外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/
https://x.com/asnshk_0108


2



ヘカチェは色々便利な道具を貸すと言ってはくれたが、結局ジェームズは自宅待機しつつ俺がスマホで音声通話を繋ぎっぱなしにするということで決着した。
出かける前にバスタブへ「ほい」とバケツの水ごとジェームズを流し入れると、彼の体はシャボン玉が勢いよく吐き出されるようにバスタブぴったりのサイズとなり、俺にとっては見慣れた大きさへ戻る。

……できれば、件の真珠を借りてきてくれ」
「わかってるよ相棒。でもなんだって犯人はそんなレアもレアな宝石を送りつけるなんて妙な真似をしたんだろうなあ」
「ミス・アマネセールも言っていたが、贈答品を装った詐欺の可能性は排除はできない。だが……

ジェームズは器用にバブルリングを空中で作った。こうして見るとイルカやクジラの仲間にも見えてくるので不思議である。

「彼女らには繋がりがあるはずだ。犯人が無作為に四人を選び、『瑠璃色の真珠』を送りつけたとは考えにくい。……学者、歌手、会社員、そして純血貴族。全員女性というのも引っかかる。年齢のばらつきもそうだが、無作為に選んだように見えて実際はそうではない」
「確かに、言われりゃあそうだな。年齢層が綺麗に分かれてる」 俺はスマホのファイルを開き、ヘカチェから転送してもらった資料を確認した。「へえ、しかも全員独身か。出身はバラバラだけど、やっぱりこれを無作為抽出とは言えねえわな」
……調査着手日の日付が一昨日だ。やはり最初から丸投げするつもりで……

碌なものじゃない、と悪態をつき首を引っ込める。ヘカチェは忙しい身なので仕方ないところはあるが、前よりもだいぶ態度がデカくなってきている気がしなくもない。
『バスカヴィルの魔犬』事件以降、わりと定期的に事件の依頼を持ち込む彼女はある意味でジェームズとは持ちつ持たれつな関係性ではあるのだが。彼の方は探偵という役目に自覚的になってきた一方で、厄介事を嫌う性分は健在らしかった。

「それと、もう一つ」

ジェームズは俺のスマホをじっと眺めながら言った。

「お前の目が、微かな幻想の気配をも見て取れるのなら……」 しかし何故か彼は、今度は俺の肩を凝視しつつ途中で喋るのを止めた。「……いや。やっぱりいい。……自分でやる」



ロンドン大学の側にある住宅街にミザリーは住んでいるらしい。俺は表通りに出てタクシーを拾い、写真の裏に流麗な文字で書かれた住所を運転手に頼む。快活そうな運転手は気前のいい返事をして車を静かに発進させた。どうやら偶然にも俺が乗ったのは電気自動車仕様のものだったようだ。
ジェームズの受け売りだが、タクシー運転手ほどロンドンの地理に精通した者はいない。何と言っても彼らは普段なら誰も立ち入らない細い路地から知る人ぞ知る観光名所、果てには有名人の邸宅まで把握している。また彼らは乗せる客と話をするため、天気の話題に始まり最近のニュース、時事情報、先端科学の話題に至るまでを知っている。まさしく情報屋だ。

「お兄さん、物理学に興味が?」 運転手が突如声を上げた。「シュピッツナー先生は有名人だからね」
「へえ、物理学者なの」 マジで何も知らない俺はアホみたいな返事をする。「残念ながら、ちょっとした事件の話を聞きに行くだけ。物理学講座を受けるわけじゃないんだな〜」
「ありゃあ、探偵さんか。もしかしてピンカートン探偵社の、ロンドン支店かな」
「んーん。もっと小さいとこ。個人事業主レベルかなあ。俺は助手みたいなもんだから」
「そう? いや〜しかし驚いたよ。知ってる? お兄さん。青い真珠の話」
「青い真珠?」

俺はその単語に耳をくるくるさせていたのを止め、運転手の方へ注目した。まさかいきなりそんな言葉が彼の口から飛び出すとは思い難かった__狙ってやっているのか、それとも偶然か。後者だと思いたいが。

「ほら! 歌手のキャサリン・ドーベル。彼女が大きい青い真珠をつけてたって話題になってるんだよ」
「へえ……

タクシーは赤信号を認めて緩やかに速度を落とした。俺は前から渡された新聞へ目を通す。
確かにカラー写真がでかでか載せられたそこには、瑠璃色に輝く真珠のネックレスをつけたキャサリン・ドーベルがいた。サファイアと見紛うほど青く、だが光の加減で海をそのまま写し取ったような色合いに変化している。

「まあ、売っていようと目が飛び出るような値段だろうがね。庶民に手が出るものじゃないさ」 運転手はそっとアクセルを踏み発進させる。
「ファンが贈ったものなの? これ」
「さあ。そこまでは知らんよ。でもこんなもんを贈るなんて、『恋人』の一人や二人いたって不思議じゃないと思うがな」
「まあ……そうかも」

身に覚えのない宝石。そんなものを贈られて、普通ならどう考えても気分が悪くならないだろうか。詐欺なんじゃないかとか、まず猜疑心が来ると思うが__。俺ならなる自信がある。だからなのか、尚更それを身に付けようという気持ちがよくわからない。

俺は見事なイングリッシュガーデンがある邸宅の前でタクシーを降りる。料金は電子マネーで済ませて、タクシーが走り去るのを見送った。そこは間違いなくミザリー・シュピッツナー女史の自宅だった。
庭に置かれたバードバスに駒鳥のような小鳥が留まっている。鳥は俺が庭へ入ってきたことに驚き慌てて飛び去った。取って食ったりしねえよ、とぼやきつつ、玄関横につけられたインターホンを押した。忘れないうちにジェームズと通話を繋ぎっぱなしに、そんなことをしていればインターホン越しに凛とした声音が響き、少々待つと深緑色の玄関ドアが開く。
ロマンスグレーに染まった髪、しかし背筋はピンと伸びており若々しい。耳を彩るピアスは多分ルビーだろう。俺は宝石に詳しくないので判断がつけられない。ヘーゼル色の瞳が不思議そうに俺を見ていた。俺が身分を明かすとミザリー・シュピッツナー女史は「まあ、アマネセールさんの」と微笑み、俺を家の中へと誘った。

「単刀直入にお伺いするんですが__」 せっかちな俺は世間話も早々に切り出した。「その『瑠璃色の真珠』を貸していただきたいんです。知人に宝石商がいるので、彼に色々調べてもらおうかと」
「構わないわ。というか、差し上げてもいいくらい」 ミザリーはそう言ってため息を溢した。「だって気味が悪いでしょう。若ければ宝石を贈ってくれる人もいたかもしれないけれど、こんなおばあちゃんに? アマネセールさんにも言われたけれど、詐欺か何かよ。きっとそう」
「あー……ヘカチェ、いや、ハイドヘカチェリーナ・アマネセールは俺の従姉妹なんだけど、なんでまた彼女に相談を?」
「知人の紹介よ。大学時代の友人」
「その人のお名前、教えてもらえます?」
「ジュワイユーズ・イシュタリテ。『星の一族』イシュタリテ家の、今の当主」

とんでもねえ友達が出てきちゃったよ。
俺は若干どころではない冷や汗を背中に感じる。片耳に引っかけたイヤホン越しのジェームズが「な!?」と声を上げたのが聞こえた。

……シャル。イシュタリテ卿のことを聞け」 絶対そう言うと思った。俺は心の中で返事してミザリーに視線を戻した。
「ジュワイユーズ・イシュタリテ……その。ちょっと詳し〜く、ね? ……その、イシュタリテ卿についてお伺いしたいんだが」
「え? まあ、いいけれど。そうね。彼とはもう随分古い付き合いよ。私は物理学、彼は天文学専攻だったけど、研究分野が似ていたからすぐ仲良くなったわ。今でも年に数度は会って一緒にディナーへ行くわね。手紙のやり取りもある」
……イシュタリテ卿はヒト嫌いで有名ではなかったか」

ジェームズがイヤホン越しに呟いた。俺もそう思う。というのが、『星の一族』ことイシュタリテ家は純血主義を掲げる家で大層有名なのだ。人と交わるなど以ての外、あくまで彼らは我らの赦しでこの陸を踏んでいるのだ__と、かなり凝り固まった古い考えの煮凝りだと新興一族たちからは揶揄されている。そんなイシュタリテ家現当主であるジュワイユーズ・イシュタリテは、まさに純血主義の先鋒とも呼ぶべきガッチガチの純血主義者だった。
そんな人物が、ミザリー・シュピッツナーという人間に気を赦し、心配して弁護士を紹介してやった? ジジイになれば馬子も丸くなるということか。それだけではないような気がするが。

「成程ね……。で、イシュタリテ卿に件の真珠を話したわけか」
「そうよ。電話には基本出ないから、手紙で。でもその時ばかりは本当に珍しく電話を寄越してきたの」 ミザリーは立ち上がって壁に沿って並んだ本棚へ向かい、飾り棚部分から赤い小箱を持ってきた。「これがその真珠よ。好きにして構わないわ」
「どうも〜」 俺はそっと小箱を開く。見事な輝きを放つ大玉の真珠がある。吸い込まれそうな海の色、瑠璃色だ。地球を月から眺めたらこんな感じだろうか。
「ジュワイユーズは私にアマネセールさんを紹介してくれた。何かあったら電話しろ、とも言ったわ」
「そう……。あ、いや。待って。ごめんミザリー。あのさ、イシュタリテ卿って人嫌いで有名じゃん」
「ええ。彼が人間を嫌っているのは事実ね。私たちには理解できないほど、純たる血脈に固執している」

ミザリーはどこか達観したように__だが間違いなく寂しそうに笑った。

「でも他人の信仰に口を挟むのは無礼でしょう? それに私たちの間には学問があった。それだけよ」