外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/
https://x.com/asnshk_0108


***



学術課へ出向く以前の問題まで進捗が後退し、俺はやってらんねえと地下鉄を出て近場のCOSTA coffeeに入ってカフェオレを注文した。通りに面したテラス席に一人腰かけ、地下鉄で買った新聞を片手に相棒__ジェームズへと電話をかける。

「莫迦な! シルヴィが逮捕!? 一体彼女は何をやらかしたんだ!?」
「いや~~……実はさ~~……

俺は今までの次第を全て説明した。言葉と一緒に何か陶器を落としたような衝撃音と、驚いた声を出す幼子の声が聞こえる。ジェームズは数秒間の沈黙の後、深々と肺にため込んだ二酸化炭素を全部吐き出す勢いで溜息をついた。

……信じられない。何てことをしてくれたんだ! これでは犯人の思うつぼだ!」
「え? 待って。どういうこと? 俺何もわからないんだけど」
……冗談は止せ。分かっているはずだぞ、シャル」
「しゃる~~、かえりにシアトルズベストでシナモンロールかってきて~~」
「は~~い♡ ってそうじゃなくて!! いやマジでどういうこと!? 馬鹿にも分かるように説明してくれよ」

俺は混乱した頭でスマホに向かって捲し立てた。深い溜息の後ジェームズは重々しく口を開く。

……犯人の目的は二つ。一つ目はシルヴィに罪を犯させ異端審問にかけること。二つ目は今までの証拠を消す時間を稼ぐことだ」
「そうか! 真犯人は泡泳竜に関する事をシルヴィに知られるのは都合が悪い。シルヴィは神秘管理局の職員だ__しかも元魔女狩りなら、管理局の一般職員が知り得ない情報を多く知ってる可能性がある! 異端審問で裁き、シルヴィを封印する__そうすりゃあ真犯人はのうのうと逃走できるってわけだな」
……それだけじゃない」 ジェームズは深刻そうな声音で続ける。「キャサリン・ドーベルを害したことが、『絞首』という点が最悪だ。ユリカ・コリンスの死についてもシルヴィの犯行とみなされる可能性が確定した! ……加えて人魚連続殺害事件が終わっていない。実行犯の死、そして壁のダイイングメッセージ__」
「あぁ。『キリル』だとよ。……なあ、マイ・ディア__これ、ヤバくないか? 犯人は随分と用意周到だぜ。シルヴィを徹底的に陥れようとしてるよな」
……キリル? 待て。シャル__キリルだと?」
「お、おう。確かに『キリル』だって、バレルは言ってたぜ」

ジェームズは激しい動揺を孕んだまま、静かに告げた。

……有り得ない。奴は129年前、処刑されたはずだ」
「え? 処刑? ……キリルが?」
……そうだ。キリル__奴は、『幽閉の魔女』。
シルヴィが魔女狩りとして最後に処刑した、刑罰冠名の魔女、そのうちの一人だ」


動悸が止まらない。冷汗が吹き出す。129年前__1889年に死んだはずの魔女。シルヴィが殺したはずの魔女。
俺は相席を許した覚えなどなかった。そもそも、こんな真昼間からこんな目立つ容貌の青年がいて、誰も気に留めないなんて有り得ない。
黒曜石のような黒い肌。シルヴィ同様に尖ったエルフのような耳。銀色にも金色にも見える長い髪の毛。肌に刻まれた文様は銀色に輝き、薄い黄金色の瞳が俺を真っ直ぐに捉えている。まるで夜に輝く白色矮星が降りてきたかのような錯覚すら覚える。

間違いない。
俺の目の前にいるのは、『幽閉の魔女』__キリルだ。

ジェームズが「……おい、シャル? シャル!?」とスマホ越しに叫んでいる、その声が随分はるか遠くに聞こえる程度には、俺は目の前の美しい青年から目が離せなかった。


「紅茶は、いつの時代でも美味しいね」


彼は歌うように言って俺の手からスマホを奪い、ぶつりと通話を終了した。
俺が飲んでいるのはカフェオレで、紅茶ではないはずだ。ふと手元を見る。俺の手にあるのはCOSTAの使い捨てカップではなく__白いティーカップ。
周囲の景色はガサガサと音を立ててノイズで覆われ、遂には白い薔薇がふわりふわりと花開き始める。
これは現実歪曲だ。そこにいるだけで現実を犯し、神秘で上書きし、己の色で俺をも辱めようとする。意識の改竄。意識の歪曲。強烈な現実の改変。
こいつはヤバい。死ぬ、と本能が警鐘を激しく鳴らす。

「僕が怖いかい? シャルルマーニュ・ハイドノーブル」
……ッ、ハッ……

息が上手く吸えず、俺は手に持っていたティーカップを落とす。音もなくキリルは鼻先が触れ合うほどの至近距離に近づき、次の瞬間俺の唇へ、己の唇を柔らかく重ねた。

「__! ……ぅ、~~~~ッ!?」

口腔内に舌が侵入し、平気な顔で酸素を奪いとって神経を、感覚を、肉体の制御さえ奪い取る。

「ねえ。教えてくれないか」

首筋に指が這う。鎖骨を撫でられる。

「__窒息しそうな思いの果てに……君が何を願うのか」

耳元で囁かれる声が痺れるように脳天を突く。頬をそっと撫でられ、再びトパーズの瞳が陶酔する俺を捕まえた。

「お、おま……、え……、一体__」
「何がしたいのか? と問うつもりかい。面白みのない質問はしないでくれ」

首筋に噛みつかれる。経験したことのないその感覚に抗えず、俺は彼の白いシャツを掴んだ。

「ねえ。シャルルマーニュ・ハイドノーブル。黒よりも黒い輝きで夜を照らす、極光の君よ」
「__ッ!! やめろ!」

俺は彼の細い体を勢いよく突き飛ばした。そんな俺の態度は牙城にもかけず、彼は実に楽しそうな顔で、

「おっと。フラれてしまったか」

と言って微笑んだ。

「お前……確か、キリル、とか言ったな。一体何がしたい!? 何故生きてる!? シルヴィがお前を殺したと__」
「君の相棒がそう言った。だから信じているのかい」
「それは」

俺は確かにジェームズを信じている。あいつが俺を騙すことがないのは経験則で知っているし、何よりも俺がジェームズを信じていたいのだ。
シャーロック・ホームズの右腕であり、今はもう名探偵の役目を引き継いだ、たった一艘の彼を。

「でも僕は生きている。シルヴィアウッドが手心を加えた? あり得ない。彼女は僕を本気で殺しに来ていた。本気の殺意だったとも」
「じゃあなんで__」

俺の言葉を遮ってキリルが口火を開く。恍惚の滲む声音、陶酔を誘う指先、眩暈が止まらない俺は椅子の背もたれに手をかける。
黒いガーデンチェアとテーブルのセット。白いガゼボ。それを囲むように咲き乱れる季節外れの白い薔薇。
俺は瞬時に理解する。

「肉体は匣に過ぎない。本質は魂だよ。僕は僕自身の魂を別の場所に幽閉している。匣を変えれば如何様にもできるということさ」
「幽、閉……

指先が、足元が黒い墨の沼へ手足を突っ込んだような黒に染まっている。墨はじわじわと広がり、遂には右手が真っ黒に染まった。

「お前……!! お前が、おばあ様を!」

俺はキリルの胸ぐらを掴んだ。小柄な彼は爪先立ちに、しかし余裕そうな表情で俺を見つめている。

「誤解だ。僕は確かにヴィヴィアン・ノーブルを再臨させる方法を教えたけれど__実行に移したのは当時のハイドノーブル卿の意思だ。僕は聞かれたから教えたに過ぎない」
「だがこの景色は! おばあ様がただ一人、数百年もの間たった一人で根を下ろし続けた場所だ! 彼女を閉じ込めたのはお前だろう!?」
「そうだよ。請われたからそうした」
「おばあ様に、か? __誰よりも自由になりたかったはずの彼女が!?」
「わかっていないね。シャルルマーニュ・ハイドノーブル」

キリルは冷ややかに俺を一瞥し、胸ぐらの手を振り解いた。

「自由とは終わりのない牢獄だ。在るべき場所も、帰るべきところも定まらぬ牝馬が、簡単に立ち入れる場所ではない」

そっと俺の右手を取り、キリルは恭しく口付けた。
冷たい唇の感触が火傷のようにはっきりと残る。

「だがもしも君が我々の元へ、永遠へ足を踏み入れる覚悟があるのなら……いや、残念。時間切れだ」

また会おう、黒い太陽。
瞬きの間にキリルはその場から立ち去った。気配も、景色も、全てが元通りに戻る。
時計を確認すると数分どころか、時間がそもそも経過していない。あれが一瞬の幻覚だったとでもいうのだろうか? そんな生ぬるいものを見せられたとは思えない。
俺の右手には、彼が残した口付けの感触が__いまだに消えず、冷たく刻まれていた。