外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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The end of case: The deep blue pearls

数日後
日本 いとしま医学特区__ 中央管理区域 海底神社『水天宮』



目を開くと見知らぬ場所だった。そういえばホームズに221Bへ連れていかれた時も、こんな風に見知らぬ天井で目を醒ましたものだ。
だが一つ確実に言えるのは、ここは英国ではない__ということである。
私はゆっくりと躰を起こして己の周囲を観察した。白いバスローブのような、絹で織られた服を着せられている。視界は半分欠けていたが、左目があるのは分かった。視野だけが奪われている。五体満足に再生はできている。どれほどの時間眠っていたのかは分からないが、少なくとも十日は眠りこけていたのだろう。

立ち上がって窓の外へ視線を向ける。ここは海の底にほど近く、私がいるのは何かの社のようだった。海底にある社。噂程度には聞いていたが、これで確信を深めた。
ここは日本だ。私はあの後、陰陽庁の職員たちによって回収され__丁寧に修復され、そしてこの社がある場所へ連れていかれた。
そして再び気づく。女性の姿になれなくなっていることを。元の姿にも戻れなくなっていることを。
キリルに持っていかれたのは左目だけではなく、そうした原生神秘としての力までも、一部切り取られたらしい。

(厄介だな……

はあ、と息を吐いて、もぞもぞと寝かされていたマットレス__と呼ぶには薄い、多分シャルルマーニュが話していた「タタミ」と「フトン」なのだろうが、へ戻って横になった。

「あっ」

引き戸をさっと開けて入ってきた美しい男が声を上げた。私が起きているのに少々驚いたらしい。だが彼の顔には見覚えがあった。

「市ノ瀬……?」
「お久しぶりです、ワトソン先生。目覚められたようで良かった」

市ノ瀬咲良はそう言って両膝をついた。
少し桃色かかった明るめの腰まである長い茶髪に、伏し目がちな瞳。すっと通った鼻筋に伸びた背筋。美しいという表現が似合う、どこか幸薄そうな雰囲気と神秘的な空気感が同居する人間だ。
彼は相変わらず気真面目そうな英語だったが、少しだけ表情が柔らかくなっていた。風のうわさで聞いていたが、あの事件以降どうやら彼の名探偵との間に良い変化があったのだろう、と解釈する。

……あの場に、お前もいたのか?」
「いいえ。ばらばらになっていた貴方を元通りに並べたのは俺ですが、連れ帰ったのは別の者です」 市ノ瀬は私に濡れたタオルを手渡す。私は顔から首を拭いてそれを返した。
……そうか。すまない。手間をかけさせてしまった」
「いえ」

市ノ瀬は短く返答するに留めた。色々と聞きたいことは山のようにあるが、どこから聞いたものかと頭を捻る。シャルやエマの事は気がかりだったが、無事であるという確信はあった。大使館にいる陰陽庁の職員とは以前、『バスカヴィルの魔犬』事件の際に共闘し__彼の腕が確かであるということを良く知っていたからだ。

「あの、もし動けるようであれば、上の談話室へ行かれてください。地上四階です」 市ノ瀬は私の内心を読んだのか、そんなことを言ってそっと布で包まれた服を手渡した。「スーツ一式です。螺旋捜査部の備品ですが、よければ」
……ありがとう。助かる。……ところで、その」

私は言いよどんだ。彼らを遠ざけて自分一人で事態の収拾を図ろうとしたこと__それを確実に、シャルルマーニュとエマは怒っているだろう。
自分でも、友人に置いていかれる苦しみを知っているはずなのに。
だが同時にあの場に彼らを連れて行かなくて良かったと心底思っている自分もいた。目の前でバラバラにされ、それを彼らに目撃させるのは正直かなり気が引ける。

……泡泳竜を密輸した連中は、既に拘束されたのか?」

情けなく、本当に聞きたかったことは聞けずじまいであった。市ノ瀬は苦笑して、

「はい。幸いワトソン先生が手帳に色々書き記していてくれたおかげで、すぐに分かりました。それにシャルさんも……
……シャルが、何かあったのか」
「シャルさんが泡泳竜密輸の主犯だったジュワイユーズ・イシュタリテ卿を自白させたんですよ。まあ、彼は多分司法取引でかなり刑は軽くなると思います」
「そう、か……

そもそも関係者の大部分はキリルによって殺されている。そして当のキリルは雲隠れしてしまっており、残ったジュワイユーズ一人を追及したところで真の意味で真実を読み取れるかどうかは怪しい。
ミザリーの死はジュワイユーズに何を残したのだろうか? 私はやるせない気持ちになりながら、随分久々にネクタイを締めた。
螺旋捜査部の備品だというスーツは、まるで喪服のように黒い。ジャケットの襟、裏地に縫い付けられた二重螺旋のマークのみが銀色の糸で縫われ、そこには強い防衛魔術が織り込まれているのが分かった。

「その、談話室には……
「カンカンですよ」 市ノ瀬はにやりと笑った。「存分に、怒られてきてください」


***


談話室と呼ばれてはいるものの、カフェスペースのような内装になっているその一角。大きな窓があり、衝立で区切られた円形テーブルと椅子が置かれた場所に、良く見知った青毛があった。私はそろりそろりと近づいて、片方の耳がこちらに向いた瞬間諦めを悟る。
シャルルマーニュ・ハイドノーブルは勢いよく立ち上がり、何も言わず大股で私の方へ近づき、そして一切の遠慮なく私をぶん殴った。

共に居た少女__エマが「しゃ、シャル!」と青くなりながら必死でその腕にしがみついて宥めている。情けなく床に転がっている私は、ふらふらとカウンターテーブルに腕を伸ばし、それを支えにして立ち上がる。今まで見たことがないほど後ろへ耳を引き絞り、明らかに烈火の如き怒りを腹の中で煮えくり返らせていることは想像に難くない。
すまない、とか細い声で絞り出すが、それさえ焼け石に水だろう。寧ろ彼の神経を逆なでし、更に怒らせるような気にもなった。

友人と殴り合いの喧嘩をしたのは、それこそシャーロック・ホームズが最後だった。
あの時はあのバカが全面的に悪かったのだが、今回は私に全ての非がある。何を言われようとも反論の余地などありはしなかった。

……シャル、」

私はずきずき痛む左頬に一度手をやって軽く摩る。どうせすぐに傷は治るのだが、胸の奥で痛むものはそう簡単に癒せない。

「お前は言ったよな。俺に、幻想に回帰してほしくない、って」
……ああ」

シャルは唇の端を震わせていた。ぐす、と鼻を鳴らす音が、三人だけの談話室で妙に響いている。

「お前はアンシーリーコートだから死なないじゃん。だからどんなになっても死なないって分かってるから……心配とか、そういうのが、薄れてくのが嫌で……でもお前の力がすげえ弱まってて、再生できないかもしれない、って聞かされた時__ちょっと安心したんだよ。普通に心配させてくれるんだって。
でもやだよやっぱり。お前が星と心中する運命だって分かってても、俺はお前をひとりぼっちにしたくねえよ……、でも、心配なんかかけさせんなよ……馬鹿野郎が……!」

支離滅裂な事を言いながらシャルは私の肩を強く掴んだ。何を返すべきか、適切な言葉を探す。今シャルが最も欲している言葉を選び取る。

……シャル。私にとってお前たち人間や馬子の一生は、星の瞬きのようなものだ。だがその瞬きが私に得難いものを残してくれている。私は永遠に覚えている。……私が物語を書き続けるかぎり、お前たちはそこにいてくれる」

「莫迦な事、言うな」

シャルは堪えきれなくなって、溢れる涙を留めきれずそのまま頬を伝わせていた。
普段ならきっと「そ~う? 俺の事も書~いて!」とかふざけたことを言って笑うのだろうが、今日はそんな冗談めかした雰囲気は一切なく、ただそこには海よりも深い優しさが横たわっている。

「莫迦な事を言うな!」
……シャル。私は__」
「ひとりにされて、寂しかったんだろうが! 誰も喪いたくなかったんだろうが! 忘れたくなかったから、筆を執ったんだろうが……!」
「____、」
「俺やエマを大事に想って、キリルから遠ざけたことなんか分かってる! でもな、俺やエマだってお前に辛い目に遭ってほしくないんだよ、このあんぽんたん! お前の永い時間が幸せであってほしいと思ってる!
__勝手に庇護下に置くな! 一緒に走らせろ! 俺はお前の、相棒ワトソンだろうが!」


私は立ち尽くす。そして同時にあの日を思い出す。
1891年、5月4日。一度私の世界が終焉を迎えたその日。

『__僕が逝くから、君は往け』
その一言を残してライヘンバッハの滝へ堕ちた、親友__シャーロック・ホームズのことを思い出す。


(ああ、そうか)

私はずっと彼らを忘れたくはないと、そう強く思っていた。
だが実際は少しだけ違ったのかもしれない。目の前で輝く旭日に目を細める。視界がぼやけ、私は思わず強く目を擦った。

……シャル、エマ」
「んだよ。謝ったって許してやらねえぞ」
「そうではない。……ありがとう。……心配してくれて」

私はむくれているシャルに向かって静かに告げた。

「頼みがある」
「へえ? 殊勝だなぁ。な~んだよ?」
……キリルを封印したい。手伝ってくれるか」
「えまはおっけー!」 向日葵のような笑顔でエマは言った。「シャルもおっけーでしょ?」
「なーんーにーもー言ってませんがぁ? お嬢さ~ん?」
「え~、シャルのどけち。ろば」
「誰が驢馬~~!? 俺はどこからどう見たってスーパーイケメンサラブレッドでしょうが」
「じぶんでイケメンっていうの、はずかしくないの?」 辛辣なエマは肘でシャルの脇腹を突いた。
「えっ、全然恥ずかしくない。事実を言ってるだけだから」
「あ、そう……

思わずふっと吹き出し、私は思わず背を丸めた。段々こらえきれなくなり腹の中から湧き上がってくる笑みに肉体が耐え切れず、「ふ、ふふ」と声が漏れ出す。

「んだよジェームズ、」
「いや、すまない……ふふ」 エマが私の頬をむにむにと触り、「ジェームズ、えがお、めずらしいね!」と明るい声で言った。
……珍しいか?」
「まあ、珍しいかもな。声上げて笑ってんのは。で、こっからどうする? マイ・ディア」

そう言われて、私は初めて自分がこの瞬間に憩いを感じていたことを自覚する。
勿論言うべきことは分かっていた。これからどうするべきかも。


……初歩的なことだ、友よ」





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