外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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***
PM 8:00
ロンドン・エディション・ホテル__ラウンジ




開口一番にジュワイユーズ・イシュタリテは、


「__黒き高貴がまさか、こんな俗っぽい牡馬とは」


と俺に言い放った。
おーおー何だとこの野郎。俺は爽やかイケメンスマイルでいつも通りに受け流し、

「ほ〜ら、現代の黒き高貴はシティ派だか〜ら♡」

横から肘が飛んでくる。俺の脇腹にクリーンヒット、痛みに少々嘶いて、俺は涼しげな表情のままの彼をチラリと見た。

……お会いできて光栄です。輝ける明星の遣いよ」 ジェームズがそっと右手を差し出す。ジュワイユーズは細い手を返した。
「よくご存知だな、ミスター・ワトソン」
「馬子の事はそれなりに知っているつもりです。相棒がこれなもので」
「あっ!! 今俺のこと『相棒』って言った〜!!」
……ああもうやかましい! ちょっと黙れ!」
「痛ぁ!?」

おもっくそ俺の尻尾を引っ張るジェームズ。千切れるかと思ったが、流石に丈夫な俺の尾はそのまま腰から生えてくれていた。
ロンドン・エディション・ホテルは、この高級ホテルがひしめき合う中でも群を抜いた高級ホテルだ。あの超有名マリオット系列なのだから当然ではある。
普段ならばスコットランドの田舎に引っ込んでいるはずのイシュタリテ卿がわざわざロンドンまで出張ってくるとは、随分何か気にかかる事でもあったのだろうか? 俺は疑問に思いながらラウンジの椅子に腰を下ろした。ホテルのラウンジと言っても最早その枠は平気で超えている内装だが。ついには馬子のウエイターが滑るように紅茶を運んできた。どうやら彼は随分とこのホテルを贔屓にしているらしい。

「ミザリーから連絡を貰いました。明後日まではロンドンにおります。聞きたいことが有れば、ご随意に。ミスター……いや、アンシーリーコートよ」
……見えるのですね」 ジェームズは軽く目を伏せ、湯気を立てるティーカップをそっと持ち上げた。
「それなりに__とは言っても、全てではありません。貴方ほどならば全てが見えるでしょうが、私は馬子だ」 イシュタリテ卿は含みのある視線を俺へ向けた。「しかし、あのロジェールマーニュ・ハイドノーブルの父君、と聞いていたが、似ているのは容貌だけか」
「んだよ、いちいち癪に触る言い方だな〜。俺の息子にケチつけようってか?」
「まさか! 彼は純血でないのによくやっている」
「あ?」

言葉の真意が分からず一瞬困惑したが、多分これは言葉通りに受け取って問題ないのだろう。ジェームズが軽く頷いているのを見て俺はジュワイユーズへもう一度視線を向けた。

「しかし貴君は当代の黒き高貴、その代わりとして、ノブレス・オブリージュの一つも果たさず、ミスター・ワトソンと探偵ごっこか」
……イシュタリテ卿。シャルは」 珍しくジェームズが少し声を荒げた。「シャルは貴方が思うような馬子では」
「__お赦しを、アンシーリーコート。ただの戯れです。……とはいえ。使われる側に回るとは。いや……これも時代の流れというものか? そもそもハイドノーブル家は最初から〝女王〟の軍馬だった。使われる側であるのは道理か」

ぶつぶつと思考に耽っているジュワイユーズは確かに学者肌なのだろう。こうして放置しておけば勝手に思考を繰り広げていく。俺はそこに名探偵の面影を見る。今はいない彼。神秘を明かしたという不朽の名探偵。その影を、見る。
俺とは違って繋がりがあるわけではないはずだが、イシュタリテ家もまた黒の一族__即ちハイドノーブル家に首を垂れ、膝を折った一族であればこそ複雑に思う所もあるのだろうと俺は思った。

「しかし何故私が件の『真珠』に関わりがあるとお思いになったのです? 原初の泡よ」
……貴方はケンブリッジ大学で天文学の教養講座を受け持っているだけではなく、ミステリー研究会と繋がりがおありだ。人嫌いという割には顧問までなさっている。それも二十年以上」
「一つ語弊があります。私は人が嫌いなのではありません。寧ろ人間には感心します。彼らは我らよりも短い命を燃やし、凄まじい速さで社会を作り変えてゆくのですから」

ジュワイユーズはそう言って往来の人々へ視線を向けた。

「__私が嫌いなのは、『ヒトと交わって純血を棄てた馬子』ですよ。人そのものに嫌悪の感情はありません」
……それは。何というか__」
「難儀な話だと思うでしょう?」

ジュワイユーズの表情には明らかな後悔が滲んでいた。俺はそこにミザリーと似たものを感じ取る。彼は己の心に正直すぎるのだ。

「話を戻しましょう。確かに私はミステリー研究会の顧問を押し付けられています。ですが、私は彼らから提出された書類に署名し承認するだけで、残念ながら彼らと関わることは殆どありません」
「では、貴方の受け持つ講座にこの三人は出席していましたか?」 ジェームズはミザリー以外の三人の写真を見せた。
「ふむ……記憶力には自信があります。少々お待ちください」
「自信があるったって、すっげえ広い講堂とかで何百人も相手にして講義すんだろ? 流石に__」
「ははは! いや、残念ながら人気者ではないのでね。そんなことはない。確かにいました。この三人__特にこのアリスティアラ・イーグルアイはよく覚えています。彼女にはこの世ならざる才覚を持っていました。馬子の身でありながら魔術師の才覚を持ち合わせていたのです」
「!」

俺たちは目を見開いた。総じて馬子は『幻想を見放した存在』であるがゆえに妖精と語り合う能力が失われていることが多い。見えても声は聞こえない__という者が殆どだ。俺も実際最近までそうだった。ジェームズと一緒に行動するようになってから徐々に妖精たちの鳴き声(流石に妖精言語はわからない)のようなものが聞こえる。
今もジャケットの内ポケットに隠したエマの抗議する声が聞こえた。流石にそれはジュワイユーズにも聞かれているような気がするが。

「彼女は星を読み解き、星の力を介して魔術を使う__古代魔法の一種ですが、所謂『惑星魔術』の使い手です」
……莫迦な! イナンナだと!?」
「イナンナ? 誰? 有名なん?」

俺は慌てるジェームズに視線を向けた。ジャケットの中で暴れているエマをそっと抱えるように胸元に手を添える。不服そうに「き゛ゅ゛~~」と呻いているのが聞こえる。

……古い女神の名だ。天体魔術は使えるものが極端に少なく、殆ど女性しかいない。故にその名で呼ばれることがある」

ジェームズは美しい顔を歪め、激しく狼狽した様子で続けた。

……だとしても有り得ない。馬子だぞ? 未解明の惑星魔術__即ち、投影の奇跡を操っている!? 一体どんな冗談だ……
「私も全てを知るわけではありません。しかし、それは確かでしょう。魔術に明るくなかろうと、幻想と語らう力を持たずとも彼女の異質さは容易に気取れます」

ジュワイユーズは陶器が触れ合う音を立てぬよう、慎重にティーソーサーにカップを戻した。

「我が家はその名の通り、イナンナと関りを持つ家系です。一方でイーグルアイ家はそうではない。女神は気まぐれでいらっしゃるが……何故アリスティアラを選んだのか、私には理解できません」
「まあ、そうだわな。馬子だし」 俺は同意した。だが流石にこれ以上この場で議論を重ねるには時間が経ちすぎている。
「原初の泡よ。後日221Bにお伺いします」 ジュワイユーズが唐突に呟く。紅茶が亡くなったからか、と俺は彼をじっと見た__「これ以上小さなレディをつまらない話に巻き込むのは、可哀想でしょう」
「うっ」

俺は思わずジュワイユーズと内ポケットのエマを二度見した。エマは相変わらず不機嫌そうに顔を顰めて俺を睨みながら唸り声を上げている。どう見たって威嚇されていた。

……では、明日。できれば午前中に221Bにお越しください。恐らく明日になれば、ハイドヘカチェリーナ・アマネセール女史から資料が届くはずです」
「え!? ジェームズお前いつヘカチェに頼み事なんかしたんだよ~そういうのは俺に頼めよな~!?」
「調子に乗るな。宜しいですか、イシュタリテ卿」
「構わない。それに……
「何だよおっさん。まだ俺に文句でもあんのかよ」
「いや。〝旭日〟と呼ばれているだけあるな、と思っただけだよ」


***