外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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『待って……! ジョー!』

画面の中で儚げで可愛らしい雰囲気の女性が爽やかイケメンの腕を引く。最近話題の恋愛ドラマが放送されているのだ。普段はBBCのニュースか、推理ドラマ程度しか流されないテレビから桃色のオーラが出ているのを感じつつ、俺はビールの栓を開けた。先日ジェームズが解決した事件のお礼にと貰ったドイツ産ビールである。彼は専らウイスキー、あるいはブランデー派だったので、あっさり俺__シャルルマーニュ・ハイドノーブルに横流しされたのだ。

『私、あなたと一緒にいたいの』
『ミランダ……でも、俺は』
『関係ないわ。私は貴方が好き。だから……

あからさまに家主__エマ=ジェームズ・ワトソンの趣味からは乖離したそのチョイスは、今宵の客人であるシルヴィアウッド・ソールズベリー女史のチョイスだった。

「ミランダ……

シルヴィは楽しそうにドラマ鑑賞に興じている。ポップコーンどこから出したんだよ、と思うが、空間魔術は魔女の十八番なのだ。あまり深く考えてはいけない。
しかし家主のジェームズときたら、何故かウツボほどの大きさに小さくなり、元の海竜か人魚か、イルカかシャチか……それとも深海ザメのラブカか、あらゆる海洋生物の要素を持ったような姿に戻って青いポリバケツに入っている。
俺はそっちの状況が大変気になって、恋愛ドラマそっちのけで床に置かれたバケツを引き寄せた。

「おいおいジェームズ! なんでお前こんなちっちゃくなってんだよ、どうしちまったんだ!?」
……今宵は月が大きいからな」
「答えになってねえよ~」

俺は唇を尖らせた。ジェームズはバケツの中で軽く体勢を変え、淵に顎と思しき部分を載せた。そもそも今の彼の顔には口が無い。

……満月の中でも、一際月が大きく見える時があるだろう。私はその日だけ人間の姿に擬態できなくなるんだ。だが容器の大きさに合わせて体の大きさを伸縮させることはできる。だからこうしてバケツに」
「満ち潮の関係か?」
「おそらくは」 自分でも理由はよく分かっていないらしくジェームズは一度目を伏せた。
……流石に少々狭いが、仕方ない。お前一人に泥酔したシルヴィの相手をさせるのは可哀想だ」
「シルヴィ、酒癖やばいの?」
……凄まじい泣き上戸だ。泣き屋になれそうなほどの」

そいつはすげえな。できるだけ彼女に酒は勧めないようにしよう、と俺はビールを煽った。ついでに持ってきた胡椒でスパイシーな味付けがされたジャーキーを齧る。普段あまり肉製品は口にしないが、こうしてたまに食べるとやはり美味しい。
下からジェームズの欲しそうな視線が来るので俺はバケツの方へジャーキーを差し出した。すると突如彼の頭部が八つに裂けた。俺は思わず固まる。タコの足のような触手がひとつこちらへ伸び、俺の右横にあるローテーブルに置かれていた瓶ビールを取った。俺はビビり散らしたまま瓶と頭が裂けたままのジェームズを交互に見る。
スパン! と銀の髪鰭が栓が勢いよく吹き飛ばし、綺麗な曲線を描いてゴミ箱にホールインワン、その音に驚いて落としたジャーキーは八つの触手の中央に開いた、まるでヤツメウナギの口か、そんな深淵へ落ちてゆく。一度花のように開いた触手はすぐさま収束し、形を綺麗に整えながら元の美しい海竜の顔に戻った。
俺は恐怖に慄きながら呑気にビールを飲み始めたジェームズを凝視した。

「え? え、あ、く、く、くち……口、どこ……?」
……私には本来、捕食行為が必要ない。生命体の情報を得るために捕食行為をする。効率よく捕集するにはこの形態を取るのが最も良いと考えている」
「ええ……

じゃあお前海の中であの形になって魚吸い込んでたのかよ、とは言わないでおいた。口に出すと想像してしまうのだ。それはそれでだいぶ気色悪い感じがする。

「ねえ二人とも! 夕ご飯作るけど食べるかしら?」
「あぁいいよシルヴィ、俺がやるから」 軽く腰を伸ばして椅子から立ち上がり、俺は背もたれに引っかけていたカフェエプロンを頭から被った。
「余ってる食材がある。何か適当にすっから、ちょっと待っててくれ」
「そう? じゃあ手伝うわ。ジェームズ、貴方はバケツでじっとしていてね」
……言われなくてもそうする」

不機嫌そうにジェームズは声を上げ、バケツの中で器用に体勢を変えてお行儀良く収まっていた。冷蔵庫には市場で買ってきた大小さまざまな野菜がある。パンはベーグルもあればローブパンもある__が、一方で何となく今日は酒のあてになりそうな献立がいいかなと思った。
とはいえジェームズがまたクリオネみたくグロテスクな食べ方をするはずなので、ある程度は食べやすいサイズ感のものが良いだろう。下段を開ければ魚介類が食べてくださいとチルドで主張している。まあアヒージョとかでいいか、楽だし、と俺は冷蔵庫から材料をどんどん取り出した。材料で察したらしいシルヴィが吊り下げ棚から調味料類を持ってきてくれる。普段はベーコン目玉焼きにしか使われていない、明らかにオーバーサイズなフライパンは漸く本来の実力を発揮するときがやってきた。
白身魚の切り身、ボイル済みのエビ、冷凍ブロッコリー、マッシュルーム、アサリも入れておく。俺が呑気に塩コショウで下味をつけている横で既にニンニクが香ばしい匂いを漂わせていた。シルヴィは加減を絶妙に見極めて鷹の爪を投入、岩塩とコショウ、ローズマリーを放り込んだ。

「もう既に美味そうな匂いがするなぁ」 俺はフライパンに下準備を終えた具材たちを投入し、さっとオリーブオイルを回した。あとは蓋して煮込んでおけば完成である。
「フランスパンがいいかしら?」
「ジェームズ、フランスパンどこ~」
……無い。欲しければ向かいのパン屋で買ってくるといい。財布は執筆机、左側の引き出しだ」
「じゃあ私が行くわ。ついでにワインも買っちゃおうかしら? 飲むでしょ?」
……まあ、飲む」

何か嫌な気配を感じ取ったらしいジェームズは軽くシルヴィから目線を逸らしていた。
階下へ降りていくヒールの音を聞きつつ、俺は椅子に戻って少々ぬるくなった残りのビールを飲み干す。

……覚悟しておけよ、シャルルマーニュ。彼女は恋人とうまくいっていないんだ」
「え゛。何それ~~……じゃあ泣き上戸に拍車掛かるってことかよ~~?」
「そうなる。……実は先日も相談されたばかりだ。彼が浮気しているとかで」 ジェームズは複雑そうに視線を彷徨わせた。
「浮気かぁ……それは何つうか、百パー相手の男が悪い気がするけどな」
……正直彼女の思い込みなのではないかと、私は思っている。……思いたい」
「シルヴィ、イケメンに目がないからなぁ……

俺はどっちかというと、顔と惹かれたシルヴィがクズ男に引っ掛かったという可能性に賭けていた。
かく言うジェームズは、もう既に二人が別れた後の心配をしているのだろう。彼は高頻度でシルヴィの愚痴聞きに駆り出されパブやらバーやら五、六軒梯子させられていた。そんな日にはこの世の終わりのような顔で「酔い止めを……」と言っていたのを思い出す。

……大体、彼女はろくでなしに引っかかりすぎなんだ。いい加減に自分でも『好きになる男は全員ろくでなし』だと気づいてもいい段階だろうに」
「まあでもほら、そういうろくでなし男って自分を売り込むの上手いじゃん。だから女の子は案外ころっと騙されちゃうの。『彼には私がいなくちゃ……!』的な使命感で」
……自己紹介か?」
「なんでよ! 俺はむっちゃ一途に妻たちを思ってるし〜!?」
……だったらスマホのメッセージだけじゃなく、手紙の一通や二通出してやれ。思っているだけではだめだ」
「お前が言うと言葉の重みが凄まじいなあ」

俺は空瓶をシンクへ持って行き、何となく追加の瓶ビールと交換した。こりゃあ今日中に無くなっちまうな、と少々寂しくなった冷蔵庫の上段を見る。丁度よくシルヴィが帰還したのでもう一本取り出せば、残りは一本になってしまった。

……結局ワインは買わなかったのか?」

ジェームズがバケツから少し首を伸ばしてシルヴィに問いかけた。確かに彼女が抱える紙袋にはフランスパンと、明日の朝食に食べるつもりなのかベーグルがある。

「そうなの。少し先のスーパーまで行ったけれど、今日はみんなワインパーティかしら?」
「そんな事があるもんかね。ああ、シルヴィ……ワインならジェームズが貯め込んでた1935年産のやつがあるぜ」 俺は戸棚の下をまさぐる。そこにはジェームズの素敵なへそくりがあった。
……おい、シャル」
「やだ! そんないいものがあったなら言ってよ」
「おい。飲むな。証拠品だ」
「え?」 俺は慌ててワインオープナーを引っ込めた。「証拠品? どういう事だよ。いつの事件の」
……お前が日本に帰っている間に。本来なら警察で保管しておきたいが問題があって、神秘管理局と協議中だ。協議に結論が出るまで私が預かっている」
「ま、まさか」 シルヴィはさっと白い肌を青くした。「嫌よジェームズ。これ、も、もしかして……ワインじゃなくて、ち、血とか、言わないでよね……?」
……レディ、流石に慧眼だな」
「い、嫌ぁ!」 シルヴィは恐怖に耐えかねたようにぎゅっと俺の腕を掴む。
「いででででででで!?」

案外というか異常に強い握力で左腕を思いっきり掴まれた。骨が軋んだ感じがする。俺はシルヴィを宥めつつワインを持ってジェームズの方へ戻った。

「し、しっかしよ〜ジェームズ。一体何が入ってるっつうんだ。このワインに」
……人魚の血液だ。ここのところ若い人魚が連続で殺害される事件が発生していた。……まあうち一件は便乗、みたいなところがあったが……それはいい。その人魚の血が混ざったワインが市場に流通した。どれに混ざっているかわからない。だから各社自主回収に追われている」
「もう、それ知っていたなら早く教えてくれてもいいじゃない」 シルヴィはミトンを手にはめ、すっかり煮えて芳しい香りを漂わせるアヒージョを運んでくる。
……すまない。完全に失念していた」
「そんな顔しないでよ。別に怒っていないわ」

彼女はビール瓶を開けて半分ほどまで勢いよく一気に飲み干す。酒の力で恐怖を必死に軽くしようとしているふうに見えた。俺が日本へ戻っている間に随分ひどい事件が起きていたらしい。
とはいえ、旧友からジェームズへ渡せと頼まれた紙片、それらもこの件に絡んでいたのかもな、と頭の隅で考える。少なくとも頼まれていない事には首を突っ込むべきじゃないが、今回の件は多少は俺も関係者だろう。
ジェームズは重々しくはあったが事件の詳細を語ってくれた。若い人魚八人が惨殺され、搾り取られた血液はワインの原料に混ぜられた。どうも人魚を崇める新興宗教の一派が起こした猟奇殺人だったらしい。
ぐす、とシルヴィは鼻を啜り始める。

「酷い……しかも一人は遺体が見つかっていないなんて」
……」 ジェームズはバツが悪そうに視線を彷徨わせた。「シルヴィ、その最後の一人だが」
「何かわかっているの!? 知っているの!?」 バケツをひっくり返しそうな勢いで淵を掴む。
……知って、いる。知っているが、言えない。そういう契約だ」
……ッ、……そう……そう、なのね。秘匿を担う貴方が真実へ辿り着いているなら、この件の追求はもうしないわ。貴方を信じているもの。ジェームズ」

シルヴィはスプーンにエビとブロッコリーを載せ、そっとジェームズの方へ差し出した。俺は戦々恐々とそれを見守る。すると鼻先と思われた顔の先端が遠慮がちに、鯉がぷかぷかと口を開けるように丸く開き、食事を乗せたスプーンを吸いこんだ。
俺は思わず「はぁ!?」と素っ頓狂な声をあげる。できるのかよそれ。じゃあ最初からそうしろ。クリオネモードは怖えんだよ。



***



夜も更けてすでに夜中の二時を回ったが、シルヴィの愚痴は案の定止まるところを知らなかった。
最初こそジェームズはできるだけその手の話題が飛び出さぬようにと気を遣い、そういう雰囲気を察知した瞬間に話をすり替えるという高等テクニックを駆使していたが、「もうつかれた」と言い残し全てを俺に丸投げしたのが二時間前。俺は最後のドイツビールを片手にうんうんと頷くだけの機械と化し、シルヴィは目を赤くしながらわんわん泣いていた。翌日が思いやられる仕上がりである。

「どうしてなの!? マクシミリアン……わ、わ、私のこと好き、愛してるって言ったくせに……!」

聞くところによればシルヴィの今彼ことマクシミリアン・オフェム氏は、神秘管理局学術課に所属する人形魔術を専門とする魔術師らしい。しかも割と有名なキラキラしたイケメンで、髪が長いときている。
そう__シルヴィは『長髪のイケメン』属性にめっぽう弱く、歴代の男は皆一様にその属性に含まれていた。なお人種や獣人、幻想種かは特に問わないらしい。ちなみにマクシミリアンの前の彼氏は人魚だったとジェームズは話している。

「なあシルヴィ、ちゃんとその……マクシミリアンに気持ちとか伝えてる? 逆に愛想尽かされたと思ってる可能性もあるんじゃね? なあジェームズ」
……なぜ私に振るんだ」

お前みたいなイケメンがそばにいたら誰でも男は自信を失う。オフェムがそう思っているかどうかは知らないが、少なくともシルヴィとジェームズは結構な頻度で会って飲みに行く仲なのだ。

……そもそも大抵管理局に行く時は出版社のついでだ。女の姿で行くに決まっている」
「でもシルヴィだってお前の事ジェームズって呼ぶじゃん。それに魔術師なら知ってるだろ。お前の正体」
……全員が全員知っているわけじゃない。……しかしシャル、オフェムとは一度顔を合わせたが、あれは駄目だ」
「ダメって、彼の何がダメだって言うの」 シルヴィが目尻に涙を溜めてジェームズを睨み抗議した。
……彼は今までお前が付き合った男の中で最も誠実で実直な人だ。真に愛しているなら今は離すべきじゃない。だが見た目がダメすぎる。どこからどう見ても見事な遊び人だ」
「見た目がダメ男なタイプか〜……
「でも! 彼のスマホには女の子と寝てる写真があった!」
「ギルティーじゃねえか!!」 俺は思わずジェームズのバケツを抱え上げて叫んだ。
「ライオン・キングみたいな事をするな! 落ちる!」

ベチベチと胸鰭で俺の手を叩くジェームズ。そっとバケツを床に降ろしてやれば深々とため息をつき、ゆっくりと首を水の中へ引っ込めた。

……合成写真ではなく、本当に?」
「ええ。そうなの。信じられない。私だって彼がそんな事するなんて露ほども思っていなかった」 シルヴィは不安そうに己の体を抱きしめる。「だって彼、半分魔女なのよ? 嘘がつけないはずなのに……
「へ? 待って。どういうこと? それ」 俺はたまらず質問した。シルヴィは残っていたウイスキーを飲み干して続ける。
「魔女は嘘がつけないの。そういう生き物なのよ。……魔女の血が混ざっていれば、それもまた同じ」 柘榴色の瞳はどこか遠くを見つめている。「魔女は己を偽らなかった。だからみんな……
……その話はいいだろう。問題はオフェムが本当にシルヴィを裏切り、他の女と寝たのかどうかだ」

直球すぎんだろ。俺はさすがに躊躇わないジェームズに尊敬の念を覚えた。

……浮気は万死に値する罪だ」 若干白い鱗が桃色っぽく変化している。シルヴィに飲めや飲めとしこたまウイスキーを勧められて流石にジェームズも酔っ払ってきているらしかった。
「お前〜。意外とバイオレンスなとこあるよな〜……
「く、首絞めて、こ、殺してやるわ」 こっちもバイオレンスなのかよ。俺は目の色を変えている二人を引き気味に見た。「だ、だいたい! どうして他の女にうつつを抜かすの!? 私のせいなの!? 百歩譲ってそうだとしても、別れてからにすればいいじゃない!」
「周囲から見てどうなのよ。ジェームズ。お前の目から見てシルヴィとオフェムは上手くいってたのか?」
……まあ、そうだな……今までよりは『数百倍マシ』だった」

上手くいってるってことね、オーケー。俺は鳥の囀りのような吃逆をしているジェームズに水をやった。器用に髪鰭を使ってペットボトルから水を飲んでいる。

「しかし……オフェムは……よくモテた」
「あら〜」 俺はシルヴィの様子を観察しながら見本のような相槌を打つ。
「彼の周囲には見目麗しい女性が光に群がる蛾の如く集まっていた」
「表現ひどっ」
……だが今思えば妙な点もあった気がする」 ジェームズは多少酔いが覚めたか、すっかり元の色に戻っている。そして少し考えるように首を振り、

……彼は女性をひどく恐れていたように思う。そんな人物が自ら進んで破滅への道を歩むとは思い難い」

と呟いて、バケツの中へ引っ込んでしまった。



***