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柚子子
2024-09-22 20:57:34
113107文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(1)
サイトに掲載している長編の第一章です。
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年度が変わって、四月。
春である。春爛漫である。
そんな春爛漫の風に吹かれた私は、この春から始まった新生活に適応すべく、とにかく慌ただしい日々に忙殺されていた。
憧れだった制服に袖を通して二日。
満員電車に揉まれるようになって二日。
女子高生になって、二日。
そんな記念すべき女子高生人生二日目の本日、混み合った朝のホームには、見慣れない制服をずるずるに着崩しヤンキー然とした、見慣れた風貌の男の子が立っていた。
誰あろう、爆豪くんである。
最後にあったのが卒業式の日だから、数週間ぶりくらいになるだろうか。それほど久し振りというわけではなくても、お互いに中学の制服を脱ぎ高校の制服を纏っているので、なんとなくだが雰囲気が違っているように見える。
「爆豪くんだー、おはうぐっ」
ついこの間までそうしていたように、高校生になってもまた、手をひらひらと振りながら近づいていく──瞬間、ぐわりと身体が引き寄せられた。足が地面から一瞬浮く。
何が起こっているのか分からず、私は言葉を失った。しかし何のことはない、どういうわけだか爆豪くんが、私のシャツの襟を思い切り引っ掴んでいるのだった。
え? なんで?
まったく意味が分からない。しかし今はそれより、とにかく苦しい。
周囲の人がざわめきつつ、しかし朝から厄介事に巻き込まれるのは御免なのか、さっと私たちから距離を取った。さながらモーセが海を割るがごとく、私たちの周りからはたちどころに、本当に潮が引くようにひとけが消えた。
いたいけな女子がヤンキーに襟を掴まれ、挙句ガンつけられてるというこの異常な状況。にもかかわらず、誰一人私を助けに飛び込んでこない。襟をひっ掴まれたまま、治安の悪さにひとり驚く。さすが、荒れてることにおいては地域でも屈指の、折寺中学校区だ。
しかし、そんなことをのんびり考えている場合ではなかった。なにせ私は爆豪くんに襟を掴まれているのだ。私と爆豪くんでは体格差があるので、当然ながらそんなことをされれば体が上方に引っ張られる。
つま先立ちの状態であわあわと、どうにか手を離してもらうためにもがいてみる。けれどさすがに、相手は雄英ヒーロー科入試を一位通過する爆豪くんだ。私ごとき足掻いたところで、その腕力には敵うはずもない。
生存活動のためには酸素が必須だ。どうにかこうにか喘ぎ呼吸で酸素を求めていると、爆豪くんは私の襟を掴んだままでぐっと顔を近づけ──そして声を低くして凄んだ。
「てめえ、春休みの間、地下牢にでもおったんか? あ゙ァ?」
いきなりまったく覚えのない因縁をつけられ、私の頭はいよいよ混乱をきわめる。ただでさえ脳に酸素が回っていないのだ。そこにそんな意味不明なことを問いかけられても、爆豪くんの満足いく返答が返せるとは思えない。
というか地下牢ってどういう状況?
もしやトンチか何か? 暗喩? 隠語
……
?
考えたところで、爆豪くんの思考が分かるはずもない。私はそうそうに謎解きを放棄した。
「なぜ私がそんな苦行を強いられていたと思って
……
?」
「電波が全くねえ環境にでもおったんかって聞いとんだ」
「い、いや普通に春休みを謳歌してたけど。というか割としっかりめに謳歌してたけど」
友達と遊んだり、見たかった映画や本を一気に消化したり、高校生活の準備をしたり。これでもけっこう忙しくしていた。
しかし私の回答は、どうやら爆豪くんの怒りの火に油を注いだだけのようで、
「てめえ
……
まじでいい加減にしろよ
……
」
私の襟をつかむ爆豪くんの手が、ぶるぶると激しく震えている。これは多分、疲労による震えのたぐいではない。爆豪くんの怒りのボルテージがマックスまで上がり切り、そのうえ臨界点を突破しているときの震えだ。
まずい──私の直感がそう察していた。
一体どうして爆豪くんがここまで怒り狂っているのか不明だけれど、とにもかくにも、これは非常にまずいやつだ。何とかこの場の空気を変えなければ。でないとやられる。命をとられる。
ほとんど本能でそう結論を導き出すと、私はどうにか笑顔をつくった。頬が引き攣っているのを感じるが、そんなことにかまっている余裕はない。どのみち怒り狂った爆豪くんは、私の顔面などろくに見ていないに違いない。
「ば、爆豪くんがなんでそんなに朝からキレ散らかして、じゃなかった怒ってるのか、本当に分からないんだけど
……
。あ、もしかしてあれかな? 卒業式の日に連絡先交換したのに、春休みのあいだ私が一度も連絡しなかったから、それで怒ってる、とか? だから電波がどうのって話になってるのかなー、なんて
……
」
そう言った瞬間、空気が凍った。
え、うそ。本当に?
初手で私、ドボンしたの?
爆豪くんが静かに私から手を離す。その動作があまりに静かで穏やかで、私の恐怖心はかえって激しく煽られた。
爆豪くんは顔を伏せている。その表情が、見えないだけに恐ろしかった。これならいっそ、鬼の形相を向けられている方がましだ。
いや、そんなことを思っている場合でもなく。
「エッ、まさか本当に
……
? まさか私、図星をついた? 嘘でしょ、そんな。とりあえずその、
……
ご、ごめん
……
」
何についての謝罪かといえば、おもに天より高い爆豪くんのプライドに、べっちょり泥を塗ってしまったことについての謝罪だ。
しかしながら、この局面での謝罪はどうやら、完全に悪手──というか逆効果だったらしい。
爆豪くんは勢いよく顔を上げると、ここが駅のホームであることも忘れているのか、最大出力の怒鳴り声をぶつけてきた。周りの視線など意にも介さない。
「ちっげえわ勘違いすんなクソ根暗女が! 連絡ねえからてめえが死んだんかと思って清々しとっただけだわクソが! なに生きとんだぶっ殺す!」
「そ、そうだよね、連絡しなかったくらいでまさか爆豪くんが怒るはずなかったね? うわ、しかしびっくりした、本当にびっくりしたー
……
。そして申し訳ないんだけど、私この通りめちゃくちゃ元気でして、それについてはご期待に添えず、本当にごめん」
ふたたびの謝罪。もう何に謝っているのか分からないめちゃくちゃな謝罪だ。ここが学校なら謝らなかったかもしれないけれど、公共の場なのだから仕方がない。衆人環視のなか揉め事を起こしたくはない。
今度は謝罪で正解だったらしい。爆豪くんから大きな大きな舌打ちが返ってきたところで、私たちが乗る電車がホームにすべりこんできた。
うっかり乗車時にはぐれてしまえばよかったのだけれど、満員電車のなか、結局はかろうじて小声で会話くらいはできるくらいの距離におさまってしまった。いっそ会話もできないくらいぎゅうぎゅう詰めだったら、さりげなく解散して音楽でも聴くのに、と思うものの、そこまででもないのが憎らしい。
これではまるで、一緒に登校しているみたいだ。いや、実際、一緒に登校しているのかもしれない。一緒のようにも別々のようにもとれる微妙な距離。なんというか、困ってしまう。
爆豪くんは、むっつりと押し黙っている。仕方なく、私の方から小声で話しかけてみた。
「雄英もブレザーなんだ。爆豪くん、ブレザーも似合うね。すでに着こなしてる感じあるよ」
実際には「どんな服でも着崩して自分のフィールドに持ち込むんだね」が本音だけれど、そこはもう私だって高校生なので、オブラートに包むということくらいは知っている。余計なことを口にして、さっきの今でまた怒鳴られたくはない。
そんな私の誉め言葉に、爆豪くんはまんざらでもなさそうに鼻を鳴らす。
「当たり前だわボケ。つーかてめえは何なんだよ。高校デビューか」
「え?」
「陰キャやめたのかって聞いてんだ」
言葉とともに爆豪くんの視線が下がって、それで私も爆豪くんの言わんとするところを理解した。
爆豪くんの視線の先には私の足、ではなく、制服のスカートがある。
「スカート丈の話? ああ、まあ花の女子高生だしね。さすがに中学みたいなスカート丈で地下鉄乗るの恥ずかしいし。どう? 似合う?」
そう言いながら満員電車の中、もぞもぞと体を動かしスカートの裾を少しだけつまんで見せた。爆豪くんはまた鼻を鳴らす。今度は完全に馬鹿にしたようなニュアンスだった。
「ハッ、何着てようが根暗は根暗だろ、調子乗んな」
「社交辞令でもそこは褒めてよ。似合う? とか聞いた私が馬鹿みたいだから」
「ありえねえだろ」
「一言似合うっていうだけでいいのに?」
「まじでありえねえだろ」
爆豪くんが私を褒めるなんて有り得ないと分かっているので、文句を言いつつも私も腹を立てたりはしなかった。私から爆豪くんに対しての期待値は恐ろしく低い。
それからしばらくどうでもいい話をしたり、しなかったりした。爆豪くん相手だと、私が話さなければ即座に会話が終わってしまう。だから会話の中で沈黙が続くということもざらにある。
とはいえ沈黙を作っているのは爆豪くんの方なのだから、そのことに対して私が申し訳なく思ったり気まずくなることもない。そう考えると、爆豪くんとの会話は楽といえば楽だった。気を遣ったり遣われするのが分かってしまうというのが、話していて一番つらい。
爆豪くんは私と一応会話らしきことをしながらも、平気で携帯をいじったり私の言葉を無視したりする。潔いというか、すがすがしすぎていっそウケてしまう。私への興味関心がゼロか。
爆豪くんは多分、私のことを喋る肉塊くらいにしか思っていないのだろう。さっきの連絡云々にしても、多分私ごときが連絡してこないとか逆にむかつく、というような感じなのだと思う。
そんなことを考えながら、
「それにしても男子と話すの久しぶり」
思い付いたことをそのまま、私は口にした。どうせ爆豪くんは大して聞いていないので、こちらの話題の選び方もそれなりだ。
「春休みも女子としか遊んでないし、私の高校女子高だし」
「ハッ、クソみてえな学校だな」
これは女子しかいないことへの評価だろう。爆豪くんにしてみれば、それはそうにちがいない。
「そうかな? 女子校なかなか楽しそうだよ。それにみんな真面目だし、女子ばっかりだから気楽だし」
「やっぱクソじゃねえか」
ばっさり切り捨てられ、思わず苦笑した。けれどこの環境こそ、私にとっては天国だ。荒れていないし、校内でむやみやたらと個性を使う生徒もいない。折寺中との文化度は、それこそ雲泥の差だ。
そこを考えれば、爆豪くんの通う雄英だってそうだろう。なにせ倍率三百倍、全国から優秀な学生が集まってくるのだ。爆豪くんのような多少の例外はあれど、普段の素行が悪いような生徒がほいほい入れるような学校ではない。
「雄英はどう? やっぱすごい人たちの集まり?」
私の問いに、なぜか爆豪くんはつかの間沈黙した。眉間に深い皺が刻まれ、私はまたしても何やら失言してしまったのかと冷や汗をかく。
入学式をのぞけば、爆豪くんだってまだ一日しか登校していないはず。それなのに、もう学校でトラブルを?
「爆豪くん
……
?」
「
……
モブばっかだわ」
少しして、ようやく爆豪くんが言った。返事があってほっとするのと同時に、思うところのありそうなその言い方に、すこしだけ戸惑う。あの爆豪くんにかぎって、雄英入学初日から壁にぶち当たった、なんてことはないと思うけれど
……
。
とはいえ、あまり刺激しない方がよさそうな話題ではある。私は微妙に話題をずらした。
「雄英までいってもなお周りをモブ扱いなんだ。相変わらず傲岸不遜というかなんというか」
「てめえ馬鹿にしてんのか?」
「そういうわけじゃないけど。入試一位は強気だねって言いたいの」
「たりめーだろうが」
爆豪くんが入試一位というのは、風の噂で聞いた話だ。否定しないということは事実なのだろう。
そういえば緑谷くんも、爆豪くんと同じく雄英高校に合格したんだったっけ。ヒーロー科は二クラスしかないというから、もしかしたら緑谷くんと爆豪くんは、今年もまた同じクラスなのかもしれない。
沈黙を挟みつつ、さらに別の話題を振る。
「私と爆豪くんが同じ電車ってことは、やっぱりどこの学校でも同じくらいの始業時間なんだね」
入学前にあらかじめ、通学経路とラッシュ時間の確認はしておいた。登校時間まではまだ少し余裕があるが、これよりあとの電車はさらに混む。乗り換え含め四十分も電車に乗っているとなると、多少早起きしてでも楽な電車に乗りたい。
「私もこの時間の電車がいいなと思って。考えることはみんな一緒だね」
「
……
どうでもいいわ」
「どうでもよくないよ。爆豪くんもこの時間なら、これからも一緒に登校することあるかもしれないでしょ」
「は? 俺がこの時間の電車乗るならてめえはずらせや」
「理不尽
……
。同じ電車に乗るくらい我慢してよ」
「うるせえ指図すんな。いっそ今すぐ電車降りろ」
「本当に無茶苦茶言うし」
と、カーブで電車が大きく揺れた。車内で立っていた人たちみんなが、大きく波のようによろめく。ついでに私もよろめく。そしてよろめいた先にいた爆豪くんの胸に、私の顔が思い切りぶつかった。
「うわっ、とと」
一応爆豪くんの胸に顔より先に手をついたけれど、見ようによっては私が爆豪くんの胸に飛び込んでいったように見えなくもない。
これはたぶん、怒られる。
即座に判断し、先手を打って謝ることにした。
「ごめん、体勢崩した。ぶつかっちゃったけど痛くなかった?」
「て、てめえ
……
」
ちょうど電車が駅に到着したところだった。人の波に流されるようにして電車を降り、ホームに立った瞬間、爆豪くんの怒号がホームに響いた。
「何ふらふらしとんだ! ちゃんと気ィ入れて立てやひ弱が! 何のために二本も足持っとんだあ゙ァ!?」
「ひえっ」
まさかのマジ切れだった。そこまで怒ることだろうか。そんなに私と接触したくなかったのか、と思うとなんだか気力が萎えてくる。私だって、いきなりぶつかって悪いとは思っている。
「そ、そんなに怒らなくても
……
。カーブなの忘れてたんだよ、ごめんってば」
「つーかてめえごときがぶつかってきても痛ェわけねえだろナメんな!」
「あ、そういう怒りなんだ」
私と同じ制服の女子たちや、爆豪くんと同じ制服の人たちが、ちらちらと私たちのことを気にしながらも無言で通り過ぎていく。雄英生も夢咲女子の生徒も、皆一様に関わり合いになりたくなさそうな顔をしていた。当たり前だ。私が彼らの立場だったら、絶対そそくさと逃げ出す。
高校入学二日目にして、こんな目立ち方はしたくなかった。そう思うものの、怒鳴られているだけで手を出されていないのだからましだと思ってしまうのは、あまりにも爆豪くんの傍若無人に慣れすぎた感覚だろうか。学校の最寄り駅のホームで襟首掴まれなくてよかったなあと思ってしまう自分が悲しい。
爆豪くんの怒鳴り声はまだ続いている。その声を聞き流し、私は朝のさわやかさには似つかわしくないため息を吐いた。
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