井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 嶋の美少年
 
 其一 群島ぐんたう恐怖きやうふ
 
 山本やまもといて大抵たいてい其風釆そのふうさい想像さう〴〵して自分じぶんは、いまはじめて實物じつぶつせつして、世間せけんにこんな豫想外よさうぐわいことがあらうかとおどろいた、潮風しほかぜくろんではるが、いろ案外あんぐわいつややかで、ほゝ薄紅うすべにき、つゆふくんで明星みやうぜうのやうにうつくしい、ひさしく剃刀かみそりてられないまゆが、かへつてわざふででボカしたやうなおもむきし、ことに、くちびる可愛かあいらしさは芍藥しやくやくつぼみのやうである、身體からだ格恰かくかうまでやはらかくひいでゝさうしてキチンとまつてる、じつまれなる美少年びせうねんで、何所どこからてもやさしくしほらしく、をとこよりはむしをんなである、きはめて趣味しゆみんだである、このほつべたにいてやりたいほど可愛かあいらしい少年せうねんが、ケートル群島ぐんとう恐怖きやうふたる怪物くわいぶつであらうとは、どうしてもしんずることが出來できない、たところでは、椰樹やじゆ檳榔びんらう滿眼緑欝葱まんがんりよくうつさうたるなかの、ただてんはなほかならぬのである。
 自分じぶんは、山本やまもとを一けんするとともに、こんなけじだましゐ少年せうねんは、境遇きやうぐう刺戟しげきされて種々しゆ〳〵變化へんくわするものであつて、外界はたからつらこれあたれば、何所どこまでたかつよはねかへるが、こゝろから可愛かあいがつてなさけをけると、かへつて尋常じゆんじやう少年せうねんよりも、柔順じうじゆんになるであらうとおもつた、この少年せうねんにタツタ一人ひとりさびしい山籠やまごもりをさしたのは、外界はたわるいからであつて、むしこの少年せうねんには同情どうじやうあたへなければならぬとおもつた、この少年せうねん自分じぶんとのあひだにはなんとなく、兄弟きやうだいよりしたしくなるべき先天的せんてんてき約束やくそくがあるやうにおもはれる。
 山本やまもと我等われら新生活しんせいくわつ加入かにうしたあく日曜日にちやうびである、よる山番やまばんのぞくのほか此日このひ我等われら休暇きうかである、自分じぶんは、獨木舟まるきぶねあやつつて、南濱みなみはま西方せいはう海里かいり無人むじん小島こじまあそびにかうとおもつて、何氣なにげ山本やまもとむかひ『きみぼくと一しよあそびにかないか』とつた、何氣なにげいとはいひながら、ほかものさそはず山本やまもとさそつたのが、無意識むゐしきあひだにもある意味ゐみふくまれてしるしであらう。
 人々ひと〴〵警戒けいかいもつにらんでなかに、ただ一人ひとり自分じぶんだけが、打解うちとけるのであるから、さしもの怪少年くわいせうねんすこし、こゝろうごかしたらしい。
かうか』
かうぢやないか、彼所あすこえるだらう、ひと一個ひとりないしまだから、どんなに面白おもしろいかわからないぜ』
『ウンかう』、かれつひ子供こどもである。
 獨木船まるきぶね美少年びせうねん二人ふたりつて、あぶらたゝえたやうなうみうかぶ、此時このとき自分じぶん悦然くわうぜんたる詩中しちうひとである、自分じぶん生來せいらいこんなにやさしくむねおどるをおぼえたことがない、たのしみが五たいいてこゝろ盆々ます〳〵眞面目まじめになるのである、平氣へいきでニコ〳〵わらつて山本やまもとは、自分じぶんより上手うはてもののやうでもある。
『どうだ愉快ゆくわいだね』
………
『いゝ景色けしきぢやないか』
………
今迄いままでしま此方こつち聟島むこじまきみはどれがいゝとおもふ』
此方こつちがいゝ』
何故なぜ
信天翁あほうどりたまごおほいから』
『それだけでか』
『ウン』
此方こつちしまにはきみいぢめるものなくつていゝだらう』
『どうだかまだわかりやァしない』
ぼくきみいぢめることがあると思ふかえ』
きみになんかいぢめられるもんか』
『だつて散々さん〴〵津田つだいぢめられたさうぢやないか』
津田つだ亂暴らんぼうなんだもの』
ぼくだつて亂暴らんぼうだぜ』
きみなんか』
 かうなると、自分じぶん山本やまもと眼中がんちうにないのである、こんなうつくしいかほをして、何所どこせばこんなおとるだらうと、自分じぶんはつく〳〵と少年せうねん見上みあ見下みおろした。
 やがふねしまいた、山本やまもとあたか自分じぶん故郷ふるさとへでもかへつたやうに、小躍こおどりしてよろこいさみ、つちむやいなや、青草あをくさうへあとをもずにした。
 自分じぶんしまがつて、あたりを見廽みまわした、人程ひとほどたかものくさく一ほんれない、はる彼方あなた突伏つゝぷしたやうになつて、せなばかりせ、其儘そのまゝかたちであちこちうごいて山本やまもとは、きふがつて兩手りやうてむねかゝへつゝけてた。
信天翁あほうどりたまごがどつさりあるよ、ほら御覽ごらん
 ふくらましたふところくつろげると拳大けんだい白玉はくぎよく數顆すうくわ燦然さんぜんうつつて、脇腹わきばらのあたりをあかるくしてる。
『おいらモウ此島このしまからかへらない、きみ一人ひとりかへつておくれ』
 山本やまもと氣色けしき冗談じやうだんでない、怪少年くわいせうねん何所どこまで怪少年くわいせいねんで、まへには是非ぜひはじめた單獨たんどく生活せいくわつを、今度こんどこのんで自分じぶんからやらうとふのである。
 自分じぶんはハツとおもつていろへた、此奴こいつ元來ぐわんらい一筋繩ひとすぢなはかぬやつ、いやだとつたら金輪奈落こんりんならくうごかないのだらう、さればとつて、自分じぶんしていて、一しよかへらなかつたら仲間なかまものむかつて申譯もうしわけがない。これは、どうでもして、だましすかしてふねせるよりほかいと、しづかそばつて、かれあいするとかれ同情どうじやうひやうするとよりほかなん意味ゐみ容貌やうぼう態度たいどとをしめし、かたけてのぞんだ。
きみぼくなにきみ此島このしまやうとするのをさまたげやアしない、けれども今日けふかへつてたまへ、一同みんな相談さうだんしたうへで、愈々いよ〳〵きみ此島このしまむとまつたら、きみ附屬ふぞくしたふねもなけれアならないし、世帶道具しよたいだうぐ食物くひものはこまなけれアなるまいぢやないか、ねッ、だから今日けふかへらう』
………
『どうぞかへつてたまへ、ぼくこまるから』
きみこまるならかへつてやらう』
 昂然こうぜんとしてかれ俠者きやうしやもつにんずるのである、其抱負そのほうふ其無邪氣 そのむじやき自分じぶんは一ひとはされてとほくならざるをなかつた、その薄黒うすぐろいけれどもつややかなほゝかれたくれなゐのいろあざやかさ。
 信天翁 あほうどりたまご時雨傘しぐれがさ嫁貝よめがひうつくしいまだらのある子安貝こやすがひなどを、所狹ところせままでふねんで、夕暮ゆうぐれむらさきうみうかんだ我等われ〳〵獨木舟まるきぶねは、だれものしに仕舞しまはしむべくあまりにおし景色けしきである、いな此龍女このりうによまな息子むすこごと美少年びせうねんせて、紫粉むらさきこいたゆるなみうへたゞよ獨木舟まるきぶねることの出來できぬ、詩人しじん美術家びじゆつか及び全世界ぜんせかい人類じんるい不幸ふこうあはれまなければならないのである。
 自分じぶんうみをもふねをもながこの有樣ありさまにしていて、不思議ふしぎなる大能たいのう御手みてり、怪少年くわいせうねん山本やまもと此儘このまゝ容貌やうぼう少女せうぢよくわし、おはまでしよにかうしてたいと空想くうさうした、いなあへ少女せうぢよくわするまでく、此儘このまゝ少年せうねんでも滿足まんぞく出來できるとおもつた、山本やまもとけつして憎にくむべくおそるべき少年せうねんでないと、むねなかさけんだ。

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