井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其十四 さびしいふるごゑうた
 
 かく自分じぶん身體からだ回復くわいふくしないなか柴浦しばうら山本やまもとさがさせるのは不安ふあんである、モウ此上このうへは、適宜てきぎものひさへすれば、ズン〳〵氣力きりよくくははるにきまつてるから、柴浦しばうら餘程よほど草臥くたびれてるをさひはひ、暫時ざんじこの病人びやうにんくさ小屋こやと、落花狼藉らくくわらうぜき食事しよくじ小屋ごやとのほかに、つてやすむべき塲所ばしよもとめて、無理むりにもかれ引張ひつぱまうと、かごのこつたぶたれと檸檬れもんとのほかに、食事しよくじ小屋ごやすみに一區域くわきをなして食料しよくりやう貯藏所ちよざうしよから、なま甘藷いもし、柴浦しばうら火種ひだねつてもらつて、海岸かいがんはな小屋こやおもむいた。
 るべくははな座數ざしきびたいのであるが、いくら贔屓目ひゐきめても、はな小屋ごや以上いじやうあたへる價値ねうちはない、けれども、これは、父島ちゝじまから珍客ちんきやくあるとき旅舘りよくわんてるためまうけたもので、聟島むこじまだい一の建築物けんちくぶつである、三ぽうはタマナじゆつつまれ、まへだけがうみむかつてひらき、空氣くうきあじのいゝこと、風景ふうけいすぐれてること、またその居心地いごゝちのいゝこと、こゝへはじめて聟島むこじま價値ねうちわかくらいである。
 掛金かけがね錠前じやうまへいが、平生いつつてあるまどは、ひさぶり公然おほつぴら空氣くうき日光につかうとをむかれた、は、千萬でうきぬいとけて我等われ〳〵はだり、かぜは、うみ水分すいぶん多量たりよう顥氣こうきとをそそいで我等われ〳〵かはあらふ、ひさしいやまひがえて、入浴にふよくしたやうな氣持きもちがするのである、らすちからよりもくははるちからおほ青年せいねん時代じだい、すべての機能きのうが一ふるふとともに、食慾しよくよく亢推こうしんわれながおどくやうになつた。
はや甘諸いもかう、ぼくはまだないから、きみおこしてたまはんか』
『いゝよ、心配しんぱいたまふな、まき焚附たきつけ床下ゆかしたにあるはずだから、ぼくがやらう』
 こんなこと手慣てなれた柴浦しばうらである、早速さつそく土間どますみくぼんだところがつた。
 やがて、そなけのテーブルのうへには、上皮うはかはくろげた甘藷いもが、椰樹やじゆ青葉あをはだいにしてかれた、ぶたれ、構樣れもんたまも、おなじくころした。
うまい』
じつうまい』
 二人ふたり見苦みぐるしいほどむさぼふのである。
きみはそんなにつちやアわるからう』と、柴浦しばうらけられたほどである。
『もうさう、けれども、これだけではなんだか物足ものたりない、はまだウツカリめないし、なにみづのあるサツパリしたものひたいなア』、自分じぶんはソロソロ贅澤ぜいたくす。
『ウム、たま先刻さつき焚物たきものとき床下ゆかしたなにかあるやうであつた、狡猾かうくわつやつが、時々とき〴〵香蕉ばなゝ鳳梨ぱいんあつぷるつてて、はな小屋こや床下ゆかしたかくしてくさうだから、ことつたらそれかもれない』ひつゝ柴浦しばうら土間どまりた。
 たちま柴浦しばうら半身はんしんえなくなつた。
きみもぐんだのか』
『さうさ、ズーツとおくなにかある』、柴浦しばうらこゑとほくゝなつた。
『まア、それをつて居給いたまへ、ぼくは、おくひかもの探驗たんけんしてからるんだから』、うしろさまにほおした樣子やうすで、おほきな松笠まつかさのやうな鳳梨ぱいんあつぷる二つと匂王まがたま數多かずおほつなあはしたやうな香蕉ばなゝの一ふさとが、土間どまころした。
 鳳梨ぱいんあつぷるを一つ、滅茶めちゃ〳〵〳〵こわして、矢鱈やたら無性むしやうしるをしやぶつた、ともみやうともはん方無かたなくだものゑきかはつたほねしみんで、かすかにおとがするやうである。
『オイきみ化物ばけもの正體しやうたい床下ゆかしたしのんでるぞ、ぼく此床下このゆかしたから大秘密だいひみつ發見はつけんしたよ』、身震みぶるひしながら、ゑんしたひとた。
 自分じぶんにはか鳳梨ぱいんあつぷるしるこほりよりつめたきをおぼえて、がつた。
なにかあるのかえ』、自分じぶん出來得できうるだけ落附おちついてつたもり。
見給みたまへ、これなんだとおもふ』、げてつてせる。
 柴浦しばうらゆびさきつまんでるのは、一すんあまりのちいさい空瓶あきびんである。
なんだえ、それア』
きみまだらないのか』
らない』
おどろくなよ、これは信天翁あはうどり剝製用はくせいやう劇藥げきやく亞砒酸あひさんだ』
『ヱツ』
『だからおどろくなつてふんだ、猛烈もうれつくすりだから、平生へいぜい密封みつぷうして、この小屋こや戸棚とだなおくへ、大事だいじ仕舞しまつてくんだ、それがいま空瓶あきびんになつて床下ゆかしたからるとは不思議ふしぎぢやァないか』
『フム』
『十まへ變事へんじ昨夜ゆふべ出來事できごと秘密ひみつかぎこのちいさなびんにある、びんひとりではたらいたことをしんない以上いじやうは、殘念ざんねんながら、生死せいしともにすべき同盟者どうめいしやなかから、一謀殺ぼうさつ犯人はんにんさずにはまされまい、アヽ、新生活しんせいくわつ歴史れきし大汚點だいをてんあたへたものだれだらう』、柴浦しばうら空瓶あきびんをテーブルのうへいて、それをおそれるやうに退いた。
 じつに、みづならば一めでかはいて仕舞しまひさうな容量やうりやうびんの、そのさゝやかな空間くうかんに、どれだけふかいどれだけおそろしい秘密ひみつふくまれてるであらう。
 愈々いよ〳〵盆々ます〳〵自分じぶんおもあたることがあるので、なさく、うらめしく、むね一ばいになつてはてきたくなつた。
昨日きのふ炊事番すいじばんだれだつた』と、けにはつした柴浦しばうらこゑは、自分じぶんみみらいのやうにひびいた。
ぼくは、昨夜ゆふべ變事へんじおこまでてばつかりたんだから、だれだつたからない』、なんだかう、自分じぶんつみめられて、まをひらきでもするやうな心地ここちである。
『アツ、山本やまもとだ、昨日きのふ炊事番すいじばんたしか山本やまもとだ、これで、山本やまもとなくなつた理由りゆうわかつた』柴浦しばうらはテープルをつてさけぶ。
きみは、山本やまもと毒殺どくさつくはだてたとふのか』
『さうさ、くはだてたばかりでなくおこなつた』
『だつて、そんなに一同みんな山本やまもとうらまるべきいはれはないぢやアないか』
一同みんな山本やまもとうらはずいが、たしかに一人ひとりうらんだにちがひない』
だれか、それは』
だれだかわからないがたしかにさうでなければならない』
一人ひとりうらために、多勢おほぜいどくなやませるとは、いくら山本やまもとでも、あんまり無法むほうぢやアないか』
『さう攻撃こうげきされたつて、ぼく山本やまもとぢやアないから、理由りゆう辯明べんめいすることが出來できない、けれども、飽迄あくまでぼくは、山本やまもと所爲しよゐたるをしんじてうたがはない』
 はれるほう柴浦しばうらよりも、ほう自分じぶんがよく一さい内情ないじやうつくしてるからつらいのである。
 それは、柴浦しばうらけん適中てきちうしてる、どくもちひたもの山本やまもとほかにありないのである、さうして、山本やまもとうらところたしか一人ひとり、それも柴浦しばうらたかいとしなければならぬ、自分じぶんは、山本やまもとうら一人ひとりつてる、あきらかにつてる、それをふに躇躇ちうちよえうしない、田邊たなべである。
 自分じぶんはよく山本やまもと少年せうねん性格せいかくおよその性格せいかく境遇きやうぐうとの相摩さうまからつくられたかれ病癖べうへきつてる、かれは、なかみづそこほねになれ、にくどろになれ、何所どこまでぎらひの性格せいかくとほし、し、ちからたのいきほひをたのんで、これくはへ、これしのぎ、壓制あつせい束縛そくばくもつこれたうとするものがあるときは、金輪奈落こんりんならく反抗はんこうしてまないのである、其爲そのため媒島なかうどじまおいては、津田つだつよをとこと々ツタ二人ふたりみながら、どうしても津田つだ屈從くつじうすることが出來できないために、十六の少年せうねんが、無人むじん山中やまなかに、いへく、器物きぶつく、臥床ねどこく、さだまつた食物しよくもつくて、頑然ぐわんぜんかくみ、槓杆てこでもうごかず、つひには、さしもあばれもの津田つだをして、寢食しんしよくやすんぜずにかれおそれしむるにいたり、いて、ケートル群島ぐんとう恐怖きやうふとして、人々ひと〴〵したかせるやうになつたのである。
 それが、一てう自分じぶん誠心まごゝから同情どうじやうやはらげられて、普通ふつう無邪氣むじやきらしい少年せうねんになつた、こんなのが人間にんげんにあらうとはと、びつくりするほど美少年びせうねんである、どちらかとへば弱々よは〳〵しくえるほうである、これにおとなしくなられちやアたまらない、或者あるもの奴隷どれいのやうに壓制あつせいしたくなる、或者あるもの玩具おもちやのやうにたはむれたくなる、さうなられても仕方しかたがない。
 そこへもつて、一ぽうは、事業監督じげうかんとく地位ちいかさて、やゝもすれば專横せんわう振舞ふるまひがある田邊たなべである、冷酷れいこく苛察かさつ軍曹ぐんさう綽號あだなされ、さら其上そのうへでたからぬ一くはへて、鬼軍曹おにぐんそう蔭口かげぐちかれる田邊たなべである、この弱々よは〳〵しい美少年びせうねんたいして、津田つだ其人そのひとごとく、むし津田つだ以上いじやう壓力あつりよくくはへるにいたつたのは當然とうぜんである、それに田邊たなべのは、單純たんじゆん壓制あつせい束縛そくばくでないから、こと愈々いよ〳〵むづかしいのである、自分じぶんすなは海野うんのたいして嫉妬心しつとしんいだくにいたほどの、めうこころつて少年せうねんたいするからこまるのである、つひには、露骨ろこつへば、可愛かあいあまつて憎にくさが百ばいとかふ、市井しせい匹夫ひつぷ態度たいどつて、少年せうねんあたるのはなはだしきにいたつた、さアかうなると、山本やまもとはケートル群島ぐんたう恐怖きやうふたる怪少年くわいせうねんである、勿論もちろんただおさまるべきはずはない。
 つみ甘睡うまいしてところを、鷲摑わしづかみにしてちうられ、つて〳〵ゆめまされた、これでもだまつてられる山本やまもとでない、おのれやれ、としすくないとおもつて、身體からだちいさいとおもつて、ちかららず、理屈りくつ上手じやうずへないとおもつて、卑怯ひきやうにも、非道ひどうにも、壓制あつせいにも、暴虐ぼうぎやくにも、いはひと手込てごめあはしたなと、かつ逆上のぼせると、うまれてから以來このかた不平ふへいが一ほとばしり、てんく、ひとく、われく、一さい混沌こんとんたゞ反抗はんこうありたゞ返報へんぽうあり、やいばもちふべくんばやいばもちひ、どくとうずべくんばどくとうじ、これために、わざはひをほかおよぼし、うれひをのちのこすことなどを、思慮しりよ分別ぶんべつするの餘裕よゆうはないのである。
 まへに、我等われ〳〵にん椰子山やしざんぐみおなやまひにかかつたのは、田邊たなべませやうとおもつた山本やまもとれたどくを、田邊たなべまずに我等われ〳〵んだのである。かんがへがあさく、はかりごとつたなくつて、おもけない結果けつかになつたのは、なになんでも、かれが十六の少年せうねんたるをまぬがれぬ所以ゆゑんである。さる剃刀かみそり山本やまもと毒藥どくやくおそらくはこうついであらう。
 こと山本やまもとこころちがつて、かへつておのれがゆい一の同情者どうじやうしやたる海野うんのすなは自分じぶんはじめ、うらみもなにおほくのもの死生しせいさかひくるしなやませるにいたつた、此間このあひだ少年せうねんこころくるしさは、五にんもの身體からだくるしさに、まさるともおとらなかつたらう、それで、ざす田邊たなべはれたほど痛痒つうしやうかんじないのであるから、少年せうねん盆々ます〳〵つて口惜くやしがらなければならない、田邊たなべ野郎やろう、みんな彼奴あいつためだとる、害心がいしんは一だんほのほとなつてあがるのである。
 ぬるかきるかわからなかつた山代やましろ海野うんの、それが夕方ゆふがためしひたいとした、もうめた、二人ふたり生命いのちめた、十絶食ぜつしよくした揚句あげく食事しよくじ小屋こやまできてけないのは無理むりがない、つてつてやらう、それが炊事番すゐじばん當然とうぜん任務にんむでもあるからと、枯木かれきはないたよろこびびで、おどりつひつすると、何事なにごとぞ、仕事しごとがいやさにものものつてくにはおよばぬの破鐘聲われがねごゑ畜生ちくせうツ、おにツ、惡魔あくまツ、どれほどおのれは冷酷れいこくだらう、おのれのためんだ災難さいなんけた二人ふたりぢやアないか、モウかうなつては、一時間じかんも、一分間ぷんかんも、おのれはかしてかれぬと、またもや前後ぜんご思慮分別しりよぶんべつく、十六の少年せうねんは、とう〳〵目指めざかたきどくうせるとともに、ほかおほくの局外者きよくぐわいしやにも、ばつちりとふべくあまりにきの好過よすぎる災難さいなんおよぼしたのである。
 子供心こどもごゝろに、こと結果けつかおそろしいのだらう、やまんだのは、媒島なかうどじま以來いらい筆法ひつぽふであるが、さびしいふるごへうたは、昨夜さくやはじめてのものといた。
柴浦君しばうらくん我等われ〳〵みだりにひとつみさだめず、ねんねんれて、事件じけん顛末てんまつ調しらべなければなるまい、さうしてA先生せんせい報告ほうこくして指揮しき義務ぎむがあるだらう』自分じぶんいろただしてつた。
勿論もちろんさ、自然しぜんその任務にんむきみぼく二人ふたりくだつたんだから、のがれたくつてものがれられやアしない、そこでかく山本やまもとさがすのがこと順序じゆんじよだらう』柴浦しばうらことこのかたむきがある。
『さうだねえ、けれども、一すんむしにも五たましひがある、山本やまもとだつて、どうしても我慢がまん出來できないことがあつて决行けつかうしたのだらうから、我等われ〳〵手荒てあらことをせず、おだやかにただして、結果けつくわをA先生せんせい報告ほうこくし、一さい口出くちだししないで、先生せんせい處置しよちまかせやうぢやアないか』
『それがよからう、だがてよ、我等われ〳〵二人ふたり取計とりはからつて、まんうまかなかつたときには、田邊君たなべくんに、山本やまもととグルのやうにおもはれるおそれがあるまいか』
『それは、山本やまもとさがして、充分じうぶん取調とりしらべたうへこと頼末てんまつ報告ほうこくするとともに、我等われ〳〵意見いけんして、處分法しよぶんほう一同みんなへばいヽぢやァないか』
よりしい、それぢやアさがしにやう』
たまへ、一おう食事しよくじ小屋ごや調しらべてからかう、なに材料ざいれうられるかもれないから』
『それもさうだ』
 二人ふたり食事しよくじ小屋ごやおもむいた。有力いうりよくなる證據しやうこ物件ぶつけんとして、一めんしろ亞砒酸あひさんいたざるを、小屋こや入口いりぐちひろつた。
 けれども、それはまだおどろくにらない。
 少年せうねん山本やまもとは、何時いつにかかへつてて、その劇毒げきどくりの椰子汁やしじるさらよそひ、いまくちびるれんとしつゝあるのである。
 

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