井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


  其十 不思議ふしぎやまい

 三ぐわつ下旬げじゆんあさであつた。
 食後しよくご自分じぶんは、平生いつものやうにかまかされてある白湯さゆを二三ばいみ、四にんものつて、開墾かいこん着手ちやくしゆして椰子やしざん半腹はんぷくおもむいた。
 そらこゝよわたつて、くもひるがヘすやうな信天翁あほうどりつばさいろが、今朝けさ一際ひときはかゞやいてえ、これからしまつて何所どこかへ仕度したくらしく、呑氣のんききはまる彼等かれら種屬しゆぞくも、つねことなつていそがしさうである。
 自分じぶんは、なんとなく信天翁あほうどりうらやましくなつて來た、丁度ちやうど山代やましろならんであるいてたので
ぼくはどうかしてるのからん、今朝けさかぎつて、しきりに、信天翁あほうどり自由じゆううらやこゝろおこるよ』と告白こくはくした。
 田邊たなべそばいてたら、きにれい調子ちやうしで「仕事しごとがいやになつたからそんなことふ」とやるだらう、「信天翁あほうどりうらやむむなんて、信天翁あほうどり以下いか阿呆あほうだ」とやりねもしまい。
 けれども、山代やましろ我黨わがとう熱血ねつけつ男兒だんじである
きみぼくたいな人間にんげんばかりだと、此島このしま理想國りそうこくにすることも出來できるだらうが、全然ぜん〳〵性格せいかく趣味しゆみことなつたものとは、どうしても一されないさ、ぼくだつて、時々とき〴〵此島このしま井戸ゐどしほからみずがいやになつて、内地ないちんでかへりたいとおもふこともあるんだよ、けれども』
 言葉ことばつて微笑ほゝえむ。
 またはうとしてはす、さうして意味いみありげに微笑ほゝえむ。
『けれどもがどうしたんだえ』自分じぶんはなしさそした。
ぼく眞暗まつくらよる世界せかいがいゝとおもふ、晝無ひるな光無ひかりな世界せかいがいゝとおもふ、此島このしましさうなつたら、ぼくにはまことに好都合こうつごうだ、まで此所こゝてもいヽ』、山代やましろかんたかまつたこゑつた。
 たまごみにがつた正覺坊しやうがくぼう生捕いけどつたのははる罐夜おぼろよ、あのよるのタヲカのこゑうつくしかつたことは、自分じぶんながわすれられぬものゝ一つである、其時そのとき自分じぶんじつ此世このよひかりひるかつたら、タヲカにまさ美人びじんいだらうとおもつた、けれども、自分じぶんはたゞ批評的ひひやうてきにさうおもつただけである、毫末ごうまつかあれとのぞんだのではない、つ、いたづらにそんなことのぞほど空想家くうそうかでもないのである、しかるに、山代やましろはどうであるか、眞面目まじめこれのぞんでるのではないか、絶倫ぜつりんなるこゑ美人びじんたるタヲカにあこがれるのでなければ、いかで光無ひかりな晝無ひるな世界せかい必要ひつえうがあらう、自分じぶんじつおどろいた。
 さればと つて、自分じぶんは、山代やましろ氣違きちがひになつたともおもはなかつた、かれのやうな多血たけつ多感たかん青年せいねんを長くこんなところくと、これくらゐ氣紛きまぐれをおこすに不思議ふしぎはないのである。
 そこで、自分じぶん半分はんぶんからかひつら
『タヲカのこゑはいゝなア』とへば
きみもいゝとおもふか』と、眞面目まじめつてる。
 おもはずさうとして、ジツとこらえるとどうしたわけか、きふむねくるしくなつてた、いやどうも、たまらなくくるしい、頭痛ずつうさへ手傳て」つだつてた、いきまりさうである、なんためさらわからない、かぜいたのかもれない。
 其事そのことはなまだく、人々ひとびと自分じぶんかほいろへた、ひとただけでいろへるほどであるから、自分じぶんいろかはりやうは、自分じぶんおも以上いじやうらしい。
『どうした、ぽどわるさうだ、かまはずかへつてやすたまへ』と、山代やましろはじ一同みんなつてれる。
『そんならたのむよ』
 實際じつさいたふれさうになつてたので、タツタ一言ひとことあとのこしたまゝ、滅茶苦茶めつちやくちやけて小屋こやもどつた。
 衣嚢ポツケツトにあつた風拂かざはらひの振出ふりだしをつて、其日そのひ炊事番すいじばん山本やまもとたのみ、つづけさまに三はいばかりましてもらつて、あたまから蒲團ふとんかぶつたけれども、むね苦痛くつう益々ます〳〵はげしくなるばかりで、はて嘔吐おうととなる、いても〳〵まないのである。
 ところへ、山代やましろ春山はるやま吉川よしかは淺川あさかはなど、自分じぶんと一しよ椰子山やしざん耕地こうちおもむいた連中れんちうは、みなつちのやうないろをしてかへつてた、自分じぶん左右さゆうヘバタ〳〵とたほれた、きもつぶして、どうしたとくちのまだひらかぬに、此方こちらでもゲロゲロ其方そちらでもゲロ〳〵、まつたもつ尋常事ただごとでない。
 ものは、みなうみやま自分じぶん任務にんむうてる、山本やまもと少年せうねん一人ひとり大時化おほしけつた滊船きせんのボーイのやうに忙殺ぼうさつされるのである。
 我等われ〳〵椰子山やしざんぐみ苦惱くのうあさからばんまでつづいた。
 夕方ゆふかた、一にち仕事しごとへてかへつて者共ものどもは、一個ひとりとして此有樣このありさま仰天げうてんしないものがない、多勢おほぜいつてたかつて介抱かいほうしてれる、けれども、病症びやうしようなんだかわからない。
たちわる風邪ふうぢやだらう』
『さうかもれない』
食傷しよくしようだらう』
『さうかもれない』
 人々ひとびとわからなければ、こたへる我等われ〳〵わからない。あまりのくるしさに、なにいてれないほういつしとおもほどである、なま介抱かいほうしてれずに、勝手かつてくるしましてもらつたほうが、結句けつくらくだらうとおもつた、それも、夕方ゆふがたからきがまつたので、こんなことおも贅澤ぜいたく出來できるのである。
 なか一人ひとり、タヲカの親切しんせつ介抱かいほうけて、にもうれしさうにえるのは山代やましろである、タヲカに鳩尾みづおちおさへさして、おの自身じしん其上そのうへかさね、シミ〴〵とひくこゑ
有難ありがとう、ぼく此上このうへ滿足まんぞくする、けれども、何時いつまでもかうしてるのは迷惑めいわくだらう』などゝつてる。
『どういたしまして、わたしは何時いつまでもかうしてたいんで御坐ございますよ』、こゑばかりけば、だれだつてたましいなやまさずにはられまい。
 いや、狂熱家きやうねつか山代やましろにはこゑばかりであるまい、彼女かのくろつよ山代やましろつては、ゆきごとしろもちごとやはらかき纎手せんしゆであるかもれない。
 それはかく山代やましろ以外いがい椰子山やしざんぐみには、くる夜明よあまでながかつたこと。
 

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