井見
2023-02-28 23:48:16
82721文字
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嶋の美少年 勝手に電子版

嶋の美少年 本文全文です PDFで見るのがきちいので文字に起こしました。
激長そうですが本文約6万字、240ページ程度の分量です。

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伊藤銀月 著『嶋の美少年』,春陽堂,明40.10. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/886638
(参照 2023-03-02)


 其十一 じやうせまつたふるごゑ
 
 くるになつたらなほるだらうとおもつたが、其日そのひても、くるしみは矢張やは昨夕ゆふべままである、醫者ゐしやなければ、これぞとくすりい、だい一、なんくべき病氣びやうきで、なんためたのであるかもわからない、椰子山組やしざんぐみの五にんが五にんながら、おなまくらいたのであるから、原因もとは一つにちがひない。
 りに、自分じぶん途中とちう發病はつびやうして、それから一同みんなつたはつたとしても、途中とちう病魔びやうまいたものとはおもはれない、また小屋こやときとすれば、五にんほかにモツトおほ仲間なかま出來できなければならない、そこで、これは、昨日きのふから耕地こうちけてかへつたやまひか、さもなくばめしつて仕舞しまつてから、我等われ〳〵にん勢揃せいぞろへをして小屋こやまでの、いさゝかの時間じかんに、なにわるにでもたれたものとするのほかいのである、さうおもつてかんがへると、すこおもあたこともある、けれども、かんがなほしてれば、おもあたことがあるとおもつたのが、そもそ自分じぶん罪惡ざいあくである、戰慄せんりつすべき大罪惡だいざいあくである、アヽ、そんなことおもふまい。
 苦痛くつうこころみだれてか、種々いろ〳〵空想くうそう頭腦ずつうくのである、それを一々おさけるのもまた一通ひととほりならぬ苦痛くつうである。
 くるそのくるも、都合つごふ畫夜ちうやくるしもがいてごした、此間このあひだ食物しよくもつは一さいくちにしたくなく、たまに少許すこしみづめば、んだりやうばいする黄色きいろあめたいなしるく、其苦そのくるしさのあじ又前またまへからのくるしさとことなつて、なかをサヽラで引搔ひつかまわされるやうである、手足てあしいろむらさきがゝり、すこうごかせば骨節ほねぶしけるやうにいたみ、こしちからけてつことも出來できない、これつきりになるのではあるまいか。
 春山はるやま吉川よしかは淺川あさかはにんは、比較的ひかくてき輕症けいしやうであるためか、あるひ身體からだ山牛やまうしのやうに壯健そうけんであるためか、五日ののちにはなほつて仕舞しまつて、食事しよくじ小屋こや出掛でかけてくやうになつた、何時いつまでくるしんでるのは、山代やましろ自分じぶんとである、タヲカは、臨時りんじ看護婦かんごふかく二人ふたり當分たうぶんれてる、かうなつては、タヲカにどくであるのみならず、だい山代やましろまない。
 五ぎたあとあとまたぎた、此間このあひだ、タヲカのから二人ふたりくちはこばれたのは、一匙ひとさじづゝの砂糖さとうと、數個すうこ檸檬れもんと、二三ばいみずとだけである。
 十ばんになつたら、二人ふたりながらめしつてたい、けれども、食事しよくじ小屋こやまで氣力きりよくく、はるか皿碗さらわんおといて咽喉のどらすのみである。
 タヲカはこれて、うれしさにあしところおぼえずと樣子やうす
御飯ごはんをあがりたくなつたら、モウ大丈夫だいぢやうぶですよけれども、御無理ごむりをなすつちやアいけませんから、さうしていらつしゃいまし、わたしつてげますから』と、ひもおはらず、食事しよくじ小屋こやけてつた。
きみ、モウめしへるのかえ』
 片手かたてはしくちはモグ〳〵山豚やまぶたなにかのにく頰張ほゝばながら、んでたのは山本やまもと少年せうねんである、かれは、自分じぶん容態やうだい氣遣きづかためにか、近頃ちかごろかう元氣げんきくなつて、可哀かあいさうにふさいでばかりたのであるが、きふ以前もと山本やまもと回復くわいふくしたやうである、そのうれしさうな有樣ありさまはタヲカにおとらない。
 山代やましろがタヲカにてられてなほつたものとすれば、自分じぶん山本やまもとこころはげまされてこれからなほるのである。
 ところが、五六けんさき食事小屋しよくじごやに、タヲカがれいうつくしいこゑ押伏おしふせて、破鐘われがねのやうな大聲おほごゑひびした、おどろひて、みみそばだてると
病人びうにんなどに、態々わざ〴〵めしつてくにおよばない、くせになるからほおつてけ、ひたきやきてふがいゝや、ヘン、病氣びやうきいてあきれらア、仕事しごとがいやになつたんだらう』とふのである。
 此島このしまでこんな無情むじやうことものは、一人ひとりしかない。
田邊たなべ畜生ちくしよう冷酷れいこくだなア、鬼軍曹おにぐんそうめ』、山代やましろくひしばつていきどほるのである。
 冷酷れいこくもとより田邊たなべ性格せいかくである、けれども、こんなひどことつたには意味いみがある、山本やまもとわれわすれて此方こつちんでたのが、グツとその癇癪玉かんしやくだまさはつたのである。
 此邊このへん消息しやうそくつうじて自分じぶんは、だまつてつぶつた。
 悄然しやうぜんもどつてたのはタヲカである。『貴方あなた山代やましろさん』
駄目だめだ、彼奴あいつ、どうしても駄目だめだ』、覺悟かくごするところがあるやうに山本やまもと少年せうねんす。
『いゝよ、そんなにおこたまふな、ソロ〳〵きてつて、すこしでもつてやうぢやアないか』、自分じぶんひらいて三にんなだめた。
 タヲカはこれちから樣子やうすである。
『おおこりなさると、またおわるくなります、御自分ごじぶんそんですから、おとなしくしてきていらつしやい、わたしのかたへつかまつて、ねツ』つて山代やましろおこす。
 椰子やしれたしるは、つた二人ふたり胃嚢ゐぶくろおどらせるばかりににほつてるのである。
 山本やまもとあはてゝこゑ美人びじんめた。
『タヲカさん、れてくのはたまへ、田邊たなべ野郎やろうなにはせるかわかりやァしない、それよりか、ぼくいまなにつてげるから、待つてるといヽや』
 自分じぶんむかつては
『ねえきみぶたと、甘藷いもと、檸檬れもんとあつたらいゝだらう』と、こゑたかくはないが威勢いせいよくふ。
また田邊たなべ憎にくまれるから、ぼくためにすることはしてれ』
『あんな、あんなやつなにこわいんだい、あんなやつかしとくとくせになるから、つぶしちまはうぢやアないか』、可愛かあいえるやうにして激昂げきこうするのである。
『だつて、ものきみつてると、田邊たなべにグズグズはれるだらう』
『こんなことがあるだらうとおもつて、ぼくがチヤーンと、先刻さつきからつていて、だれかないところかくしてあるんだ、小屋こやそとみようとこだよ、なアに、わけアないさ、今日けふぼく炊事番すいじばんだから』、近頃ちかごろ自分じぶんまへではあどけない美少年びせうねんたるのみになつた山本やまもとが、なにおもつたか、ふたゝびケートル群島ぐんとう恐怖きようふたる怪少年くわいせうねん面目めんもくあらはしてた。
『オイ、炊事番すいじばんしるれないか』、田邊たなべ呶鳴どなこゑこえる。
『チヨツ、自分じぶんよそやアがればいゝのに、人使ひとづかひのあら畜生ちくしやうだ』と獨語ひとりごとして
いまつてるから、つてたまへよ』とのこし、はねがあるやうに身輕みがるんでつた。
山代君やましろくんいま山本やまもとなにるさうだから、つてやうぢやァないか』
 一切ひとしきり、椰子やしれたしるが、またたかにほつてる。
ぼくはあのしるが一はいひたい、それに、きみよりはすこ輕症けいしやうのやうだから、はらつたはげしいやうだ』、山代やましろつひにタヲカのかたにつかまつて、ヨロ〳〵とがつた、
『よう御座ござんすか、大丈夫だいじやうぶですか、しつかりつかまつてください』と、タヲカはやゝじやうせまつたふるこゑさゝやぎ、男女ふたり身體からだつたやうなかたちになつて、ソロソロと小屋こやつた。
 あとは自分じぶん一人ひとり山本やまもとつことじつに一ぷん時間じかんが一時間じかんあたるのおもひである。
 

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