外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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翌日
__ベイカー・ストリート221B 一階 カフェ・ドイル




「はぁ!? オフェムが死んだぁ!?」
「声が大きいのよ、この驢馬!」

ヘカチェはなぜかスリッパで俺の頭を引っ叩く。どこから出したんだよ、と思うが、多分しょっちゅう方々から損害賠償請求されている義兄をどつき回すのに必要なのだろう。

……ところで、どうしてワトソン先生はまたバケツに入っていらっしゃいますの?」
「ああ、それは__」

俺はそっとジェームズの入ったポリバケツを覗き込んだ。ぐるりと器用に尾鰭をバケツの壁に沿わせ、そうして中央に作られた空間の中で一回りほど小さな海竜がすやすや眠っている。

……やっと寝たんだ。起こすなよ」
「わかってる。そ〜っとな」 俺は以前とは違い、わざわざ両手でバケツを抱えてキッチンを出て、ヘカチェが座るカウンター席の横に置いた。
「ワトソン先生が増えていませんこと?」
……ミス・アマネセール。別に私が細胞分裂したわけではありません。件の真珠はただの真珠ではなかった」
「まさか」
……ええ。『瑠璃色の真珠』は『泡泳竜の卵』でした。ミザリー・シュピッツナー女史が持っていた真珠から、この仔が」
「嘘、でしょう……? ……命知らずにも程があるわ。ですが、……泡泳竜を盗んだということは十中八九日本からでしょう。すぐに調べます」
「なあジェームズ。お前の見立ては?」
「イシュタリテ卿が無関係とは思い難い。彼がかは兎も角、何者かが背後で誰かが糸を引いている。これはかなり大規模な国際犯罪だ」
「糸を……嫌な響きですわ。自分の手は汚さずに他人にやらせる。クズの極みですわね」
……今の時点で確実に言えるのは、オフェムは本当に浮気していなかった、ということです。もし彼がシルヴィを愛さず他の女に現を抜かしていたならば、彼が泡になって消えた……死んだはずはない。犯人はオフェムのシルヴィへの愛を知ったうえで、伝承を強く宿す種の彼に効く、最悪の殺害方法を取った」
「シルヴィに虚偽の浮気の証拠を見つけさせ、オフェムへの思いを揺るがせる。……そして真なる愛を得られなくなったオフェムは泡になって消える__ってことか」

何と残忍な遣り口だろうか? 犯人は凶器を用いていない。即ち一切手を汚していないどころか、シルヴィに殺させたようなものだ。彼女があまりにもいたたまれず、俺はごぼごぼ音と泡を立てているサイフォンから目線を逸らした。
自分のマグに移して一口飲めば、そのコーヒーは驚くほど苦く煮詰まっている。いつまでも舌の上で苦みが主張し続けていた。

……事件の解決も重要ですが、この子をいるべき場所に返したい。ミス・アマネセール、手伝って頂けますか」
「それは勿論構いませんけれど……宜しいのです? その子、随分ワトソン先生に懐いてらっしゃる様子ですけれど」
……それは……どうなのでしょう。分かりません。そもそも泡泳竜は生まれた瞬間から独りで回遊を始める。何も知らぬままに」

ジェームズは己の尾鰭で抱く、揺籃に眠る仔を一瞥しどこか寂しそうに続けた。

「偶然私たちの手で生まれた。偶然の出会いです。本来であればこうして傍にいる事自体が有り得ません」
「分かりました。ワトソン先生がそうおっしゃるなら、わたくしはもう何も言いませんわ」
……感謝します。それとレディ、頼んでいた件はいかがでしたか」

俺はマグのコーヒーを牛乳で割って、角砂糖を四つほど投げ入れ電子レンジに突っ込んだ。

「まず、ユリカ・コリンスさんですけれど__」 ヘカチェはタブレット端末を操作しながら答えた。「駄目です。連絡がつきません」
「キャサリン・ドーベルは?」 俺はヘカチェにチャイを出してやりながら問うた。
「奇跡的にマネージャーと連絡がついたけれど、彼女自身と接触するのは絶望的。事件との関係性を仄めかしても駄目だった。彼女はその……何て言うか」
「何て言うか?」
「ああ、ごめんなさい。彼女って言ってもマネージャーの方。キャサリン・ドーベルのマネージャー……まるでキャサリンを信奉してるみたいで……彼女に対する信仰を感じてちょっと怖かったのよね」
「信仰、ねえ……

俺はその言葉に薄ら寒いものを感じ取った。ひやりと背中に氷を近づけられたような冷気を覚え、思わず片手で背を摩る。

「オフェムも物語を宿していた。人魚姫は真実の愛を得られなければ泡になって消える。これを強く信じることも信仰の一つだよな」
……レディ、キャサリン・ドーベルは本当に人間なのでしょうか?」
「ごめんなさい、そこまでは分かりません。仮にキャサリンが幻想種だとして、オフェムも剝げる直前まで擬態が異様に巧かったことを考えると、何者かが変態魔術をかけているか、擬態薬を使っているか__いずれにしても第三者が介在している可能性はあると思いますわ」
「なあジェームズ。幻想種のヒトや馬子への擬態ってどうやって見破るんだ?」
……普通は魔力の揺らぎで見破る。それさえ偽装できるならば体温だ。種にもよるが、幻想種は人間や馬子よりも遥かに体温が低い」

もぞもぞとジェームズの尾鰭の中で泡泳竜の仔が__エマが動く。ゆっくりと目を開き、彼の真似をするようにバケツの縁に顎を乗せて顔を出した。こうしてみると本当に親子のように見える。ジェームズとは異なりエマの額に角はないが、種としてはもうほとんど同じというか、超が付く近縁種であることに間違いなどあるはずもないのだろう。

「まあ、何て可愛いの……!」
「いの……
「えっ」 俺はその声に思わず反応した。今明らかにバケツからジェームズとは違う声が聞こえた。目を見開いているジェームズはエマを凝視している。「今の! 絶対俺の聞き間違えとかじゃねえよな!?」
……エマ。い、今……
「えま?」


「「しゃ……」」

「「喋ったぁーーーー!!!!!!!!」」


一人と一艘の声が重なり、カフェ・ドイルを上下左右に揺らした。ヘカチェは俺たちの声のデカさに思いっきり耳を伏せていた。



***



少々遅れてやってきたジュワイユーズは、バケツに仲良く収まっているジェームズとエマを見て一瞬呆けた顔をしていた。供も付けずにやってくるとは案外こいつも俗っぽい一面があるらしい。
俺は二艘がおさまったバケツをそっと抱えて、全員で奥まったテーブル席へ移動する。紅茶はポットで、軽くつまめる軽食類をケーキスタンドに乗せて。二人は使い時が間違っていると言いたげな顔をしていたが、場所を取らないのでこれが大変便利がいい。俺は二人と一艘の視線を軽く受け流し、さっと着席した。エマがきらきらした顔をケーキスタンドへ向けている。

「しゃ~う~」
「へいへい、お嬢様~」
……あまり食べさせすぎるなよ」
「分かってるよ」

エマは甘いものが好きらしい。ジェームズ曰く、幻想種は本来学習のためにしか捕食行為をしないというが。個体差がやはりあるようで、エマは俺やジェームズが食べるものに強い興味を示した。

「驚いた。まさか本当に泡泳竜だったとは」 ジュワイユーズも流石に動く泡泳竜を見るのは初めてなのか、心から驚いているのが分かる表情でエマを凝視していた。「しかしここまでよく喋る竜も珍しいですね。ミスター・ワトソンに強く影響されているのでしょうか」
……先日共に眠っていた際髪鰭を齧られました。そこから色々学習した可能性はあるかと」
「それでお前、前髪短けえのか。イメチェンじゃなかったんだなぁ」
……髪『ヒレ』。これは髪の毛という訳ではないと何度言えば」

うねうねと意志を持って動く銀色の髪鰭が器用にアイスティーの入ったグラスを掴んだ。

……それで、イシュタリテ卿。込み入ったお話がおありなのでは?」
「ええ」

ジュワイユーズは先程までの柔らかい表情とは一転、険しい表情になった。テーブルに置かれた四人の写真__彼の視線はミザリー・シュピッツナーに向けられているように見えた。或いは俺がそう思い込んだだけかもしれない。ミザリーの写真の隣には、ユリカ・コリンスの写真がある。

「ユリカ・コリンス……彼女に関して知っていることがあります。その話をするには、あの場は広すぎました」
「ご存じですの? 卿」
「ええ。彼女は__」

突如その言葉を覆い隠すように、何者かがカフェのドアベルが喧しい音を奏でて俺たちの方へ大仰な足音を立てて近づいてくる。俺は慌てて席を立ちその人物を認めた。

「ワトソン先生大変です! 事件です!」

声の主はスコットランドヤードの刑事__バレル・ホークアイだった。俺は間が良すぎるだろと思いつつ「よおバレル」と返す。何でワトソン先生バケツに入っているんですか? と若干困惑した声で聞かれたが、そこは適当に誤魔化しておいた。

「実は先日ヘカチェさんから調べてくれって頼まれて。ユリカ・コリンスさんという会社員の女性なんですが……その、遺体で発見されました。現場は自宅、完全な密室で首吊りです。でも暴行の痕が数か所あって、部屋も荒らされていました」
「それは警察が踏み込むまで完全に密室だった、という意味か?」 ジュワイユーズがバレルを睨みながら呟く。
「そうです。会社を無断欠勤してたみたいで、不審に思った同僚が警察に通報。で、俺とレストレード警部が現場に行ったら……どこの窓も、ドアも鍵が全部掛けられた状態で……密室で……しかも現場は荒らされていたのに犯人の足跡や指紋が一切検出されていません」
「そんな! わ、わたくし__」 ヘカチェは狼狽した様子でバレルに向かって叫んだ。「一体何が起きていますの。オフェムさんも亡くなって……今度はコリンスさんが? しかも密室で?」
「ま、待ってください! オフェム? それ誰ですか? コリンスさんの死に関係が?」
……落ち着け。ホークアイ、順を追って説明する」

ジェームズはこれまでの経緯を全て説明した。エマはきょろきょろと忙しなく周囲を見回しながらバレルの方に首を伸ばしている。ふわふわと揺れるポニーテールが気になるようだ。

「成程……状況はわかりました。でもそれだと神秘管理局がすぐに動きそうな気がしますけど、今回は何も言われていないんですよね……

バレルは勝手にその辺からコーヒーカップを持ってきて紅茶をポットから注ぎ飲み始めた。

「もしかしてそのヴェルヌ条約があるから動けないんでしょうか」
「それ以外でもヤードに通知できない理由があるということだろうな」 ジュワイユーズが言った。「泡泳竜はヴェルヌ条約の保護対象だ。加えて今では日本周辺でしか存在が確認できていない。幻想種を密猟しようという魔術師は少なからずいる__ヤードから情報が漏れる事を恐れたか……
……或いは、別の機関が独自に動いている」

ジェームズは静かに言った。エマがちゅうちゅうとアイスティーを吸っている。しれっとジェームズのスコーンも強奪していた。

「神秘管理局以外の魔術組織ってことですか?」 バレルが言った。「でもマクシミリアン・オフェム__彼は一体何故殺害されなければならなかったんでしょう? シルヴィさんを苦しめるためですか? だったらもう浮気騒動をでっち上げた時点でそれは達成されていますよね。それにこの殺害二件を『瑠璃色の真珠』というものだけで繋げるには、まだちょっと無理がある気がするんですけど」

それは最もな主張だ。俺はジェームズの方を見る。彼の視線はジュワイユーズへ注がれていた。

……イシュタリテ卿。コリンスについて貴方が知っていること、というのは__」
「彼女はそのマクシミリアン・オフェムと面識があったはずです。コリンスは外資系のIT企業に務めていましたが、オフェムもまた表の職責を得ていたのだから」
「それ、シルヴィも同じこと言ってたな」

俺は彼女の発言を思い出す。『彼は表で仕事をしている。堂々と外で会うなら自分も同じように表の肩書を持つべきだ』__と、シルヴィは言っていた。

「それはそうだろう。まずオフェムはコリンスと面識がないはずがない。二人は会社の同僚だったからだ」
「何故それを、貴方が知っているのです? 卿」 バレルが鋭く訝しむ姿勢に入った。
「私とて、情報の網は持っているということだ。馬子の速さを舐めてはいけない」
「なんか釈然としませんけど。まあ、わかりました」
……では、少なくともオフェムもまた、真珠を贈られた四人の個人情報にアクセスする機会はあったということになるわけですね」
「できたかは分かりかねますが、私はそう考えています。彼は『瑠璃色の真珠』__即ち『泡泳竜の卵』を密輸する手助けをした。そして密輸発覚を恐れ、四人へ送り付けた」
「でも彼女らは同じ大学出身で、同じサークル出身で、でしかもこの間あった『The sign of Four』の試写会に全員いたんでしょう? 流石に無作為抽出で四人へ送り付けたと考えるのには無理が__」

ホークアイはそう言って途中でやめた。自分で言っているうちに気づいたらしい。
何故その四人なのか、というところに強い疑問が、そして事件を解決する手掛かりが残っている。それはジェームズも、俺も、多分ヘカチェとジュワイユーズも確信しているはずだ。
ミザリー・シュピッツナーは大学で教鞭を取り、公開講座でオフェムとユリカを教えた。マクシミリアン・オフェムとユリカ・コリンスは会社の同僚。そしてキャサリン・ドーベルとオフェムは虚偽の浮気をでっち上げられている。こうしてみるとユリカが怪しく見えてくるが、そのユリカ・コリンスは密室で死んだ。
俺はジュワイユーズに魔術に抜きんでた才覚があると言われていたアリスティアラ・イーグルアイの写真を手に取る。人形のように可愛らしい少女だが、どこか生き物とは乖離した精緻さが恐ろしくも思える。

……ホークアイ。ユリカ・コリンスの解剖調書が見たい。構わないか」
「勿論です。警部には、まあ、うまいこと言いくるめておきますよ」
……頼む」