井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
Public その他二次
 

嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

◎縦書きリーダー(ここ左下タブ)を使うと、くの字とかがちゃんと表示されます。
◎異体字・旧字体は端末によっては表示されないかもしれません。
◎ルビはふり中 サイト元PDF上では全てにルビがあるので参照してください。

元PDFはいつでも見られる!
国立国会図書館デジタルコレクションにアクセスして、表紙も口絵も見よう!

伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其二 二十六と十六との二人ふたり
 
 我等われ〳〵かう渡島とたうするまでとて、ヱー先生せんせい無人むじんさかひのこかれた二人ふたり靑年せいねんはそも何者なにものであらう、一人ひとり福岡ふくおかうまれで津田つだび、某滊船會社ぼうきせんくわいしや重役ぢうやくをしていまひとたる〇〇實弟じつていである、いま一人ひと東京とうきやううまれで山本やまもとふ、いづれもへぬ無法者むはふものであるが、津田つだはう今年ことし二十六で、多少たせう驅引かけひきつてるし、幾分いくぶんかズルイところもあるけれども、ひと山本やまもといたつては、純然じゆんぜんたる腕白小僧わんぱくこざう、あばれることよりほかにはなにらないから仕樣しやうがないのである、おけにタツタ十六である。
 彼等かれら此島このしま理由わけは、探驗たんけんためでも冐險ばうけんためでもなんでもい、自分じぶんからこゝろざしてゝすすんでたのではない、彼等かれら父兄親戚ふけいしんせき彼等かれら亂暴らんばうあきじゃてて、矯正きやうせいめに父島ちゝじま知人ちじんあづけたのであるが、あづけられたもの亦遂またつひ彼等かれらあまし、ことばまうけて、此島このしま先住者せんぢうしやヱム體好ていよたのんだ、そこで二人ふたり腕白靑年わんぱくせいねんはなみやこから五百餘海里南方よかいりなんぱうはな小島こじまに、旨々うま〳〵ながされひととされてしまつたのである、彼等かれらは、最初さいしよから親戚しんせきでも友人いうじんでもなんでもい、經歴けいれきおなじくし運命うんめいおなじくして、偶然ぐうぜん東京とうきやうからおくられるふねつたので、それ以來いらいはなれやうとしてもはなれられぬくさえんむすばれた。
 無人むじん絶島ぜつたうに、靑春せいしゆん血燃ちもゆる男子だんしがタツタ二人ふたりるのである、一人ひとりは二十六で一人ひとりは十六である、靑年男子せいねんだんし美少年びせうねんとのあひだに、戀愛れんあい關係くわんけいさへ、つことがあるなかではないか、彼等かれらは、境遇きやうぐうため餘儀無よぎなくされて兄弟きやうだいのやうにたのひ、夫婦ふうふのやうにむつはなければならないはずである。
 所󠄁ところが、彼等かれら何所󠄁迄どこまで腕白わんぱくなのであらう、何所󠄁迄どこまで無法むはふなのであらう、彼等かれら媒島なかうどしま以來いらい長人おとなしくしてたのはしばしのあひだである、やがて、先住者せんぢうしやげて、しまヱー先生せんせいわたしたとき二人ふたり靑年せいねんも、甘蔗及かんしようしおなじく引繼ひきつがれ、それから今日迄こんにちまで彼等かれらはタツタ二人島ふたりしまかれたのであるが、ひとなくなつて心細こゝろぼそくなるべき二人ふたりは、かへつて羽目はめはづしてくつろぎ、ひとなくなつて仲好なかよくなるべき二人ふたりは、あべこべにかぶつてねこいで本相ほんさうあらはし、なん束縛無そくばくないぬとなりさるとなつて、おもひのまゝ喧嘩けんくわ日々にち〳〵仕事しごととするやうになつたのである、腕白わんぱくもこゝにいたればいさゝかとするにらないだらうか。
 或日あるぐこと喧嘩けんくわはないて、二人ふたりブンなぐひからトツひにうつり、やゝしばらくたゝかつたが、なににしろ二十六と十六とである、ばかりつてもほねがまだかたまらない、とう〳〵山本やまもとせられて、榮螺さざえのやうな鐵拳てつけんつゞだまとし數程食かづほどくらはさられた、あられのやうななみだはしらせ、齒軋はぎしりをして口惜くやしがつたがかない、で其日そのひ
おぼえてろ』
 とおしみをつただけできよくむすんだが、四五にちつてから、山本やまもと津田つだ油斷ゆだん見濟みすまして、不意打ふいうち復讐ふくしうこころみた、所󠄁ところ經營慘澹けいえいさんたん甲斐無かひなまたもや見事みごと失敗しつぱいしたので、山本やまもとはじめてまこと屈服くつぷくした。
 これからのち勝者しやうしやたる津田つだ專制君主せんせいくんしゆで、敗者はいしやたる山本やまもと奴隷どれいである、津田つだ山本やまもとむご使つかはじめた、山本やまもとすこしでも不平ふへいいろあらはせば、鐵拳てつけんあめ直樣頭すぐさまあたまくだり、あるひ鐵砲てつぽう筒口つゝくちけられる、文明ぶんめいなかにありべからざることのやうである。
 つひには山本やまもと津田つだおそろしくおもふやうになつた、すき小屋こやし、やまなかみ、枯枝かれえだ檳榔樹びんらうじゆなどをあつめて、わづか雨露うろしのぐにるだけの小屋こやつくり、其所󠄁そこかくしてたが、津田つださがてられて、野獸やじうのやうにされ、有無うむはさずもと小屋こやれてかへられた。
 けれども、これがめに山本やまもと恐怖きやうふ厭惡えんなとのねん盆々ます〳〵くははつて、どうしても津田つだ所󠄁ところ落附おちついてることが出來できない、またもやぬすんではし、以前いぜんよりさら奧深おくふかつくれば、津田つだ何所󠄁迄どこまでさがしてれてかへる、山本やまもとはまた意地いぢになつて飽迄あくまでげる、くておな手數てかず繰返くりかへすことが二十回餘くわいあまりにおよんだので、流石さすが津田つだつひこんき、山本やまもと自分じぶんからつてかへつてるをつより外無ほかくなった。
 所󠄁ところ怪少年くわいせうねん山本やまもと自分じぶんからるやうな可愛かあいらしいのではない、津田つだ耕地こうち藷堀いもほりにつてかへつてると、何一なにひとつとして必要ひつようひなでないものはないなかに、もつと大切たいせつ燐寸まつち油壺あぶらつぼなべなたの四てんえない、津田つだじつこしかすばかりにおどろいた、天魔鬼神てんまきじん仕業しわだでない以上いじやうは、山本やまもとぬすんでつたのにちがひがないのである、たまご‪──むし生命いのちたねたる燐寸まっち油壺あぶらつぼ人間にんげんくびをチヨンるにてきするなたなどをつてつてつたこゝろは、泥棒どろぼうをやつて復讐ふくしうてるとともに、さらに、大復響だいふくしうくはだてる準備じゆんびみとむるにるのである。
 そこで、津田つだ亦山本またやまもとこわくなつてた、此晩このばんから戶締とじまりを嚴重 げんぢうにして、寢間ねまには獵銃りやうぢう小刀こがたな大斧おほおのなどをならべて、ひる鐵砲てつぽう身體からだからはなさず、一寸ちよつと油斷ゆだんゝ、山本やまもと不意打ふいうちそなへるやうになつた。
 いつくんぞらん、一ぽう山本やまもとにはそんな意氣込いきごみがないのである、津田つだ小屋こや泥棒どろぼうつたのも、つまり津田つだこわいからの出來心できごゝろで、護身用ごしんようなたれたのと、今一いまひとつは自分じぶん食事しよくじ必要具ひつようぐ調とゝのへたにぎないのである、其證據そのしやうこには、ひる津田つだ姿すがたられることをおそれて、ふか自分じぶんひそみ、よるになるとソロ〳〵小屋こやて、山豚やまぶたほふり、さかなとらへ、これ海水かいすゐひ、わづか生命いのちつないでるではないか。
 こんな有樣ありさまであるから、一人ひとりで十七とううしふには、津田つだ餘程骨よほどほねらなければならない、元來ぐわんらい横着者わうちやくものかれは、此面倒このめんだうはぶかうとして、飼牛かひうしのこらずやまなかはなし、自分じぶんは、山本やまもとたいする用心ようじんめ、おほくは小屋こやこもつて、たまにしかそとなくなつた。
津田つだ野郎やらう劍呑けんのんだから晝間ひるまはウツカリそとられやアしない、ヅドンとひとつやられゝば、それつきりだからなア、あの野郎やらうのこつたから、ころしていてうみなかほうみ、一人ひとがけからつこツて、ふかはれてしまつたとでもやアがるだらう、タツタ二人ふたりツきりのしまぢやア證據人しやうこにんがないんだから、ころされればころされぞんだ、こんな間尺ましやくはないことはありヤアしない、けれどもよる鐵砲てつぽうねらひがかないから大丈夫だいじやうぶさ』
山本やまもと畜生ちくしやう劍呑けんのんだから、よるだつてひるだつて、滅多めつたそとられやしない、彼奴あいつねづみのやうにすばしこいやつだから、何所󠄁どこ藪陰やぶへびからして不意打ふいうちはせるかわかりやアしない、いくら乃公おれだつて、だしぬけになたせなかられちやアたまらないからなア』
 兩方りやうほうおなじやうなことつて、兩方りやうほうこわがつて要心えうじんしてるのである、無事平穩ぶじへいおんむべきしまが、タツタ二人ふたりの二そく動物どうぶつませたために、元龜げんき天正時代てんしやうじだいのやうな亂世らんせいひらいた。
 こゝにおいて、山豚やまぶた番人ばんにんないのをいゝことにして、公然こうぜんはたけあらしに後住者こうぢうしや生命いのちつなたのむ、甘藷さつまいもむさぼふ、山牛迄やまうし亦長人氣無またおとなげなぶたしりいてて、あらしたうえさらにほぢくりかへすのである。
 で、いまヱー先生せんせい言葉ことばまじへてるのは、まで津田つだである、かれは、昨夜ゆうべ暴風雨あらしきもし、てゝくはへて、怪少年くわいせうねん山本やまもとがこんなよるじやうじて襲撃しうげきくはへるかもれないとのおそれがあるために、一夜夢やゆめむすぶことが出來できなかつたので、曉方近あけがたちかくなつてから、我知われし草臥くたびれてねむり、我等われ〳〵の一かうこゑみゝらず、食事小屋しよくじこや大勢おほぜいはいつたことらず、グー〳〵いびきいてたが、けにヱー先生せんせいはいられてびつくまし
山本やまもと貴樣きさまおれをどうするだ』
 と、そぞろにきて、杭許まくらもといた裝彈たまごめ獵銃りやうぢうげた。
『コラしつかりしろ、山本やまもとぢやない、ぼくだ〳〵』
『イヤア先生せんせいですか』
 二びつくりのかれげた鐵砲てつぽうのやりこまり、しばらくは小屋こやうちなにさがすやうにグル〳〵まわつてあるいたさうである。
 最初さいしよまゆひそむねおどらしていて我等われ〳〵も、はて大笑おおわらひになつて、ヱー先生せんせい長話ながばなしおはりに喝釆かつさいあたへた。

コメントなど👏:Wavebox