外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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__泡泳竜。
それは和名で『クシナダヒメ』と日本神話の姫様の名がつけられた、日本近海にのみ生息する海竜の一種だ。時にはアンシーリーコート、即ち原生神秘__原初の泡とも混同されている程、ジェームズに近い所謂『近縁種』というやつである。
俺はジェームズの手の中でじっとしているその幼い竜を凝視した。銀にも青にも見える髪の毛のような鰭。身体は細長く、ラブカと呼ばれる深海ザメにどこか似た風貌であるが、つるりとした肌はイルカやシャチを思わせる。細長い体の中腹から突き出た四つの腹びれは、古代に生きた恐竜をどこか彷彿とさせた。
様々な時代、生物、どのカテゴリにも当てはまらない泡泳竜というその仔は、俺の方を大きな瞳でじっと見つめて「きゅう」と高い声で鳴いた。

「か」
……か?」
「かわいい~~!!!! 天才的な可愛さ!!!! ハイ可愛い!!!!」
「ぴ゛え゛~~~~!!!!」 幼子は俺の大声に驚いてしまったか、びたびたと鰭をばたつかせて泣き出した。
……シャル! やめろ! 怖がっているだろう!?」
「ご、ごめんってえ……ああ……でもめちゃくちゃかわいいなぁ……

スナメリのような丸みのある顔立ち、大きな瞳。幼子特有の高い声。仔猫を愛らしいと思うように、動物の赤子とはどうもこうとんでもなく可愛らしいものか! 俺は緩みきった顔をジェームズに向けた。

「名前、どうするよ」
……エマ」
「いくらなんでも即決すぎるだろ」
……泡泳竜は牝しかいない。女性名から選ぶなら選択肢はそう多くはない」

ジェームズの言葉を分かっているのか分かっていないのか、『エマ』と名付けられたその仔は首を傾げている。

「それに、エマなら……漢字も当てやすいだろう」
「ああ__ね」 俺は神社で願いを書き連ねてぶらさげる五角形の板を思い出していた。
……いや、そんなことよりも! とんでもない話だぞこれは。四人に『瑠璃色の真珠』を送り付けた犯人は、ヴェルヌ条約に違反して固有幻想種を第三国に密輸したという事だ」
「ヴェルヌ条約? 何それ」
……ジュール・ヴェルヌ条約。海底二万マイルの作者の名だが、彼は幻想種の研究者としての側面も持っていた。彼は幻想種にも『固有種』がある事を発見し、その固有種を保護し、第三国へ移送する事を禁止すべきだとした。各国の神秘秘匿機関は彼の提案に同意し、英国、日本、アメリカ、スウェーデンなど、現時点で四十二か国が加盟している」
「成程なぁ、つまりあれか。ワシントン条約の幻想種版」
「そういうことだ」
「でも犯人の目的が泡泳竜の密輸なら、なんで四人へわざわざ狙って? つか、これ他の真珠もまさか全部泡泳竜の卵なのかよ? 彼女らに孵してもらって、孵ったら強奪? 手間ばっか掛かるし面倒くさすぎるよな。そんなことしてる間に足が付くだろ」
……ミザリーに有精卵が渡った、ということに意味があるのかもしれない」

俺が持っていて卵が孵ったというのも妙な気分だ。親鳥の気分が少しだけ分かった気がした。
馬子は人間よりも体温が高いので、人間から見ると常に微熱気味ぐらいの体温なのだという。かくいう俺も平熱が三十七度超えだ__卵を温めるにはちょうどいい温度だったのかもしれない。

「ジュワイユーズに連絡ついたわよ。今日の夜八時、ロンドン・エディション・ホテルのラウンジに来い、だそうよ__え? ……そ、その魚何!? どこから出したの!? 待っていて頂戴、桶を持ってくるから!」

慌てふためいてミザリーはスリッパの音を響かせながらバスルームへ向かった。程なくしてプラスチックのどこにでもありそうな桶が登場する。浅めに水が張られていたので、ジェームズはそっと生まれたての泡泳竜こと『エマ』を桶に移した。

「こ、この魚は、何?」
……話すと少々、長引くのだが」 
「俺が話すよ。だ~いぶこんがらがってるけどな」

ジェームズの人差し指をちゅうちゅう吸っているエマを眺めつつ、俺は口を開いた。全部説明し終わった頃にはすっかりミザリーは頭を抱えていた。

「待って、どこから考えればいいのかしら? 幻想種? 泡泳竜? しかもジェームズ、貴方……貴方人間じゃないの!? 七十年生きてきたけれどこんなこと初めてよ! 御伽話の住人を目の前にしているなんて__ああ、神様! なんてこと!」
「馬子もじゅ~ぶん御伽話の住人みたいなところあるけどなあ」
「馬子は兎も角でしょう! 確かにジュワイユーズが馬の姿に変身する所は……何というか、その。若干どころではない程__」
「御伽話っぽかった?」
「ええ、そうね……でも信じ難いわ……卵だったなんて。じゃあ他の三つも卵なのかしら? 貴方のお姉さんかもしれないわね」
「ぎゅう」

ミザリーがそっと指先でエマを撫でる。エマは妙な声を上げて恥ずかしそうに液面の下へ引っ込んだ。

……ミザリー、マクシミリアン・オフェムという人物をご存知ですか?」

ジェームズが唐突に切り出した。確かに彼もまたミザリー・シュピッツナーという人に関わりがある。それだけではない。『瑠璃色の真珠』が竜の卵である可能性を指摘したのは他でもない彼だった__。俺はそれを思い出し、ふと思う。

(オフェムは、『瑠璃色の真珠』を盗むためにキャサリンと……?)

漫画じゃよく見るハニートラップだが、実際にそれをやる奴があるか、と俺は思う。さすがに穿った見方をし過ぎているだろうか?

「ごめんなさい。分からないわ。その方にも真珠が?」
……いえ。彼は貴女が受け持つロンドン大の公開講座にいるんです」
「今絶賛浮気の疑いでカノジョに絞られてると〜こ♡」 俺はついでに奴の悪行を暴露しておいた。
「まあ! いただけないわね。でもその彼もまた……この真珠騒動の関係者なのかしら」
……キャサリン・ドーベルと繋がっている可能性があります。ご存知ですか? この女性ですが」
「知っているわ。『The sign of Four』という映画、ご存知?」
「四つの署名だろ? 今話題の」
「そう。私ね、今も昔もホームズが大好きなの。偶然試写会のチケットが当たって、試写会に行ったのよ。そこで彼女を見たわ」
「試写会のチケットが当たった……」 ジェームズはその言葉を反芻した。ミザリーが「ええ」と嬉しそうに答える。
……会場に件の真珠が届けられた四人がいた。演者側にキャサリンが、試写会に来たのはミザリー、ユリカ、アリス。恣意的にチケットを……?」
「キャサリンに話を聞ければ早いんだがなあ」 俺は背もたれに体を預けて呟く。俺の言葉に苦笑したジェームズは、
……ダメ元でイシュタリテ卿に頼み込んでみるか?」
「ありかもな」

俺たちのやり取りをエマとミザリーは不思議そうに眺めていた。何となく同じ表情の二人が、祖母と孫に見える。