井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其十二 もあられぬ泣聲なきごゑ
 
 戸口とぐちかほだけをあらはしてうちのぞくは山本やまもとである。
 何故なぜそんなにしてるとこゑけやうとするく、ヒラリと枕許まくらもとんでた。
これたまへ、田邊たなべ野郎やらうなんかへはせるものちがふから、大丈夫だいじやうぶだよ』とつて、かごれたものいたとおもつたら、またもや、このよりかるんでた、この少年せうねんめうことふとおもつたが、不審ふしんひまかつた。
 けれども、自分じぶん山本やまもとあはれみ、むしあっいするものである、かれ同情どうじやうあたふることあつものである、自分じぶんたいするかれ誠心まごゝろつてするをしんずるものである、で、かれいてつたかごなかものを、こゝろよしてあぢはつた。
 にわかにおほつて、ちからへなかつたらいけないとおもひ、ぶたたのを一くちれて、しやぶるやうにこまかくはじめた、うまい、じつうまい。
『アツ』
 食事しよくじ小屋こや消立けたゝましいさけごゑがする、同時どうじに、ドヤ〳〵と數人すうにんそと氣配けはい彼方あなた此方こなたに、つゝみれたやうにおと物凄ものすごつちるやうにうなこゑ
 自分じぶんは、ゾツと、全身ぜんしんの一こほるをおぼえた、先達せんだつてのあやしやまひが、ふたゝ我等われ〳〵仲間なかまおそつてたのである、あん推測すゐそくしたことが、愈々いよ〳〵事實じじつちがひないやうである、なさけないかな、あのときおもあたることがあるとおもふさへ自分じぶん罪惡ざいあくであれとねがつたのが、いまは、いくら冷酷れいこく推測すいそくするとも、それを自分じぶん罪惡ざいあくとしてかえりみることが出來できないやうになつた。
 顛倒てんとうして、そゞろに小屋こややうとする途端とたんもあられぬたか泣聲なきごゑてゝ、自分じぶんあたるばかりにころんだのはタヲカである。
山代やましろさんが、山代やましろさんが、わたしどうしやう』
 れば、死人しにんのやうになつた山代やましろ小脇こわきかゝへてる。
しるつたのがわるかつたんだらう』と、タヲカにちからへて山代やましろかかながら、自分じぶん絶望ぜつぼう嘆聲たんせいらした。
『さうです、しるなかどくはいつてるんです、それをつていらつしやる貴方あなたも、いゝえ貴方あなたはどうしてそれをつていらつしやるんです、それをつていらつしやるくらいなら、山代やましろさんをなほしてください、サツ、もととほりにしてください』、タヲカはむし自分じぶん以上いじやう顛倒てんとうして居るらしい。
 それをなだむべき言葉ことばく、自分じぶん啞然あぜんたるばかりである。
 ところへ、重苦おもくるしくうなながら、ヨロ〳〵とたふんだ大漢おほをとこ田邊たなべである、自分じぶん盆々ます〳〵それとおもあたことがある。
 つゞいて四五にんが、バタ〳〵とたふんで、小屋こやなかをノタまはる、そと草原くさはらにも、斷末間だんまつま苦鳴くめいげるおとがする、さめあぶら燈明あかりむらさきがゝつたかげに、すべてが此世このよ光景ありさまでない。
 今迄いままでもつと重症じうしやう病人べうにんであつた自分じぶんは、たちま地位ちゐ顛倒てんとうし、此中このうちばん丈夫じやうぶものとして、たれをもかれをも看護かんごしなければならなくなつた、タヲカはまだ食事しよくじをせぬから、自分じぶん以上いじやう健全けんぜんはずであるが、山代やましろ有樣ありさまおとして、ものやくたなくなつてる。
『オヽ、手足てあしつめたくなつてた、山代やましろさん、しつかりしてくださいよ、貴方あなたんだら、わたしはどうなるとおもふの』モウ人目ひとめはじく、はだぬくみで山代やましろ手足てあしあたゝめるのである。
 南方なんぽう未開人みかいじん天眞爛熳てんしんらんまんに、歐羅巴種ようろつはしゆ濃情のうじやうくはへて、小笠原島おがさはらじま日本的にほんてき氣風きふうやしなはれたわかをんなである。かうなつてはたまるまい。
 山代やましろはタヲカにまかせても、ほか數人すうにん自分じぶん一人ひとり充分じうぶん看護かんごすることが出來できない。『山本やまもとはどうしたらう』と獨語ひとりごとして、おもはずけやうとしたが、ふにはれぬ恐怖きやうふねんが、むねそこからいてるので、身震みぶるひしてくちつぐんだ。
 このあやしい運命うんめいからのがれたものには、山代やましろ看護かんご寢食しんしよくわすれて、まだ夕飯ゆふめしぜんむかはなかつたタヲカのほか今夜こんや山番やまばんあたつて、ひとよりさき夕飯ゆふめしつて出掛でかけた柴浦しばうらがある、自分じぶんは、めて無病むびやう健全けんぜん柴浦しばうらはやかへつてて、看護かんごろうわかつてれゝばいゝとおもつた。
 はる山手やまてほうあたつて、なにうたふやうなこゑがする、いやにさびしいふるごゑではあるが、山本やまもとにちがひないのである。
 

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