井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其九 タツタ一人ひとりわかをんな
 
 三ぐわつつて父島ちゝじまからふねは、我等われ〳〵生活せいくわつ單調たんてうやぶるべく、三あたらしいひと供給きやうきうした、一人ひとり豐田とよだ青年せいねんで、べつかはつた經歴けいれきく、また際立きはだつた長所ちやうしよをもみとめられない我等われ〳〵同樣どうやう日本人にほんじんであるが二人ふたりいたつては、我等われ〳〵好奇心こうきしん滿足まんぞくせしむべく、注目ちうもくあたひするものである、その一は、西班牙すぺいんから歸化きくわしたカアレンと親仁おやぢで、正覺坊しやうがくぼうりにめうる、の一にいたつてはさらめづらしい、めづらしいとはうよりは、むしおどろくべきものである、それはをんなである、わかをんなである、をとこばかりのおにしまへ、タツタ一人ひとりわかをんながやつてたのである、るとうはさくさへ、氣絶きぜつするものがありさうな變事へんじであるのに。
 ところが、一けんすると、想像さうざうおよばないをんなたる所以ゆゑんきもさなければならぬのである、其名そのなはタヲカ、手弱女てをやめのタヲとに、色香いろかのカとへたものと速斷そくだんたまふな、南洋なんやうカナカから歸化きくわしたこく婦八ふじんのそれである、くろがねかんばせあかがねかみ秋波しうはぺんすれば、眞にしん魚沈うをしづ雁落かりおつ絶世ぜつせい怪婦人くわいふじんである、彼女かのぢよ今年ことし二十はたち青春せいしゆんださうである、けれども、我等われ〳〵には、二十はたちだか三十だか四十だか、さら判別はんべつかない、彼女かのぢよ長所ちやうしよは、裁縫さいほうでも、割烹かつぽうでも、糸竹いとたけみちでもなんでもい、およことと、もぐことと、カアレンとおなじく正覺坊しやうがくぼうこととである
 このめづらしい二人ふたりは、聟島むこじま觀光くわんくわうかくとして、正覺坊しやうがくぼうりの教師けうしとして、二ケ月かん豫定よていわたつてたのである、なにしろ面白おもしろい。
 これから五六にちつて、カアレン、タヲカを首腦しゆのうに、しま青年せいねんほとんど全數ぜんすうは、正覺坊しやうがくぼうりに出掛でかけた、其結果そのけつくわ雌雄めすをすとうおほ正覺坊しやうがくぼう捕獲ほくわくしてかへり、をすたゞちほふつて料理れうりし、ひさりで我等われ〳〵腹皷はらつづみたせた。
 正覺坊しやうがくぼうりは、りくける山豚やまぶたりとひとしく、孤島ことう生活せいくわつする我等われ〳〵つては、はなはおもきをくべき事業じげふである、正學坊しやうがくぼうは、形體かたちおほきく不氣味ぶきみなるにず、龜屬きぞくちう僧侶さうりよともしやうすべきもので、海草かいさうつてき、えてひとがいさない、みどりかふつゝまれた其肉そのにく美味びみ滋養分じやうぶんむことは、牛豚うしぶたたいしてひけをらない、ひとつては牛豚うしぶた以上いじやうだとふ。
 捕獲ほくわく時期じきは三ぐわつから七月にわたつて、交尾期かうびき産卵期さんらんきとの二わかち、捕獲ほくわく方法ほう〳〵雌雄めすをすつてちがふのである。
 三ぐわつぐわつ交尾期かうびきおいては、雌龜めがめつてとおとりなし、此奴こいつにおびきせられてりくがるやつつかまへるので、調子てうしのいゝときには、一ぴきめすすう乃至ないしすう百のをすることがある、まつたく、あまりに馬鹿々々ばか〳〵しくれて可笑をかしいときと、あまりに有難過ありがたすぎて勿體無もつたいないやうなときとがある、かた實地じつち無雜作むざうさきはまるもので、めす後足あとあし丈夫ぢやうぶなはくゝつて、波打際なみうちぎわちかいはうしろにした砂地すなちうへき、人間にんげん其繩そのなははし手近てぢかところはひけて、煙草たばこでもかしながら、いはかげつてる、すると、坊主奴ぼうずめが、おれは妻帶さいたいゆるされた本願寺ほんぐわんじであるぞとはぬばかりのつらで、めすけノロ〳〵とみづる、ちかづくまゝに、たりやおう岩蔭いはかげして、會釋ゑしやくおどりかゝり、左手ひだりて坊主ぼうず片足かたあしつかんで、みぎには其背そのせおさけ、ウンとちからめてよこおこし、自分じぶんやつけて、仰向あふむきに押倒おしたふすのである、かれ一たび地響ぢひゞきさしてけると、ふたたおきることがかなはない、むなしくはらてんけて四そく滑稽こつけいうごかすばかりで、モウ此方こつちものである、其面白おもしろ加减かげんじつ山豚狩やまぶたが以上いじやうである、だれだつて、子供こどものやうにをどがつてよろこばないものがない、さうして、これはひるでも出來できるが、なるべくよるがいゝのである。
 産卵期さんらんきける捕獲法ほくわくほういたつては、一そう容易やういである、例年れいねんぐわつ下旬げじゆんから、産卵さんらんする雌龜めがめが。續々ぞく〳〵しままはりの砂濱すなはまがる、しかもすべてかなら夜間やかんにするので、砂地すなちの一ばんやはらかいところえらび、一せう懸命けんめいに四そくはたらかしてすなり、自分じぶん躰軀からだはいるだけの大穴おほあな出來できると、其中そのなかに二時間じかんほどじつとしてたまごむ、さうして、おはればふたたすなせ、あなめてたまごかくし、悠然ゆうぜんうみはいつて、あくとしまでのぼつてないのである、正學坊しやうがくぼうとうたまごは百五十乃至二百、かたち鷄卵けいらんのやうであるが、外皮そとかはやはらかいこと護謨球ごむまりる、これが七十にちのち孵化ふくわして可愛かあいらしい小龜こがめとなり、名自めい〳〵勝手かつてうみはいるのである、そこで、この産卵期さんらんき正豊坊しやうがくぼうらうとするもの晝間ひるま仕事しごとやすんで充分じうぶん寢置ねをきをし、夕飯ゆふめしはらこしらへてから各自めい〳〵おもひ〳〵の砂濱すなはまおもむき、彼奴きやつさうな塲所ばしよえらんで、れるのをつてる、やがてよるになる、眞黒闇まつくらやみなか突立つゝたつて、波打際なみうちぎはにらんでると、やみにもしろ砂濱すなはまおほきなくろものあらはれて、いはうごくやうにノソ〳〵あるまはるをみとめる、此時このとき突立つゝたつてものむね動悸どうきつのである、はやまるこころしづめ、いきらして、樣子やうすあひだながもどかしさ、つひしてつくりかへしたくなる、けれどもたまごおはつてうみもど途中とちうおそふのがただしいほうたまごまないうちつて仕舞しまふのはよろしくない、だんだん正覺坊しやうがくぼう種屬しゆぞくすくなくするおそれがあるのである、このやりかたで、うんのいゝときには一に四五とうつくりかへすこともあるが、わるければ五つゞけて無駄骨むだぼねることもある、幾人いくたり出掛でかけても、一人ひとり々々〴〵〴〵はなれて自分じぶん持塲もちばまもるのであるから、滿さびしいことはタツタ一人ひとりことならない、ことに、雨降あめふ風吹かぜふ夜岩よいわくだけるなみおとや、ぎんらす其色そのいろ物凄ものすごうちに、突立つゝたつたまゝあかすと、なんわけか、こひじやうが四たいいてたまらない、はてしたくなつてるさうである。
 我等われ〳〵がカアレン、タヲカの二人ふたりれられて、はじめて正覺坊しやうがくぼうりにつたのは、空氣くうき肌障はだざはきぬのやうにやはらかいはるであつた、練習れんしうためであるから、一人ひとり々々〴〵〴〵はなれてず、半分はんぶんはカアレンにしたがひ、半分はんぶんはタヲカにいて両方りやうほうわかれ、どちらも一かたまりになつていきころしてた、自分じぶんはタヲカのほうくみである。
 タヲカは、姿すがたやさしいこゑ
『モウ屹度きつとあがつてますよ、あのしろ泡立あはだつてるとこくろいはたいなものえたら、咳拂せきはらひもなすつちやアいまけせんよ』と、さゝやぐやうにふ。
 くらくつてかほえないので、此時このときのタヲカはこゑひとである、こゑひととすればじつうつくしい、天女てんによのふうである、ゆるなみおとあたゝかい空氣くうき此宵こよひはるにはふにはれぬ情味じやうみが、こもつてる、今迄いままでをんなとしてかれなかつた自分じぶん冷酷れいこくづるこゝろおこつた、さうして、此心このこゝろ自分じぶんばかりでく、一どうむねうごいて、自分じぶんむね相感あひかん相答あひこたへるやうにおもはれる、自分じぶんつて山代やましろ
『いゝねえ』とシミ〴〵つてかすかふるはしたので、自分じぶん此時このとき心持こゝろもちかれ代表だいへうされたやうにおもつた、山代やましろも、たゞタヲカのさゝやぐやうなうつくしいこゑのみがいゝとわけではあるまい、其聲そのこゑ調和てうわする自然しぜん此自然このしぜん配合はいがうするこゑ双方さうはうあひだかもされた情味じやうみうごかされたのであらう。
『あれ御覽ごらんなさい、くろものえてましたらう、モウ御話おはなし法度はつとですよ』タヲカのこゑは、ほそ絹絲きぬいとのやうにうごく、人々ひと〴〵は、いきらしむねおどらせる。
 薄白うすしろにほつて、半圓形はんゑんけいをなせる砂濱すなはま、さながらおほきな朧月おぼろづきちてあるやうなうへを、おぼろかためて、たましゐんだやうな生物いきものが、すべるやうに、いざるやうに、ふやうに此方こなたすゝんでる、かんがへるやうにまる、ものさがすやうにあるまはる、やがてまたまつてもがはじめる。
『あれがすなるのです』
 タヲカがさゝやぎのくだから雌龜めがめ身動みうごきがんで、スーッとえたやうになる、えたかとおもふとさうでもなくつて、すなおもて朦朧もうろう印刷いんさつされたやうにかたちのこる、彼女かのじよいまおの自身じしんつたあなめたのである。
 かめ身動みうごきもしない、我等われ〳〵いは同化どうくわしたやうにしづまつてる、おぼろかめをも我等われ〳〵をも一やうつゝんで、あたゝかなること蒸氣ゆげごとく、きことあめごとく、しづかことうみそこごとくである、其間そのあひだに、かめ苦惱くのうおよひとむね動悸どうきとは、あまりに調和てうわせぬにぎるにぶあるかたもつて、時刻じこく遲々ちゝすすむのである。
面倒臭めんどうくさい、つちまはうぢやないか』と、こらかねくちびるやぶものがある。
我慢がまんたまへ、たまごんで仕舞しまつて、すなけてからにしゃう、さうしなけれあ、我等われ〳〵てんそむくの罪人ざいにんだ』ひそめたこゑちからもるのは自分じぶんである。
『どうせみにがつたものをるんだから、まへるもあとるも、つみおんなしことぢやないか』と、せつかへすものがある。
『そんなら、つみかくまへるとあとるとで、一とういて百五十とう乃至ないし二百とう正覺坊しやうがくぼうを、あらた水族界すいぞくかう供給きやうきふするかしないかとふ、經濟上けいざいじやう大問題だいもんだいになるぢやアないか』、自分じぶんこゑおもはずすこたかくなる。
『アヽ、御靜おしづかに、其聲そのこゑこえるとかめがなほ私共わたしどもたせます』、タヲカのひそめたこゑは、天女てんによさゝやぐやうに、自分じぶんみみからあたまわたつた。
 自分じぶんは、だれよりもタヲカとはなれて位置いちめてる、それでも、彼女かのじよしのびやかなこゑ耳根みゝねちかひびくのである、これは、自分じぶんのせいばかりではあるまい、おそらくはすべてのひとみゝひゞいたのであらう、此世このよひかりとふものがく、ひとふものがかつたなら、彼女かのぢよ世界無比せかいむひ美人びじんたるをるかもれない。
 自分じぶんつて腕白者わんぱくもの山本やまもとまでが、る一しうたれてか、あがきもせず、しやべりもしなくなつたのである。
 てん無意義むいぎ惡戯いたづらはあるまい、南洋なんやう黒婦人こくふじんぐうされた絶倫ぜつりん肉聲美にくせいびは、我等われ〳〵敬意けいゐもつこれくべきものでなければならぬ、これくの幸福こうふく感謝かんしやすべきものでなければならぬ、人種じんしゆ優劣ゆうれつ等級とうきうてゝ、一をかみちかものとなし、一をけものちかものとなす人間にんげん勝手かつてらすべく、たまに、所謂いはゆる劣等れつとう人種じんしゆなかから、こんなはなれたものして、天下てんかおどろかすのかもれない。
 もつとも、タヲカは純然じゆんぜんたる黒婦人こくふじんでなく、多少たせう白人はくじんまじへてるらしい、けれども、彼女かのぢよ絶倫ぜつりん宿やどつてるのは、其血管そのけつくわんなかながれる少許すこしばかりの白人はくじん作用さようであるとものがあらば、失敬しつけいながら、自分じぶん其人そのひとのゝつて、きはめて淺薄せんぱくなハイカラ野郎やらうぶに躊躇ちゆうちよしない。
 自分じぶんは、こんな趣深おもむきふかおぼろよるに、こんな味多あじはひおほ境遇きやうぐういて、それでも退屈たいくつしやうずるひとの、れないとおもふ、自分じぶんむしろ、かめたまごげるまで時間じかんが、モツトながければいゝとおもつた。
みなさん、モウかめうごしました、わたしへいていらつしやい』と、きんすゞ岩角いはかどにたゝきけたやうなうつくしくはげしいこゑつて、をんなでなく、をとこでもなく人間にんげんでもなく、たゞひとかたちしたかぜのやうにした。
『それツ』
 一どうつゞいていはうへおりる。
『よく御覽ごらんなさい、かうするんです』、こゑは、地上ちじやう一塊ひとかたまりになつて、人間にんげんを二つあはせたくらゐのたゞくろものからるのである。
 ジリ〳〵とすなおとがする、ザラ〳〵とすならすひゞきがする、くろものが、一たびくゝひろがつて、さらたかすぼまつたとおもつたら、よこ薄白うすしろ部分ところえてた。
『モウ一ひといき、ウーン』、金剛力こんごうりきめる最中さいちうへんなまぐさにほひがして來た、かめをんな人間にんげんめすとのたたかひ、なんだかすごいやうである。
 ドシーンと地響ぢひゞつた。
 ハツとおもつてみはる、おほきな楕圓形だゑんけい薄白うすしろものえて、そのすみくろ部分ところがあり、それが、えたりあらはれたり、えずうごいてる、かめつくりかへつたのである、モウめたもんだ。
みなさん御分おわかりですか』
ぼくに一つ練習れんしうさしてたまへ』とすりるは山代やましろである、平生へいぜい差出さしでこときらひなかれがどうおも つたのであらう。
『ぢやアおこしませう』
 きやうともがかめちからはづみをへるのであるから、つくりかへしたときのやうにほねれないのである。
 薄白うすしろいのが、もとくろかめもどつて、ノロ〳〵あるさうとするを
『よう御座ございますか、こちらのかめあしをかうつて、こちらのかめけて、かうもたれかゝつて、ウーンとつて、そーれ』
 またドシーン。
 上半身じやうはんしんにのみちからもつて、足許あしもと御留守おるすになつた山代やましろは、かめ一緒いつしよつくりかへらうとして、からくもとどまつたが、これ かれてまへへのめつたタヲカは、不意ふいことだからたまらず、かさにかゝつて重石おもしになつたので、またもやヨロ〳〵と、山代やましろはタヲカを背負おぶつたままかめはらうへ俯向うつむきたはれた。
 しばらくは、かめ一匹いつぴき人間にんげん二個ふたりの十二ほん手足てあしが、いとみだれたやうにもつつてたが、それがぎると、かめだけが薄白うすしろのこつて、二人ふたりはきまりがわるさうにはなれてつてる、これが晝間ひるまなら、どんな奇觀きくわんであつたらう。
『ワーツ』と、一どう喝釆かつさいしたが、各自めい〳〵おの自身じしん喝釆かつさい可笑おかしくなつて、クス〳〵わらし、とう〳〵こらねて、くづれるばかりの大笑おほわらひになつた。
 此間このあひだに、自分じぶん山本やまもと相觸あひふれたので、ゆびゆびとをはせて、冗談じやうだんのやうに冗談じやうだんでもないやうに双方さうほうつた。
 ふと麻繩あさなは胴中どうなかはへられた正覺坊しやうがくぼうは、用意よういぼうけられて、つよ二人ふたりをとこあひだにブラがつた、つき海霧かいむうすれて、かへみちおぼろ一足ひとあしづゝにふかくなる。
 以上いじやうは、我等われ〳〵正覺坊しやうがくぼうるにいたつた順序じゆんじよで、カアレンにいてつたの一くみも、我等われ〳〵おなじく一とうたのである。 
 

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