外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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***


数刻後
__ベイカー・ストリート221B




耳の奥で漣を立てるミザリーの言葉には、紅茶の味が感じられなくなるほど濃い情念があった。
エコバッグで主張する俺が選んだベーグルサンドは、ジェームズが贔屓にしているパン屋のものだ。その重さが気にならないほどに今の俺の体は鉛のようである。

俺は受け取った瑠璃色を手の中で転がしながら、早々に根を上げて空腹を訴えるスマホをコンセントへぶっ刺してバスルームへ足を踏み入れる。夏だというのに随分ここは冷えていた。大きな氷がバスタブにいくつも浮かんでいる。器用に魔術で生み出しているのだろう。寒いだろうに、意地でもジェームズのそばにいたいらしいエッグプラントの背中には霜が降りていた。

「どう思うよ、ジェームズ」
……シュピッツナー女史をか?」 軽く尾鰭を捻って、どこか興味なさげにジェームズは答えた。
「他に誰がいるんだよ」
「まだ何とも言えないだろう、情報が少ないのだから。特に歌手のキャサリン・ドーベルに至っては、匿名のファンが贈ってくれたと考えているようだし……」 スタンドに立てかけられたアンドロイドスマホは健気にニュース記事を写している。「……この『瑠璃色の真珠』騒動は、誰かを害する為に起こした事件とは『まだ』言い難い」
「まだ、ねえ」

まるでこの先に何か起きる事を予感しているのか、ジェームズはそんな不穏に満ちた事を口走った。

「まあ俺たちが解決してきた事件の中じゃあ、平和極まってるよなあ」
……盛大にフラグを立てるな。このまま匿名のサンタが彼女らにプレゼントをした、というだけで終わってくれればいいのだが」 ジェームズは炭酸水のペットボトルを開けてストローを刺し、一気に半分ほどまで吸った。「……そうはならないだろう。……ひとつ分かったことがある」
「え、教えてよ〜。ねえねえ〜」

俺は鬱陶しく絡みつく。もうすっかりあしらうのが上手になってしまったジェームズは一切無反応で続けた。

……この真珠を贈った人物は、やはり狙ってこの四人をターゲットにした、という事だ」 ジェームズは検索ブラウザのタブを表示して俺に見せた。「ここに写っているのはミザリー・シュピッツナーとユリカ・コリンスだが、四人は全員直接的な接点こそないものの、ある組織を見ると違ってくる」
「組織?」
……大学だ。この四人はケンブリッジの卒業生だった」
「でも何だってそんな__ケンブリッジなら他にもいっぱいいるだろ。何でピンポイントにこの四人?」
「彼女らはミス研に所属していた」
「ミステリー研究会? ムー的な?」 俺はピラミッドにどでかい目のマークがついたあの雑誌を思い出していた。
……オカルトじゃない。文学のほうだ」

さっと示された写真が四枚。古いものから最近のものまで各種取り揃えられている。随分歴史ある同好会らしい。

……そして特にミザリーとユリカは熱烈なミステリーファンらしいな。SNSに写真が載っていた」

俺はタブを弄って開く。Instagramの投稿のようだが、最近公開された映画の主演と思われる男女と共に写っている。サイン会か、或いはファンミーティングの写真だろう。

「ん? おいジェームズ、これ」 俺はふと目に止まったその女性の写真を見せた。
「これは……キャサリン・ドーベルとアリスティアラ・イーグルアイか?」
「映画、大学、ミス研……成程ねえ」 俺は天啓を得たような気分になった。「『真珠』を贈った奴もこの条件に入ってんじゃねえのか? そう考えりゃあ……
「絞るのは容易だ。……四人を知っていて、大学関係者で、ミス研と繋がりがある人物……二人しかいないな」
「えっ二人!?」

俺は思わず莫迦デカい声で叫んだ。もう解決への糸口が見えている。
徐々にジェームズの髪鰭が短く整えられ、体の内側から泡が浮かぶように溶け出す。何度見てもちょっと慣れないのだが、月が雲に隠れ人の姿に擬態できるようになったようだ。

……ジュワイユーズ・イシュタリテ卿。そしてもう一人」 壁のフックに引っ掛けていたバスローブを手早く身につけて、ジェームズは氷水から長い足を引っ張り出した。
「もう一人、もう一人__え?」

名簿に目を通していた俺は自分の目が信じられず、慌てて眼をこすった。だが間違いなくそこには、

「シルヴィアウッド・ソールズベリー……

先日221Bで派手に彼氏への愚痴をぶちまけていた、『絞首の魔女』の名前が載っている。
どういう事だよこれ、とジェームズに問いただすより先に、彼は「本人に聞けばわかるだろう」とかぶりを振った。


***


「ええ、確かにそうね」

どかどかと彼女の職場である神秘管理局、その医務室へ怪我人でもないのに押し入る。
俺たちの質問にシルヴィはいつも通り笑顔のまま答えた。ジェームズは少し不機嫌そうな顔になり「そうね、じゃないだろう」と苦言を呈しているが。

……どうやって」
「え?」
……どうやって表の身分を手に入れたんだ。今までそんな事一度だってしなかっただろう」
「マクシミリアンはちゃんと表のお仕事もしてるもの……堂々と外で会うなら、私も表の職責を手に入れるのが一番いいじゃない」

愛か、ならしょうがない、と俺は頷く。しかしジェームズは納得いかない様子でさらに眉間の皺を深くした。美人というかイケメンが凄むと中々迫力がある。

……シルヴィ。少々危機感がないのでは? 君は私よりその耳が目立つ。それに魔女は__」
「でも馬子にも、たまにいるでしょう。ウサギ耳みたいな子」
「それでよく押し通せたなぁ」

俺は尊敬の念を覚え始めていた。恋は女を大胆にする。ジェームズがギロリとこちらを睨んだので慌ててシルヴィの背後に退散した。

「シルヴィ。魔女がなぜ絶滅寸前まで追いやられたか、お前が知らないとは言わせない。魔女は魔力すら偽れない。たかが一人のダメ男の為に魔女教徒に見つかってやる気か!?」
「__っ、ぁ、あ、あ、貴方に言われたくない! 禁忌を破ってメアリーを……メアリーを食べて永遠にした貴方に!」

シルヴィはヒステリックにそう叫んだ。
メアリー、彼の最愛を、メアリー・モースタンを文字通り捕食した__?
俺は一瞬目の前にいるエマ=ジェームズ・ワトソンの姿を海の怪物のように幻視した。

……それは、今は関係ない。シルヴィアウッド・ソールズベリー」

医務室がどんどん凍てつく。雰囲気だけではなく実際に部屋が徐々に、確かに真綿で首を絞めるが如く、人が生きるには厳しい温度へ下がっていた。

「私がメアリーを好きで食った、とでも言いたげだな」

シルヴィがひゅっと息を飲んだ。俺はあまりの相棒の剣幕に瞬きも息も出来ず、耳でさえそちらを背けられないまま硬直する。

「__私の海で抱き潰されたくなければ軽率な発言は慎め」
「ぅ、ぁ……は、」

肌が、唇が、凍る。シルヴィは手に持っていた背丈ほどもある長い杖を床へ捨てた。魔術師や魔女が杖を捨てる行為は完全に白旗であることの証明に他ならない。

……まあいい。……最大の問題はこれじゃない」
「そ、そ〜うそうなんだよ〜! 見てこれシルヴィ、『瑠璃色の真珠』だよ〜ん」

俺はわざとらしく明るい声を意識して出し、氷点下まで下がった部屋の温度をなんとか暖かい方向に持っていこうと足掻く。幸い彼女は少し笑ってくれたが、まだ虫の居どころが悪そうにしているジェームズは苛立ちを隠さずため息をつく。
手品っぽく出した真珠をシルヴィは手に取り、興味深そうに光へ翳して眺めた。

「綺麗……光の加減で色が変わるわ」
「そ〜なのよ。見覚えとかある?」
「ううん、無いわ。でも__真珠といえばアドラ真珠が有名よね」
「アドラ真珠? なにそれ。あこや真珠とかじゃなくて?」 俺は聞かない音の響きに首をひねる。
……『四つの署名』だ」
「へ? ホームズ長編の二本目だっけ。何でまた」
……出てくる。毎年一つずつ家に大玉の真珠が届き、流石に奇妙に思ったメアリーがホームズに依頼を」

少し懐かしむように目を細めてジェームズは言う。俺はシルヴィの手にある真珠をじっと見つめる。

「これは四人に一つずつ届いたんだ。届けられた女性には共通点があってだな。ケンブリッジ大学のミステリー研究会にみんな入ってたんだ。しかもつい最近公開された映画のファンミーティングにみんないてさあ」
「その映画ってもしかして『The sign of Four』?」 シルヴィははっとしたように口に手をやった。「話題になっているの。原作に忠実だけどロマンス作品としても楽しめる、って」
「『四つの署名』じゃん!?」

俺は慌てて出演者情報を検索した。キャサリン・ドーベルは歌手だから演者側だろう。いるのか? いるとしたらこれは__。

……模倣した犯行か?」 ジェームズは独りごつ。
「やっぱり演者として出てる。まさか自作自演? キャサリンが真珠を他の三人に送りつけたんじゃねえの」
……何のために」
「そりゃあ、自分が成功してるところを見せつけるためだろ! だって彼女は自分の所にやってきた真珠をネックレスにして首から下げてたんだぜ?」
……複数の共通点があるとは言っても、他の三人と面識があったと思い難いが。世代が被っていないんだぞ」 ジェームズは顎に手をやり、考えるような仕草をしてから再び口を開く。「この四人を知っているか。シルヴィ」
「知っている人は、いるわ」 急にシルヴィの表情が曇る。俺は何となく察してしまった。
「あの~~……もしかしてオフェムの浮気相手、この四人の中にいたり〜……しねえよな?」
「いるわ。キャサリン・ドーベル。……私はこの女とマクシミリアンが、ベッドで寝ている写真を見たの」

シルヴィはそう言って杖を拾い上げ、病室へ通じる扉を開けた。そこにはロープでぐるぐる巻きにされたイケメン__半泣きのマクシミリアン・オフェムが床に転がされていた。


***


「シルヴィ! 本当に俺は浮気なんかしてない! キャサリンなんて女知らない! 本当なんだよ! 信じてくれ!」

若干彼は湿っていた。隣の部屋の温度をジェームズが一気に下げたせいで、こちらの部屋にも霜が降りたのだろう。
俺が縄を解いてやると情けなくオフェムはジャパニーズ土下座しつつシルヴィに泣きながら弁解し始めた。背中まで届く金髪、そして碧眼のイケメンでも落ちるところまで落ちると素敵な仕上がりになるようだ。

「じゃあどうして貴方のスマホに写真があるの!? おかしいじゃないそんなの__」
「わかんないよ! 本当にわからないんだ……分からない……、だってスマホのパスワードを知ってるのは俺と君だけで、まず俺は君以外を家に呼んだりしない!」
「おいおい、言い訳にもレベルってもんがあんだろ〜。流石にこ〜んなイケイケホストみたいな写メ撮っといて『分からない』はちときついぞ」

俺は床に落ちていた彼のスマホを拾い、件の写真を表示した。確かにキャサリンとオフェムがバッチリ写っている。これではどう考えても言い逃れなどできないだろう。

……ちょっと見せろ」 ジェームズがスマホを俺の手から奪った。何か考え込むように画面を凝視していたが、すぐに彼はほいと俺にスマホを返してきた。
「頼むシルヴィ、信じてくれ! 俺は本当に浮気なんかしてないんだよ!」
……一つ聞くが、構わないか」
「え? あ、ああ、うん」 拍子抜けしたような返事をし、オフェムはジェームズをじっと見た。
「この四人の中で知っている人物は?」
「ミザリー・シュピッツナー、かな……天体魔術と人形魔術を専門に扱ってるから、一応科学としての物理は知るべきだろうと思って」
「聴講生か」
「そうだよ。ロンドン大の」
「ロンドン大学? ケンブリッジじゃなくて?」 俺は何となく、根拠はないが引っ掛かりを覚えて問うた。
「ロンドン大学の方は学生だけじゃなくて、一般に向けても公開されている教養講座で、内容が易しいから」
……少なくともミザリーと話す機会はあったわけだな」 ジェームズは独りごつ。「この真珠に見覚えは?」
「いや、ごめん。分からない……。あ、いや待って」

オフェムは勢いよく顔を上げた。ふらつきながら立ち上がりジェームズの方へ近づく。大玉の青い真珠を手に取り、シルヴィがしたように光に翳した。

「ごめん、俺の思い過ごしだったみたい。もしかして竜種の卵かもって思ったんだけど、内部が透けて見えたりとかはしなかったから……。あともう一回さっきの、四人の写真見せてくれる?」

ジェームズはスマホを手渡した。オフェムは少し考え込んで、

「この人、見たことあるかも」

そう言って彼が示したのはユリカ・コリンスだった。
暗い茶髪に黒い瞳、目鼻立ちのはっきりした顔つきからは自信が伺える。糊のきいたスーツ、エナメル質のパンプス。自分にどういう服装が似合うか良く分かっている雰囲気があった。

……どこで彼女を見た?」
「ロンドン大学で。その一般向け物理学で、何回か見たと思う」
……話をしたことはないんだな?」
「ない。でも何回か、教授に質問をしているところを見た気がする」
……ではミザリーであれば、ユリカ・コリンスを知っているか」

ジェームズは一歩下がり、納得したように「シャル、行くぞ」と俺の肩を叩いた。

「へ? シルヴィとオフェムは? いいの?」
……幾ら友人でも痴情のもつれに巻き込まれてやる義理はない」
「それは、確かにそうねえ~……

震えながらオフェムは俺たちに縋るような目を向けていたが、絶対零度のアルカイックスマイルを浮かべるシルヴィから逃げられるはずもなかった。……悲鳴とか、何も聞かなかった事にしよう。