外伝 瑠璃色の真珠【完全版】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
月が一際大きく輝く日。ヒトの姿に擬態できないエマ=ジェームズ・ワトソンはバケツの中でのんびり過ごしていた。そんなある日ワトソンの元に奇妙な案件が持ち込まれる。四人の女性に『購入した覚えのない宝石が突然届いた』という。その宝石は瑠璃色に輝く真珠で__? その宝石が持つ意味は何か。背後で渦巻く愛憎と犯罪とは……?
「窒息しそうな思いの果てに、あなたは何を願うのかしら」


ッシャオラ~~~~!!!! パワーで完結させました。『瑠璃色の真珠』!! 多分大体二か月ちょっと放置していた気がするんですけどもなんとか終わりました。
こっちもこっちで新章みを残しておくみたいな感じで終わらせたのはアレです。雰囲気です。雰囲気大事。なんだかすみません。全部繋がった状態の完全版なので長いです。お時間あるときに読んでください。パワーゴリ押し完結なのであんまりこう、その、何と言いますか。パワーです。はい。
楽しんで頂けたら幸いです!
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「ワトソン先生__」

電話越しのフィニアの声は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになっていることが簡単に想像できた。私__ジェームズ・ワトソンは何も言わず彼女の言葉の続きを待つ。

「ミザリー・シュピッツナーが、殺されました。現場は完全な密室です。魔術行使の形跡は一切消されていませんでした」
……やはり、こうなるのか……

私は状況が最悪であることを再認識した。日本大使館には陰陽庁の腕利きがいる。シャルルマーニュとエマは彼に任せておけば問題ないはずだ。安全は保証されている。
キリルの目的は単純明快だった。自分の考えた魔術が実際に使えるかどうか試したい。その程度でしかない。今回の事件ではミザリー・シュピッツナーとジュワイユーズ・イシュタリテ、両者の異なる思惑があったために事態が複雑化しているだけで、キリルという魔女を事態の中心へ置けば対して複雑ではなくなる。

……貴方も気を付けてくれ。ジュワイユーズを頼む」

それだけ短く言い残して通話を終える。
タクシーは指定の場所とは異なる方向へ向かっていた。カーナビは健気に延々とルートを教えてくれているが、運転手は全く聞こえていないのか__あるいは聞く気がないのか、ひたすら車をロンドン水族館の方向へ走らせている。

……シャルとエマを見逃すとは、一度死んで丸くなったか? キリル」
「見逃す? 相変わらず面白いことを言うね、原初の泡よ」

運転手の口から性別を感じさせない軽やかな声音が吐き出された。先程行き先を聞かれた時の声とは異なっている。私は眉を顰めてルームミラーを睨んだ。

「僕は皆へ疑問を投げかけているに過ぎない。答えをどのように出すかは彼ら次第さ。急かすような真似はしない」

運転手の姿は、既に運転席には無い。
黒曜石のように黒い肌、薄っすら金色がかった月光のような長い髪。御伽話の妖精がそこにいる。ただあるのは妖精のような可愛らしいものではなく、どす黒い強さと目が離せない神聖さを兼ね備えた魔女の威容だった。
車の扉へ手をかける。鍵はかかっていないはずだが、まるで最初から扉という概念がなかったかように頑として取っ手は動かない。

「人間は時々、物事を複雑化しすぎる。面白い生き物だよね。肉体なんてただの匣なのだから、こだわらなくていいと思うのだけど。彼らはそういうわけにもいかないようだ」
……アリスティアラを回帰させる儀式のうちで、その肉体を乗っ取ったのか」
「そうだよ。ミザリーはひどく狼狽していたけど__あの肉体、そもそも何か病に侵されていて僕の力でも修復できなかった。だからさっさと別の躰に乗り移ったんだ……が、人魚たちは駄目だ。残念ながら魔女と相性があまりよくない」
……人魚連続殺人事件は、お前が肉体を何度も乗り変えたことで起きたのか」

私はハンドルを器用に操るキリルに問いかける。彼はくすりと微笑んで、

「殺人なんてとんでもない。僕は彼女らの心臓を間借りさせて貰っていただけだよ。そして彼女らが思い願うものを叶えてやった」
……愛と、足か」
「エクセレント! 流石は名探偵の代理人、素晴らしい。彼女らにはいいものを見せてもらった。窒息しそうなほどの狂おしい思いの果てを見せてくれた……全力で喝采を送りたい。マクシミリアン・オフェムもおなじことさ。彼は僕が何かしたわけではないけれど__泡泳竜の肉が、恒久的な変態能力の付与に繋がると、彼は自力でその事実をついに手に入れたわけだ。結果は散々だったようだが、愛のために死に物狂いで力を追い求める姿は美しい」
……お前の中に、善悪の尺度が無いことは昔から理解しているつもりだ」
「ならば僕を糾弾することが無意味だと簡単に理解できるはずだろう?」

キリルは静かに車を止めて外へ出た。水族館の前の通り__ザ・クィーンズ・ウォーク。そこから丁度ビッグ・ベンが望める。有名な観光名所だが、今日は誰一人としてそこにはいない。
複数人の気配がある。手練れの魔術師たちがかなりの人数配置されているのが分かったが、そんなものにはキリルも気づいている事だろう。私は軽く右手の指先へ魔力を込めて虚空からペナンローヤーを取り出した。

「残念だよ、アンシーリーコート」

キリルはとても穏やかに微笑んでいる。まるで憂いなどありはしないかのように。

「僕はね、知りたいんだ。人間や馬子が抱く思いの果てを。それだけが僕の祈りだ」
……その祈りのために誰かを殺すことを……私は絶対に容認できない」
「真面目だね、君は。僕ならそんな皮はすぐに剝ぎ取ってしまうよ。愛した唯一の女を喰ってしまったように__君のそんな剥き出しの獣性こそ愛おしいと思えど、今の君は駄目だ」


__今の君は、全く以て美しくない。


その言葉と同時に強い衝撃があった。私の左肩から先が吹き飛ばされ、血肉が周囲へ撒き散らされる。何をされたのか全く理解が追いつかない。猟犬に噛まれた? あり得ない。あれらは確かに悪意の獣だが、今は完全にフィニアの支配下にある。フィニアの指示がないにも関わらず攻撃してくることはない。
傷口を見遣り気づく。まるで何かで捻り潰されたように、或いは爆縮と呼ぶのが正しいのか、そのような__喰いちぎったような形の傷跡ではなく、これは明らかに空間が突然歪み収縮したことで私の躰がそれに巻き込まれたのだ。
空間魔術は魔女の魔術だ。
そしてキリルは『幽閉の魔女』。つまり、空間の拡大や縮小、仮想の匣を操ることを得意としている。
私の扱う魔術とは、大変相性が悪い。

痛みに耐えながらペナンローヤーを構える。涼し気に長い髪を風で靡かせているキリルは、嘲るように私を見て嗤った。

「止した方がいい。君では僕に勝てない」
……やってみなければ、……分からないだろう」
「いや、分かるよ。対神秘専門の連中でも、僕の間合いに入ってくれば死ぬと理解している。__ジェームズ・ワトソン。君では僕を殺せない。残念ながらね」

そう言ってキリルは手の内にあった黒いルービックキューブのようなものを操った。
キューブが自在にばらける。次の瞬間、私の視界が歪んだ。平時ではありえない音と激痛が全身を貫く。だが声を上げる事すらできないまま、私は無様に倒れ伏す。
私は指先すら動かせないまま、辛うじて動く瞳でキリルを見上げていた。

……原生神秘がこれほど柔らかくなるなんて、いやな時代になったものだね」

自分の体がどうなっているのか分からない。
だが再生が異様に遅いことを思えば、かなりばらばらになっていることは想像がついた。
キリルはゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。そしてずるり、と私の左目を引きぬいた。

「これは貰い受けるよ。『彼』にはまだ死んでもらっては困る」
…………!」

待て、と声を出したかったが、一切声は出ないままだった。薄れる視界の中で霞のようにキリルが消える。

私はどうやら何もかもに失敗し、何もかもを失った。
彼が立ち去ったことを確認したらしい魔術師__いや、陰陽庁の職員たちが私の肉の破片を回収しているのが見えている。
これはシャルから説教だな、と思いながら、私はぼんやりと意識を半分ほど手放して、私の顔に触れる誰かの指先を感じていた。