井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其七 ぶた怪物くわいぶつ
 
 孤島こたう生活せいくわつは、あたらしいことのあると、あたらしいひとるとにつて、その單調たんてうやぶられるのである、しかも、おほくの塲合ばあひおいては、あたらしいひとるにしたがつてあたらしいことおこるのである。
 山豚狩やまぶたがりは、我等われ〳〵めづらしくない仕事しごとあそびであるが、此度このたび父島ちゝじまからおくられた白米はくまいべう返禮へんれいにとてはじめた、それは、是迄これまで壯快さうくわいであつた。
 ころは十二月半ぐわつなかばのれたで、しま健兒共けんじどもは、べー、ハツチー、ヤマの三猛犬もうけんさきてゝ、赤土山あかづちやま深林しんりんしつゝすすんだ、三けんいづれもすぐれた逸物いちもつであるが就中なかんづくベーは、獵犬りやうけん長所ちやうしよ具足ぐそくし、島中とうちうだい一の猛者もさとしておもきをかれてるのである。
 椰樹やじゆおほ水分すゐぶんんだたにはいつた、此所こゝ我々われ〳〵椰子澤やしざわ名附なづけてところである、いぬぶたにほひけて、はなをクン〳〵はせながらしきりにいさつに、はやし隙間すきまからおくのぞけば、はたして、山豚やまぶた大群たいぐん徘徊はいくわいしてるのである、そこで、我々われ〳〵充分じうぶん戰鬪せんたう凖備じゆんびとゝのへ、時分じぶん見計みはからつて、いざとばかりに頸綱くびづなはなせば、三猛犬もうけんあたかせきつたみづいきほひで、地上ちじやう逆浪さかなみたせつゝきそすすんだ。
『ウワーツ』と、我等われ〳〵椰樹やじゆみきつてさけぶ、三けんえるこゑらいのやうに木魂こだまひびく、はやしなかかぜおこる、ぶたむれきもつぶしてやまのぼる、アヽ愉快ゆくわい
 群中ぐんちう頭領とうりやうともふべき大黒豚おおくろぶたは、仲間なかま奴儕やつばら狼狽らうばいしてまよなかに、ただぴき泰然たいぜんとして殿しんがりをするのである、まへにもべたとほり、元來ぐわんらい生物せいぶつ學上がくじやう野猪いのしゝ變種へんしゆたるぶたが、やまはなひをされること幾代いくだいにもおよんで、だん〳〵その子孫しそん野猪いのしゝくわしてたのである、此黒豚このくろぶたごときは、ぶたせいよりもむし野猪いのしゝしつおほくなつたので、しゝぶた四の怪獸くわいじうしやうするのが適當てきたうである、ぶたでなくつて、ぶた怪物くわいぶつである、すがる三猛犬もうけん尻目しりめけて、こうしほど體軀からだころがし、『ウオー〳〵』と、地響じひゞきするやうな物凄ものすご重苦おもくるしいこゑくと、まつた尋常ただぶたくするところでない、灰色はいいろ皮膚ひふに、ぎんはりゑたは、椰葉やえうれるふゆするど反射はんしやして、滿身まんしん活氣くわつきそとき、さながら一大塊だいくわいほのほのやうである、それにくちびるれてあがること三すんきばするどさ、奉書ほうしよいて切先きつさきばかりあらはした短刀たんとう凄味すごみがある、どうしても怪獸くわいじうである。
 いてたふすに猶豫ゆうよかるべきはず猛犬もうけんも、此見脈このけんまく荒膽あらぎもをひしがれたか、三とうに三とうながら、ぐる〳〵ぶた周圍ぐるりまわつてえるばかりである。
『それツ』
『やツつけろ』
 つてける。
 流石さすがだい一の猛犬もうけんベーは、决死けつし覺悟かくご雄々をゝしく、剛敵がうてき咽喉のど目掛めがけて、電光いなづまよりもはやいた。
めたツ』、と我等われ〳〵突進とつしんした甲斐かひく、ぶた到底たうていぶたにあるまじき機敏きびんもつはし、かさずくちばしげて一しやくりやると、あはれ短刀たんとうかとまがふするどきばが、くまあざむちからもつて、したゝかべーの脾腹ひはらまれた、ながれるのだんではない、臟腑ぞうふ無殘むざんあははれたのである、我等われ〳〵ぎょっとして二のあしんだ。
 けれども、流石さすがにべーである、一悲鳴ひめいげて打倒うちたふれたが、もがいてなほつたとく、よろめきながらてきくびたまいてブラ下がつた、これにはげまされて、ハツチーもかゝつた、ヤマもつゞいて肉薄にくはくした、我等われ〳〵いきほひをてヤマのあとめた、もうめたとおもつた。
 ところが、案外あんぐわいにもまたもやこえる悲鳴ひめいこゑはハツチーである、かれみぎみゝは、ぶたきばかゝつて七かれ、全身ぜんしん血潮ちしほびてがつたのである、べーも氣方きりよくきて、ブラがつた體軀からだをバツタリ地面ちべたおとした、ヤマは尻尾しつぽれてした。
 さア今度こんど我等われ〳〵人間にんげんばんである、けれども、先日せんじつ豚狩ぶたがり仁田にたんろうんだ豪傑連ごうけつれんも、本當ほんとう野猪いのしゝおとらぬ剛敵ごうてきつては、いさゝか閉口へいこう……いな其實そのじつおほひ閉口へいこうせざるをないのである。
 くだん怪獸くわいじうは、あたまひくしりたかく、鼻嵐はなあらし地上ちじやうげて我等われ〳〵むかへるれいとなしたが、だしぬけにおどらして、一ばんちいさい山本やまもとそばけた。
『アツ』と、自分じぶんおもはずこゑをあげた。
 山本やまもとびつくりしてひらいたが、むねさすつて、れいきば着物きものゑりかゝり、上前うはまへおくみ劔先けんさきを、うちからそとつらぬいた、其儘そのまま山本やまもときずつてけてかうとするのである。
『アツ仕舞つた』
 田邊たなべ忌味いやみはれてから、がさして山本やまもととほざかるやうにして自分じぶんは、此時このときも、山本やまもとと三にんばかりへだてゝ位置ゐちめてたのであるが、われわすれてだれよりもはやり、よこから怪獸くわいじうくびかゝへて、たふさうとした、けれども、あはてたまゝ足許あしもとさだまらなかつたので、一られてもろくも腰碎こしくだけ、一たんひざつて、それから仰向あふむきにたふれた。
何糞なにくそツ』と、此方こちらきるはずみが、けものまへすゝいきほひと衝突しやうとつして、はげしくけものむねひたひち、またもやどうたふれた、くらんでものえなくなる。
山本やまもとしつかりしろ、ぼくはどうなつても、屹度きつときみすくつてやるから』、モウ見得みゑ外聞ぐわいぶんく、本心ほんしんして死者しにものぐるひのこゑげたのは、傍觀はたものに、けて、田邊たなべに、意氣地いくぢ野郎やろうえたであらう。
 夢中むちう山本やまもとんでると、自分じぶんきずりおこものがある。
海野うんの君、しつかりしたまへ、山本君やまもとくん無事ぶじだから』
 やさしく沈着おちついたこゑに、いてれば、友誼ゆうぎあつ山代やましろが、しか自分じぶんうでつてるのである。
有難ありがたい、ぼく引起ひきおこしてれたのはきみか』
『さうだ』
山本やまもとはどうした』
山本君やまもとくんえりかかつたきばも、ぼくはづしてやつた』
『アヽ有難ありがたい、さうして山本やまもと無事ぶじか、怪我けがいか』
無事ぶじきみそばるよ』
 はれてけば、山本やまもと少年せうねんは、めたやうなほゝと、えるやうなとをして、セイ〳〵いきをしながら、自分じぶんけるやうにしてる。
『オゝ山本やまもと』と、かゝせやうとしたが、山代やましろ感謝かんしやしなければならぬと、きびしくかれにぎつて
じつに〳〵、きみ厚意こうゐいまはじまつたわけではないがぼくはどうつて感謝かんしやしたらいゝかわからない、危險きけんをかして友人ゆうじんすくふ、とくに、平生へいぜいおとなしいきみだから、其行そのおこなひに價値ねうちがあるんだ、山本やまもときみ山代君やましろくんれいへ』
 一めん山代やましろにぎつたまま、一めん山本やまもとけて、山代やましろまへすすめた。
 山代やましろ何處迄どこまで山代やましろらしい笑顏ゑがほ
『いや、ぼくにはそんなに感謝かんしやける資格しかくがない、見給みたまへ、田邊君たなべくんがあゝしてるから、ぼく其隙そのすき君達きみたちおこすことが出來できたんだ、ぼくよりは、田邊君たなべくん感謝かんしやたまへ』
 田邊たなべいて自分じぶんめう不快ふくわいねんおこした、けれども、結構けっこうじんたる山代やましろなん餘念よねんがないのである。
田邊君たなべくん勇力ゆうりよく剛膽ごうたんとは、流石さすが先生せんせい見込みこまれて、此島このしま事業じげう監督かんとくをしてるだけの價値ねうちがあるねえ』、と山代やましろしきりに讃歎さんたんする。
 自分じぶんは、べつにかうとまをわたされたこといから、此島このしまもの皆同等みなどうとう資格しかくで、かしら尻尾しつぽく一やうはたらくのだが、まへからしまものは、案内あんないつてるだけに、あたらしいものむかつて自然しぜん指圖さしづがましい態度たいどるやうになるのだらうぐらゐにおもつてたのである、いまはじめて、田邊君たなべくん我等われ〳〵監督かんとくであるといて、かれひとしのぐやうな所爲しよゐも、其理由そのりゆうがあることをさとるとともに、さらことなつた不快ふくわいかんいてる、不快ふくわいかんともなつて是迄これまでおぼえなかつた不安ふあんねんかもされた。
 けれども、眼前がんぜん田邊たなべには、敬服けいふく感謝かんしやするのむをないのである、かれは、野猪いのしゝよりも手剛てごわ怪獸くわいじうこしき、其左そのひだり後肢あとあしかついで、力任ちからまかせにたふさうとしてる、けものまたたふされまいとしてる、双方さうほうちからで、大地だいち震動しんどうするばかりである、これにくらべると、くびいてばされた自分じぶん意氣地いくぢ加減かげんまつた恥入はぢいるばかりである。
 一どう茫然ぼうぜんとしてながめてる。
 田邊たなべちからきて平太張へたばるか、けものいきほひがきはまつてつくりかへるかとときあたり、一人ひとりぬきんで
田邊君たなべくん加勢かせいするぞ』とさけびさま、けものみぎ後肢あとあし兩手りやうてからんで、グツとすくめたものは、力量りきりやう田邊たなべ匹敵ひつてきすとしやうせられる柴浦しばうらである。
イでやらう、いゝか、そら、イ、ウの、ツつと、ウーン畜生ちくせうツ』
 さしもの怪獸くわいじうも、これいたつてつひ其脊骨そのせぼね大地だいちにたゝきけざるをない、のこ數人すうにんたりとつて、用意やうゐ麻繩あさなは手早てばやけものの四そくしばげた、六十餘貫よくわん體軀からだふるはして、らし、物凄ものすごこゑおほきく一つうなつたのが、此山豚このやまぶたおう最後さいご活動くわつどうであつた。
 すべてのくち田邊たなべ喝釆かつさいした、自分じぶんいへども一われわすれて讃嘆さんたんこゑはなたざるをなかつた、だまつてもの山本やまもと少年せうねんばかりである。
 得意とくゐ滿々まん〳〵田邊たなべは、どうおもつたか、ツカ〳〵山本やまもとそばつて、狎々なれ〳〵しくかたをたゝき
『どうだ、これからはぼく兄貴分あにきぶんたのまないか、つよものにたよつたほうがおまへとくだぜ』と厭味いやみたつふりにつて、けがましく高笑たかわらひをするのである山本やまもとは、ものをもはずジロリと田邊たなべにらげて、素早すばやしたをくゞりけ、自分じぶんうしろまわつて、とほよこ退いた。
ぼくこわがるんだな』とつて、手持無沙汰てもちぶさた山本やまもと後影うしろかげ見送みおくつた田邊たなべは、其目そのめてんじて、さもま〳〵しさうに自分じぶんみつめたが、てはまたけたやうな高笑たかわらひに、一さい胡麻化ごまかつた。

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