はるの
2023-09-19 21:11:09
162116文字
Public スタートレック
 

空に心臓

+13|AOS spirk|2023.10.1|2023年の日本で暮らしているジムが、倒れていた迷子のヴァルカン人を拾う話。現代ものパロディです。

15.


 転送される瞬間は、ふっと自分の存在が宙に浮く感じがする。
 光に包まれたことも相まって、慣れないジムは目を閉じていた。ざわめきが落ち着く気配とともに、そろっとまぶたを持ち上げる。
 円形の部屋だった。足元にも円形のパネルがある。無音ではないが静かな部屋で、特に揺れも感じなかった。スポックの話では、自分たちは宇宙船に移動したはずである。それにしてはただの部屋、というか撮影スタジオっぽいな、ときょろきょろしていると、隣で同じく物質化されたスポックと目が合った。
 彼は満足したようにきゅっと顎を引くと、きびきびと段を降りていく。
 くるりとその場で1回転して、ジムはスポックの向かう先を見た。出入口付近にはひとり、スポックと同じ青いシャツを着た男性が立っている。
「彼がジムです。ジェームズ・T・カーク」
 スポックのそんな説明に、ジムは軽い足取りで駆け寄った。迎えた男は、ちょっとひねくれたような笑みをしてみせる。
「ああ、お前がうわさの」
「うわさ?」
「気分は悪くないか。初めての転送だろ、まったくひどい技術革新だよな、生身の体をばらすとかさ」
 彼は気安い口調でそう言うと、おもむろに、こちらの顔に謎の機械を近づけてきた。思わずよけてしまったが、男は構わず、慣れた手つきで謎の作業を続行する。ジムはちらっとスポックを窺った。そして彼が何も言わず、ちらっと片眉を上げて返してきたのを見て、そのまま男に向き直る。たぶん、必要な行為なのだろう。
「厳密に言うと、2回目かな。体は大丈夫。君は? スポックの友だち?」
「友だちなわけあるか。ただの部下で、ただの医者だ。レナード・マッコイ」
 相手の態度に同じノリで返せば、彼――マッコイは、露骨に顔をしかめながら、そつなく片手を差し出してきた。
 ジムはそれを見下ろして、きょとんとしてしまってから、思い直して笑みを浮かべる。握手を交わせば、相手の体温は地球人のそれだった。
「そうだよな、うん」
「なんだ?」
「俺さ、スポックに初めて会ったとき、手を振り払われたんだよ。それ思い出しちゃって」
「ああ、やりそうだ」
 隣でヴァルカン人が何かもの言いたげなオーラを放っていたが、ジムは気にせず肩をすくめる。マッコイはおかしそうに笑うと、手を離して身を引いた。道を開けるようなそのしぐさに、ジムはスポックを確認する。彼は心得顔で、進むようにそっとジムの背中を押した。
「握手が通じるってことは、地球人?」
「ご名答。ようこそエンタープライズへ、地球人は多いぞ」
「よろしく! 俺のことはジムって呼んで」
 そんな会話を交わしながら、3人で連れ立って部屋を出る。丸い壁の通路が続いていて、本当に、ただのどこかの建物みたいだった。これが宇宙船だとしたら、相当大きなものだろう。すれ違う人も多く、見慣れない姿をしている者も、当たり前のように歩いていた。
 ジムはぐっとスポックの腕を引いて、耳元に口を寄せる。
「おいスポック! 地球人の友だちいるじゃないか! 何だったんだあの地球人に不慣れですムーブは!」
「友だちじゃないと言ってるだろ、医者だ」
 これ見よがしのひそひそ声はマッコイにも届いたようで、彼はしかめっ面で苦言を呈してきた。
 スポックは心外そうにジムを見ると、考え深げにまばたきする。
……そうですね」
「おい、変な間を作るな。何の思考時間だそれは」
「レナードのことは友だちだと思ってたのに……、の間じゃないかな」
「おいジムいいかげんなことを言うなよ」
「はは。こう見えてスポックは傷つきやすいから」
「それは誤解です、ジム」
「たぶん正解です、スポック」
……やけに楽しそうだなこいつ……、初めて見たこんなスポック……
「楽しそうにはしていません」
「楽しいことを否定していないぞ」
「君は知ってる? ヴァルカン人って、嘘はつけないらしいんだよ」
 そんな話をしていると、通路のある交差点で、スポックとマッコイの行き先が分かれようとした。その真ん中でジムが困っていると、ふたりは同時に振り向いて、ジムを挟んで対峙する。
「医療ベイはそっちじゃない」
「ブリッジへ連れていきます」
「は? だってお前、2023年から連れてきたんだろ? まずは検診をしたほうが」
「検診? 健康診断? バリウムとか飲むやつ? あとにしようそんなのは」
 けれど、マッコイの言い分を聞いた途端、ジムはスポックのほうに飛びついた。会社から課せられる年に一度のあれについては、あまりいい思い出がない。
 ジムがついてくることを確認して歩き出したスポックに、マッコイはしぶしぶ従った。
「いつの時代の話だ。いや2023年か。あのなジム、この時代での検診は」
「へぇ~~」
……聞く耳、生きてるか?」
「天国で楽しく暮らしてるよ」
「今すぐ引きずり下ろせ」
 医者というだけあって、彼はなんとかジムを検査しようと、免疫の話をとうとうと説き始める。それを適当に聞き流していると、スポックは途中でエレベーターに乗って、それは一瞬でどこかへたどり着いた。
「ドクターのお話のせいで忘れていました。ジム」
「俺は正当なことを言ってるんだが?」
「なに?」
 ぱ、とスムーズに扉が開く。
 その向こうには、大きな部屋が広がっていた。ぐるりと壁に沿うように椅子が並び、あらゆる操作盤の前に人が座っている。彼らは一様に、自分の作業をよどみなくこなしているようだった。
 誰かが「キャプテン・オン・ザ・ブリッジ」と声をかけると、現れた3人に注目が集まる。
 全員が、赤か、青か、黄色のシャツを着ていた。その中で、黒いシャツを着ているだけの自分は、ちょっと目立ったことだろう。転校先が学ランではなくブレザーだった転校生は、こんな気持ちになるのだろうか。ジムは思わず、そんなどうでもいいことを考える。
「おかえりなさい」
 先に出たスポックは、折り目正しく回れ右してジムを真正面に捉えると、静かな声でそう言った。
 彼の背後には、大きな窓がある。その向こうに広がっているのは、ずっと見上げてきた星空だ。
 ――帰るべき場所、自分の心臓が動くところ。
 もちろん、この宇宙船にも、乗組員にも、まったくなじみはない。見たことのないものばかりで、知らないことだらけだった。
 けれど、それらを背にして、ただ自分だけを見つめているのはスポックだ。帰るべき場所、自分の心臓が動くところ。
 ジムはにやっと勝気な笑みを浮かべると、すぱんと強めにスポックの肩を叩いた。
「ただいま!」
 みるみる勇気が湧いてきたジムは、そのまま近くにいる人から、ひとりひとりに挨拶をした。到着直後でなんにも分かんない古代人だけどよろしく、と冗談めかせて笑えば、彼らは穏やかに笑い返してくれる。その半歩後ろをついて回るスポックには、みんな一様に意外そうな表情を向けていた。たぶん、ここにいるときのスポックは、こんな挨拶会を開催するような社交は持ち合わせておらず、厳格な外面を保っていたのだろう。その仮面を剥いでやりたいいたずら心と、自分だけが知っていればいい独占欲が、心地よくシーソーしている。
 真ん中にある大きな椅子は、誰も近寄ることなく空席だった。
 偉い人が座るのだろうと思っていたが、どうもその偉い人こそがスポックのようである。挨拶を済ませたジムは、スールーと名乗った操舵手とスポックが話している間に、どっかりと座ってやった。振り返って静止したスポックに、生意気そうな顔を返してやれば、彼は速やかにそばまでやってくる。
「ジム。その椅子に座るということには、大きな責任が生じるものです」
 それは、スポックが深刻なときの声の出し方だった。ジムは察して慌てて立ち上がる。
「ごめん」
「いいえ、ジム。これからすべてを学んでください。私はすべてを教えます。いずれ、あなたがここに座る日も来るかもしれない。何故なら、ここにはすべての可能性があるからです」
 まっすぐと向かい合うスポックの言葉は、ことさらひどく熱心に響いた。まるで可能性という大切な宝物が、今目の前にあるかのように、彼はジムをやさしく見つめる。
……うん」
 ここで抱きついてキスしたらまずいかな、と思考が逸れたジムは、視線を落として首肯した。
……私は今、ミスター・スポックが職場でデレデレするという衝撃的な光景を目の当たりにしていますか?」
「ちょっ、スールー! こういうのは茶化しちゃだめです!」
 途端、前に座っていたふたりが騒ぎ出して、スポックはぐいんと首をそちらに回す。
「誤解です。私にその意図はありません」
「誤解も何も、正解しかない気がするんだけど。びっくりした……、これは風向きが変わってきたな」
「ウフーラ大尉、私は決してデレデレという状態ではなく」
「あのなジム。故郷を追われ、帝国からの暴力に抵抗している俺たちは、今まで割とこう、ドシリアスに構えてたんだ、ずっとな」
「確かにジムは恋人ですが、それと艦長の仕事とは一切関係ありません」
「や、や、やっぱり付き合ってるんですかあ?!」
「お前が来た途端、一気に何かが加速してるんだが。コメディの申し子か何かか?」
 いやこっちこそ、なんだよこの交際が発覚してざわつくクラスメイトみたいなテンションは。
 あきれた顔で面倒くさそうにスポックを指差すマッコイに、ジムは素直に頭を抱えた。今後ここの人たちとは、良好な関係を築いていかなければならないのだ。なのに早々、やべーやつが来たぞ、みたいな雰囲気にされては困る。ここでのスポックはどれだけ硬派を気取ってたんだ、それこそ誤解だと声を大にして言いたかった。
「俺のせいみたいに言うな。スポックはずっとこんな感じだよ」
「ずっとぉ?!」
 うめくようにそう答えると、マッコイは見事に声を裏返らせた。



 そんな愉快なブリッジに、独特な電子音が響く。
 途端に全員が真顔になって、すぐさま自分の持ち場についた。スポックは真ん中の椅子に座って、手元のパネルを操作する。
「どこからの通信ですか?」
「接近してきた船からです。機体名、U.S.S.ヴェンジェンス」
「艦隊の? 聞いたことがないですね……、出してください」
 バリスタ姿も様になっていたが、やはりこここそが、本来の彼が輝き、素晴らしい仕事をする場所なのだろう。真剣な横顔に思わず見入っていると、自分の席がないらしいマッコイに腕を引かれた。ふたりでスポックの椅子の近くに控えると同時、目の前の大きな窓に映像が映し出される。
 宇宙を透かして現れたのは、青白い顔の男だった。
『地球を滅ぼしたのはお前か』
 開口一番、なじるように彼はそう尋ねてくる。スポックは微動だにしなかった。
「何故、それを今問うのですか? 誰もが知っていることです」
『こざかしい連中のせいで眠らされていたのだ。目覚めたと思えば、私が滅ぼすはずだったものがなくなっていた』
「ちょっとドジっ子な感じだな」
「ジム! しっ!」
 なんだか状況がよく分からず、ジムはとりあえず思ったことをそっとマッコイに耳打ちする。
 即座に叱られて肩を丸めたが、じろりとこちらを見やってきた映像の男は、少し考えてから口を開いた。
『ドジは踏んでいない』
「マジレスしてきたぞ」
 反射的に言葉を返すと、今度はスポックが振り返ってくる。
「ジム、黙りなさい」
「命令系出ちゃった。黙ります」
……船長、なんだ、その子犬は』
「全面的に気にしないでください。それより、あなたの発言から、少なくとも地球と対立する勢力とお見受けしました。あなたは誰なのですか?」
「私はすべてにおいて優れた存在。私の名前は、カーンだ」
「俺が子犬ならあいつは子ぎつねだよなあ? 見た目的に」
「成犬と呼ばれたいなら黙ってろ、ジム」
「そもそも犬じゃないんだよな。みんな忘れてるみたいだけど」
………
………
 子犬と呼ばれたことにも、それを流したスポックにも、ジムは少しだけむっとした。
 だからまた、マッコイを巻き込んでおしゃべりをしてやると、そのうちふたりは黙り込んでしまう。
 そして同時に、こちらを向いて声を揃えた。
「『黙っていなさい、そこの子犬』」
「気が合うじゃん……
 その後のことを、少しだけ話そう。
 端的に言うと、宇宙艦隊の生き残り、総勢73人の優性人類チーム、いつでも突然やってくるクリンゴン勢力で、三つ巴の和平交渉フェスティバルが開催された。もちろん、ふたりのスポックが望み、瞬時にあきらめたとおり、ジムはまったくおとなしくしなかったし、華々しすぎる艦隊デビューを飾ったものである。
 何故なら――、ここは最後のフロンティア。すべてのことが起こりうる、すべての可能性に満ちた空なのだから。