井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
Public その他二次
 

嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

◎縦書きリーダー(ここ左下タブ)を使うと、くの字とかがちゃんと表示されます。
◎異体字・旧字体は端末によっては表示されないかもしれません。
◎ルビはふり中 サイト元PDF上では全てにルビがあるので参照してください。

元PDFはいつでも見られる!
国立国会図書館デジタルコレクションにアクセスして、表紙も口絵も見よう!

伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其十六 ふか餌食ゑじき
 
 介抱かいほうちからと、誰彼たれかれはせのくすりかうと、各自めい〳〵運命うんめいと、青年せいねん活氣くわつきとで、數日すうじつおくなかに、山代やましろのぞくのほかは、いづれもヒヨロ〳〵ながら、食事しよくじ小屋こやあしはこばれるやうになつた。
 するとなかまたむづかしい、田邊たなべ發議はつぎで、山本やまもと少年せうねん父島ちゝじまヱー先生せんせいもとおくらなければなるまいと相談さうだんになつた。
 自分じぶんは、山本やまもと制駁せいぎょがた人間にんげんとはおもはない、田邊たなべこそかへつてひと和協わきやうしにくい一癖者いつぺきものである、田邊たなべがよくけてやつて、なに特別とくべつあつかはなくとも、獸類じうるゐでなく人間にんげんなみにあしらつたら、山本やまもとけつてしわざはひたまごでも危險物きけんぶつでもない、かれ境遇きやうぐうつくられたいやな一めんがあつたとしても、山代やましろつて、大聲おほぐゑてたときに、スツカリちてながれたはずである、それを、田邊たなべ何所どこまでつて問題もんだいにしやうとふのは、いてきづもとめるのではあるまいかとおもはれる。
 けれども、かくどくもちひてすくなからぬひところしかけた犯罪者はんざいしやを、自分じぶん何所どこまでかばふとわけにはかない、理屈りくつからつては、一も二も田邊たなべ意見いけん同意どういしなければならない、そこを感情かんじやうじやう問題もんだいにしたら、どうかしてすがるべきあみ見出みいだされぬこともあるまいとおもふが、自分じぶんからそれを主張しゆちやうするはへんである、山代やましろ其後そのご苦痛くつううすらいだ樣子やうすだけれども、昏々こん〳〵ねむつてばかりて、一かう相談さうだん相手あひてにはならない、是非ぜひじやうたはめて、いさぎよく田邊たなべかほてゝやつた。
 そこで、山本やまもとおくながら、山代やましろため醫者ゐしやむかふべく、身體からだわるくない順序じゆんじよしたがつて三にんえら柴浦しばうらだい一、自分じぶんだい二、田邊たなべだい三とし、端艇たんていケートルごうふなよそほひして、四ぐわつの十聟島むこじま出發しゆつぱつした、田邊たなべは一ひとよりはげしくなやんだけれども、元來ぐわんらいめづらしく丈夫ぢやうぶ出來でき身體からだだけに、なほるのもひとよりはやく、やがて、自分じぶんつぎくらゐする健康けんこうとなつたのである。
 自分じぶんは、この航海こうかいたのしくごしたく、またたびしくすごされさうにおもつたので、めて、當分とうぶん山本やまもとわかれる名殘なごりに、ふねなか充分じうぶんむつましくかたふのみならず、途中とちう媒島なかうどじまに二三日とまつて、ゆくり山本やまもとあそばうと胸算むなざんしたのが、田邊たなべが一しよくことになつたためにガラリとはづれて仕舞しまつた、山本やまもともとより
ぼく田邊たなべ野郎やらうが一つふねつたら、屹度きつとろくでもないことがるぜ』と、自分じぶんさゝやほどであるから、厄病神やくべうがみと一しよ心地ここちであらう、柴浦しばうられい事變じへん以來いらい自分じぶんこころやすくなつて、あまり田邊たなべよろこばないのである。
 だから、田邊たなべ己人こじんためへば、此度こたび我等われ〳〵と一しよかないほうとくである、かならずしも一しよけばわざわひにふとわけではないが、すくなくともしやくさはこと不快ふくわいことすくなからずつくはすのだらうとおもつて、はじめからどくもやうすのである、そこで、どちらかとへば、かれたいする好意こうい部分ぶぶん
きみはまだ身體からだ充分じうぶん回復くわいふくしないやうだから、此度このたび見合みあはしたほうかアあるまいか、山本やまもとおくるにやア、柴浦君しばうらくんと、ぼくとで澤山たくさんだよ』とつた。
 ところが、田邊たなべはなで『フン』とつた。
『ナアニ、ぼく身體からだ幾分いくぶんわるくつても、君達きみたち健康體けんこうたいにはけないつもりだ、それに、此度このたびぼく任務にんむくわんする要件えうけんで、是非ぜひ父島ちゝじまき、報告ほうこくもし、指揮しきけ、意見いけんだし、議論ぎろんたゝかはせなけれアならないから此方こちら用向ようむきおもで、山本やまもとことなどはじうぎないのさ、つまり枝葉えだはなのさ』と、シタヽカく。
 その山本やまもとことだけで我等われ〳〵をば、如何いかにもうやすツぽいもの價値かちもの照應せうわうさせやうとするのである。
 どうも胸氣むなきたまらない。
 どうせそんな調子てうし以上いじやうは、ふねなかなにはじまらずにはおさまるまいから、其時そのときぼく苗字めうじしたきみけてぶなと、むねそこ大喝たいかつした。
 ケートルごうは、折柄をりから順風じゆんぷうかかげて、四にん健兒けんじがオールのえをへ、掛聲かけごゑいさましくむこなかうど兩島りやうとうあひだよこたはる急潮きうてうわたり、はりしま奇觀きくわん横手よこてながめて、一媒島なかうどじまちかづいた。
 自分じぶんは、亞砒酸あひさん事變じへん以來いらい身體からだがまだ充分じうぶんもとふくさないので、潮流てうりゆう横切よこぎはじめるときには較々やゝ困難こんなんかんじ、みじかくない航海こうかい前途ぜんと氣遣きづかはれたが、やがて、惣身さうみあせいてからは、び〳〵と餘裕よゆうせうじてて、此模樣このもようでは百とほされさうだとおもふやうになつた、柴浦しばうら山本やまもととはなん仔細しさいい、たゞ田邊たなべ如何いかにとるに、しまてもふねても、徹頭徹尾てつとうてつびその首長しゆちやうたる威嚴ゐげんたもたなければならないものと、唯一條たゞひとすぢ心得こころゑかれは、れいの、下手佛師へたぶつしきざんだ閤魔えんま無縁むゑん人魂ひとだまはいつたやうな人相にんそうをば、出來得できうるだけ目出度めでたくなくし、何所迄どこまで冷酷れいこく態度たいど看板かんばんけてはるが、平生へいぜい身體からだ具合ぐあひがちがふらしく、ひたい油汗あぶらあせうかべ、セイ〳〵つてくるしがつてる、自業自得じごうじとく小口こぐちえてたのである。
 ふねには、三間柄けんゑ大銛おほもり手頃てごろみじかもりとがある、これは、まん一の用意やういとして、平生いつもそなへてくのである、自分じぶんは、大銛おほもりけ、山本やまもとみじかもりこしのほとりにいてる、りくうへでは、田邊たなべ仁田にたんの四郎しろう勇力ゆうりよくがあるかもれないが、うみなかでは此方こちらおにである、山本やまもと小海坊主こうみぼうずなら、自分じぶん大海坊主おおうみぼうずである、けれども、なにも、自分じぶん山本やまもととが、もりもつ田邊たなべたゝかひをいどまうとするのではない、いまことおこつたら、目覺めざましいはたらきをして、田邊たなべ荒膽あらぎもをひしぎ、あやまり閉口へいこうさして二威張ゐばれないやうに、ほね燒印やきいんをしてやらうと意氣込いきごみだけにまるのである。
 田邊たなべまへちいさくなつて山本やまもとは、にはかふなげたつてがつた。
『どうした、山本やまもと自分じぶんきつ見上みあげた。
たよ〳〵』、山本やまもと片頰かたほゝむ。
 自分じぶんかさずがつて、山本やまもと視線しせんそそ海面かいめんおとした。
 ふねからよこに三四けんはなれて、みづいろすこしちがつたところがある。此邊このへんもとより暗礁あんしやうい、おけに、そのちがつたいろが、ふねと一しよまへるのである。
『ハア、たか』と、自分じぶんみをうかべた。
ふかかえ』と柴浦しばうら氣色けしきばむ。
 けれども、田邊たなべいて冷然れいぜんたる態度たいどまもるのである。
 自分じぶん山本やまもとくばせした。
 山本やまもとみじかもりげた。
 自分じぶんも、三間柄げんゑのをおこして小脇こわきかかんだ。
 オールが二てうがつたので、ふね進行しんこうにぶくなる、くろものふねとの中間ちうかんがだん〳〵せまくなつてる。
『オイ、なにをするんだ』、田邊たなべほゝふくらしておこる。
曹操さう〳〵なしよこたへてすと英姿えいしがあるだらう』、自分じぶんわざひやゝかにわらふ。
なにを』と、田邊たなべはじめてがる、ふねはグラ〳〵する。
 いきなり田邊たなべは、山本やまもとつかんでうみほうまうとする。
 自分じぶんきもつぶして、片手かたてめた。
はなせ』
『いやはなさない』
貴樣きさまも一しよにたゝきむぞ』
『それよりさきに、おれ一踏張ひとふんば踏張ふんばると、ふねそこすぐおもてになる、それからさきは、だれが一ばんふか餌食ゑじきとなるかゞ問題もんだいさ』、自分じぶんはモウ落着おちついた。
おれ山本やまもと成敗せいばいするに、なん貴樣きさま邪魔じやまをする、此奴こいつには、ふか餌食えじきにするに相當そうとうしたつみがあるから、おれおれ職權しよくけんもつ刑罰けいばつするんだ、貴樣きさまだまつて引込ひつこ命令めいれいほうじないか』、ふか尻尾しつぽれてげさうなこゑ呶鳴どなる。
八釜やかましい、おれなんでも此舟このふねつくりかへしさへすれば溜飮りういんがる、どれ』
 またもやふねがグラ〳〵。
柴浦しばうらきみ何故なぜだまつてる。海野うんのおさたまへ』、田邊たなべれ方は一とほりでない。
おほきに御世話おせわさ、ぼくたいからるんだ』、ニヤリ〳〵平氣へいきらしくわらふのがれい柴浦しばうらりう泰然自若たいぜんじじやく
貴樣等きさまらは、みんなグルになつてるな』、田邊たなべ絶叫ぜつきうとも尻餅しりもちいた。
 かれは、柴浦しばうら手傳てつだはして、自分じぶん山本やまもととをうみほうまうと魂膽こんたんであつたらしい。
 かうなると、モウ此方こちら世界せかいである。
 田邊たなべりくゆうなるほどうみつよくはない、ことふかおそれること、人並ひとなみ以上いじやうである、自分じぶんかれこの弱點じやくてんつてる。
 一體いつたいふかは、魚屬中ぎよぞくちう惡性者あくしやうものであるが、自分じぶんは、南洋なんやうけるおほくのひと實驗じつけんと、自分じぶんつくはした經歴けいれきとを綜合さうごふしてれば、そんなにおそるべきものでないと斷定だんていすることが出來できる、すくなくとも、水泳みづおよぎに熟達じゆくたつして、勇氣ゆうき沈着ちんちやくとをそなへたものからては、夜間やかんかく晝間ひるまあへおそるゝにらないものであることを保證ほしやうする、それうち非常ひじやううゑせまつた大物おほものか、さもなくばひとたゝかひをいどまれた塲合ばあひかをのぞくのほかは、滅多めつたひとくもんではない、げんに、小笠原おがさはら群島ぐんとう幾千いくせん住民中ぜうみんちうふかにかゝつて無慘むざん最期さいごげたとものが、ほとんどいとつてもいゝくらゐではないか、島民とうみんおほくは、日々ひゞそれうか海上かいじやう正覺坊しやうがくぼううておよぎ、それがウヨ〳〵するふちもぐつて、平氣へいき海老えび章魚たこつてるのである。
 けれども、それがたまに人體じんたいそのするどてる塲合ばあひすなはまへげた特別とくべつ塲合ばあひ記憶きおくしなければならぬ、それときひとおそふや、人體じんたいちかづいておのれのたいけ、あるひはもつかろちたゝき、ひとおそれて氣絶きぜつするをつて、ソロ〳〵賞味しうみするのである、そこで、まん一こんな塲合ばあひつくはしたら、すこしもあはてずに、手早てばやこしまとつてふんどしき、それをるべくながうしろれ、悠々ゆう〳〵目的もくてき塲所ばしよまでおよいでくがいゝ、さうすると、ふかは、ふんどし身體からだながさのなかだとおもひ、おのれよりおほきい動物どうぶつだとおもつて、おそれてちかづかないのである。
 またもつと注意ちういすべきは、およいで仕舞しまつてふねあがときである、兩手りようてふなばたかかつて、身體からだ眞直まつすぐになる途端とたんふかたりとかゝつて、御醫おしりあるひ兩足りようあしるのである、だから、ふなばたかゝるやいなや、電光いなづまのやうにまなければならない、それに、人間にんげんあしふものは、餘程よほどくろいのでも、其裏そのうらだけが、つたみづなか眞白ましろひかる、ふかはそれを目標もくひようにやつてるのである、ふかくちしたいてるものであるから、ものふには、身體からだよこにするか、しくは仰向あふむきにするかでなければ、目的もくてきげられない、そこで、ふなばたけて身體からだ眞直まつすぐにした、ひとのおしり兩足りやうあしは、ふかくちてるべく、あつらむき格恰かくこうである。
 て、ふかふねちかせてるのは、おのがズウたいふねと、どちらがながいかとくらべてるのである、ふんどしうしろれててさへ、ふかよりながければ彼奴きやつ退却たいきやくさするにるのである、して、ふね其鱶そのふかよりながかつたら、やつこさん早速さつそくおそつてせるが、ふねみじかかつたら往生わうぜうりくまで何所どこまでまで見送みおくられて、すきがあれば尻尾しつぽはらおとされるのである。
 自分じぶんは、大銛おほもりさゝげてこしえた、畜生ちくせうめ、がケートルごう背競せいくらべして、とてかなはないとおもつたか、ソロ〳〵退却たいきやく身繕みづくろひするのである。
がすもんか、ヱーツ』
 腦天のうてんのぞんで、鐵壁てつぺきとほれと、きにんだ、心地好こゝちよ手答てごたへがある。
 二けんあまりの大鱶おほふかが、いはのやうなあたまあなけられて、サーツと海水かいすいくれなひめ、尾鰭をひれなみつてくるつた揚句あげく何所いづくともなくせた。
 一突ひとつき仕留しとめないのは殘念ざんねんであつたが、こんなちいさなふねで、飽迄あくまで追窮つひきうするは劍呑けんのんであるから、致命傷ちめいしやうあたへただけで滿足まんぞくした、いづれ數時間すうじかんなかに、はらさらしてうかで、ただよただよつた揚句あげくは、何所どこかの漁師れふしおもはぬもうものをさせるか、くさつてくづれてけてもと元素げんそかへるかであらう。
『どうだ田邊たなべ山豚やまぶた組打くみうちするより、ちつとアいてえるだらう』

     ○○○
    
 媒島なかうどしまいたら、折好おりよくA先生せんせいられて、これから聟島むこじまかうとする場合ばあひであつた。
 田邊たなべが、聟島むこじま事業監督じぎやうかんとくにんかれて、先生せんせいとも父島ちゝじまかへり、山本やまもと少年せうねんふたた聟島むこじまおくられたのは、此後こののちことである。
 たゞ山代やましろ父島ちゝじまからおくられた醫師ゐしすくはれて、タヲカのうつくしいこゑは、一さうはなやかさをくはへ、しま空氣くうき音樂化おんがくくわしなければまないやうないきほひである。
 
 
 島の美少年 完
 
 
 
 明治四十年十月十二日印刷
 明治四十年十月十五日發行
 島の美少年
 實價金四十五錢
 
 著作者 伊藤銀二
     東京市日本橋區通四丁目五番地
 發行者 和田靜子
     東京市京橋區南小田原町二丁日九番地
 印刷者 中野鍵太郎
     東京市日本橋區通四丁目角
 發行所 舂陽堂
    (電話本局五十一番)
     東京市京橋區築地三丁目十五番地
 印問所 帝國印刷株式會社



コメントなど👏:Wavebox