井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其四 新生活しんせいくわつ槪要がいえう
 
 ヱー先生せんせい命令めいれいつて、一かううちにん靑年せいねんは、媒島なかうどじまること一晝夜ちうやのち自己じこ任務にんむくべく、聟島むこじまつて出發しゆつはつした、ぼくすなは海野うんのらうまたにんうちの一案内者あんないしやれい忠之丞ちうのぜうである。
 わづかに五海里かいり航海こうかいぎないから、うみいえとする健兒けんじつては、となりへくよりも容易たやすはずである、けれども、このたうあひだにははや潮流ちやうりうがある、時化しけなぎとき別無べつなく、急潮渦きふちやううづいてながれ、五月雨さみだれ最上川もがみがわ海中かいちうげんじたやうである、じつすごいとも目覺めざましいともはんかたい、のみならず、此急流このきふりう眞中まんなかふたつのいはがある、ひとつは橙色だい〴〵いろ煉瓦れんぐわんでてた尖塔式せんとうしき殿堂でんだうの、年代ねんだいしひたげられてなかちたやうに見え、其高そのたかじやう今一いまひとつは形少かたちすこちいさく、たけ亦低またひくいか、おないろおなかたちで、親子おやことでもはれさうである、噴火作用ふんくわさよう結果けつくわで、此所󠄁こゝ此物このもののあるに不思議ふしぎはないが、如何いかにも奇拔きばつで、何人なんぴとこれ驚歎きやうたんこゑはつせぬものはない、づけてはりしまふ、さなきだにはげしい潮流ちやうりうが、此二このふたつのいわさまたげられて、ほとんどいわたかさに拮抗きつこうしやうとするかとおもはれるばかりに、白銀はくぎんやまおこし、それが今一息いまひといき所󠄁ところあへなくくづれると、あたり一めんたゞゆきだらけである、はなだらけである、此方こなた白浪しらなみが、敗軍はいぐんたてせてはしるやうにえれば、彼方あなたする蒼濤あをなみは、新鋭しんえい大軍たいぐん犇々ひし〳〵城壁じやうへきせまるやうで、骨鳴ほねな肉躍にくおどるの壯觀さうくわんはこれである、板子いたごずん地獄ぢごく瀬戸せとわたると、つね傲語がうごする荒磯島あらいそじま舟子共ふなごどもも、ひとたび此區域内このくゐきないると、かほいろべつになるのである、阿波あは鳴門なるとぐらゐにきもひや芋虫種屬いもむししゆぞくを、タツタ一でいゝから、此所󠄁こゝつてせてやりたい、我等われ〳〵易々やす〳〵此活地獄このくわつぢごくわたつて鼻唄はなうたまぢりに聟島むこじまくことをたのは、なか以上いじやう好水夫こうすゐふ忠之丞ちうのぜう御蔭おかげである。
 ついでにしるすことをゆるせ、忠之丞ちうのぜうは八丈島ぢやうじまさんで、とうから小笠原島をがさはらじまわたり、人間にんげんはうよりは、むしろ、海坊主うみぼうづしやうすべきほどな、波濤はたう勇者ゆうしやである、大膽だいたん機敏きびん熟練じゆくれん水夫すゐふえうする所󠄁ところすべての資格しかくを、いづれも極度きよくどそなへてかれは、くがうへことよりもむしうみなかことあかるいのである。
 聟島むこじまつちむとともに、我等われ〳〵しまいての槪念がいねんやしなはなければならぬ。
 聟島むこじまは、なかうどよめきた針等はりとう諸島しよたうもつ組織そしきせられた一群島ぐんたう主腦しゆのうである、小笠原島をがさはらじま歸化白人きくわはくじんは、此群島このぐんたう總稱さうしやうしてケートルたうぶ、聟島むこじまは、周回しうくわい海里許かいりばかり父島ちゝじまること、東北とうほく四十三海里かいりで、其東南そのとうなん海里かいりそとに、媒島なかうどじま大甲鐵艦だいかふてつかんよこたはつてるやうにえる、地質ちしつ火山岩くわざんがんで、地味ちみはやゝ媒島なかうどじまよりおとるが、檳榔樹びんろうじゆ林投樹りんとうじゆ椰樹やじゆ其他そのた南方植物なんぽうしよくぶつ見事みごとしげつてあひだ所󠄁々しよ〳〵たゝみかれるやうなちいさい平地へいちがあつて、濃淡無むらなやはらかくさおほはれてる、牧塲ぼくぢやうとしては、此上無このうへな土地とちである、しまおもては一たい平板へいばんはうで一ばんたか大山おほやま絶頂ぜつてうでさへ、三百しやくえない、しま外廓ぐわいくわく斷岸絶壁だんがぜつぺきもつめぐらし、我等われ〳〵上陸じやうりくした南濱みなみはまばかり、水深みづふかわんをなして、おく適宜てきぎ砂濱すなはまがある、まつたあつらへたやうに都合つがふ出來できるのである。
 みぎはから二三丁先てうさきなるタマナのはやしなかには檳榔びんろうもつかれた數軒すうけん小屋こやがある、快晴くわいせいに、此小屋このこやで、此林このはやしでゝ、緑滴みどりしたゝるばかりの背景はいけいひかへつゝ、砂濱すなはまあるくして一ぽう岩頭がんたうち、かざしてとほひがし見渡みわたせば、有無彷佛うむほうほつあひだ父島ちゝじま淡墨うすずみの一せんき、みづから水彩畫中すゐさいぐわちうひととなつたかんじがするさうである。
 一時東洋じとうやうのロビンソンとうたはれた田中たなか鶴吉氏つるきちしじつに、單身たんしん此島このしまわたつて牧畜開墾ぼくちくかいこん先鞭せんべんつけため其名そのなたのである、さうして、田中氏たなかし飄然ひやうぜん米國べいこくんでつて以來いらい其殘黨數人そのざんとうすうにんは、のこされたうしぶたひつじ開墾地かいこんちとをまもつて、甘藷さつまいも玉蜀黍とうもろこし野菜やさい鳥獸魚とりけものうを龜等かめとう食料しよくれうとし、さめあぶら燈火ともしびとして、六年間ねんかん單調たんちやう生活せいくわつつづけてたが、つひには、ヱー先生せんせい交渉こうせふして、純粹じゆんすゐタンカク種及しゆおよびデボンしゆ飼牛かひうし四十三とう山牛やまうしおよそ三十とうぶたやく五百とう綿羊めんやう餘頭よとう山羊やぎ三十五とう、七面鳥めんてうおよにはとりすう、これに農具のうぐ建物等たてものとう有形いうけいまゝへて、總計さうけい一千三百えんゆずわたした、へてヘば、ヱー先生せんせいゆづけたのである、如何いか絶海ぜつかい孤島ことうける賣買ばい〴〵とはへ、あまりのりではないか。
 こゝおいて、我等われ〳〵聟島むこじまわたつたのはヱー先生せんせい手足てあしとなつて、田中鶴吉氏たなかつるきちしのこした事業じぎやう復興ふくこうせんがためであること、げんたずしてあきらかであらう、いざ、これからが我等われ〳〵新生活しんせいくわつである。
 しまには、以前いぜん東京とうきやうヱー先生せんせいてい會見くわいけんした一くせある田邊たなべる、先住者せんじうしや殘黨ざんたうとしてタツタ一人ひととどまつた柴浦しばうらる、此男このをとこ露西亞語ろしやご堪能たんのうである、それから、なにより自分じぶんよろこばせたのは、今春こんしゆん東京とうきやうたもとわかちて以來いらい、一こくわすれられなかつた親友しんいう山代やましろが、滿面まんめん好意こういもつむかへてれたことである、おけに玉蜀黍とうもろこしすで收穫しうくわくされ、甘藷さつまいもさかんにみのり、家畜かちく見事みごとふとつてる。
 我等われ〳〵常食じやうしよくは、玉蜀黍とうもろこし甘諸さつまいもとをめしかはりにし、豚鷄ぶたとりさかななどを副食物おかずにして、さけにもちやにも牛乳ぎうにふをガブガブやるのである。
 我等われ〳〵おほくは日々にち〳〵くわかたにして、開墾地かいこんちおもむくが其中そのうち一人ひとりだけは、辨當べんたうかはりに甘藷さつまいもたのをこしけ、牛番うしばんとしてやまくのである、此牛番このうしばん夕暮ゆふぐれ口笛くちぶゑらしてうしむれあつめ、海邊うみ小屋こやてヽかへる、うしひとこゝろつて、やさしくたはむながら、自分じぶんはうけてる、一とう々々〳〵丁度てうど子供こども寢床ねどこそばつて、母親はゝおやかして、れるをつやつに、各自めい〳〵つながるべきくひうてち、牧者ぼくしやつなぐをつのである、やまうみ薄紫うすむらさきまるゆふべに、うしのからだも其色そのいろかれて、ユラリ〳〵とむねからはら波打なみうたせつゝ、なかあるいてると、すこはなれてあとからうしよりさらのろく、さも〳〵無事安穩ぶじあんのんやまりる牧者ぼくしや姿すがたこそ、まことに平和へいわかみ使つかひごとえるのである、親友しんいう山代やましろは、當時たうじ此神このかみ使つかひやくであつた。
 よるになると、シヤコがひからさめあぶられて、へん臭氣しうきある燈火ともしびける、世間話せけんばなしをするもの議論ぎろんたたかはせるものしよもの寢轉ねころもの女切をんなきれはないけれども、一しゆ家庭趣味かていしゆみ此間このあひだくのである、世間話せけんばなしつても、あたりに世間せけんがない、はるかうみへだてた他世界たせかいうはさをするのである。
 それに、我等われ〳〵の一かうるとともに、しま歴史れきし特筆とくひつすべき新設備しんせつび現實げんじつせられた、田中たなか鶴吉氏つるなかし渡島とたう以來いらいこゝに十餘年よねん、まだ聟島むこじま風呂ふろふものがなかつた、なつ天然てんねん大浴塲だいよくぢやうたる海洋かいやうに飛び込んで、あせあかあらながし、ふゆ直徑ちよくけい尺餘しやくよ大釜おほがまかして、風呂專用ふろせんよう下駄げた穿き、石川いしかわ五右衞門ごゑもんむのであつたが、此度このたびあらたに、檳榔びんろうもつ屋根やねいた風呂塲ふろばて、父島ちゝじまからつて風呂桶ふろをけけた。
 で、よる山番やまばんあたつたときほかは、我等われ〳〵新生活しんせいくわつ豫想外よそうぐわい幸福こうふくである、山番やまばんとはなんであるか、六とう番犬ばんけんと一しよに、耕地こうちうちてゝある番小屋ばんごや根據こんきよとして、もすがら、耕地こうち巡回じゆんくわいし、甘藷さつまいもひに山牛やまうし山豚やまぶた恐嚇おどかして、はらふのである、此奴等こいつら勿々なか〳〵へぬ相手あひてで、大木たいぼくたふしたのでつたたかさ六しやく堅固けんごかきものかづとしない、番人ばんにんさへなければ、無造作むざうさやぶつてはいつてるのである、で、此山番このやまばんもつと重大じうだい任務にんむだから、もつと困難こんなんことあえてしなければならないのである、番小屋ばんごやなか居睡ゐねむりでもして、くるあさ耕地こうちあらした牛豚うしぶた足跡あしあと見附みつけられやうものなら、曠職くわうしよくばつとして、一週間しうかん押通おつとほしの山番勤務やまばんきんむくわせられるのである。
 以上いじやう我等われ〳〵新生活しんせいくわつ槪要がいえうである。

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