうも早々と気づかれてしまうとは。
爆豪くんが無言のまま、眉間に皺を寄せ始める。ああー、嫌だ。せめてにこやかに笑って目を逸らしてくれればいいのに……。
とはいえさすがにこの状況で、無視はできない。となると、残るはさっと挨拶、さっと撤退する道だけだ。
私は軽やかな小走りで爆豪くんに駆け寄ると、すれちがいざまに彼の背中を軽く押した。直後、物凄い形相を浮かべた爆豪くんに「奇遇だね」と声をかけた。
「爆豪くんも今帰り? 私はそこの本屋さんに用があったんだ。じゃ、また!」
一呼吸で言い切ると、私急いでその場を立ち去ろうとした。けれど一歩踏み出したその足は、無事に地を踏むことはなかった。
背中に背負ったバックパックが、なぜだかがっちりと引っ張られている。振り向くまでもなく、私のバックパックを引っ張っているのは爆豪くんだった。
「……なに?」
不格好に片足を持ち上げたまま、私は首をひねって後ろを見る。爆豪くんの阿修羅みたいな顔がそこにある。
「俺の許可なく俺の前を歩いてんじゃねえ」
「ここは市区町村管轄の公道ですが」
「俺が歩いてりゃ俺の道だろうが」
「公共という概念がないひと?」
ひとまずバックパックにかかっていた手は離してもらう。それでどうにか、ふたたび地に足をつけることができた。自分の肩を制服の上からさする。肩紐が肩に食いこんでいて、地味に痛かったのだ。
落ち着いたところで、爆豪くんの友人とおぼしきふたりが、じっと私たちを観察していることに気付く。爆豪くんもたいがい派手だけれど、このふたりも爆豪くんに負けず劣らず、派手な見た目をしている。
ちらりと爆豪くんを見上げるも、かれはぶすっとした顔つきで明後日の方向を見ている。挨拶を、しろともするなとも言ってこない。仕方なく、私はふたりに浅く頭を下げた。
「えーと、あの……どうも……」
制服からして彼らも雄英生だ。爆豪くんと一緒にいるということは、やはりヒーロー科なのだろう。エリートだ。
「もしかして爆豪の彼女!?」
赤髪の男子が、私と爆豪くんを交互に身ながら尋ねた。返事をする隙もなく、今度は金髪の男子が、
「つかこの制服夢咲女子じゃん! ウッワ爆豪の彼女って超お嬢様!?」
顔を紅潮させ大喜びしている。
「まじか! つか上鳴、お前制服見ただけで学校分かんのこえーよ!」
「だって近所にお嬢様学校あったら普通にチェックすんだろ!? お嬢様だぞお嬢様! 出会いたくね!?」
出会えるかどうかはともかくとして、あまりにも素直な欲望の吐露だ。雄英にもこういう、年齢相応に浮ついているタイプはいるんだな、と妙に感心してしまう。しかし感心している場合ではない。
「いや、私は、」
言いかけたところで、爆豪くんが重たい口を開いた。
「こいつがんな上等なもんに見えっかよ。どう見てもド庶民だろうが」
「……中学の同級生です」
爆豪くんが口を挟んだことで、やっと認識の訂正できた。彼が「お嬢様」の部分しか訂正しなかったので、そもそもの誤解をとくべく弁明する。なぜ私が弁明しなければならないのか。爆豪くんの方で全部説明しておいてくれたらいいのに。
「はえー、同級生かぁ。ちなみに名前は? 俺は上鳴」
「あ、俺切島!」
「苗字名前です。爆豪くんとは中三のクラスが同じで」
「同中。あ、てことは緑谷も?」
「あ、はい。緑谷くんも同じクラス」
「つーかタメだし敬語ナシでいいって! その方が距離縮まる感じあんじゃん?」
「え……? は、はあ」
「引かれてんじゃねえか」
引いているというか、距離をちぢめるつもりだったのかと驚く。その場のノリで友達をつくれるタイプのひとなんだな。なるほど、さすが雄英生。ヒーローには社交性も必要なのかもしれない。
切島くんにしても上鳴くんにしても、ノリは軽いけれど悪いひとではなさそうだった。中学時代の爆豪くんの取り巻きたちとは、明らかにタイプが異なっている。爆豪くんがこういうタイプとつるんでいるのは少し意外だ。
取り巻きではなく、対等な友人という感じ。他人事ながら勝手なことをいわせてもらえば、中学時代の爆豪くんを取り巻く環境より、今の方がいくらか健全な雰囲気があった。
切島くんと上鳴くんは話を続けている。話題は何度かループして、今はまた私の通う高校である夢咲女子についてに戻ってきたところだった。
「夢咲女子って可愛い子多くね? 駅で朝その制服の子見かけると、朝からラッキーってテンション上がるわ」
「あんま派手じゃねえけどその分しっかりしてそうな感じだしな」
「お嬢様だぜ、高嶺の花ってやつよ」
たしかにうちの学校には、身内贔屓を抜きにしても可愛い子が多い。しかも文化祭を始めとした学内行事は基本的に保護者以外は校内立入禁止なので、それが高嶺の花という印象に拍車をかけているのだろう。
加えて上級生になれば、雄英のヒーロー科とも合コンがあったりすると聞く。雄英ヒーロー科なんてほとんど芸能人みたいな人気があるわけで、彼らと出会う機会があるというのは、翻って夢咲女子の人気の高さの証左にもなっている。
とはいえ、高校入学組の中でもさらに私みたいな庶民には、そういったきらびやかなあれこれはあまり関係ない話でもある。
「まあ、可愛い子は多いかな。おうちがしっかりしてるのか、彼氏いない子も多いし」
「うわヤベーッ、話聞いてただけでテンション上がるわ」
「上鳴くんたちだってモテるでしょ」
「それが全然! つか雄英思ってたより出会いねえわ!」
「たしかに、忙しくてそれどころじゃねえしな」
しきりと頷く上鳴・切島コンビ。
「名前ちゃんは彼氏とかいんの?」
「いや、私は、」
上鳴くんに聞かれ首を振った瞬間、いきなりがっと頭部を鷲掴みにされた。そんな暴力的な行為を何の前触れもなく披露する人間など、私の知る限りたったひとりしかいない。今の今まで会話への参加を拒み、不機嫌オーラをまき散らしていた人間。
いつの間にか私の後ろに立っていた爆豪くんが、今にも私の頭蓋骨を粉砕しようとしていた。
爆豪くんの指が、私の頭蓋にめりめり圧をかけてきている。指圧的な感じでちょっと痛気持ちいい、などと思ったのもつかの間、すぐに悲鳴をあげることになった。
なにせゴリラみたいなパワーで頭蓋を握られているのだ。爆豪くんの握力、どうなっているんだろう。指先で人を殺せるんじゃないのだろうか。私の頭部がりんごだったらひとたまりもない。
「いっ、いだだだだ爆豪くん、痛い痛い痛いギブギブギブギブ」
もがきながら降参する私に、爆豪くんは鼻を鳴らして舌打ちまで打った。涙目になる私を一瞥したあと、渋々といった表情で私の頭を離す。
ようやく解放されたと思いほっと息を吐くと、今度は背中をどつかれた。押されたはずみで、前方に数歩たたらを踏む。よろめく私の横を、爆豪くんがさっさと通り抜けていった。そして、
「おい根暗、さっさか歩けや! 電車乗り遅れるだろうがグズ」
「えっ、で、電車? 私たち一緒に帰るの? 一緒の電車乗るの?」
「ったり前だろうが! くだらねえこと聞いてんじゃねえ!」
「いつ決まったの……? 理解できなさすぎるんですが……」
ブチギレながら歩き始めた爆豪くんに困惑しつつ、私は慌ててその後を追いかける。小走りで振り返り、切島くんと上鳴くんにじゃあねと手を振った。ふたりは生温い笑顔で手を振り、私たちを送り出した。
★
「なあ上鳴、俺あんま恋愛のこととか分かんねえ方だけど、爆豪のあれは完全に名前ちゃんのこと好きだよな? 上鳴が下の名前で呼んだ瞬間キレてたよな?」
「彼も我々と同じ人の子だったということ」
「つーか好きな子相手に苛めるって小学生かよ……。でも意外だわ。爆豪もっと強めの女子好きそうなのに 」
「確かに。実は名前ちゃんああ見えて性格きつかったりして?」
「あー、それなら納得」
「つか爆豪のツテで合コンやってくんねーかな」
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